72 魔王城へようこそ! 21
「つまり、味方のスキルを食らってもスキルのラーニングが出来てた時点で、そのあたりの指定がガバガバなのは想像が付いてたんだよ。特に、この魔王城ではスキルってのはダンジョン側で管理されてるからな。ユーザーがレベルアップで使えるようになるっていうスキルも、敵専用で味方が覚えられないってスキルも、データベース上では似たような扱いなんだ。で、味方のスキルも敵のスキルと同じように習得できた時点で、ダンジョン管理用のスキルも、その仕組みごと『スキル』の枠で習得できると想定した。習得条件は『スキルによってダメージを受ける』というガバガバっぷりだったから『転移が原因でダメージを受ける』ことでラーニングが起こって『ダメージを受ける原因になった転移』が習得できたわけだ」
「えっと、それ、普通に転移した結果何かバランスを崩して転んだとしても、転移が原因でダメージを与えたってことでラーニングできちゃうってことですか?」
「検証はされてなかったみたいだが、その可能性はある」
どうだろうか、とメガネがどこかにあるスピーカーに尋ねれば、老人達のかなり焦った声が返ってくる。
『じょ、冗談じゃろ?』
「俺がこういう時に冗談を言うタイプだと思うか?」
『…………』
一瞬の沈黙のあと、スピーカーの向こうでは『ジョブ設定担当を叩き起こせ!』などと声が響いた。
だが、それを済ませたあと、すぐに老人は気を取り直したように挑発的に言う。
『じゃ、じゃが貴様はレベル1じゃろ。転移なんてスキルを覚えても十全に使えるわけがなかろう! どうして使えたんじゃ!?』
「爺さん、転移術式の記述と、ラーニングの記述ちゃんと確認したか?」
『なんじゃと?』
どうやらちゃんと確認していなかったようなので、メガネは簡潔に伝える。
「このラーニングで人間や魔物が使うスキルを拾った場合は『自分の魔力をN消費して〜』みたいな条件をそのままラーニングする。だけど、転移陣はダンジョン管理用の仕組みだぞ。転移陣を起動させるのに『利用者の魔力』を消費させてるのか?」
『……しとらん。特別なギミックを除けばダンジョン管理用なら……』
「そう。『ダンジョンの魔力をN消費して〜』っていうのが発動条件だ。それは床の術式を見て確認してる。だから俺は自分の魔力は一切使わず、ダンジョンの魔力で転移が使える。ほぼ無限にな」
『……ははは』
これが、メガネが一目見ただけで思った『ぶっ壊れジョブ:青魔導士』であった。
普通に青魔導士をやるだけなら、敵の攻撃を一発でも貰ったら即死だっただろう。
だが、味方のスキルをラーニングできた時点で、条件のガバガバっぷりを看破。
転移陣の術式を鑑みて、転移使い放題の可能性が高いと踏んだ。
あとは確実に転移でダメージが入るように調整すれば『ダンジョンのルールに則った上で好きなだけ転移という上級魔法が使えるレベル1青魔導士』の爆誕である。
『ふ、ふはは、さ、流石じゃな。じゃが! じゃが! 転移が使えたところで貴様等がレベル1なのは変わらん! 出会ったモンスターに即座に嬲り殺しにされるのがオチじゃ!』
「……まぁ、普通はそうだろうな」
『ふはははは! ようやく貴様の吠え面が見えそうじゃな!』
そして、爺さんの声は途切れた。
途切れる寸前に『ジョブ設定担当到着しました!』とか声が聞こえたから向こうは今から修羅場になるかもしれない。
では、鬼の居ぬ間に、さっさと攻略を進めてしまおう、とメガネは一人ほくそ笑んだ。
「えっと先輩。不気味に笑っているところ恐縮なんですけど、実際のところどうなんです?」
「どう、とは?」
「先輩のその無限の転移スキルで、出てくるモンスターをばったばったと薙ぎ倒すとかは可能なんですか?」
たとえば、相手を石の中に転移させるとか、遥か上空に転移させて落下死させるとか、無限の剣を転移させて相手を滅多刺しにするとか。
転移を戦闘に使うとなれば、真っ先に思い浮かぶ戦い方を想像しながらドラ子は尋ねた。
単純な移動スキルと思われがちな転移でも、扱い方一つで無限の殺傷力を生み出せるのは、こういった展開でのお約束だ。きっと転移一つでここから大逆転なのだ。
そうやって目をキラキラさせて期待するドラ子に対して、メガネは、とても優しい──子供を見る様な目で言った。
「無理に決まってんじゃん。転移ってもこれ、本来人が使う用に調整された術式じゃねえぞ。床の術式コピっただけだからな。イメージしたところにパッと転移できますみたいなアレじゃないんだよ。敵の目の前で十秒くらい時間使っていいならやれなくもないけど、そうじゃなかったら戦闘中に動く対象を正確に捕捉して、魔力揺らぎや時空変動偏差まで考慮した計算して、即座に転移の座標を指定するなんてできねえよ。敵に遭った瞬間距離詰められて死ぬ」
「あっなんか痛い! 先輩が馬鹿を見る目で私のこと見てるのが痛い!」
転移術式資格保持者の、転移のことを何も知らない後輩を見る目はそれでも優しかった。
無知でごめんなさい、とドラ子が心の中で謝っているところで、メガネはドラ子をそれ以上責め立てることもなく、地面をこんこんと蹴っていた。
