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07 プレ新人歓迎会1


 総合ダンジョン管理術式Solomon──保守サポート部では今日もSolomonのスペシャリスト達がお問い合わせへの回答を作成している。

 その室内は、基本的にとても静かだ。

 無駄な会話はなく、仕事に関する話し合いだけがこの場でなされるべき会話となる。


 そんな仕事場に相応しい光景に、頑固一徹を絵に描いたような部長と評される、ゴーレム部長は満足そうな笑みを見せていた。


 一方その頃、お問い合わせを回答者へとスムーズにアサインしたり、簡単な情報共有を行ったり、個人的な連絡をしたりといった用途に使われるメッセージソフト『Slash』上では、このような個人会話が始まっていた。


──────


 ハイパーイケメン蝙蝠:この張りつめた戦場のような緊張感……

 ハイパーイケメン蝙蝠:相変わらず現場の空気最悪過ぎワロタ


 メガネ:いきなり変なダイレクトメッセージ送ってこないでくださいよ

 メガネ:ただし、空気最悪なのは同意せざるを得ない


 ハイパー(以下略):いや、この空気やばいって、新人とか絶対就職失敗したと思うわ


 メガネ:間違ってないのでは?(就職失敗)


 ハイパー(ry:それな


 メガネ:じゃあ蝙蝠さんがなんとかしてくださいよ(適当)


 ハイパー:……飲むか


 メガネ:飲みニケーションかよ……

 メガネ:キャバクラなら一人で行ってどうぞ


 ハイパー:キャバクラ流石に女の子は誘えんわ

 ハイパー:いや、一周回って、ありか?


 メガネ:無しかと

 メガネ:そういや歓迎会まだでしたね。もう入社して二ヶ月経つんですけど


 ハイパー:二ヶ月で回答を担当するスペシャリストになる会社()


 メガネ:スペシャリスト(詳しいとは言ってない)

 メガネ:というのは置いといて、流石に歓迎会そろそろやんないと不味いですよ


 ハイパー:誰だっけ、幹事


 メガネ:たしか、ゴブくんじゃないすかね


 ハイパー:あっ(察し)

