91 お問い合わせ『Solomonを面接に使いたい』1
「──今日の朝礼を終わります」
ゴーレム部長の締めくくりの言葉と共に、保守サポート部の仕事は始まる。
普段であれば、そこから休み中に溜まっていたチケットの振り分けなんかがあって、保守サポート部のメンバーはにわかに慌ただしくなる時間。
だが、現在の保守サポート部は不思議な喧騒に支配されていた。
それは、仕事が忙しいというよりも、朝礼で言われたことがイマイチ理解できないという感じの、ざわざわとしたモノだ。
「……先輩」
「なんだ?」
そんな空気の中、我関せずで通常業務に入っていたメガネに、角の生えた赤髪の後輩が尋ねる。
「魔王城、術式更新するらしいですよ」
「らしいな」
「それに伴って、ウチの会社からも技術者が何人も出向するらしいですよ」
「らしいな」
「魔王城休業スレ、もうすぐパート30らしいですよ」
「それは知らなかった」
ドラ子の方に目も向けずに、淡々とチケットの確認に入っているメガネの姿に、ドラ子は思わず声を上げずにはいられなかった。
「いやなんか言う事ないんですか?」
「なにをだよ」
「だから、この状況について、色々と」
そもそも、魔王城にSolomonが使われていること自体は、別に機密でもなんでもない。
とはいえ、それに関して大々的に、本来はそこまで関係のない保守サポート部まで連絡が来ている時点で、結構会社的に大きなイベントが起こっているのは間違いない。
そして、少なくともドラ子と白騎士は、この先輩がその元凶であると知っている。
どうしてこの人が、こうまで無関係みたいな態度で居られるのか分からなかった。
「ドラ子。お前が何を知りたいのか知らないが、昨日はオフだぞ? 休日だぞ?」
「はい? ええ、まあ」
言われてみれば、そうだったくらいの事実であるが、昨日は確かにお休みだった。
だから、五人で連れ立って、魔王城に遊びに行ったのだ。
それを確認したあとに、メガネは事実をただ並べるように話す。
「昨日の俺は仕事をしてない。たまたまツテでチケットを貰ったから遊びに行って、まぁ、なんか知らないが魔王城がバージョンアップを決断しただけだ。会社から俺に何か言うことはないし、俺から会社に何か言うこともない。無論、お前に何か言うこともない」
「……いや。それで『はいそうですか』と流せる話じゃないんですけど。めちゃくちゃ朝のニュースになってるんですけど」
「そうだな。良くは知らないが、悪質なデマが飛び交っているそうだな。魔王剣がどうとか」
「デマってあんた」
デマもなにも、魔王城側で事実を知っているのは魔王様とレディバグとカクテル爺さんズだけで、それを除いてもチームSolomonが増えるだけだ。
魔王城経営陣ですら、気付いたら術式が消し飛んでいた上に、人によっては全裸で外に放り出されていたことだろう。
何が本当で何が嘘かなど、誰にも分からないカオス状態に違いないのだ。その状況でも前向きに術式更新に進んでいるのは……エリちゃん達の頑張りなのだろうが。
あんな状態にされても律義に約束を守っている、健気な良い子である。
ドラ子だったらSolomonを切る。
「魔王城の内情はどうでも良いし、俺は関わる気もない。仕事があればこなすし、無ければ手伝わない。それだけだ」
「無責任では?」
「そもそも責任がない」
……言われてみると、そうなのだろうか?
