80 魔王城へようこそ! 29
「負けましたあああああああ!」
「お、おう」
そしてドラ子は負けた。
盛大に喧嘩を売った彼女だったが、現在は魔王城の入口にリスポーンし、トボトボと謁見の間まで社員用通路を通って戻って来て、盛大に喚いていた。
一回死んで生き返ったために外見上は綺麗なものだが、死ぬ直前は色んなところが煤けてボロボロになっていて酷い有様であった。
それを見たメガネがぼそっと『トカゲの黒焼き』と零す程度には。
「ふふふ! はーっはっはっは! 余の勝ちだな!!」
そんなドラ子が戻って来たのを確認し、魔王エリちゃん十四世は渾身の高笑いを決めた。
なおそんな彼女も、死ぬ前のドラ子に負けず劣らずボロボロになっており、自身も、玉座や謁見の間の内装も、自慢の髪の毛のキューティクルも瀕死であった。
だが、彼女の顔に浮かぶのはまさしく、難敵を討ち滅ぼした魔王の、達成感溢れる良い笑顔であり、それだけドラ子との戦いが苛烈を極めたことを表している。
喜色満面で煤けている魔王様を苦々しく睨んだ後、ドラ子はメガネに零す。
「悔しいですぅ! 初手のミスさえなければ、勝ってたのにぃ!!」
そうやって地団駄を踏むドラ子。
彼女のミスとは即ち、初手で魔王城のジョブ設定すら無視した、最大火力をぶっ放したことであった。
端から見たら、勝負が一瞬で決まるかに思えた攻撃が、彼女の致命的なミスだった。
「最初に一発殴らせるとか言っておいて、初手のダメージはほとんどカットの設定とか、反則じゃないですか?」
そうなのである。
エリちゃんは魔王のお約束として相手に最初の一発を譲ったが、それは言うなればイベントの範疇であった。
ゲームで言う所の、実際の戦闘が始まる前のイベントシーンで、仲間が突っ込んで行って攻撃を弾かれるみたいな演出と同じである。
この魔王との戦闘も、本格的な戦闘が始まる前はシステム的な保護が働くのだ。
魔王がコミュニケーションの取れる相手だから勘違いしやすいが、本質的には他のダンジョンのボス戦闘と変わらないのである。
だから、全身全霊のブレスをぶっ放したドラ子も、そんなブレスを無防備に食らってほぼ無傷だった魔王エリちゃんも、お互い何が起こったのか分からずポカンとしていた。
ともかくとして、その結果ドラ子が初手で少なくないリソースを無駄に消費したのが、その後の戦闘を大きく左右することになった。
とはいえ、そもそもの問題もなくはない。
「それ以前に、この魔王城の竜騎士ジョブに設定されてない、光のブレスをブッパしたのがまず反則だからおあいこだろ」
「ぐっ、ぐうの音も出ない」
当然ながら、竜騎士レベル39に光のブレスなんて特技はない。
これはドラ子のリアルスキルの成せる業である。
──と言えば聞こえは良いが、その実体は子供がゲームで勝つ為に、リアルで相手のコントローラーを奪い合うようなものだ。
そうまでして勝ちに行った執念は認められるが、それで勝ったとしても、それで良いのかと誰もが問いたくなったことだろう。
「ふはは! 良い! 許す! 結果的に勝者は余なのであるからな!」
だが、ブレスをぶっ放された当の本人は寛大に笑っていた。
結果的に勝ったので機嫌が良い。
「まぁ、そもそも余はまだレベル最大まで余裕があるゆえ、それを考慮すれば、余の圧倒的勝利と言っても過言ではないがな!」
「ぐうううう」
「んん? 第二形態まで出したのに負けた気分はどうなのだ?」
ふふん、と鼻で笑った魔王エリちゃんに、再度ドラ子は悔しそうなうめき声をあげる。
流石にドラ子としても最後の奥の手レベルまでは出さなかったが、それでも日常生活で使うことはまず無いと断言できる第二形態(普段出してないドラゴンの形質がたくさん出るくらいの形態)まで出して負けていた。
例えるなら、場外乱闘で相手のコントローラーの十字キーを封印させたのに負けたようなものだ。