 ハイパー:九割忘れてて、残り一割は日々のチケットに追われて忘れてるね


 メガネ:十割忘れてるんですがそれは

 メガネ:ここはやっぱり蝙蝠さんの奢りで飲むしかないですかね


 ハイパー:さらっと奢りにするのやめーや

 ハイパー:しかし、キャバクラに行くというなら奢るのもやぶさかではない


 メガネ:まじかこいつ……じゃあ本人達に聞いてみれば良いんじゃないすか


 ハイパー:そうするわ


 ──────


 ダイレクトメッセージでのやり取りを終えて、メガネの青年はちらりと隣を見た。

 自分の隣に座っているのは、まだ入社して二ヶ月にも関わらず、研修のけの字もないまま実践投入された新人の一人である。

 その特徴的な角と、色々と常識を外れた価値観を持っている彼女は、悲しいことにまだ歓迎会すら開いて貰えていないのである。

 ふと、少女は青年の視線に気付く。


「ん? 先輩、なんでしょうか?」

「いや、こいつ可哀想だなって思ってただけ」

「いきなり憐れまれた!?」


 驚愕の表情を浮かべたドラ子だったが、その後すぐに『Slash』の通知に気付いた。

 蝙蝠が社内のフリーチャンネルに飲み会の誘いを書いたのだ。


 ──────


 ハイパーイケメン蝙蝠:今週末、突発的に飲み会やりたいと思います。

 ハイパー(ry:新人は奢りなので是非是非。


 ──────


「飲み会っすかぁ。社会人になって初めて社会人っぽい誘い受けた気がしますね」

「うっ、なんて可哀想な子」

「さっきから、なんなんですか!?」


 歓迎会すら開いてもらえていない今期の新人達への、憐れみをより強く感じる眼鏡の青年であった。

 しかし、このドラゴン少女を好きに食わせるとアホみたいに食べることを知っているので、可哀想とか思っても絶対に奢りで飲み会をする気はない青年である。

 かくいうドラ子は、チャンネルに書き込まれた文言を見ながら、悩む。


「私も行って良いんでしょうか?」

「逆にお前が行かなかったら誰が行くんだよ新人」

「私この前の回答で、蝙蝠さんのレビュー、フルボッコだったんですよね」


 この保守サポート部で、お問い合わせに対する回答を作成する際は、回答者の他にレビュアーという人物がアサインされる。

 回答者はその名の通り、回答を一から作成する人間。

 そしてレビュアーは、回答を確認し問題がないかをチェックする人間だ。


 単純なお問い合わせに対する回答作成は、基本的に以下の流れとなる。


 1.受付窓口がお問い合わせを受理し、回答者をアサインする。

 2.回答者がお問い合わせに対する回答方針を作成する。

 3.レビュアーが回答方針に問題がないかチェックをする。

 4.チェックが終わったのち、回答者が方針の通り、回答本文の作成を行う。

 5.レビュアーが回答本文のチェックを行い、問題がないか確認する。

 6.レビュアーのチェックを受けて回答案を修正、場合によっては再レビューも行い、回答を窓口に渡す。


 この通り、たとえマニュアルを案内するだけの簡単な回答であっても、二重のチェックが行われるため、回答作成には時間がかかる。

 そして、方針や回答本文に問題があった場合、お問い合わせから回答までの時間はどんどん膨らんで行く事になるのだ。

 レビューがフルボッコというのは、つまり回答作成に著しく時間がかかったことを指す。


「どんだけやってたの?」

「再々レビューまで行った上で、回答本文全部書いて貰ってそれ提出しました」

「お前いらねえな」

「分かってるので言わないでくれません!?」


 普段は能天気が服を着て歩いているようなドラ子であるが、この時ばかりは多少凹んでいる様子であった。

 とはいえ、ここでドラ子が萎縮したら元も子もないので、眼鏡の青年は少しばかりフォローする。


「ま、申し訳なく思うんだったら尚更来いって。あの人も入って二ヶ月の新人なんて使えないって思ってるし、気にしてないぞ」

「それはそれで傷つくんですけど」

「自信持てよスペシャリスト」

「自信持ちたいのでせめてSolomonの勉強する時間くれませんかねぇ」


 無論、この保守サポート部に新人が十分な勉強をする時間などないのである。

 だって、単純かつ致命的に人手が足りていないのだから。

 そうこうしている内に、先程のメッセージに対して返信が付いていた。


 ──────


 レッサーゴブリン:生きます!


 ハイパー:生きるのか……


 ──────


 入社三年目のレッサーゴブリン君、渾身の生存宣言であった。

 メッセージソフトは、たまにこういったことがある。


「つうかこいつ、新人歓迎会忘れてるくせに一番に返事しやがったな……」

「え、歓迎会とかあるんですか!?」

「ある予定だったが怪しくなってきたところだ」

「えぇ……」


 普通、歓迎会は正式に決まるまで新人に伝えるのは憚られるものだが、今回に関しては言っても仕方ないだろう。

 幹事の予定だったゴブリン君は、ドラ子のはす向かいの席に座っていた。

 眼鏡の青年が耳を傾けると、ポンポンとメッセージが着信する音が聞こえていた。

 それが蝙蝠からのお説教のDM連打だと推測しつつ、青年は再度意識をドラ子に向ける。


「というわけで、どうする? 個人的にも来て欲しいところだが」

「えっと、じゃあ、行きます!」

「おう。そんじゃ書き込め」


 少し悩みはあるが、ドラ子は飲み会に参加すると決めたようだった。

 ゴブリン君渾身のボケのせいで、微妙に発言しやすくなったフリーチャンネル。

 そこに背中を押されたドラ子が、書き込んだ。


 ──────


 ドラ子:私も逝きます!


 ハイパー:お前は逝くのか……


 ──────


 勢いが付き過ぎると、思いがけない変換ミスをすることもある。

 メッセージソフトは、たまにこういったことがある。


 書き込んでから、変換ミスに顔面レッドドラゴンと化しているドラ子だったが、青年は一先ず安堵して、自分も書き込もうと席に戻る。

 自分のデバイスでメッセージを確認すると、自分宛てにDMが届いていることに気付いた。

 送り主は、保守サポート部のもう一人の新人であった。


 ──────


 白騎士(仮):すみません。これは私も参加した方が良いのでしょうか?


 メガネ:一応、新人は参加してくれると嬉しいというか、申し訳ないというか


 白騎士(仮):分かりました。あとこれは、私もボケなければいけない流れでしょうか?


 メガネ:そうだよ


 白騎士(仮):……わかりました


 ──────


 眼鏡の青年は真顔で嘘を吐いた。

 しかし、興味があったのだ。ドラ子と違って真面目一辺倒を貫く白騎士(仮)がいったいどんなボケをかましてくれるのか。

 冗談半分で書いたことなので、後の責任を一切取るつもりがない青年が待っていると、程なくして先程のチャンネルが進んでいた。

 ただし、青年の予期していない方向で。


 ──────


 ハイパー:あ、ついでに普通の飲みじゃなくてキャバクラでも良かったりする?


