92 お問い合わせ『Solomonを面接に使いたい』2
そもそもダンジョン面接とは一種の『ジョーク』であった。
総合ダンジョン管理術式を提供している会社として、何かダンジョンらしい特色の一つでもないかと社内で公募した際に提案された中で『一番ふざけていた』案である。
曰く。
ダンジョンと言えば、その醍醐味は冒険の果てに得る『お宝』である。
ダンジョンの攻略を目指す冒険者は、ダンジョンで己の夢、栄誉、名声、富、その他諸々を手に入れるのを目的とするものである。
であるならば、我が社への『就職』を求めている『冒険者』に対して、相応しいダンジョンを──いや、ダンジョン面接を用意してみてはどうか。
厳しいダンジョンの最奥に辿り着いた者は、褒美として我が社への『入社資格』を手に入れるものである。
と、提案した本人も半分以上冗談で言っていたのだろうが、これが何故か偉い人のツボに入ってしまった。
そして、どうせなら我が社の名物になるように、色々と作ってみようというチャレンジ精神のもと、本当に完成してしまったのがダンジョン面接だった。
「控えめに言って頭おかしいですね」
「否定の言葉が何も出てこない」
ドラ子の感想に、メガネも同様の感想を述べざるを得ない。
もちろん、ダンジョン面接なんてものが普及するはずもなく、その理念を説かれたところでほとんどの人間には理解して貰えない。
追いつめられた窮地にこそ人間性が見える、とかそういったダンジョン面接の『メリット』は、会社が説明したわけではなく周りが勝手に想像した話なのだ。
ダンジョン面接は純度百%の悪ふざけで成り立っている。
「しかし、これがまた地味に好評なんだよな」
「なんでやねん」
「ダンジョン面接は、普通の面接で落ちた人でも挑戦できるから」
むしろ、誰でも挑戦できることこそダンジョンの醍醐味だろ、とダンジョン面接を実際に作った人は熱弁したとか。
ダンジョンとは一発逆転の最後の砦である。
学も無ければ、碌な金もない底辺の人間が、一端の冒険者になって幸せな人生を歩むというのは、良くあるダンジョンストーリーの一つだ。
故に、何もかもを失ってしまった人間であっても、ダンジョン面接は受け入れる。
通常の面接に落ちた人間であっても、ダンジョン面接なら即再挑戦できる。
なんなら、気力の続く限り挑戦し続けても構わない。
ただし、その挑戦が報われる保証はどこにもないが。
「魔王城ユーザーなんかは結構、記念受験みたいなノリでダンジョン面接を受けて行くんだよな。おかげでウチの名物ダンジョンみたいになってる」
「自分はダンジョン経験者だという自負があるんですね」
「そして、人を楽しませるために作ったわけじゃない、悪辣なダンジョンに阻まれて意気消沈して帰って行く」
「好評……?」
メガネが冗談めかして言うが、実際そうなのだ。
ダンジョン面接を作ったは良いが、そのダンジョン面接が通常の面接よりも簡単であってはいけない。
あくまで会社に必要な人材は、しっかり面接を行ってふるいにかけなければいけない。
故に、ダンジョン面接に使うダンジョンは、死ぬ程厳しい。
百人入ったら百人、千人入ったら千人、万人入ったら万人を落とすつもりで、面接用ダンジョンは設計されている。
しかも、攻略情報を集めて地道に突破を目指したりできないように、面接用ダンジョンは不定期に更新されつづけている。
昨日まで雪山だったダンジョンが、次の日には砂漠になっていることなんてザラだ。
その滅茶苦茶ぶりからして『面接担当のストレス発散の場所』とか揶揄されているくらいなのだから。
「はっきり言えば、俺が作った大名屋敷を『楽なダンジョン』と思えるくらいじゃないと、攻略は難しい」
「それは悪辣ですね」
「…………」
「悪辣ですね」
一切邪気のないドラ子の感想に、メガネは少し凹んだ。
「……というのが、ダンジョン面接のすごい大まかな説明なわけだが、なんでそれをお前が知らないんだ?」
かくして、話題は最初に戻ってくる。
ドラ子は、世にも珍しいダンジョン面接の採用者だ。
どれくらい珍しいと言えば、ダンジョン面接で通ってくる人間は数年に一人いるかいないかくらいである。
通常の面接では毎年数十人──多い年は数百人採用されることを考えれば、どれだけイレギュラーか分かるだろう。
そんな超イレギュラーな存在であるドラ子が、イレギュラーな面接を受けた意識が皆無なのはなぜなのだろうか。
「とか言われましても、私はダンジョンなんて攻略した記憶ないんですよね」
「なんで?」
「そりゃ入口っつうか、面接会場までめちゃくちゃ入り組んでるなぁとは思ってたんですけど、それだけというか」
「???」
もちろん通常の面接を行う部屋までが入り組んでいるということはないので、その時点でダンジョン面接を受けていることはほぼ間違いない。
