74 魔王城へようこそ! 23
「わーすごい」
ドラ子はやたらと平坦な口調で目の前の惨状に感想を言った。
惨状──確かに惨状であろう。
誰にとっての惨状かと言えば、言うまでもなくこのコラボダンジョンで本来勇者達を苦しめる筈だった、モンスター達の惨状であり。
同時に、こんなことになるとは思っていなかった制作者達の惨状だ。
『ウゴゲゲグエエエエエエエエ』
そして、彼女の眼の前ではまた一体のモンスターが断末魔の悲鳴を上げ絶命した。
ぼーっと見ていただけの彼女に、レベル50の冒険者が戦う想定のモンスターの経験値が入って勇者としてのレベルが上がる。
そんな彼女の横では、この惨状を作り上げた眼鏡の男が淡々と事実確認のような声をあげる。
「これでレベル22か。せめて30くらいまでは上げておきたいな」
「…………あの、先輩」
「ん?」
「これ、なんです?」
ドラ子は、これまでしまっていた疑問をついに口に出した。
それに対して、メガネは事も無げに言った。
「なにって、自動経験値稼ぎ機?」
「ダンジョンってこういう施設でしたかねえ?」
そんなドラ子の眼の前で、また一体の魔物が断末魔とともに経験値と化した。
『いやおかしいじゃろ! ちょっと目を離した隙に何がどうなっとんじゃアホか!?』
久しぶりの驚愕の声が届いた。
それは、青魔導士クマガイのジョブ設定担当を怒鳴りつけて、ようやく一段落ついたところの爺さんであった。
そんな爺さんの目の前に映っている光景はこうだ。
見渡す限り石で出来た剣山に覆われた床。
うず高く積まれた城の大食堂にあったデカいテーブル。
そのテーブルの上から剣山に飛び降りて死んで行くモンスター達。
最後に、それを眺めているだけでレベルアップしていく冒険者達。
「いやだって、白騎士の攻略見てて思ったんだよ。出てくる敵どいつもこいつも、空飛べねえ奴だなって」
『そりゃ城内だからね!? 空飛べる敵出しても意味ないからね!?』
メガネの感想はさておき、どうしてこうなったかという話をしよう。
そもそも、メガネはこの状況(レベル1でハード攻略)を最初から想定していたわけでは決して無い。
決して無いが、彼は白騎士の攻略を眺めながら思っていたことはあった。
『こいつら、揃いも揃って地上型のモンスターだな』と。
当然と言えば当然の話だ。ここは元々主人公である王子が住んでいた城であり、城内は空を飛ぶにはあまりにも狭い。
だから出現する魔物は、足音を立てなければ動けない陸上型のモンスターである。そのことに不思議は何も無い。
だが、だからこそ、メガネは頭の片隅で考えていた。
『地上型のモンスターを殺すなら重力だよな』と。
ドラ子が最初に考えた転移を用いた戦闘でも浮かんだことだ。
敵を自由に転移できるなら、敵を遥か上空に転移して落下死させることができるのではないかと。
その案自体はメガネに即座に却下されたが、良い線はついていた。
陸上型の魔物は重力からは逃れられない。
そして、使い魔ならぬ使い石の転移によって、魔物の湧き潰しが出来た事で状況は半分整っていた。
ダンジョンの自動機能の抑制によって召喚は待機されていたが、それはあくまで待機されていただけだ。
召喚の条件が整った環境──半径1.75m以内に障害物の無い平らな地面を用意してやれば、これ幸いとSolomonはそこにスタックされていたモンスターを召喚するのだ。
だから後は、環境を整えるだけだった。
この城内で最も天井が高いエントランスの吹き抜けを候補地に選び。
その候補地にこれでもかとストーンニードルの魔法罠を張り巡らせて床の殺傷力を高め。
あとは『召喚のための地面』として大食堂のテーブルをその候補地にトランプタワーのように転移で積み上げてやる。
地面に石の刺を敷き詰めても、遥か上ならば使い魔による召喚の妨げにならない。
上を見上げても召喚現場はテーブルに遮られているから阻害機能も働かない。
この条件を整えてやれば、今までずっとモンスターの召喚を待機していたSolomonはこれ幸いと召喚できる平面──並んだテーブルの上にモンスターを召喚する。
モンスターは設定されたアルゴリズムに従って、敵である勇者達を捕捉すればそこに向かって行こうとする。
