73 魔王城へようこそ! 22
「そもそも、白騎士たちが攻略してたのを見ながら引っかかってた部分はあるんだ」
「はぁ」
無人の──いや無モンスターの城内をのんびり散策しながら、メガネは語る。
ドラ子は適当に相槌を打ちつつも、内心は気が気じゃ無かった。
先輩は自分の行いに絶対の自信があるようだが、後輩はそうではない。
今にも曲がり角の先とか、調度品の裏とか、通り過ぎたドアの向こうとかから、今の自分を超える強さのモンスターが湧いてくる気がして仕方ない。
思えば、自分より強いモンスターに怯えるなど、幼少の頃以来ではないだろうか、と自嘲気味に笑ってしまうほどだ。
だが、廊下に立てかけてある甲冑が動くようなアクシデントもなく、ドラ子の視界に入るのは、丁度良い場所に見計らったように転がっている石ころだけだ。
メガネは仕事の延長のような解説を続ける。
「爺さんたちは自信満々に『コラボ元のイベントを再現した』と言うし、白騎士もその『原作』をなぞるような行動を取っていた。だけど、モンスターが普通に徘徊していたとしたら、十字路の二つの通路から同時に敵が迫ってくるなんてシーンを忠実に再現するのは難しい。そうだろう?」
「……まぁ、毎度毎度そんな都合良くモンスターが動くのかって思いはしますね」
「結論から言えば、もちろんそんな都合が良く動いているわけじゃなかった。特定の条件に入った時に、その都度モンスターを用意していたというのが正しい。正しかったというわけだ」
そんな言葉と共に、メガネとドラ子はちょうど、その話題の十字路に差し掛かる。
白騎士達が攻略していた時には、ここで足音が聞こえて来たはずだが、当然のように何の音もしなかった。
おそらく『直進』や『右折』を選んでも、石ころが転がっているだけだろう。
「でも、あれですよね。魔力形成のモンスターなら、とりあえず召喚しておいて、条件を満たしたら行動する、みたいな行動パターンを組んでいる可能性もありますよね?」
「その可能性はあったが『基本は待機で条件を満たした時に直進する』みたいな設定を一々作ってモンスター召喚するより、関連イベント機能使って『条件を満たした時』に『直進する』モンスターを召喚した方が楽だと思うぞ。少なくともSolomonならな」
「うっ確かに」
仮に自分が設定するとしたら、で考えればドラ子にも分かった。
魔力形成でモンスターを作ったとしても、その思考パターンをあれこれ設定するのは手間なのだ。元から自由意志のないゴーレムならともかく、生物系のモンスターなら尚更。
むしろ下手に手を加えようとすれば、魔物らしい思考パターンを侵食してしまって使い物にならなくなる可能性もある。
それよりは、条件を満たしたときに初めて召喚がなされて、そのあとは魔物らしく自由に動いてもらう方がよっぽど手間がかからない。
ドラ子ですらそう思うのだから、百戦錬磨のSolomon設計サポートの面々がそう思わないわけがない。
……まぁ、今召喚されているのはモンスターではなくただの石なのだが。
「…………いや、ていうかなぜ石ころで?」
流石のドラ子も、この石つぶてが『ストーンバレット』であることは想像がついている。
そして、そのストーンバレットによって、本来コラボダンジョンを彩る筈だったモンスターの出現が抑制されていることも、予想はつく。
だが、ストーンバレットが転がっていたところで、なんだと言うのか。
Solomonがいくらクソみたいなガバガバダンジョン管理術式であると言えど、モンスター召喚機能が石ころ一つで機能不全を起こすほどやわではない。
このダンジョンに入るための転移の術式が石ころ山盛りでも起動したように、モンスター召喚機能とて石ころをうまく避けてモンスターを召喚することくらいできる。
そうでなければ、ダンジョンの管理などやっていられない。
「ふむ。さてドラ子、俺が今日語ったVer3.2における、モンスターの召喚が成立する条件について覚えているか?」
「え? えっと、広い所……?」
「…………半径1.75m以内に、壁などの障害物のない平坦な場所が基本な」
「そうそれです」
だいたい合っているだろう、と誇らしげなドラ子に、メガネは少しため息を吐いた。
「でもまさか先輩、この石ころがその障害物に該当する、なんて言わないですよね?」
