83 魔王城へようこそ! 32
「いやちょっと待つのだそれはおかしい」
「え、なにが?」
魔剣『いいいい』の登場により、微妙な雰囲気になっていたところで、一番に声を上げたのは魔王本人であった。
「勇者が聖剣を召喚するのは、良い。その聖剣の仕入れルートを商人が模倣できるのはおかしいが、それもギリギリ許す。二本目の召喚に成功してしまったことも、どうにか目を瞑ろう。だがしかしだ。なぜ、勇者が魔剣を召喚できるのだ????」
色々と譲りまくったところで、エリちゃんはどうしても不思議でならない部分に辿り着いた。
本来、聖剣を扱うのが勇者であるように、魔剣を扱うのは魔に連なるもの──例えばそれこそ魔王だったり、魔剣士だったりするのが当たり前だ。
仮にどれだけ剣に愛された勇者であろうと、いきなり魔剣を呼び出し、それに応えてもらえるというのはおかしい。
そんな当たり前の疑問に、メガネは淡々と応える。
「いや、勇者じゃなくて武器商人だから問題ないだろう」
「武器商人であろうとおかしいだろう! むしろ武器商人のところに、魔剣が寄ってくる方がおかしいではないか! 売られるではないか!」
「レプリカなんだから売れないぞ?」
「そういう問題ではない!」
なお、先程メガネが召喚した聖剣や魔剣は、もちろん本物ではない。
正確には、剣に宿る意志だけが本物(の分体)で、剣自体は魔王城で用意している量産品のレプリカというのが正しい。
だから、聖剣との契約というプロセスには実際に聖剣の意志が関わっているが、聖剣の性能自体はレプリカの剣に魔王城が補助を施している。
聖剣に成長要素があるのは、聖剣が使い手に対してどれくらい力を出して良いのかを判断し、魔王城に相応の補助を申請するからだ。
もっとも、分体とはいえ聖剣の意志自体は本物なので、乗り移っている剣もその時点で偽聖剣と呼べるくらいの能力はあるのだが。
そういうわけなので聖剣や魔剣の召喚には、本人と剣たちとの相性というものが密接に関わってくる。
相性が悪ければ、呼びかけに応じないことも往々にしてある。
職業の補正があるので勇者や魔王であれば聖剣や魔剣も嫌々召喚されてくれるが、武器商人に嫌々召喚される聖剣や魔剣はまず居ない。
「考えられるのは、勇者の他に魔王等の適性も高いという場合だが、それにしたって武器商人に召喚されるほど、魔王城と契約している魔剣も優しくはないはずだが……」
かくいう魔王エリちゃん十四世も、実は格の高い魔剣の召喚には難儀している。
魔剣に認められる、というのは聖剣に認められるのと同じか、それ以上に難しいことなのだ。
もしかして、この男、魔王適性も……?
「と、とにかく、そなたが類い稀な素質を持っているのは間違いない。これは是が非でも『宿敵認定』したくなったというものだ。さあ、始めようではないか!」
ふと浮かんできた思考を振り切るようにエリちゃんはいった。
聖剣と魔剣のダブル装備には驚いたが、それでも相手はレベル1だ。
レベル100でボス補正付きの自分が負けるなど、有り得ないはずだ。
そう内心で想定しているエリちゃんに、メガネは淡々と言う。
「何を勘違いしているんだ。まだ俺の準備は終わっていないぞ」
「え」
言うや否や、メガネは魔剣も地面に突き刺して再び虚空に手を伸ばす。
「邪剣召喚」
そして現れた邪剣『うううう』は、禍々しい雰囲気とは裏腹に七秒で説得された。
「宝剣召喚」
煌びやかな刀身を持つ宝剣『ええええ』は、二十秒は粘ったが痺れを切らしたメガネに強制送還されそうになったところで折れた(心が)。
「王剣召喚」
他の剣たちとは一線を画す威圧感を放つ王剣『おおおお』は、メガネに強気に出たようだったが、それに対するメガネの「は?」の一言で跪いた(心で)。
「精霊剣召喚」
どこかふわふわとした華やかさを持つ精霊剣『かかかか』は、現れた直後に空気を読んだのか、泣き言を一切言わなかった。
「神剣──」
「ちょ、ちょ、ちょちょっと待て! 待て待て待て!」
「なんだ? 多分次で準備は終わるんだが」
「まだ増えるのか!?」
エリちゃんがフリーズから回復して声をかけた時には、メガネの周りはちょっとした戦場跡のように、様々な剣が突き刺さっている。
これら全てが数打ちのそれであれば、殺伐とした雰囲気だっただろうが、刺さっているのがどいつもこいつも曰くありそうな一品なので、一周回って幻想的な空間と言ってもいいかもしれない。
「おかしいではないか! 本来、意志ある剣が人間を認めるというのはなかなかに希有なことなのだぞ! それが二本でも珍しいのに、七本も呼ぶ気なのか!」