正直に言えば、言い訳できないくらいの完敗である。
だが、そんな勝者の側と言えども、システム的に無傷ではなかった。
「姫様。レベルに余裕があると言いましても、現時点で既にレベル85に……」
「しかも非常用魔力タンクまで強化用に使ってまして……これ以上の戦闘は……」
「よ、余裕があることに変わりないもん! まだレベル100まで行ってないもん!」
爺さんたちから冷ややかな忠告を受けて、魔王エリちゃんは少し焦った。
実際、非公式な場であるから記録にはならないが、そうでなければ魔王城史に残るくらいの善戦をドラ子はした。
最初は魔王レベル1で相手をするつもりだったところ、気が付いたらレベル85まで設定レベルを引き上げることになっていた。
それは一歩間違えれば、ここの勝者がひっくり返っていてもおかしくなかった程の、追いつめられっぷりであった。
「とにかく勝ちは勝ちだ! 一番弟子を破ったのだから余の宿敵認定を受けて貰うぞ?」
それ以上の追及を受ける前にと、魔王エリちゃん十四世は不敵な笑みを浮かべてメガネに手を差し出した。
なあなあになっていた『宿敵認定』の話を進めるためだ。
「先輩! お願いします仇を討って下さい!」
負けドラゴンとなったドラ子も、自分のボスに思いを託そうとする。
そんな二人の視線を受けて、メガネはその眉間に大いに皺を寄せた。
「いや、そもそも、二人が勝手に盛り上がっただけで、俺はドラ子が負けたらどうこうなんて条件、何一つ呑んでないんだが」
「「!?」」
ダブル身勝手娘が揃って驚愕の表情になるが、メガネの言い分は変わらなかった。
ドラ子を泳がせたのも、それで勧誘がなくなれば御の字くらいのつもりで、ドラ子が負けたところで自分が魔王城の『宿敵認定』を受けるつもりはさらさらなかった。
魔王様は話の流れでなんとかなると思っていたので、まさかこんなにメガネが食い下がるとは思っていなかった。
「な、何が望みなのだ?」
「帰宅……かな……」
だが、メガネは想定外に伸びたドラ子とエリちゃんの戦いの最中から、時間を気にしていた。
まだ余裕はあるが、そろそろ終電の時間がボチボチ迫って来ていた。
「電車が心配なのか!? それならば『宿敵認定』の特典にタクシー券も付けるぞ!」
「新聞の勧誘じゃないんだからさ……」
メガネとしてはさっさと魔王様に諦めて貰いたい所だったが、エリちゃん十四世はまだメガネを逃がすつもりはなさそうであった。
さらには、負けたドラ子も約束通り、律義にメガネの説得に入る。
「もう良いじゃないですか先輩。決闘で決めましょうよ。勝ったら話はなし。負けたら宿敵認定されるで良いと思いますよ」
「……俺にメリットがない」
メガネの言い方は、メリットさえあれば受けるとでも言いたげに聞こえた。
そう思ったドラ子は、魔王エリちゃんに目配せする。
「では、余の権限でできることならばなんでも褒美とするぞ!」
エリちゃんも正しく意図を理解して宣言した。
この大胆な発言に、メガネ以外の人物が軒並み反応する。
だがメガネは周囲のざわつきを特に意識することなく、ふと思いついた条件を提示してみた。
「なんでもか。魔王の権限で、魔王城関連のことならだいたい聞いてくれるんだろうな?」
「うむ! 余に勝てたらな!」
メガネが少し乗り気になったと見て、エリちゃん十四世はそう安請け合いした。
そこでメガネは、今日一番の邪悪な──あるいは私欲の篭った目で口を開く。
「じゃあ、俺が負けたらその『宿敵認定』とやらを受けてやる。代わりに俺が勝ったら──」
「──何を望む勇者よ」
少し魔王モードになって尊大に身構えるエリちゃん十四世に、メガネはその『悲願』を口にした。
「俺が勝ったら、魔王城のSolomonを最新バージョンにアップデートしてくれよ」
ドラ子の戦闘は長くなりそうだったのでカットされました。




