78 魔王城へようこそ! 27
「余は幸運である。まさか余の代にそこまで適性のある勇者が現れるとは!」
唐突に開示された勇者適性Sという情報のあと、エリちゃん十四世は挑むような視線をメガネに向けた。
まぁ、名前からして眼鏡はメガネだけなので、実際には最初から目を付けられていたのだが。
しかしここでメガネは往生際悪く、すっと自身の眼鏡を外し、ドラ子に渡す。
「はいメガネさん。借りてた眼鏡返しますね」
「なに!? やはりそっちの女性がメガネなのか!?」
驚愕の表情で目を剥いたエリちゃん十四世がドラ子を見る。
そして思わず手渡された眼鏡を着ける前に、我に返ったドラ子が返却する。
「いやいやいや先輩それは通りませんて。そもそも私両眼とも視力90オーバーなんで」
「やはりそっちの男性がメガネなのか!?」
返って来た眼鏡を見て少し悩んだメガネは、それをそっとカワセミに渡す。
「そう言えばお前がメガネだったな」
「……あの、先輩」
「一体誰がメガネなのだ!?」
流石のメガネ全肯定botであっても、差し出されたメガネの名前を受け取ることはできなかった。
でも手渡された眼鏡は大事に懐にしまった。
メガネは渋い顔をした。
眼鏡は返却された。
「…………」
もはや呪いのアイテムと化した自身の眼鏡を眺めてから、メガネはふと思い立ってそれをエリちゃん十四世に渡してみた。
「今日からお前がメガネだ」
「!?」
そして眼鏡を手渡されたエリちゃん十四世が混乱の最中にあるところで、流石に見かねたカクテル爺さんが口を挟む。
「いい加減にせんかメガネ」
「姫様は純粋なんじゃから、お前の悪意に付き合わせるでない」
そしてエリちゃんの手から眼鏡をつかみ取ると、強引にメガネに返した。
これ以上されると全員の中で眼鏡とメガネがゲシュタルト崩壊を起こす所であった。
メガネは、はぁ、と大きなため息を吐いてから再びそれを装着する。
「じゃあ、俺がメガネということで、今日は帰りますね」
「……いや待つのだ!」
そして会話もそこそこに帰ろうとしたメガネをエリちゃん十四世は慌てて引き止めた。
メガネは当然のように嫌そうな顔をする。厄介事の匂いしかしないからだ。
だが、そんなメガネの思いも空しく、エリちゃん十四世はふふんと胸を張った。
「来るべき勇者の卵よ! 喜べ! 魔王である余がじきじきにお主を『宿敵認定』してやっても良いぞ!」
「そういうの間に合ってますんで、要らないです」
「…………ふぇ?」
はっきりと拒絶の意志を示されて、エリちゃん十四世は少しだけ涙目になった。
ついでに、その流れがいまいち読めなかったドラ子は、目をキラキラさせている白騎士に恐る恐る尋ねる。
「白騎士ちゃん。『宿敵認定』ってなんぞ?」
はたして、白騎士は目をキラキラさせたまま答えた。
「はい『宿敵認定』は簡単に言えば魔王城公認冒険者認定です。ようは、魔王城側が公式に箔を付けた冒険者の認定であり、全魔王城ユーザーの憧れの対象と言っても過言ではありません。もちろん認定されるのは並大抵のことではなく、実力や知名度、容姿に運といった全てを兼ね備えなければ候補に上がることすらないでしょう。言わば、魔王様と対になる魔王城の看板であり、宿敵認定されたユーザーの人気は魔王様に次ぐと言われています」
「話だけ聞いてるとめんどくさそうだけど」
「もちろん特典もありますよ。魔王城への入城無料はもちろん、各ダンジョンへの優先挑戦権や、イベントへの優先参加権、スポンサー契約による巨額の富や、魔王城関連企業へのコネ」
正直に言えば、メガネだけでなく、端から聞いてるドラ子もその宿敵認定とやらは面倒くさそうだなと思った。
聞いている限りでは、魔王城に心を囚われた勇者志望者達にとっては魅力的だろうと、魔王城を斜に構えて見ている人間にとってみれば、そうありがたいことではない。
魔王城界隈での有名人化で喜ぶ人間ばかりではないのだ。
せいぜい、大手事務所がバックについた芸能人と大差ない、とまで思えた。
その、最後の特典を聞くまでは。
「小さいことでよければ、魔王城内の飲食割引なんかも」
「くわしく」
