86 魔王城へようこそ! 34
「つまりそういうことだ」
「つまりどういうことなのだ!?」
メガネから簡単な説明を受けた魔王エリちゃん十四世は、しかしまったく納得がいっていなかった。
「正直に言って、そなたの話から魔王城の術式のバージョンが古いというのは、なんかヤバそうだという話は良く分かったのだ。だが、その不具合とやらと今の状況がどう関係するのだ? ここにモンスター扱いなのは余しかおらぬのではないか!」
余談だが、ここ魔王城の『魔王』はユーザー同様に中の人がいるとしても、扱いとしては『モンスター』になる。
これも詳しく話せば初代魔王のこだわりの話になるが、ざっくりと言えば『その辺の区分はちゃんとしとこう』という、気分の問題でそうなった。
モンスター扱いにしたことで弊害があるとすれば、ユーザー側では気軽にやっている『アバター再生成』がちょっと面倒になっている。
ユーザーのアバターは一回作ってしまえば、あとはレベルアップというシステムで自動的にステータスを書き換えているが、魔王様はユーザーのように経験値でレベルアップするシステムを採用していない。
挑まれる度に、相手に合わせてレベルを上げ下げしないといけないし、普段のお仕事で魔王の試練を与えにいく時も、ある程度の調整が必要だったりする。
そしてその都度ステータスを調整してモンスターとしてのアバターを再生成するより、設定したレベルに応じたバフを都度かけた方が、手間がないという結論に至ったのだ。
だから、魔王様はデフォルトを強化することでレベルを再現しているし、こうやって不具合の影響も受ける。
強化対象になるモンスターが八体になれば、最初にデバフを解除されるのは魔王様なのである。
そして、ここにモンスターは自分しかいないという魔王の認識は誤りだ。
だって魔王城は、Solomonで動いているんだから。
「何を言っているんだ。モンスターなら俺がさっき召喚しただろう」
「…………?」
ここにモンスターは魔王一人だけ、という当たり前の話に、メガネもまた当たり前のように返す。
たった今、召喚した、と。
そこまで聞いても、Solomonのことを良く知らない魔王様はピンとこないが、Solomonをそれなりに知っているチームSolomonの面々は即座に理解する。むしろ不具合の話を聞いたときから理解していた。
ドラ子は、Solomonのどんぶり勘定っぷりに怒ればいいのか、それとも魔王様に同情すれば良いのか迷いながら、彼女の代わりに答える。
「つまり、聖剣は、Solomonの術式の中ではモンスター扱いなんですね」
「え?」
「その通りだ」
「え!?」
聖剣──改め、聖剣クラスのオブジェクト。
これら、レプリカの剣に、本物の剣の意志をインプットした存在。
普通に考えれば、これらがモンスターである筈が無い。
だが、魔王城を動かしている術式はSolomonであった。
「Solomonには──少なくともSolomon Ver3.2には、意志を持った剣を、装備アイテムとして扱う機能がない」
そう。
聖剣使いの戦闘データを手に、ノリノリで魔王城の管理術式戦争に手を挙げたSolomonは、その肝心の『聖剣使いの武器』を取り扱う機能を作っていなかった。
上層部はそもそもSolomonのことを良く分かってないふしがあるし、営業は仕様を把握していなかったし、技術者達も別に作れと言われていなかった。
だから、聖剣に相当する武器を扱うための機能は作られなかった。
その問題点が発覚したのが、魔王城での正式採用が決定した後、それなりに術式の移行が済んでからだったのも問題だった。
そもそもその当時は、勇者の職業を作るのは良いけど、じゃあその武器になる聖剣をどうするのか、という所まで話が詰められていなかったという問題もあった。
見切り発車で、思いのほかスイスイと進んでしまったが故に、ついに『勇者』の職業を作るとなった段階でようやくその問題が発覚したのだ。
「あの瞬間ほど、顧客が本当に欲しかったものと、現場の認識がすれ違っておったときはなかったのう」
「まぁ、技術者側では『で、聖剣ってなに? これどうすんの?』という疑問はずっと残っておったがな」
当時を知る老人二人が、遠い目で言った。
とはいえ、Solomonのインストールから始まり、データの移行もほぼ終わっていて、そんな状態で『すみません肝心の聖剣が作れないからやっぱやめます』とは口が裂けても言えなかった。
そんな機能はないのに『どうにかしろ』という顧客。
そんな機能はないのに『どうにかしろ』という上層部。
そんな機能はないのに『どうにかしろ』という営業。
そんな時間もないのに『どうにかしないといけない』という責任だけを押し付けられた技術者達。
残された時間は短く、大規模な開発や改修などしていられない。
既にインストールしてしまったSolomonの根幹術式を書き換えることもできない。
手足を縛られた状態で、いきなりモンスターの巣に放り込まれたような状況。
そんな状況を打破したのは、とある一人の『モンスター愛好家』だった。
『なあに! 心配することはないとも! ふふ! 私に良い考えがあるんだ!』