「まぁ、とにかくまだ検証することがある。ストーンバレット」
言うが早いか、メガネは石畳でできた地下牢の地面に向かって石つぶてを放つ。
ごつんと良い音を立てたが、地面に傷がついた様子はなかった。
「なるほど。ドラ子、ちょっと剣を地面に突き刺してみてくれないか」
「ええ? 刃こぼれとかしたら嫌なんですけど」
「良いから」
先輩の有無を言わさぬ催促に、渋々従ったドラ子は、腰から引き抜いた勇者ソードを石畳の地面に突き立てた。
ガキンっと石と金属が立てたとは思えぬほどの甲高い音が響き、剣は弾き返される。
「つあああ! 手痺れたぁああ!」
思い切り握っていた剣からフィードバックした衝撃で、ドラ子は悲鳴を上げる。
「ふむ、床は破壊不能──いや、ダンジョン側で用意された手段だと破壊不能と言った方が正しそうだな。ドラ子。次は一応壁も」
「私、手痺れたって言ってるんですけど!? 鬼ですか!?」
だが、ドラ子の抗議むなしく、有無を言わせぬ鬼畜メガネの指示に再び従って、ドラ子は今度は手が痺れないよう慎重に壁に剣を突き立てる。
床と同じように、地下牢の壁もまた剣の刺突を弾いた。
「ほぼ確定だな。となると、他のスキルでも床や壁に穴はあけられなさそうだな。まぁ、想定通りだが」
「先輩。理不尽な先輩の指示に従って手を痺れさせた、可哀想な後輩に感謝の一言くらいあっても良いのでは?」
「ドラ子。次は生身でも検証してみたい。ちょっと床か壁を素手で全力で殴ってみてくれないか?」
「鬼! 悪魔! メガネ!」
流石のドラゴンでも、強制ステダウン中のレベル1ではできないこともあった。
彼女が断固拒否の姿勢を崩さなかったため、止む無くメガネは検証を取りやめた。
「まぁ良いや。素手で壊せたとしてもそれを作戦に組み込むのは現実的じゃないからな」
「じゃあなんでやらせようとしたんですか?」
「素手で破壊できるのがドラ子だけじゃ効率も悪いしな」
「じゃあなんでやらせようとしたんですか?」
光を失くした目で呟くドラ子の言葉をメガネはまるっと無視した。
ここでやるべき検証は終えたと言うように、軽い足取りで地下牢の出口へと向かう。
「とりあえずそろそろ行くか」
「いや行くって、ちょ、ちょっと待ってくださいよ先輩」
「ん?」
そんな先輩の背中を、ドラ子は慌てて呼び止めた。
それはさながら、屋上のフェンスの上から一歩踏み出そうとした自殺志願者を止めるような切実さであった。
「私達今レベル1の貧弱脆弱一般人ですよね? モンスターと出会ったら即死間違いなしなんですよね? なのになんで対策も無しにふらふらと外に出ようとしてるんですか?」
「ん? そういう心配?」
「いやいや、なんでそんな他人事なんですかあんた。私達に出来る事はもう先輩の転移くらいしかないのに、さっき自分で転移じゃモンスターを倒せないって言ったばかりじゃないですか? それとももしかして転移の他に何か、出会ったモンスターを瞬殺するプランでもあるんですか?」
「あ? ねぇよそんなもん」
「じゃあそんな気軽に出て行くなや!」
もはや敬語も何もなかった。
ドラ子の頭ではメガネの言動が何一つ理解できていない。
だが、メガネの方も実はドラ子の言動がいまいち理解できていなかった。
何故なら、メガネの頭の中でドラ子の懸念はすでに『終わった話』だったからだ。
「ドラ子。お前、もしかして俺が何の対策もなしに外に出ようとしてると思ってる?」
「思ってるっていうかその通りでしょうが! モンスターと戦う術がないのになんでそんな散歩感覚でダンジョン歩こうとしてるんじゃ!」
「ちょっと爺さん達の口調移ってるぞ」
興奮で口調が乱れている後輩に、メガネはうーんと唸る。
そして、ようやく、彼女は自分が『初手』に何をやったのかを理解していないことに思い当たった。
「ドラ子。逆に尋ねたいんだが、俺がなんで最初に『ストーンバレット』を200個近く用意して、こっちに持ち込んだのか分かるか?」
「はい? 石つぶての山を大量に転移することで意図的に座標をずらして、転移でダメージを受ける為ですよね?」
「半分正解。だが半分は別の理由だ」
「……と言いますと?」
そうドラ子が尋ねたところで、メガネは答えずにスタスタと地下路の出口へと向かってしまう。
慌てるドラ子が追いすがるが意にも介さず、さっさと地下牢から城に入る階段を昇ってしまった。
「ちょっ! ああ!」
階段の出口で、メガネが立ち止まっている。
地下牢の階段を上がった先には、牢番の詰め所のようなものがあり、そこに居るモンスターとの最初の戦闘があったはずだ。
ドラ子が追いつき、敵に気付かれるよりも早く、メガネを地下に連れ戻そうと手を伸ばしかけたところで、異変に気付く。
モンスターが待ち構えているはずだった詰め所。
そこには、誰もいない。
目の前にあるのは、ぽつんと一つ。
石つぶてだけ。
「城内の湧き潰しは終わってる。ここからはただの散歩だ」
「……うえええ?」
本当に何が起こっているのか分からず、ただドラ子は、自分とこの先輩とのSolomon製ダンジョンの理解の差を感じることしかできなかった。
ダンジョン攻略はダンジョンに入るまえから始まっている




