84 魔王城へようこそ! 33
明かされたそれなりの事実に、知らなかった一同は飲み込むためしばしの沈黙を挟む。
ややあって、一番に再起動したドラ子が尋ねた。
「えっと、それってつまり先輩が昔は勇者やってて、バチバチにダンジョン攻略してたってことですか?」
ドラ子は少しイメージしてみる。
メガネが聖剣を肩に担ぎながら、仲間達と一緒に朝焼けを見ながらこう言うのだ。
『この美しい世界を、俺は守ってみせる』
そして、決意を秘めた表情を少しだけ崩して、笑顔を浮かべて──
「似合わねー」
「なんだてめえ」
その妄想を完結させることもできず、ドラ子は感想を零した。
内容はさっぱり伝わっていないが、理不尽なダメだしをされた気配だけは感じたメガネである。
「だって先輩が人々のために立ち上がって魔王に挑む様とかまっっっっっっっったくイメージできないです。むしろ魔王が人々を苦しめてるって聞いても『大変だな』って真顔で感想零すタイプの人間です。自分の生活圏が侵されない限り、率先して人のために立ち上がるとかありえないです」
「お前の中の俺のイメージ相変わらずどうなってんだ」
と、後輩の中の自分の像に苦言を呈しつつ、メガネは『まぁ、そうだろうな』と少し同意してしまう。
少なくとも、自分自身はそういうステレオタイプな勇者でないことは自分が知っている。
そもそも、自分は別に『勇者』でもなんでもない。
「まぁドラゴンの嬢ちゃんの言うことももっともじゃ。そもそも、こいつは『聖剣を使ってた』から職業『勇者』のサンプルになっただけで、勇者じゃない」
「魔王城で『勇者』が器用万能になったのは、こいつがパーティも組まずソロで潜ってたせいじゃぞ」
「あ、そうですよね。良かった」
これで元勇者だったらどうしよう、という謎の危機感を抱いていたドラ子は安堵する。
確かに、勇者に盗賊の技能までは必要ない。
なんでもできる──というのは裏を返せばなんでも自分でやらねばならなかったことを意味する。
そういうボッチ成分がサンプルとして反映された結果、職業勇者は近接も魔法も回復もこなすオールラウンダーになったのだ。
だが、勇者のサンプルになった人間が勇者ではないと言われると、腑に落ちない魔王様もいた。
「で、では結局こやつはなんなのじゃ?」
そして再び、皆の視線はメガネに集る。
メガネは少し言葉を詰まらせた後に、初対面の相手に趣味を話すようなよそよそしさでこう答える。
「……趣味でダンジョン攻略してた一般人……?」
お前のような一般人がいるか、とドラ子が突っ込む前にカクテル爺さんたちがキレた。
「ふざけんなよおまえええええ!」
「お前の趣味のせいでえええええ! こっちはああああああ!」
「そんな急に怒ると身体に悪いぞ」
瞬間湯沸かし機のようにテンションが上がった爺さん達の血圧を心配するが、それすらも神経を逆なでしたに過ぎず、爺さん達は言い募る。
「小規模ダンジョンを2万以上。魔王のダンジョンをおよそ三千。神のダンジョンを千五百。魔神のダンジョンを五百」
「Solomonと契約しているありとあらゆる異世界に現れては、まるで見えているかのように『不具合』を踏み抜いて行く」
「アイテムの多重取得、想定外の攻略法、倒せない筈のボスの打倒、意味不明な行動の数々、気に入らなかったダンジョンの消滅までと、犯した行為は数知れず」
「付いたあだ名は『歩く不具合発生器』『ダンジョンの死神』『アイツ(親指を下にしながら)』『残業確定イベント』『犬のクソよりむかつく存在』『デバッガー何やってんだ』『誰か懸賞金かけろ』『デッドオアアライブ』『クソゴミバカカス』などなど多数」
「とはいえ、それらを差し置いて特に通りが良かったものが──」
ふつふつと怨嗟の漏れる声に、はっとドラ子が気付く。
そして爺さん二人の言葉に、合わせて言ってみた。
「「「クレームメイカー」」」
声を見事にハモらせたことで、ドラ子とカクテル爺さん達はにっとお互いに笑い合う。
それは、ドラ子がなんとなく気になってはいたのに微妙にはぐらかされてきた、メガネの過去であった。
「いやー、まさか先輩が新人時代にクソみたいな失敗をしまくってたんじゃなくて、会社に勤める前からやらかしまくってたなんてなー」
「なんでお前は嬉しそうなんだよ」
「いえ別にー」
特に理由はなかったが、なんとなくこの完全無欠っぽい先輩の過去という面白いネタを一つ手に入れた気分のドラ子だった。
だが、そこで同時に噛み合わない部分にも気付いてしまう。
「あれ、でもちょっと待って下さい。先輩がダンジョンでヤンチャしてた時代って、Solomon Ver3.2とかそのくらいってことですよね? 控えめに言っても結構昔というか、少なくともお爺さん達と同年代とかそのくらい……? えっ、先輩いまいくつなんです?」
