75 魔王城へようこそ! 24
「なんで俺が悪いみたいな空気になってるの?」
コラボダンジョンを攻略し終えたメガネとドラ子が戻ってくると、その場に居た全員の視線が刺々しく突き刺さった。
制作者側のカクテル爺さん達や、そんな彼らに呼び出されて涙目になっているジョブ担当者のみならず、チームSolomonとして楽しく遊んだはずの白騎士も似た様な顔である。
ちなみに、カワセミは『流石はメガネ先輩です!』という顔をしている。
もちろん、そんな空気になっている原因はメガネとドラ子のダンジョン攻略であったが、別にメガネが悪いことをしたわけではない。むしろ、爺さんたちの陰謀の被害者と言っても良い。
そのはずではあるが、やはりこの場の空気は、どちらかと言えばメガネを責める感じになっていた。
「お前には分からんか? 儂らの絶望が?」
「心血注いで作ったダンジョンが欠陥品だと突きつけられた気持ちが?」
神妙な面持ちで、ダイキリ爺さんとギムレット爺さんがなんとか返した。
しかし、その声にはダンジョン攻略が始まったときの威勢の良さはない。
「なに? いきなり騙し討ちみたいな形でレベル1で難易度ハードに放り込んでおいて、それを攻略してきたら俺が悪いのか?」
「そうは言っとらん……」
むしろ喧嘩をふっかけてボコボコにされた爺さん達のばつが悪い。
だが、それはそれ、これはこれだ。
この場の正義は明らかにメガネにあるだろうが、それにしたってコラボダンジョン公開間近で見つかって良い不具合の量ではなかった。
この攻略を知った誰もが思うだろう。
え? このダンジョン公開して大丈夫? と。
「まぁ、先輩あれです。何が悪いって言ったらSolomonが悪いんですよ」
と、メガネと一緒にコラボダンジョンを攻略してきたドラ子は言った。
そう言った彼女も、メガネと同等かそれ以上に不満そうな顔をしている。
「はっきり言って不完全燃焼なんですよね。せっかく勇者ドラ子が爆誕するところだったのに、レベル1にされたり戦闘らしい戦闘が一切なかったり。ていうか私必要でした?」
メガネに巻き込まれた形になったドラ子は、メガネ以上に被害者だった。
特に、メガネはダンジョン攻略のためにやりたい放題やっていたから、それなりに楽しかったかもしれないが、ドラ子はリアクション係だったのでそれほどでもない。
「いや必要だったよ。『転移』覚えるのに」
「それめちゃくちゃ私じゃなくてもいいですよね? なんなら勇者である必要すらないですよね?」
「だから言ったじゃん。刃物使えればなんでも良いって」
「そんなんじゃ満足できませんよ! 私の勇者としての素質が無駄になります!」
「勇者の素質?」
言ってしまってから、ドラ子ははっと口を噤んだ。
危ない、この場で迂闊なことを言ったら、白騎士ちゃんに聞かれてしまう。
現に今も『勇者の素質……勇者適性が……?』と獲物を見つけた狩人のような目で私を見ているのだ(ドラ子視点)。
「と、とにかく! もう先輩がやらかしたのは仕方がないですから、ちゃっちゃとこの場の空気なんとかしてくださいよ! 保守サポートでしょ!」
ドラ子はやや強引に、このどうしようもない空気を終わらせにかかった。
この場に漂っているどんよりとした空気は、結局のところ、公開間近のコラボダンジョンどうするんだよ……という絶望感から来ている。
であれば、仕様の穴をこれでもかというほど知っているメガネなら、その仕様の穴を誤魔化す手法もまた詳しい筈だ。
彼が協力すれば、この広大な不具合砂漠を歩くための星座となるだろう。
カクテル爺さん含む魔王城メンツも、地獄に仏を見たような顔でメガネを見る。
「でもプライベートだしなぁ」
「私にプライベートの名前教えたくないから仕事名で呼ぶよう言ったくせに、こんなときだけプライベート顔が許されると思ってます?」
「意外に根に持つな」
蛇の怨みは恐ろしいというが、ドラゴンの怨みもそれは恐ろしいものである。
そんなドラ子の睨みが効いたかは定かではないが、メガネは時間を確認してから言う。
「まぁまだ終電まではあるし、先行体験の御礼に少しくらいなら」
「メガネ!」
「信じてたぞい! お主がただの鬼畜クソ不具合野郎じゃないってことを!」
「やっぱ帰ろうかな」
ともあれ、なんだかんだと面倒見のいいメガネの、出張保守サービスが始まるのだった。
ちなみに、いつ終わるか分からないのでドラ子達は先に帰るなり、魔王城で遊んでくるなりしてこいとメガネは言ったが、ドラ子達はそれを断ってここに残ると言った。
なんだかんだで、ドラ子も白騎士もメガネの仕事ぶりを間近で見たい気持ちがある程度には、メガネを先輩として尊敬しているのだった。
