88 魔王城へようこそ! 36
キーン、キーン、キーン、キーン。
カーン、カーン、カーン、カーン。
《──まっ。──ちょ、待って! 起きた! 起きたから!》
魔王剣の懇願が聞こえる中、メガネは無表情で左手に持った魔王剣を、右手に握った神剣『きききき』で叩き続ける。
心なしか、神剣の方からも魔王剣への怨みのようなオーラを感じた。まともに名付けされたにも関わらず、ボケた態度を取った故だろうか。
《本当に待って! 待ってください! もう大丈夫です! 起きてます!》
「──いや、もう少し叩いとこう」
《────♪》
《待って怖い怖い! 特にそっちの女! マジで我を叩き折ろうとしてるから! 嫉妬の塊みてえな剣だからそいつ!》
それからも暫く、魔王剣を神剣で叩き続けるメガネという謎の光景が続く。
いったい何を見せられているんだ、とドラ子は思った。
ついでに、魔王剣が召喚された際の余波で、無防備だった鳥の巣頭くんは気を失って倒れている。
だから離れておけば良かったのに、とドラ子は思った。見捨てたのはドラ子である。
「そ、その、勇者よ?」
「…………あ、俺のことか?」
「そ、そう……よな?」
暫くその光景を眺めていたあと、不意に我に返ったエリちゃん十四世がメガネに呼びかける。
呼びかけてから、魔王剣を持っている相手を勇者と読んで良いのか迷った。
「そ、そなたは、いや、あなた様はもしや初代魔王様……ですか?」
「そんなわけないだろ。なんで俺があの爺になるんだよ」
「????」
魔王は混乱している。
その隣で、同じように混乱の状態異常から抜け出せないでいるレディバグも尋ねる。
「…………ええとつまり、あなたが次代の魔王様ですか?」
魔王剣とは、魔王城における魔王の力の象徴である。
喩え、現在魔王が居たとしても、魔王剣を召喚できるものが現れたのならば、世代交代も止む無しと考える者が多い。というかそうなるだろう。
なのだが、メガネはその問いに露骨に嫌そうな顔をした。
「誰が魔王なんてやるか。これはメッセンジャーとして呼んだだけだ」
「????」
レディバグの混乱の効果時間が延長された。
もはや誰しもが混乱の最中に居る中で、カクテル爺さんズだけが、まぁ、そうなるだろうな、といった顔で成り行きを見守っている。
──もしものときに備えて、各所に連絡を取る準備を整えながら。
「エゼルヴァルド。寝起き早々に悪いが、契約内容を説明しろ」
《了解マスター。正確には元元マスターであり、現暫定マスター》
メガネが魔王剣を床に突き刺したところで、皆の視線は魔王剣に集る。
魔王剣には当然目など付いていないが、彼?が周囲を見渡したのが分かる。そして、恐らく説明すべき相手と見定めたのか、気配がレディバグ一点を見つめる。
《若い嬢ちゃん。もしやマスターが魔王城とどういう契約を交わしているのか、今の経営陣は知らねえのか?》
「──えっと、あの、その、そもそも、この方がマスターというのは?」
《は? ああ、まずそんなところからか。んん?》
思ったよりも気さくに話しかけてくる魔王剣に、混乱を強めるエリちゃんとレディバグ。
そもそも、この二人は本物の魔王剣が喋るということすら知らなかった。
知らなかったから、まさか『初代魔王』と『ある男』の契約が『魔王剣への誓約術式』のもとに交わされていることも、知らなかった。
《簡単に言うとだな。魔王城で使われてる俺達──魔剣とか聖剣とかその他諸々の原本──つまり『本物』の所有者はこのマスターなんだよ。魔王城はマスターと契約して、聖剣だの魔剣だのの意識に出張してもらってるんだわ》
「「は?」」
《んで、その契約を行ったのが、当時まだ現役バリバリだった元マスター──つまり初代魔王『キシウス』本人。契約の証として、我が魔王の所有物として魔王城に仕えることになったんだわ》
「「はぁ!?」」
唐突に明かされる真偽不明の情報を前に、皆の視線が一斉にメガネに集る。
だが、メガネは面倒臭そうにしただけで、ピッと魔王剣を指差した。
まるで『いいから続きを聞け』と言うように。
《で、マスター側は特に要求したものも無かったんだがな。それじゃ義理が立たねえと、キシウスが提示したものが三つある》
そうして、状況の理解が追いつかぬ面々を前に、魔王剣は当たり前のように、メガネに提示された『非常識な契約内容』を話し出す。
《一つは我達だな。マスターはこの『魔王城』に遊びに来た時に、何か気に入らないことがあったら、我を始めとする、全ての貸し出した『剣達』を強制的に連れ戻す権利を持っている》
「ほぇあ!? ちょ、こ、困!!」
その言葉に真っ先に反応したレディバグだったが、周囲からの『ここは黙って聞け』という視線に押されて、押し黙る。
とはいえ、レディバグは、溢れ出てくる冷や汗と脂汗のミックスに心臓の動悸が収まらない。ぶっちゃけ、メガネがめちゃくちゃ気に入らなさそうな態度を取った、という自覚くらいはあった。