すると、自動的にテーブルから落ちることになり、積み上げられたテーブルの高さから床の剣山に落下し、重力と土の槍のダブルパンチを食らって一撃死する。
このループが完成したことによって、コラボダンジョンの雑魚敵はただの経験値タンクと化したのだった。
メガネ達の仕事はたまに床の剣山を補強することくらいである。
「最初は床に大穴開けて、そこに召喚させたモンスターを水没させることも考えてたんだけど、どうやら床は破壊不能だったみたいだからな」
『お前みたいなのの悪ふざけに使われなくて、設定が正しかったと確信したよ!』
自分たちが作り上げた『設定ミス』である『レベル1』を、勝手に克服しようとしているメガネに老人達は半ば以上安堵を込めて言った。
対するメガネは、きょとんとした。
「え?」
『……え?』
「ああ、いや。そうだな。床や壁が破壊不能になっていてコマッタナー」
『おいちょっと待て! お前まだ何か企んで!?』
「さて、亡霊どもと話すのはこの辺にしておくか」
その後もギャーギャー喚き立てている老人達を無視して、メガネはステータスを確認する。
話しているだけでも経験値はどんどん溜まって行き、レベルは27まで上がっていた。
「あ、話おわりました?」
「ああ。相手がどう思っているかは知らないが、そもそもこっちから話すこともないしな」
ぼーっと空から降ってくる経験値を見つめていたドラ子は、無感動に尋ねる。
「それで、いつボスを倒しに行くんですか?」
「レベル30くらいになったらと思ってたし、そろそろ良いか」
メガネはレベルなどさして重要でもなさそうな口振りで、事も無げに言った。
今まさに目の前で串刺しになった、豚面のモンスターにも興味は欠片も無さそうだった。
「でも先輩、確かボス部屋に対しては転移で干渉できなかったんですよね? レベル30で本当に勝てるんですか?」
「ああー、まぁ、ぶっちゃけレベル1でも勝てたと思うぞ。きついけど」
「…………冗談に聞こえないんだよなぁ」
果たしてこの先何が起こるのか。
期待と不安を3:7くらいの比率で抱きながら、自動経験値生成場と化したエントランスを後にするメガネとドラ子(with 魔導王ヴァッシュ達)であった。
あ、またレベルが1上がった。
果たして、相変わらず敵の出ない城内を歩いて、ついに二人はボスオーガが待つ謁見の間の入口、両開きのドアの前に居た。
人間が通るには大きい広さのドアは、いかにもこの先の激闘を予感させる厳かさがある。
「それで先輩、ボス戦ですけどいったいどういう作戦でいくんですか? 流石の私でも、こうまで体感変わるほどの弱体化されてたら、ボス相手に大立ち回りは厳しいっすよ」
「そんなこと頼む気はなかったぞ」
一応これでも唯一の前衛として、場合によれば前に出る覚悟をしていたドラ子に対して、メガネはあっさりと告げる。
しかし、そうは言ってもこの先何をすれば良いのか打ち合わせすらしてないドラ子は、不安とともに尋ねる。
「じゃあ何をすれば良いんですか?」
「いや、何もしなくていい。というか余計なことはするな。俺が動いて良いと言うまで絶対動くなよ?」
「ええ? ガキじゃないんですからそんな念押しされても動かないですよ?」
「良いから、お前は『そこから一歩も動くなよ』」
子供に言い聞かせるような口調に一瞬むっとしたが、これまでの先輩の行動に一切の間違いが無かった故に文句をぐっと堪えた。
そんなドラ子の様子を確認したメガネは、ぐいっとドアを押し開ける。
ぎいーっと、古めかしい音を立てながらドアが勢い良く開く。
そのまま、メガネが一歩二歩と室内に足を踏み入れると、のしかかるようなプレッシャーが部屋の外にまで広がった。
そのプレッシャーの持ち主、ドアの向こうで待っていた、人間を遥かに越える巨体を持ったオーガの姿がそこにあった。
先程見たのと同じように玉座を横倒しにし、どっしりと腰を下ろしていたオーガが、立ち上がる。
瞬間、カクテル爺さんズが苦労したという演出の照明が、揺らめく炎のように点灯する。
『塵のような人間どもが。そのまま消えていればよかったものを、殺されるために再び現れるか』
ボスオーガはそう言って己の獲物である大きな棍棒を手に取った。
それをまじまじと眺めながら、メガネは言う。
「それじゃみんな、絶対にその場から動かず『ガンガン行こうぜ』」
え?
本当にその場から動かず?