「青魔導のジョブ設定はカスタム機能で作成したものですよね? ラーニングの条件のところだけ術式見直してください。試験項目はこちらでひな形を作っておきますので、後で確認お願いします」
「転移の見直しは必要ないです。もともと覚えても転移術式資格保持者でもないと満足に使えませんから。覚える手段もなくなるので考えなくて良いです。俺が転移で行った一連の動作も同様に、一旦無視してください」
「あ、でも、モンスターのポップの仕様については少し見直した方が良いかもしれません。使い魔でバグる可能性と、その場合に行動が単調で問題が発生する可能性が」
「あ、その機能はダメです。不具合出ます。そう使うなら他の機能から連携して、連続イベントで組んでください。運用対処でお願いします」
そして、メガネは実際に自分が体験したダンジョンの感触と、そのシステムログをさっと確認して、表層化していなかった不具合まで対処を始めた。
といっても、全ての解決策を用意する時間はないので、あくまで対処法だけを提示して、処置については任せるという形だったが。
とにかく、今回メガネが行った不具合利用の9割は、防げるだろうということで落ち着く。
だが、残った最後の問題が、一番面倒だった。
「それじゃ最後に、ボスモンスターの裏技的攻略についてですけど」
ついにそこに来たか、と関係者が唾を呑んだ。
今回判明した不具合の中でも、とびきりのものと言って良いだろう。
部屋の外からならノーダメージでボスを倒せるという、ダンジョンとボスの関係を根底から覆すような代物だ。
ダンジョンを守るはずのボスが、ダンジョンの仕様に殺されるのだから。
「まず最初に聞きたいんですけど、このボス戦ってゲームの中じゃどういう感じなんですか?」
「あ、それなら私が」
それまでなんの口出しもできずに、黙ってメガネの仕事を見ていた白騎士が、そっと手を上げて主張した。
つい最近ゲームをプレイした彼女は、思い出しながらゲームの挙動を告げる。
ゲームではこのボス戦は所謂イベント戦闘である。
流れとしては、ボス部屋の扉を開けて中に入る、ボスの登場シーンのムービーが流れる、ボス戦が始まる、途中で勇者の口上が入る、ボス撃破という流れだ。
ゲームとして考えればおかしい点のない流れである。実際、その流れに従った白騎士は楽しそうにボスと戦っていた。
問題は、楽しく戦わなくても倒せてしまうところだ。
「城の不壊属性やめたらどうです?」
話を聞いていて最初に思ったことをドラ子が述べた。
今の状態で一番問題なのは、ボスオーガがダンジョンを壊せないせいで、廊下が安全地帯になっている点だ。
だが、それに関して論じるよりも早く、爺さんの片割れがメガネに問う。
「メガネ。お前さんがもし城内の壁や床を壊せたらどうする?」
「そうですね。とりあえずボスオーガのいる部屋の真下にどでかい穴を用意してから、ボス部屋の床を破壊して、ボスの落下死チャレンジかと」
「こういう奴がいるから壊せないようにしとるんじゃよ」
「先輩……」
ドラ子はドン引きしていた。
メガネは最初にダンジョンに入った直後、床や壁が壊せるかの確認を真っ先に行っていた。
壊せなければ廊下からの攻撃。壊せるなら床下ぶち抜きのダイナミック暗殺を、始めから計画していたということだろう。
「じゃあ、廊下からの攻撃はダメージを受けないようにするのはどうですか?」
白騎士は話を聞いた上でそう提案してみた。
それならば、冒険者達はボス部屋で戦うことを余儀なくされる。
だが、ダイキリ爺さんは諭すように白騎士を止める。
「それはどういう理屈でそうなるんじゃ?」
「……理屈……ですか?」
「ダンジョンを作る時に儂らが一番考えとるのは、設計者側の都合で法則をねじ曲げ過ぎないことじゃ。ダンジョンと化した城が外部からの攻撃を受け付けないのは、ダンジョンがそういう法則にある空間だから、という理屈をつけとる。じゃが、ボスは床や壁といったダンジョンの構成要素とは違う。生き物じゃ。ボス部屋でしかダメージを与えられない生き物というのは、ダンジョンの理屈よりも、制作者の都合があまりに大きい。生き物を無敵にするというのは、基本的にタブーなんじゃ」
爺さんの言葉に、白騎士も少し考えた。
それはきっと、ダンジョンを楽しんでもらうための、基本的な考え方なのだろう。
冒険者とモンスターは、対等な立場で命のやり取りをするべきなのだ。
制作者の都合で、一方的に片方を贔屓するのは、確かにクソダンジョンっぽい。