分からない。ドラ子にはその事件を起こした犯人がメガネであることは分かっているのに、メガネが悪いのか悪くないのかが分からない。
魔王剣の保護者がメガネなのは間違いないけど、魔王剣の責任は魔王城なのだろうか。
そもそも、何が正義で何が悪なのか、スケールが大きすぎてドラ子には判断できない。
いやでも、少しくらいはメガネに説明責任を果たして欲しい。
「とにかく、俺がお前に言うことは二つだけだ」
「はい」
ドラ子が再び、なんか言いくるめられているような不思議な感覚に襲われているところで、メガネは初めてドラ子の方を向く。
あ、これ正論で言いくるめてくるパターンだ、とドラ子は思った。
「一つは、魔王城のことは魔王城がなんとかするってこと」
「もう一つは?」
「良いから仕事をしろってことだ」
こんなモヤモヤした気持ちで仕事をしろというのかこのメガネは。
そう文句を言いたい気持ちを抱えつつ、確かに仕事はしなければとも思ったので、ドラ子は自分にアサインされたチケットに意識を向けざるを得ない。
悲しいが、それが社畜適性Aに染み付いてしまった習性であった。
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件名:Solomonを面接に使いたい
差出人:異世界852契約番号43──モノリスドア
製品情報:Solomon Ver30.0.2
お問い合わせ番号:20023007081
本文:
お世話になっております。
このようなお問い合わせが適切かどうか定かではないのですが、他に手がないため質問させていただきます。
当社面接担当より『ダンジョン面接』なるものを聞きました。
いわく、人は追いつめられた状況でこそ本性が出るため、ただの面接よりも命の危険がある状況で面接を行う方が求める人材とマッチしやすい、という話らしいです。
それを真に受けたわけではありませんが、一理ありと考えるところもあり、試しに運用してみたく思います。
そのため、面接に使えるSolomonの機能をご教授いただきたく思います。
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「またこのタイプかぁ……」
モヤモヤした気持ちに輪をかけるうんざり感であった。
なおこのタイプとは、Solomonをスーパーマーケット運用に使おうとしたり、農場経営に使おうとしたりするタイプのことである。
一体何を聞いたら、ダンジョン面接とかいう謎の面接に一理ありと思うのか。
そも、どうしてたかが会社の面接に命をかける必要があるのか。
問いつめたい、小一時間問いつめたい。
「先輩、どうしてなんですか」
その問いつめたい衝動を、モヤモヤの半分くらいの原因に叩き付けてみたが、メガネはあまり真面目に向き合ってくれなかった。
「主語述語を省くな」
「どうして顧客はアホなんですか」
「真理を探求するな」
と、やはり真面目に取り合ってはくれないのだが、しつこいドラ子に根負けしてお問い合わせ内容を読んだメガネは、尚更に渋い表情になった。
「ね、先輩。アホですよね」
完全に同意を求める気持ちでメガネを見るドラ子であったが、反対にメガネはドラ子の顔をまじまじと見る。
「え? なんですか?」
「いや、え?」
「困惑してるのはこっちなんですけど」
「……なんでお前が困惑するの?」
「???」
なにか、うまく話が噛み合ってないのが分かった。
ドラ子はお問い合わせ内容を二度読みするが、うん、やはり頭がおかしい。
だというのに、メガネはドラ子の正気を疑うような顔をしたあと、ふと思い直す。
こいつ、もしかして、想像以上に馬鹿なんじゃないか、と。
「時にドラ子。お前、どうやってウチに応募した?」
「え? なんか、就活手伝ってくれる所に相談しに行ったら、書類作って貰えて、とりあえず出したらここでした」
「…………なんてアピールしたの?」
「『腕っ節には自信があります』」
こいつマジか? という目でドラ子を見たあと、メガネは思い立ってパソコンに向き直る。
放置されたドラ子が首を傾げているところで、メガネはこの会社の『採用』の画面をドラ子に見せながら、言う。
「これなんて書いてある?」
「…………『ダンジョン面接採用──若干名』…………?」
え、この頭のおかしい面接、ウチもやってるの?
そこはかとない狂気を知ってドン引きしている中、メガネは更に言った。
「そしてドラ子、お前は『ダンジョン面接』の採用者だ」
「んなアホな」
あはは、と先輩の唐突なボケにツッコんだドラ子だったが、メガネはぴくりとも笑わなかった。
少し間があって、ドラ子もようやく、気付く。
「え、マジですか?」
自分が受けた面接が、ダンジョン面接であったことに。
またしばらく平和な通常業務です
ダンジョンの資格試験の時期までは