だが、本人にその自覚が全くないのはなぜなのか。
「ドラ子が面接受けた日はいつなんだ?」
「確か、秋の終わりくらいだったから──」
ドラ子から面接日を聞き出したメガネは、社内のデータベースから、その日の面接用ダンジョンを確認する。
そして、その内容に頭を抱えた。
「何か分かったんですか?」
「お前が面接を受けた日のダンジョンは『状態異常ダンジョン』だよ」
「それは、つまり?」
「お前、状態異常耐性ほぼ完璧なドラゴンだろ。お前にだけは、この日のダンジョンはただの入り組んだ通路だったってことだ」
その日のダンジョンの内容はこうだ。
一見すると、なんの変哲もない通路。
しかし、その実は床、壁、天井と至る所に罠がしかけてあり、実に様々な無味無臭無色の状態異常ガスのオンパレード。
五秒も居れば微弱な状態異常が発生しだし、一分もいればマトモな思考能力が残るとは思えないほどの重体に陥る。
それこそ、某RPGの臭い息をより悪辣に改造したようなものである。
その状態で、正しい道順を探し出してゴールに辿り着くのは中々に至難の業だ。正しい思考能力があっても面倒な道順を、多重に状態異常が発生している状況で冷静に進むのは想像以上の苦難である。
少し道に迷えば後はもう、じわじわと命を削る毒に侵されておしまいである。
ダンジョン面接の事前情報を集めていればいるほど、何があるか分からないから慎重に動くが、それが悪手になる。
正解が、なりふり構わず、一秒でも早く全力で通路を駆け抜けることだなんて知りようもない。そういう方面の、クソダンジョンだったのだ。
ただし、それらは全て、相手が状態異常にかかるなら、という前提の話だ。
状態異常にかからない人間からすれば、ちょっと入り組んだただの通路にすぎない。
この世界においても、状態異常をほぼ全て無効化する生き物はそう多くない。
一つ二つなら効かないものがあるのが普通だが、何百にも渡る種類の毒麻痺その他諸々をまとめて無効化するというのは、生き物としての格が違う。
そんな存在が、こんな会社のダンジョン面接を受けにくるなんて、誰も思わない。
そういう生き物は、もっと星の運営とか、そういう高次の仕事に就くのが普通だ。
だからダンジョン面接担当者はそういう想定をしていなかったし、そんな日にピンポイントで、ニートやってたら家を追い出されたドラゴンが、面接を受けに来るなんて想像しようがない。
はっきり言えば、不幸としか言い様がなかった。
「そして本人が、ダンジョン面接を受けたという認識すら持たずに働いているんだから、担当者のなんと可哀想なことか。一生懸命ギミック考えただろうに」
自分が一生懸命作ったダンジョンを、ギミック無視で攻略される悲しさは、えも言われぬものがある。
ましてや、攻略した人間が攻略した意識さえ持っていないのなら尚更だ。
そうやって同情するメガネを見て、ドラ子は言った。
「いや、不具合使ってギミック不発させてた人に言われたくないんですけど。そっちの方が可哀想だと思います」
「俺は理解した上で対処してるだけだし。気付いてないわけじゃないし」
どっちもどっちだろ! という現在問答無用のデスマーチに叩き込まれている爺さん達の声がする気がした。
「まぁ、俺は身を以て知ってるけど、だいたいこういう攻略するとダンジョンの作者に理不尽に恨まれることになるからな。お前も気をつけとけよ」
「何をです?」
「この会社に最低一人は、お前のことを殺したいくらい恨んでる奴がいるかもしれない」
「怖い事言わないでくださいよ!!」
「冗談だ」
メガネは冗談だと言って笑った。目は笑っていなかった。
ドラ子は恐怖の状態異常を受けた。だが、レジストされた。
「ま、どんだけ恨まれてても、私を倒せる人間がそうそう居るとは思えないから大丈夫っす」
「ナチュラルボーン傲慢種族が」
なお、昨日魔王に一回負けたうえ、魔王城から命からがら逃げ出したことは、彼女の中で無かった事になったらしい。
「とりあえず、ダンジョン面接については、最終的にこう締めくくるのがお約束だ」
そしてメガネは、話の終わりとして、ダンジョン面接を採用したお偉いさんが最後に言ったという言葉をそっと添える。
「『ダンジョン面接で楽して入社なんて考えずに、普通の面接を受けてくださいね』」
「全否定かよ」
ダンジョン面接は、どこまで言っても冗談なのであった。
ただし、本当にそれで入って来てしまう冗談みたいな奴がたまに居るだけである。
「って、良い話風にまとまってるけど、ダンジョン面接全否定されたらお問い合わせに答えられないんですけど!!」
ドラ子の悲痛な叫びに、メガネはまた面倒くさそうな顔をした。
次回、面接に使えるダンジョンの機能について