メガネからの命令にドラ子は大いに違和感を覚える。
自分が立っていた場所はどこかと言われれば、ボス部屋に入る前の廊下である。
こんな場所に立たされても、ドラ子は何も攻撃できない。
「ただいま」
「うぉ!?」
そんなことを思っていると、ボス部屋に入っていた筈のメガネは、何事もなかったかのように廊下へと戻って来ていた。
当然ボスオーガはそんな彼を追いかけて一心不乱にこちらに走っている。
自慢ではないが、あんな勢いで自分たちの紙装甲パーティに突進されたら、ドラ子はまだしも他のメンバーは即死するだろう。
そんな風に予感したからこそ、ドラ子はいきなり戻って来たメガネを責める。
「なんですか先輩!? 策があるんじゃなかったんですか!?」
「そんな焦るな」
「焦りもしますよ!? 後ろ見えてます!?」
そんなメガネの背後、ドラ子の眼の前ではボスオーガが、走る勢いもそのままに己の得物を振り上げているところだった。
どうあがいてもメガネは避けられず、その余波でドラ子達も全滅必至。
いったいレベリングとはなんだったのか。
心の中で様々な諦めの言葉が浮かんでは消える最中。無慈悲にもボスオーガの棍棒は振り下ろされ。
ガキンと派手な音を立てて、扉の淵の壁に弾かれていた。
「…………???」
ドラ子の混乱をよそに、棍棒を弾かれて手を痺れさせながらボスオーガは再度、今度は薙ぎ払うように棍棒を振るう。
が、結果は変わらず再び扉の淵とぶつかり甲高い音を立てただけだ。
「実は白騎士の攻略見てて思ってたんだよ。このボスの攻撃って、派手な割に城内を破壊したりしてないな、って」
「言われてみれば?」
こんな状況で落ち着くというのもアレだが、状況が特殊すぎてドラ子も一周回って落ち着けていた。
そして思い返してみれば、白騎士達が行っていた攻略においても、ボスオーガの攻撃を避けた際に、その余波が床を傷付けるようなことはなかった。
「そしてこの扉。人間が通るには立派なもんだが、ボスオーガが通るにはあまりにも小さいよな」
「…………確かに?」
ドラ子は改めて、現在も猛攻を繰り広げているボスオーガを見る。
この謁見室へのドアは確かに立派だが、それでも大柄な人間が余裕を持って通れる程度の立派さだ。
対してボスオーガは、玉座を横倒しにして座っているほどの大きさで、人間の二倍以上の体格があるだろう。
そんなボスオーガに、この扉は小さ過ぎる。
「コラボ元の原作再現なのかなんなのか知らんが、こいつの動きも単調に過ぎた。臨機応変な戦い方ができるようには見えないし、ドアが小さくて通れないから這いつくばって移動するようにも見えなかった」
確かに、武器を捨ててしゃがむなり這いつくばるなりすればドアも通れる。
だが、実際にどうやって入ったかなど、作っている側はあまり考えていないだろう。
その場所にはそのモンスターがいるから、作っただけで。
「結論だ。わざわざ不壊属性が付与された壁。小さ過ぎるドア。どうあっても通れない身体のボス。単調な攻撃方法。導き出される結論は──」
結論はまさに今の状況だろう。
ドラ子でも、考えなくても分かる。
ドアの縁という最強の盾に守られた自分たち、その盾を突破することも避けることもできないボス。
言わばここは、安地というやつで。
「ドアの外から遠距離攻撃をぶちこめばいい」
それが、ボスオーガの最も冴えた賢い攻略方法だった。
ドラ子は同時に、メガネがレベル1でもボスを倒せると言っていた意味も理解した。
この戦法に、レベルなど関係ない。
ただ、レベル1だと能力差が大きすぎてマトモにダメージを与えられるか分からない。
だから『出来なくはないが、きつい』という答えになったのだ。
レベリングは、ただ攻撃力を高めてボス戦の時短を考えた故の行動だった。
『嘘じゃああああああああああああああああ』
スピーカーの向こうで、爺さん達が絶望の悲鳴を上げていた。
さもありなん。
そうこうしているうちに、ドラ子の目の前にはカンペが浮き出てくる。
ああ、これ、あれか、と思うドラ子。早く言えよと目で言う先輩。
ドラ子は観念して目の前のカンペを読み上げた。
「……えー、『確かに人間一人一人はとても弱い。だけど、人間は決してくじけない。たとえ一人一人は星屑のような存在だったとしても、寄り集まれば星の輝きを放つものだ。僕達は一人じゃない。みなの思いを背負ってここにいる。だから僕達は、負けない』んじゃないかなぁ」
言いながら、皮肉かな? とドラ子は思った。
確かに一つ一つの設定ミスや仕様は小さい穴でも、それが寄り集まれば大きなガバになる。
改修箇所は一つじゃない。みんなの思いも一つだろう。
これ、どこから改修すりゃいいんだよ。
だから僕達は、帰れない。
「ドラ子、トドメさしたいか?」
「いや、もう、やめときます。なんか、可哀想なんで」
そのトドメって、あのお爺ちゃんたちに対するトドメじゃないですよね? とほんの少しだけ思ってしまったのは内緒だ。
そして、特にここから大逆転のドラマがあるわけでもなく。
ボスオーガは最後に、メガネの放ったストーンバレットで削り切られて絶命した。
コラボダンジョン:攻略完了!!
とあるレトロゲーでボス部屋のドアを開けたらボスの攻撃判定はあるけど部屋に入るまで戦闘は始まらないため
部屋の前からありったけの弾丸をぶち込んで部屋に入ると戦闘開始ムービーの直後に一発で戦闘終了ムービーが流れてボス戦が終わるっていう裏技があったんですよね