「え? いえそのまんまです。より正確に言えば、魔貨での支払いに限定して、飲食の代金が何百分の一になるとかそういう感じらしいですけど」
「なるほど」
さすがに金銭が直接関わるところは魔王城以外のテナントなんかもあるので難しいのだろう。
だが、魔王城内での仮想通貨である魔貨であれば、格安で飲食ができる。
メガネは普通に働いた方が早いと言っていたが、割引率によっては魔王城内自給自足も夢ではないのかもしれない。
それは、その他の──社会的なメリットで言えばもっと大きな特典を、どうでも良いと思わせるほどドラ子には魅力的だった。
そんなドラ子の眼の前では、エリちゃん十四世が食い下がっていた。
「な、なぜだ!? 余が言うのもなんだが、魔王からのじきじきの『宿敵認定』であるぞ!? 経営陣に色々契約書を書かされるような面倒なものではない。魔王特権による勇者特権なのだぞ!?」
「その差異は知らないけど間に合ってるんで」
「間に合っているとかないと思うのだが!?」
少なくとも、メガネは他の『宿敵認定』された魔王城ユーザーと比べても、かなり優遇された条件で誘われていることは、なんとなく分かっていた。
だが、悲しいことに、メガネは魔王城に対する興味が『仕事の取引先』以上でも以下でもなかった。
だから、優遇してもらえると言われても興味がなかったし、仮に今後白騎士との約束で再訪するとしたら、そんな仰々しい肩書きは邪魔だとすら思っていた。
「姫様落ち着いてくだされ!」
「そうですぞ! こんなクソメガネを『宿敵認定』なぞ間違っておりますぞ!」
そんなメガネの味方は、悲しいことに仕事仲間であった。
だが、老人達の胸中にあるのは些か複雑な思いである。
彼らと魔王城との繋がりは、当然エリちゃん十四世の前任である、彼女の母親の代からも続いている。
そんな先代魔王はそれこそ、爺さん達が娘のように可愛がってきた存在だった。
彼女の実の娘であるエリちゃんは、やはり孫のように可愛い存在である。
それを、こんなクソメガネに懸想させてなるものかと必死だった。
その先代魔王は、自身が『宿敵認定』した一冒険者と結婚して子供を生んだという実績があったのだ。
なにより、メガネの『勇者適性:S』というのは、決して魔王城に気軽に遊びに来て良いものではない。
エリちゃんの適性が類い稀な『魔王適性:A』であったとしても、同じ尺度で語るべきものではないのだ。
それを説明するためにも、老人達は一度エリちゃん十四世を説得する必要がある。
のだが、エリちゃんは少しだけ、永遠の二十八歳を名乗るには子供であった。
ともすれば、孫を止めるために説得する老人達を鬱陶しく思う程度には。
「なぜ止めるのだ! 魔王特権による『宿敵認定』は魔王に認められた権利であるぞ!」
「姫様にはもっと相応しい宿敵がおります!」
「そうです! こんなどこの馬の骨とも分からん男など!」
「うるさいぞ二人とも! パピーのようなことを言うな!」
まるで嫁に行こうとする娘を必死に説得する親のようになっていた。
「どこの馬の骨って会社の同僚なんだけど」
次第にヒートアップしていく三人を見て、メガネはぼそりと言った。
それから、もう帰って良いだろうかと考え始めたところで、メガネの予想の外から混乱を収める一手が打たれた。
「話は聞かせてもらいました! ここは私に任せてもらいましょう!」
そう大見得を切って話に割り込んだのは、何を隠そうドラ子であった。
彼女はちらとメガネを見てウインクする。
何かを企んでいるのは良く分かったが、メガネはあえて彼女を泳がせてみることにした。
大して、期待はしていないが。
「エリちゃんはメガネ先輩を『宿敵認定』したい。これは先輩が勇者適性を持つ存在だからで良いですね?」
「む、い、いろいろとあるが、究極的にはそういうことになるな」
そう言ったエリちゃんは少し言いたい事がありそうではあった。
だが、そんなエリちゃんの事情はドラ子にはあまり関係ないので、彼女は先に進める。
「そして先輩とお爺ちゃん達はそれを拒否したい。これは、先輩は面倒だからだし、お爺ちゃん達は先輩の性格がクソ悪くて人の心も分からないような鬼畜なので、エリちゃんの『宿敵』を任せるに値しないからですね?」
「もっと言い方ねえのかよ」