そう言ったのは、Solomonに勤めてまだ幾ばくも経っていない、モンスター生産管理部の新人だったとか、はたまた取引先の関係者だったとか。
「先輩。今なんか、すっごい良い笑顔を浮かべた変態の顔が浮かびました」
「忘れておけ」
とにかく、その変態の出した、最も冴えた賢いやり方はこうだった。
『意志を持つ『剣』を扱う機能が無いのなら、意志を持つ『剣のモンスター』を代わりに使えばいいじゃないか』
それを聞いた魔王様が、ごくりと唾を飲み込む。
「えっと、つまり?」
「この、聖剣も、魔剣も、邪剣も、宝剣も、王剣も、精霊剣も、神剣も。扱いは全部リビングソード(生きている剣)だ」
「嘘であろう?」
残念ながら嘘ではなかった。
むしろ、リビングソードを聖剣にすることで、色々と細々とした問題が片付いてしまったのだ。
聖剣召喚に類する、意志ある剣の召喚技能は、全てモンスターを召喚する能力で代用できた。
召喚できる相手が相性で決まるというのも、モンスターのランダム召喚の流用で何の苦労もなく実装できた。
召喚したあとの契約に関しても、名付けを行うことで進行するテイムの一種に落とし込めた。
生きた武器を装備して強化されるのも、テイマーの技能の一種である、テイムモンスターのステータスを一部反映する技能の流用でなんとかなった。
勇者と聖剣のその場のテンションで能力が上下する仕様も、装備品では難しいが、モンスターへのダンジョンのバフデバフを使えば簡単に実装できた。
何より一番重要なこととして、術式を書き換える手間がほとんどなかった。
「そうして、関わった人間全員の半笑いの中、職業『勇者』と聖剣クラスオブジェクト『リビングソード改』は完成したのじゃよ。ああ、発案者だけは高笑いしとったがの」
「…………ええ……」
魔王様は、今まさにメガネの手の中にある神々しい刀剣を眺めて、それから、突き刺さっている刀剣達を眺めて、最後にメガネの顔を見る。
「という夢を見たのだな?」
「残念ながら、魔王様にかかっていたバフが全て打ち消されていることが、どうしようもない証拠だろうな」
「NOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
魔王エリちゃんは、頭を抱えて絶叫した。
その痛ましい姿に、誰もが涙を禁じ得なかった。
「じゃあ、そろそろ戦おうか」
「いや先輩、このタイミングで良くそれが言えますね」
訂正。
この状況を意図的に作り出した勇者のサンプルだけは、転職先を眺めていたときに思いついた不具合利用法──もとい攻略法が上手くハマってご満悦であった。
血も涙もないメガネとは対照的に、一度は絶望で膝を折った魔王エリちゃんが涙を拭って立ち上がる。
足を震わせながらも、健気にメガネを睨む様に、メガネが感心したような顔をする。
「ふむ。立ち上がるか。だが、そんなボロボロの身体でなにができる?(なお身体のダメージは0)」
「は、はは……もう良い。真実は真実として受け止めよう。だが、それがどうした? たとえどんな認め難い現実が、進んだ先に待っていようと、それでも魔王は立ち上がらねばならないのだ!」
「勝てる見込みがあるのか?」
「知れた事よ。たとえ、全ての策で破れようと、余の心までは破れておらぬ。全てを奪われようと、余の意志までは奪えておらぬ。余は、余を最強と信じる全ての魔王城ユーザーと関係者のために、何があっても負けるわけにはいかぬのだ!」
そして、全ての希望を背に立ち上がった魔王様に、メガネはニヤリと笑う。
「ならば受けてみろ。この邪剣の一撃を!」
そして、メガネは地面に突き刺さっている邪剣を引き抜いて魔王エリちゃんに投げる。
それをエリちゃんは力強く弾いた(イベント中なのでダメージは0)
「効かぬ! そのような意志なき力に負けるものか!」
「あ、その邪剣、一回攻撃を加えた相手が生きている場合、ずっとデバフ撒き続けるから」
「イベント中でも手を抜かぬな勇者は!?」
ダメージ0だと知っているから、デバフに切り換えた勇者である。
その様子を見ていたドラ子は、またしてもぼそりと漏らす。
「自分が優勢の状況にも関わらず、ここまで容赦なく、畜生ムーブができるのってある意味すごくないですか?」
「流石メガネ先輩。使えるものはなんでも使う──勇者の鑑だよね!」
「あ、カワセミ先輩の目にはそう映るんですね」
まぁ、最初に卑怯──とまでは言わないが、かなり強引な手法を取ったのはエリちゃんの方なので、あまり同情の余地はないのかもしれないが。
それでも情け容赦なく、どちらが魔王か分からないようなムーブをしているメガネを見ると、エリちゃんが可哀想に思えて仕方なかった。
ただ、対魔王戦略が思ったより有効に働いて、メガネのテンションがちょっと上がっているのは、まだ少ししか付き合いのない後輩にも分かった。
「さあ来い魔王! 俺はレベル1だからぶっちゃけ良いの一発貰ったら死ぬぞ!」
「うおおおおおおおおおおお!」
雄叫びを上げながら向かってくる魔王を迎え撃つメガネの顔が、少しだけ楽しそうだったから。
ちなみに実は最新のVerには意思のあるアイテムが実装されています。
ミミックって言うんですけど(家具)




