76 魔王城へようこそ! 25
「姫さん。勝手にダンジョン管理区画に入っちゃだめだと言っておるじゃろうが」
「ごめんなさい」
唐突に現れた少女は、出会い頭にギムレット爺さんに説教されていた。
こう言ってはなんだが、その様子はまさに祖父の書斎に勝手に入って怒られる孫の図であった。
それを「まあまあ」と宥めているダイキリ爺さんもセットなせいで余計そう見える。
そして、見えた光景を咄嗟に口に出してしまうほど迂闊なドラ子が言う。
「まるで祖父母と孫みたいですね」
「誰が祖父母じゃ!」
「おぞましい事言わんでくれるかの!?」
爺さんズは相変わらず息の合ったツッコミを見せながら、お互いに後ずさった。
とはいえ、そのツッコミのせいで説教が中断され、ずっと俯いていた孫──ではなくて魔王がようやく顔を上げた。
「ふ、ふふ! そこの者! よくぞ余を救った! 褒めて遣わす!」
「あらー難しい言葉知ってまちゅね〜! 飴ちゃん食べまちゅか〜?」
「わーい!」
さっき幻視した光景の設定を引きずって思わず孫を可愛がるお婆ちゃんになったドラ子。
そして、ドラ子から素直に飴ちゃんを受け取った後、魔王はハッとする。
「子供扱いするでない! 余はこれでもじゅう──」
「いけませんぞ姫様!」
「魔王は永遠の二十八! 初代魔王様の決めた設定ですぞ!」
「に、二十八じゃぞ!」
焦った老人達と、取り繕ったようにドヤ顔をする魔王。
なにこれ? と言った表情で先輩を見るドラ子。
即座に携帯端末を取り出すメガネ。
「あ、もしもし、労働基準監督署ですか? 実は……」
「時に落ち着けメガネ」
「マジで違反はしてないから一回電話やめよ? ね?」
一回お話することになった。
「改めて紹介する必要なはいかもしれんが、こちらが我が魔王城で当代の魔王を務めておられる『アルティス・メイサス・レグナリアント・ワーナ──』なんじゃったっけ?」
「このボケ老人! 『アルティス・メイサス・レグナリアント・ワーナ・ルクセント・リアス・ヘラ・ホーエンタイト・リクネリア・アルーボ・ラント・エリザベス十四世』じゃ」
なんだか長ったらしい名前を紹介されて、いきなり仕事場に入って来た少女は胸を張って偉そうにした。
ついでにドラ子は流れてくる名前を秒で忘れた。なんなら鳥の巣頭くんの名前ももう忘れている。プリン三世とかそんな感じだった気がしている。
その名前を覚えかねているのは白騎士を除いた全員同じだったらしく、それを見かねたダイキリ爺さんは、親しみやすくこう呼んだ。
「……略して『エリちゃん十四世』じゃ」
「略すな!!!」
エリちゃん十四世だけは不満げであったが、その場の全員がもう二度と本名(という設定の仕事名)を呼ぶ事はないだろう。
そのまま、ギムレット爺さんがエリちゃんの説明に入る。
「このエリちゃんはなんと先代魔王様の実の娘さんでな。親子揃って魔王適性を有していた珍しいご家庭で生まれ、魔王の帝王学を学んでウチに就職したスーパーエリート魔王なんじゃ」
「そうじゃぞ! ひれ伏すがよい!」
爺さんに尊大に紹介され、気を良くしたエリちゃんを尻目に、ドラ子は先輩に尋ねる。
「つまりどういうことっすか?」
「有名女優の娘が、また有名女優になったくらいの凄さだろ」
「なるほど」
メガネに軽く流されたがつまりはそういうことであった。
この魔王城において、魔王という存在は言わば『イメージキャラクター』なのである。
魔王城を企画、開設した初代魔王こそは、実際に魔王ロールプレイを楽しむのみならず、魔王城の経営のことに関しても色々と関わっていた。強権を使ったことは少ないが、彼のほんの思いつきが魔王城の方向性を決めることは少なくなかった。