「不人気ダンジョン企画者は黙っててください」
当然お爺ちゃん達にも色々言い分はあったが、ざっくり言えばそういうことであった。
この『宿敵認定』は、基本的には経営陣の方で選定される。
魔王城ユーザーのうち目立つ存在をピックアップし、人気や素行、容姿や家族構成に至るまで調査した上で、魔王城の利益になりそうなものを選んでようやく『公式冒険者』となるのだ。
だが、魔王特権による『宿敵認定』はそういった諸々の審査をすっ飛ばす。
これで問題がなければ良いが、問題が発生すればそれは『魔王』への攻撃材料になりかねない。
だから、軽はずみな『宿敵認定』は喜ばれない。実際に魔王自らが『宿敵』を認めるのもそう無い事だ。
それらを確認して、ドラ子は提案した。
「では、先輩の一番弟子である私を『宿敵認定』するのはどうでしょうか!」
その発言に、一同がぽかんとした。
特にメガネは何を言われているのか分からなかった。
「誰が一番弟子だって?」
「先輩! 今は重要な話をしているんです!」
メガネが諌めるも、ドラ子はかなり真剣な目をしていた。
だが、その目が、どちらかと言えばダメな方のドラ子の目であることは分かった。
メガネに次いで復帰したのは、この騒動の元凶であるエリちゃん十四世であった。
「ま、まるで意味が分からないのだが。なぜ、お主を『宿敵認定』するのだ?」
「それは私もまた先輩の弟子として『勇者適性』を持っているからです」
「な、なんと?」
エリちゃんは目を丸くする。
ドラ子が自信満々に言い切れば、エリちゃんの中では線が繋がる。
正直存在することも知らなかった『適性S』という区分の男、そしてその弟子を名乗る女。
確かに『適性S』の弟子ならば、それなりの適性があってもおかしくはない。
「し、しかし、余の宿敵としてはその、メガネの方が……」
言ったエリちゃんは、少しだけもじもじとしていた。
実のところ、エリちゃんは少しだけ、母親の恋愛に憧れていた。だから、聞いた事も無い適性の勇者に興味があった。出会う前から、少しだけドキドキしていたのだ。
そんな魔王様の様子を見たカワセミはカッと目を見開く。
女の勘が告げていた。この魔王様、実はメガネの顔が結構気に入っていると。
だが、そんな先輩や魔王の胸中など慮ることもなく、ドラ子はここだと思った。
挑発するなら、ここしかない。
「そもそも、魔王様が一番弟子の私より弱かったら、先輩を『宿敵認定』なんてできる筈ないですよね?」
「は?」
不意に放たれたドラ子の一言で、魔王様の眼付きが変わった。
ドラ子は、思いのほか簡単に釣れたと内心でほくそ笑む。
「ですから、魔王様が本当に先輩の宿敵足り得るのか、私がテストしてあげても良いって言ってるんですよ?」
「おもしろいことを言う。この余が、魔王城初日のお主よりも弱いと申すのか?」
「それは、やってみないと分かりませんけどね?」
ドラ子はふふふ、と意味有りげに微笑む。
そして、とっておきの秘策を口にした。
「でもですよ。もし、私が勝ったら、あなたの『宿敵』は先輩の前に、まずは私ということになりませんかね?」
これこそが、ドラ子の策であった。
白騎士から特典を聞いた時に、彼女はこの図を描いた。
先輩の関係者の立場から魔王様を挑発し、先輩に下されそうになっていた宿敵認定をかっさらう。
これで、飲食無料(無料とは言ってない)の権利は自分のものだと。
そんなドラ子の思惑を知ってか知らずか、エリちゃんは真っ直ぐにドラ子を睨み返す。
「面白い。では余が勝ったら、一番弟子のそなたが直々に、そちらの勇者の卵を説得してくれるのだろうな?」
「良いですよ。勝てたら、ですけどね」
そう言って、ドラ子とエリちゃん十四世はお互いにメンチをきりあっていた。
その周りでは、カクテル爺さんズが「馬鹿な真似はやめなさい!」と魔王を宥めているのだが、時は既に遅かった。
魔王様は、舐められるのが我慢できなかったのだ。
「決闘だ!」
「望む所!」
そうして、いきなりメガネを蚊帳の外にして始まった謎の決闘を前にして、メガネは思う。
なんでも良いけど終電前に帰れるんだろうな、と。
ドラ子を生贄に捧げた本人「どうしてこうなった?」
 