そんなレディバグの様子を意に介さず、マイペースに魔王剣は続けた。
《二つ目は魔王だ。マスターが魔王城を気に入ったとしても魔王本人が気に入らなければ、好きに魔王を更迭する権利を持っている。というか、我はマスターの指示には逆らえないからな。我の持ち主が新たな魔王になるんだろうし、その権利も当然なわけだ》
「はわ、はわわわわ」
続いた言葉に、今度はエリちゃん十四世が慌て出す。
言ってはなんだが、エリちゃん本人もメガネに結構無理を言った自覚があった。
嫌がっているような気はなんとなくしていたが、ダメもと感覚でぐいぐい『宿敵認定』を迫ったのだ。
メガネの気分一つで更迭されると知っては気が気じゃない。
《そして最後の一つ。さっきから慌ててるそこの二人、心して聞けよ?》
そこの二人、と言われて、レディバグとエリちゃんがビクリと跳ねる。
今までサラッと流して来た以上のことを、これから知らされるかもしれない、と聞いたら、さもありなん。
そして二人の心の準備もそこそこに、魔王剣は告げた。
《三つ目は簡単だ。マスターは魔王と戦う時に限って『本気』を出しても良いという権利を持っている。魔王城はその戦いの際に起こったことの、一切の責任を問わないという契約だな。これは単純に、キシウスの野郎がマスターとガチバトルやりたかっただけなんだが、まぁそれは叶わなかったなぁ。以上、魔王剣の名の下に、初代魔王とマスターの間で交わされた契約だ》
「…………うん?」
「…………はい?」
提示された三つ目の条件に、女子二人は面食らった。
それは、先程まで提示された条件に比べて、あまりにも、軽いように思えた。
思えてしまった。
──簡単な聖剣導入時の流れと今までの補足──
魔王城設立
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魔王城規模拡大
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魔王城Solomon導入決定
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新職業『勇者』他、追加決定
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聖剣問題発生(聖剣を扱う形式がないし、そもそも聖剣の雛形もなかった)
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形式の問題はモンスターで解決するも、聖剣の元がない問題残る
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初代魔王「聖剣がないなら、その聖剣使いに直接借りれば良いんじゃね?」と思いつく
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初代魔王、独断で単身、当時趣味でダンジョンを攻略していたメガネに突撃する
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なんやかんやあって魔王剣エゼルヴァルドとその他聖剣達の分体の出張を勝ち取る
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初代魔王「あったよ! 聖剣の元!」
みんな「でかした!」
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カクテル青年ズ「あれこの聖剣とか魔剣って……あっ」(気付くが触らない)
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時間が経つ。初代魔王引退。
↓
初代魔王(契約の引き継ぎは……新しい時代を担う魔王と魔王剣に任せた方が良いか)
魔王剣(契約の引き継ぎは……直接契約した初代魔王がやるだろう……Zzz)
ひよっこ経営陣(魔王様がどこかから持ってきた契約だけど、初代魔王様の仕事だし下手に口出ししないでおくか)
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契☆約☆情☆報☆紛☆失
↓
なんやかんやあってメガネ入社
↓
メガネ、魔王城が魔王剣の貸出先だとか、職業『勇者』についてとか諸々に気付くが、初代魔王引退を知ったので「まあ急いで行かなくても良いか」になる
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メガネ、間接的に魔王城の仕事をしつつ、Ver問題気になりつつ、ズルズルと行かないでいる
↓
メガネ、後輩に魔王城に誘われて重い腰を上げる
↓
なんやかんやあってブチ切れる(←今ココ)
次回、魔王城、完