だが、それはまだ、この魔王城がまだ規模がそれほどでは無かった頃の話だ。
初代魔王も寄る年波には勝てず、二代目の魔王を決めなくてはならない段に差し掛かったころ、頭を悩ませる問題は後継者であった。
その頃には、魔王を引き継げる魔王適性(ジョブ的な意味で)を持つ者はいくらか居たが、経営に関する能力はばらつきがあった。
利益を追及する者、ユーザーの楽しさを追及するもの、労働環境の見直しを図りたいもの、新しい企画に意欲を示すもの。
魔王城そのものも大分大きくなって来ていて、単なる思いつきを口にするだけだとしても、魔王の責任というのも重くなっていた。
その後継者達を並べて、熟慮した上で初代魔王は結論を下した。
『一番顔が良い奴を次の魔王にしよう』と。
それが経営陣と魔王の分離、及び魔王のアイドル化を押し進める一手となった。
経営のことは独立した経営陣に丸投げして、魔王はイメージキャラクターとして魔王城に君臨する事となった。
その判断は、結果的には成功し、魔王城の魔王と言えば並みのアイドルでは及ばぬほどの人気者になっている。
特に、歴代の魔王はそれをイメージしたキャラクター化が進んでおり、魔王城の中でも歴代魔王の着ぐるみが闊歩していたりする。(歴代の魔王の魂をコピーしたホムンクルスという設定)
そして当代の魔王は、その厳しい条件(魔王適性と容姿)を搔い潜って、親子での魔王就任を決めたスーパーエリート魔王なのである。
つまりは顔が良いのである。
「分かったであろう。余がどれほど偉大な魔王であるか」
ふふん、と得意気に胸を張るエリちゃん十四世に、魔王城のスタッフ及び白騎士は盛大な拍手を送っていた。カワセミも微妙な笑みで周囲に合わせて緩い拍手をしている。
他の三名は、なんとも曖昧な表情で魔王を見ていた。
だが、魔王エリちゃんは自分への賛辞以外は耳に入らない性格らしく、自分に拍手を向ける白騎士に気を良くする。
そして、こんなことを言い出した。
「はは、そなたは覚えておるぞ。確か余を三度ほど打ち負かした『聖導術士』であるな。四度目の挑戦は些かばかり手間取っておるようだが」
「!? お、覚えて?」
突然の魔王様の指摘に、白騎士は目をパチクリさせる。
魔王様がどれだけの頻度で冒険者に挑まれているのかは定かではないが、月に一度や二度程度では済むまい。
多ければ日に何度も挑まれることもあるだろう。
そんな有象無象の中から覚えていてくれているという事実が、熱心な魔王城ユーザーである白騎士を感動させた。
「ふふ。余はこれでも偉大な魔王である。一度でも余を討ち果たしたものは忘れぬ。たとえそれがレベル1に制限された状態でもな」
「さ、流石は魔王様……」
白騎士の憧憬すら感じる呟きに、魔王エリちゃんはさらに気を良くしていた。
そしてそのまま、曖昧な表情組の一人と化していた鳥の巣頭くんも指差す。
「それに貴様もだ! あのような特殊な職業で余に挑んだものは初めてだぞ」
「!? ま、魔王様!」
途端に、鳥の巣頭くんは焦った表情を浮かべる。
だが、魔王様はそんな表情に気付きもせず──あるいは気付いていても魔王らしく一顧だにもせず言葉を続けた。
「再度の挑戦を待っているぞ。『鳥獣遣い』よ」
「んなあああああああああ」
そして無慈悲に鳥の巣頭くんの適性あるメインジョブが明かされた。
大いに叫んでその情報を打ち消そうともがく彼の肩を、曖昧な表情仲間であったドラ子がポンと叩く。
振り向いた彼に、ドラ子は言った。
「やっぱ鳥の巣がお似合いじゃん(笑)」
「んんんんのおおおおおおおお」
否定したいが否定もできず、そしてまさかこんなひょんなことで自分のメイン職業がバレると思っていなかった鳥の巣頭くんは、言葉にならない絶叫をした。