ボス部屋でしかダメージを与えられないボスが、ボス部屋から出てしまったらどうなるか、など考えるまでもない悲劇になる。そしてそういう設定ミスはたくさんありそうだ。
「つまりは、ダンジョンの都合をなるべく考えさせない方法で、冒険者たちをボス部屋に閉じ込める必要があるわけですね」
「そういうことじゃよ。だから困っとるんじゃがな」
それから、なるべくダンジョンの雰囲気を壊さず、ゲームへのリスペクトを忘れず、それでいてどうにか冒険者全員をボス部屋に入れるために、どうすれば良いのか会議が始まった。
こういう方法はどうだろう? という提案に対して真っ先にダメだしを入れるのはだいたいメガネであった。
驚く程多彩な──言い換えれば姑息な手段でもって、メガネは悉く反例を出してくるのである。
そして、ようやく妥協案が完成したときには、皆の表情に幾分かの疲れと──確かな苛立ちが浮かんでいた。
「じゃあ最終案をまとめると。ボス部屋の扉の前に立つと『この先に強大なオーラを感じる。全員が揃ってから扉を開けよう』というカンペが出て、仲間達(その時点での死体も含む)が全員揃ってないと扉が開けられない。扉を開けたら『もう後戻りすることはできない』というカンペを出して全員の足を強制的にでも動かして部屋に入れる。部屋に入ったらボスオーガの演出を開始して、どさくさに紛れて扉を閉じる。そしてあとは流れ通りにボスと戦う。これで問題なしと」
メガネがまとまったボス戦の流れを読み上げるも、そこに反対の声は上がらなかった。
どうしても排除しきれないご都合の部分は、ゲームテキスト風のカンペを浮かび上がらせることで『あ、そういう感じか』とユーザーに納得させる仕様にした。
魔王城ユーザーは、だいたいはそういうサブカルチャーに触れて来たので、その辺の指示には素直なのだ。どれだけ元気だったとしても、相棒の猫にもう寝ようぜと言われたら寝るしかないと知っているように。
「それじゃお疲れさまでした。明日からの業務も頑張りましょう」
一人だけ大して疲れていなさそうなメガネは、時間を確認しながらまとめに入った。
終電までは結構余裕があるようだった。
「明日から普通に激務が待ってて頑張りたくないんじゃが」
「奇遇じゃなダイキリ爺。わしもじゃよ」
爺さん達二人は、お互いに悲壮感を漂わせながら、それでも目の奥には確かなやる気を漲らせているように見えた。
なんだかんだ、魔王城常駐メンバーは有能が多い。
仕事が積もれば積もるほど、やりがいを見つけて頑張るワーカホリック体質の気があるのだった。
そんな二人を見ていたメガネは、ぼそりと本音を口にする。
「ていうかさ、不具合の二割はSolomonのバージョンアップでどうにかなりそうなもんだけど」
「言うなあああああああああ!」
「それが出来たら苦労せんわ!」
爺さん達は割と本気で泣きそうだった。
彼らも別に、使いたくて魔改造Ver 3.2を使っているわけではない。
「いやでも、今日遊んでただけで、利用できそうなセキュリティーホール二桁は見つけたぞ。外のダンジョンでも」
「それやったら出禁にしたるからなクレームメイカー」
ギムレット爺さんが、犬歯を剥き出しにしながらメガネに釘を刺す。
そんな爺さんに、メガネも苦笑いであった。
そしてドラ子は、以前も聞いた覚えのあるメガネのあだ名が気になった。
「すみません。先輩ってなんでクレームメイカーと呼ばれているんですか?」
会議が終わって弛緩した空気のなか、ドラ子の素朴な疑問はよく響いた。
瞬間、メガネは嫌そうに顔を歪め、反対に爺さん達は面白そうに顔を歪めた。
「メガネ。お前の可愛い後輩が、お前の昔話を聞きたがっとるぞう?」
その爺さんの言葉に、ドラ子は俄然興味を持った。
新人時代のメガネは、面白そうなやらかし伝説を持っていそうだ。
「ね、先輩? 可愛い後輩も昔話が聞きたいな」
「可愛い後輩……? どこ……?」
「可愛いやろがい!」
だが、メガネはもの凄く言いたくなさそうな顔で誤魔化す。
とはいえ、ドラ子は諦める気は微塵もなかった。
メガネが教えてくれなくても、この場には嬉々として教えてくれそうな──孫に優しそうなご老人が二人もいる。
ドラ子は即座に、ターゲットを変えてもう一度尋ねようとした。
だが、その言葉は続かない。
「ここに我が宿敵が居ると聞いたぞ!!」
部屋に大きな声が轟いた。
一同がパッと扉の方を見やれば、歳若い──まだ成人してもいなさそうに見える美少女が気炎をあげていた。
さて、この少女は誰かと頭を捻るドラ子の隣で、白騎士がぼそりと口にした。
魔王様……? と。
もうそろそろ、ようやく魔王城が終わりを迎えます