 白騎士(仮):私が殺します


 ──────


 あんまりにもあんまりな蝙蝠の書き込みと、あまりにもあんまりな白騎士(仮)のボケであった。

 ほぼ同タイミングの即レスに眼鏡の青年は思わず噴き出す。

 事情を知っている青年だけが、冷や汗をかいている蝙蝠と、自分の書き込みにあたふたしている白騎士(仮)を幻視する。

 白騎士(仮)は、生きるとか逝くとかの流れだったから、命繋がりで発言をしただけなのだ。白騎士(仮)なりの渾身のボケなのだ。

 ただタイミングが悪かったせいで、生真面目な白騎士(仮)がなんとかボケ?を捻り出したのに、これでは普通にぶちぎれている様にしか見えなかった。

 顔が見えないメッセージソフトには、こういうところもある。


 白騎士(仮)には、もう少しユーモアを教える必要があると、眼鏡の青年は心に刻む。ただでさえ教育の時間がないが、仕方ない。

 飲み会の誘いのチャンネルはしばし固まっていたが、ぼそりと、蝙蝠が漏らす。


 ──────


 ハイパー:……お願いします。殺さないでください


 レッサーゴブリン:え、これボケ? マジ? どっち?


 ハイパー:馬鹿野郎このハゲ! 白騎士さんに殺されるぞ! とりあえず頭下げとけこのハゲ!


 レッサーゴブリン:ハ、ハゲじゃねーし!


 白騎士(仮):すみません嘘です!


 ハイパー:なんだ嘘か……つまりハゲってことだな?


 メガネ:ハゲ了解です


 白騎士(仮):すみません、冗談です! ボケようとして滑っただけなんです!


 ハイパー:いや、なんかもう一周回って掴みはオッケーでしょこれ


 メガネ:しかしハゲは掴むモノがないから、滑るのは仕方ない


 レッサーゴブリン:ハゲちゃいますわ!


 ハイパー:ハゲちゃいますわ(唐突なお嬢様口調)


 メガネ:頭がおハゲあそばされていますわ(お嬢様)


 白騎士(仮):すみません! 私も逝きます!


 ハイパー:なんでみんなすぐ逝ってしまうん? 一人は毛根がだけど


 レッサーゴブリン:ふさふさ!


 ドラ子:もうむちゃくちゃですねwww


 メガネ:一人だけ笑ってんじゃねーよ昼飯誘わねーぞ


 ドラ子:なんか私だけ辛辣じゃないすか!?


 ──────


 誰が悪いというわけでもなく、ただタイミングと誰かの生真面目さと、眼鏡の底意地の悪さが合わさった結果であった。

 ただ、新人の歓迎会が二ヶ月も行われておらず、そしてただ、ちょっと一人の毛根が危険だっただけでチャンネルは大盛り上がりである。

 実際に書き込んでおらずとも、このやり取りは保守サポート部の全員が見ている。

 張りつめた空気だった室内に、複数の忍び笑いや噴き出した音が聞こえていた。


 その勢いに乗り、今、フリーのチャンネルに新しい書き込みが。


 ──────


 ゴーレム部長:多少であれば目をつむりますが、仕事もしてください


 ハイパー:はい


 ──────


 一瞬で、場の雰囲気は再び元の静寂へと戻ったのだった。

 みな一様に、そそくさとデバイスへと向かいなおす。

 それは眼鏡の青年も例外ではないが、そんな彼のデバイスには再三のダイレクトメッセージが届いていた。


 ──────


 ゴーレム部長:私の書き込みで流れが止まってしまったのですが……

 ゴーレム部長:私も行って良いのでしょうか?


 メガネ:なぜそれを、流れを止める前におっしゃってくれなかったんですか……


 ゴーレム部長:どうボケて良いのか分からなかったもので……


 ──────


 頑固一徹を絵に描いたような部長と評されるゴーレム部長であるが、その実、仕事以外のところでは結構お茶目な人物だと、知っている人は知っているのだった。



 こうして色々な問題はありつつも、今週末にセッティングされた飲み会には、予定の空いていた少々の人物が集うことになったのであった。


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仕事に疲れてひさしぶりに読みに来ました 癒やされました……ありがとうございます
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