「流石に、石ころ一つを障害物と認定してモンスターの召喚が止まるほどやわではないな」
「じゃあやっぱりおかしいじゃないですか」
ドラ子は先程まで自分で考えた認識で間違いなかったことを再確認した。
流石のSolomonでも、石ころ一つで機能停止はしない。
だが、ドラ子はまだSolomon Ver3.2のガバガバ判定を甘く見ていた。
「時にドラ子。以前のチケットで回答した『視界認識自動隠蔽機能』って覚えてるか?」
「え? あー、なんでしたっけ。確かスーパーマーケットの」
急に言われて、咄嗟に出てこなかったが、少し考えてドラ子は思い出す。
確か、Solomonというダンジョン管理術式で無人スーパーマーケットを経営しているという、頭のおかしいチケットの対応中に覚えた仕様である。
というのも、Solomonはモンスターの召喚やアイテムの配置などを行っているときに下手に干渉されるとバグる可能性があるから、人が見ている時には自動機能の一部を待機状態にする仕様があるという話であった。
「いやでも、誰も見ちゃいないじゃないですか。ていうかあれVer16くらいからの機能って話じゃなかったでしたっけ」
「魔王城のVerは狂っているから、その辺のVer認識の一部は無視していい。そして話は変わるがこの『視界認識自動隠蔽機能』はな、人間の視界だけでなく人間が使役する『使い魔』の視界なんてものでも反応するんだ」
「へぇー」
それは知らなかったが、言われてみればそういうものだろうとドラ子は納得する。
表向きはダンジョンの自動機能が世界観を破壊することを抑制するための機能だったはずなので、術者と視界を共有することもある使い魔の前でも待機状態になるのは筋が通っている話だ。
「でもそれは今関係なくないですか? だって先輩、使い魔なんて使ってないじゃないですか」
ドラ子のあまりにも当たり前の問いかけに、メガネは曖昧に笑った。
「いくら魔改造をしても魔王城で使われているのはSolomon Ver3.2だ。そしてVer3.2の使い魔の認識は『術者の魔力が込められた物体』くらいのガバさなんだ」
「…………いや待ってくださいそれじゃ」
「この『術者の魔力で作られた石ころ』をVer3.2の基幹術式は『使い魔』と認識する。すると俺はこのダンジョン中に俺か、NPC達の誰かの作った使い魔をバラまいたことになる。流石に石ころの視界まで設定はできないが、それでも半径1.75m以内に使い魔がいれば自動機能は止まる──要するに今はこのダンジョン全域を俺達の誰かが『見ている』状況というわけだ」
「徹頭徹尾ガバガバじゃないですか!」
もう、色んな事が整った上でドラ子はツッコミを堪え切れなかった。
だって、もう、メガネ先輩が利用している様々な事柄が、術式のガバから来ていたから。
青魔導士の設定ミスも、転移を無限に使えてしまうことも、モンスターの召喚を抑制できることも、全て一切の改竄行為を伴わない仕様上の穴である。
不具合の意図的な利用は褒められた行為ではないが、正常な動作をダンジョン側が保証していない事柄ならば──不具合を不具合として認定するまでは、それは仕様なのだ。
少なくとも、保守サポート部で散々、不具合スレスレの事象を仕様として処理してきたドラ子の頭では、そういう結論が出ていた。
恐れ入りますが、この攻略は、仕様上問題ないものと認識しております。
「……それで、こっからどうするんですか。もうボスの湧き潰しまで終わっててあとはゴールするだけなんですか?」
もはやドラ子にとって、このダンジョンアタックは胸躍るものとはほど遠かった。
死んだ目でこの先を尋ねれば、メガネは初めて思い通りにならなかったことを語る。
「いや、ボスは倒さなければいけないらしい、転移の感触ではボス部屋への干渉はできなかったからな」
「へー、でもどうせ先輩のことだから、もうレベル1でボスを倒す方法まで構築済みなんでしょうね」
「出来なくはないが、少しきついな」
「できるんかい!」
少しきついだけで倒し方まで構築済みだった。
そして言葉とは裏腹にもう全然驚いていないドラ子に、メガネは当たり前のように言う。
「だから、ちょっと雑魚倒してレベリングしてから行くぞ」
「…………」
いやあんた、さっきモンスター倒せないとか言ってませんでしたっけ?
という言葉をドラ子はギリギリで飲み込んだのだった。
次回:ボスオーガ死す