エリちゃん十四世は、もはや魔王の威厳もどこかに置いて、年頃の女の子のように混乱していた。
ここまでくると若干引き気味になっているエリちゃんの様子を、外側から見ているドラ子はこう評した。
「当事者になると混乱するけど、端から見てる分には面白いよね。びっくり箱みたいで」
「普通は端から見てても混乱するんですけどね」
声をかけた白騎士ではなく、カワセミが代わりに答える。そんな彼女もメガネの剣塚を見て『さすがメガネ先輩』モードに入っていたので、正気とは言えなさそうだった。
「……はい……はい…………お願いします」
ついでに白騎士は混乱を通り越して行動に入っていた。すなわち検証である。
魔王城ガチ勢仲間に連絡を取り、勇者と武器商人のシナジーが誰でも可能なのかを確認して貰おうとしていた。
そんな彼女が浮かべている、笑みとも真顔とも言えぬ奇怪な表情に少し怯えた後に、ドラ子はガチ勢ですら知らなかった行動に出たメガネ達を再び見る。
「どうしてそんなことが可能なのだ!?」
「どうしてって言われても、出来るものは出来るとしか」
「いくら勇者適性Sだからってやり過ぎではないか!」
勇者とは『やりたい放題やる奴』という意味が少し含まれているツッコミであった。
ただ、そんなエリちゃんの言葉がきっかけだろうか。
先程、魔王城仲間にお願いした検証の結果を、そわそわしながら待っていた白騎士が、その声に追従するように問うた。
「そもそも適性Sってどういうことなんですか? 魔王城の公式説明でも、職業の適性は最高がAまでとはっきり明記されてますよね?」
白騎士の声は、ちょうど会話の隙間を縫うようにその場全体に響いた。
エリちゃん十四世はきょとんとした顔を白騎士に向ける。
「そ、そうなのか? 余はてっきり最高Sまであるのかと」
「いいえ魔王様。公式の発表でも、実際に私達ユーザーが独自に集めた統計でも、いかなる職業であろうと『適性S』は存在しませんでした」
「…………???」
白騎士の答えを聞き、エリちゃんはメガネを見る。
メガネはめんどくさそうに顔を歪めたあと、成り行きをただ見守っていたカクテル爺さん達へ視線を投げた。
『どうする?』と。
「…………ぬう」
「……もっと早く、説明するべきでは、あったのじゃろうが」
皆の視線が集中したことで、爺さん二人も些か参ったような顔を浮かべる。
それから、メガネと視線のやり取りを幾度かして、了承したのか、あるいは観念したのか、その適性Sの謎を語った。
「知っておりますかな。開城当時の魔王城は今よりも小規模で、まだ総合ダンジョン管理術式は使われてはおりませんでした」
突然の言葉に、白騎士だけがほうほうと興味深そうな顔をする。
他の面々は、いったい何の話が始まったのかと戸惑うばかりだ。
「魔王城の規模拡大に伴い、それまで個別のダンジョンごとに管理していた術式を統合し、総合的に管理しようという動きがあってのう。そこで候補に上がった術式の一つが、当時は比較的新参だったSolomonというわけじゃ」
今でこそ、管理術式界隈ではそこそこに名を馳せているSolomonであるが、当時はまだ新参であった。
候補に上がりはしても、何か決め手の一つもなければ採用されることはないだろう、その程度の存在だった。
だが、当時のSolomonはその決め手を一つ握っていた。
それが当時のSolomon技術者にとって、どれだけ業腹な決め手であったとしても。
「まだ弱小術式だったSolomonじゃが、その当時の営業担当の謳い文句が、魔王城で正式採用される決め手になった」
「その、決め手はなんだったのだ?」
もったいぶったような老人の物言いに、焦れた表情で答えを求める当代の魔王様。
彼女に応えるように、老人は口を開いた。
「当時Solomonだけが保有していた決め手は、Solomon製のダンジョンを攻略しまくっていた『聖剣使い』の情報じゃよ。魔王城が規模拡大に伴い実装しようとしていた『勇者』という目玉職業に、そのまま転用できる──のう」
全員の目が、一斉にメガネに向かった。
勇者適性Sの話がここに繋がったことで、全員の頭の中でも線が繋がった。
つまり、職業適性Sとは、その職業にどれだけ向いているかを示す指標ではなく。
「適性Sの『S』とは『Sample』のことじゃ」
その職業の『元』になった人を表すアルファベットだったのだ。
今回の話をするための前置きに30話以上もかかってしまいました
次回明かされる『クレームメイカー』とは!