そう。
少なくとも、魔王城が出来てしばらく経ってから生まれたドラ子より、年下というのは万が一にも有り得ない。
ではどれくらい上かは定かではないが、少なくともVer3.2の時代には生きていたのだ。
となると、少なく見積もっても数十歳──下手をすれば百歳二百歳は余裕で超えていることになる。
その疑問に、メガネは遠い目をして言った。
「さぁな。クソアバズレ女神に不老不死の祝福(呪い)をかけられてから年齢は数えてないな」
「記憶も覚束ないお爺ちゃん……」
「ぶっ飛ばすぞてめえ」
後輩には比較的寛容なメガネでも、後期高齢者扱いは苛立ちポイントであった。
と、知られざるメガネの過去でドラ子がほくそ笑んだり、白騎士がポカンとしたり、カワセミが何故か興奮していたり、鳥の巣頭君が完全に蚊帳の外だったりしている間。
唯一Solomon側とは関係のないエリちゃん十四世が、静かに尋ねた。
「良く分からぬが。結局お主は何者なのだ? なぜ、そのように幾多の『剣』を従えられたりするのだ?」
過去のしがらみとか、現在の職とか、色々と疑問がわいてくるメガネについてであったが。
それでも魔王にとって重要なのは、今目の前の存在がなんなのか。
魔王戦の最中だというのに、ずいぶんと話がそれまくっていたところで、急に戻って来た本題にメガネは少し面食らう。
だが、ちょっと考えてニヤリとニヒルに笑ってみた。
「俺に勝ったら教えてやるよ」
「ふっ! 上等なのだ! いかに『勇者』の元になった存在とはいえ、今はレベル1! 余の有利は覆らぬ!」
瞬間、魔王エリちゃんの存在感が急激に膨れ上がった。
メガネの準備を待つと言っていたが、それはそれとして明らかに臨戦態勢に入ったことが伺えた。
無防備に、一撃を食らう気は皆無のようだ。
「それじゃ、俺も最後の一本といくか」
魔王の覚悟に応えるように、武器商人メガネもすかさず手を伸ばす。
そして、予定通り、その一本を呼び出した。
「神剣召喚」
それは、今まで呼び出された凄まじい力を秘めた刀剣達に比べても、一段階上の存在感を感じさせるものだった。
剣という存在を抽象的に切り出しただけの、物質としておかしいような不安定な形状。
それでいて、その形状が何者にも揺るがされぬと確信できるような、強固な存在感。
絶対零度の雪の結晶を剣の形に押し込めたような、決して壊れぬ儚さの体現のような美しい剣が、その手に握られていた。
《──ああ、お久しぶりです──》
「お前は神剣『きききき』な」
《────!?》
幻聴だろうか。メガネの名付けが終わる前に神剣が何か喋っていたように聞こえた。
正確には脳内に直接響いたといった感じだが。
「あの先輩。その神剣さん、何か言ってませんでした?」
「気のせいだろ」
気のせいだろうか。
明らかに格の高い神剣が、雑な名付けによって力を落とされ、口封じされたように見えたのは。
だが、どれだけ疑問を持とうが、当の神剣が何も喋れなくなったのでその疑問に答えは出ない。
「ははは……もはや神剣まで当たり前に呼び出せるとは、余の宿敵はまさしく恐ろしい使い手よな。しかし! ここ魔王城で最大限に祝福を受けている余は決して負けぬ! かかってくるが良い!」
メガネによるおかしな刀剣召喚ショーが終わり、ついに本番が来たかと魔王エリちゃん十四世は気炎を上げる。
だが、その言葉と共に噴出しようとした魔王の覇気が、どういうわけかほとんど出なかった。
「……? あれ? かかってくるがよい! …………かかってくるがよい! かかって! くるが! よい!!! なあああああ!?」
なんど繰り返しても、この場所にあっては全能感すら味合わせてくれていた魔王の能力が上手く発動してくれない。
魔王様は、何度か叫び、ポージングを変えて色々挑戦してみるが、悉く不発に終る。
その一人ヒーローショーを眺めていたメガネは、あれええ? と頭を抱えている魔王様にしばらくして尋ねる。
「…………かかって行っていいかな?」
「ま、待つのだ! ま、魔王の力がどういうわけか上手く使えぬのだ!」
魔王エリちゃん十四世は焦っていた。
レベル100解放という一世一代の能力を解禁したというのに、それがこの土壇場で動かなくなるなどあってはならない。
仮に負けるとしても、せめて正々堂々戦ったあとでなければ、恥ずかしくて魔王として立ってなどいられない。
だが、そんな彼女の気持ちを──絶望に叩き落とすようにメガネは言った。
「大丈夫。魔王の力が使えないのは、想定通りの不具合だ」
「…………はい?」
メガネの言葉がまたしても理解できなかったので尋ね返すエリちゃんに。
メガネは、相変わらず容赦の欠片もない真顔で言った。
「だから、魔王の力が使えないのは、Solomon Ver3.2では当たり前の不具合だ。再現率100%のな」