そんな彼には一切の同情を向けず、ただただ開示された情報に反応する少女がいた。
「ほう、鳥獣遣いですか」
「知っているのか白騎士」
「はい。鳥獣遣いは一見テイマーの一種に思えますが、実は操る鳥の鳴き声によって様々な効果をもたらす、ヒーラー兼バッファーの分類になるのです。その実情はかなり特殊なメタバッファーとでも言いましょうか。通常バッファーは戦闘開始と同時にバフをかけるのが一般的な運用になりますが、鳥獣遣いは『よりピンチの時にバフの効果が大きくなる』という特性を持っているんです。つまり、バフをかける相手が瀕死であればあるほどより強力なバフをかけることができる、火事場の馬鹿力的なバフですね。非常に繊細な職業ではありますが、その分その効果は絶大で、廃ユーザーの中ではわざわざ自傷系アイテムで体力を削った後に『鳥獣遣い』のバフをかけてRTAに挑む者も居るほどです」
「なるほど」
つまりは、難しい職業というわけだ。
メガネはともかく、一緒に説明を聞いた筈のドラ子は、かんぜんにりかいした。
しかしこれがバラされたことは、鳥の巣頭くんには壮大な誤算であった。
彼はカワセミの前では、カッコいい暗黒騎士でいたかったのだ。
暗黒騎士だって別に手抜きで育てたわけではない。適性がAではないというだけで、真剣に運用してきたのだ。恥ずかしいことは何もない。
だけど、それでも一番高レベルなジョブが『鳥獣遣い』であることは変えられない事実だし、彼も冒険仲間と組むときは『鳥獣遣い』が求められることが多かった。
だけど、鳥を操るジョブなんて、かっこ良くないじゃないか、そう彼は思う。
前衛で敵とバチバチにやり合うこともなく、かといって後衛で強大な魔法を唱えるようなこともなく。
レベルが上がったことで呼び出せるようになった鳥に歌ってもらって、みんなの補助をするだけの職業だ。
それでどうやって、憧れの先輩にカッコいいところが見せられるというのか。
見せられるのは散々練習してきたハーモニーくらいである。
「なんでそやつは嘆いておるのだ?」
「魔王様。個人情報はあんまり開示されないほうがよろしいですぞ」
「ふむ。気をつけよう」
そして、その特大の地雷を踏んだ筈の魔王様は、言葉とは裏腹にそんなに気にしていなさそうだった。
ついでに当のカワセミもそんなに気にしていなかった。最初から鳥の巣頭くんのことは特に気にしていなかったとも言えるが。
「そんなことより魔王様。この度はどうしてこのような汚い男達の巣に?」
魔王様の自己紹介が済んだ(?)ところで、ダイキリ爺さんがのたうち回る鳥の巣頭くんを放置して本題に入った。
確かに、この少し歳若い魔王様はやや不遜な性格をしているが、それでも『入っちゃだめだよ』と事前に言われている管理区画に、意味も無く入るような子ではない。
そんな彼女が来たということは、何か大いなる理由があったということだ。
「忘れるところであった。そう。余はこの場に用事があったのだ」
うっかりしていた、と表情で語った後に、魔王エリちゃん十四世は視線を鋭くしてドラ子達を見る。
正確には、ドラ子、メガネ、カワセミの三人を見ていた。
この時点で、爺さん達は嫌な予感を感じていたが、それでも尋ねずにはいられない。
「その、用事とは?」
爺さんの言葉に、たっぷりと溜めを作ったあと。
魔王エリちゃん十四世は言った。
「今日。我が魔王城に勇者の適性を持ったものが入ったらしい」
それは、今までの魔王様とは随分と趣の異なる、嫌な重みを持った言葉であった。
その言葉を聞き、びくりとドラ子はその背筋を凍らせるのであった。




