71 魔王城へようこそ! 20
「ていうかレベル1で攻略なんてできるんですか?」
「普通は無理だろうな」
「ええ……」
あまりにもメガネが自信満々に言うので、そういうものなのかなと尋ねてみたが、返って来たのは頼りない言葉だった。
「説明だと、このダンジョンでは自分の素の強さもジョブのステータスに上書きされるみたいだからな。レベル1になった時点で凄まじい弱体化がかかると思う」
「むむむ」
いくらこのダンジョン限定とはいえ、はっきり弱くなると言われると少し躊躇が生まれるドラ子である。
彼女はふと、ダンジョンの入口となる転移陣を見て思った。
「じゃあ、いっそのことジョブに何も就かずにダンジョンに入ってしまえば。少なくとも弱体化はされないのでは?」
「その転移陣動いてないぞ。見た所、この部屋にいる人間全員がジョブチェンジしないと起動しない仕組みだな」
「え、先輩見て分かるんですか?」
ドラ子の目には、転移の魔法陣は術式が高度過ぎて異界語で組まれているようにしか見えない。
普段Solomonで扱っている術式より相当難しい──いや、モンスター召喚機能の時間遡行の仕組みあたりは同じくらい異界語なのだが。
ドラ子が解読しようと思ったら、何日も何日もたっぷり時間をかけて読み解いて行く必要があるだろう。
そんな術式を一目見て分かるというのは──
「ていうか、それって先輩『転移術式資格』持ちってことですよね? じゃあ、転移魔術使えるってことじゃないですか! 別に転移陣使わなくてもダンジョン入れますよね!?」
つまりそういうことである。
見て分かるということは、同じ術式が組めるということで。
同じ術式が組めるということは、転移陣に頼らなくても転移ができるということだ。
だったら、わざわざ弱体化しなくてもとドラ子は思ったが、メガネは首を振った。
「いやそれはダメだろ。決められたルールに従った攻略がダンジョンアタックには肝要だ。ズルして攻略するのは楽しくない」
「相手がやってることの時点で、ルール無用なんだから良いじゃないですか!」
メガネの言い分も微かに分からなくもないが、相手が先にルールを破ったのなら知った事ではないのでは、とドラ子は思う。
「それは違うぞドラ子。俺達はレギュレーションを書き換えられただけだ。レベル50でイージー攻略だったのが、レベル1でハード攻略にな。そして相手はその条件では攻略不可能だと思っている。そういうのを覆すのが一番楽しいんだ。課せられた縛りがきつければきつい程、それを突破したときの相手の吠え面が気持ち良い」
「ええ……SなんだかMなんだか分からないこと言い出したこの人」
ていうか、用意された盗賊スキルを使わずに自前のスキルでダンジョン攻略するのはレギュレーション違反じゃないのか? とも思ったドラ子だったがそれは言わなかった。
「まずは、ジョブを確認してみようじゃないか」
「うぃっす」
とはいえノリノリになったメガネに何も逆らうことなく、ドラ子はしぶしぶとコラボジョブの確認を手伝うことにした。
この場には、コラボ先のゲームのキャラをひな形に作った12のジョブがある。
ただ、12もあれば一つや二つは色物が混ざるものだ。
色物、ゲテモノ、テクニカルな、あるいはトリッキーなジョブ。
普通に使うには使いどころが難し過ぎるが、使える人が使ったら面白い。
メガネが目を付けたのは、恐らくそんなジョブだった。
「『青魔導クマガイ』──へえ、良いんだこんなジョブ用意して」
メガネが目を止めたジョブの説明を、ドラ子は横から流し読む。
「なになに──『青魔導クマガイは、一般的な魔術師の才能がなかった男です。しかし彼には相手のスキルをその身に受けることでそれをラーニングする特殊技能が備わっています。スキルは3個(レベルにより上昇)まで習得することが可能であり、それ以上を覚える場合は既に覚えているスキルと入れ替える必要があります』──ふーん」
よくある敵の技を覚える系のジョブだな、とドラ子は思った。
相手の攻撃を受けるだけという簡単な条件だが、保有できるスキルは極端に少ない。
少なくとも他のジョブはレベル1の段階で三個以上のスキルを所持している。
「つうか、敵の攻撃を受ける条件でスキル使えるって言われても、レベル1でハード難易度の敵の攻撃受けられなくないですか?」
「魔導士の紙防御なら間違いなく一撃死だろうな」
「ダメじゃないですか」
敵の攻撃を受けなければスキルが使えないが、敵の攻撃を受けたら死ぬ。
通常の攻略でならいざ知らず、今回の条件に限っては完璧な死に職であった。
少なくとも、ドラ子はそう思ったがメガネは違うようだった。
「……なるほど、なるほど、へー、俺だったらこの条件で作った奴を小一時間説教するくらいのぶっ壊れだなこれ」
「いやいや、そりゃ先輩みたいなクソ性格悪い人が真っ当な悪巧みに使えたらそうかもですけど、今回の条件じゃ流石の先輩でも無理ですよ」
「お前それ褒め言葉じゃねえからな」
普通に先輩に対する罵倒に違いなかったが、メガネはため息一つで流した。
「いや大丈夫だ。俺はこの『青魔導クマガイ』にする。ドラ子は何でも良いが俺からの指定は『刃物』を使うジョブだ。勇者でもいいぞ」
「ええー先輩マジでその死に職を? まぁ良いっすけど。じゃあ私は予定通り勇者でいきます」
ドラ子は言いつつ、「あ、これ死んだな」と心の中で思う。
なんだか本気で攻略するみたいなカッコいいこと言っていたが、もしかしてあれは死に覚えゲーが如く、何回も死にながらも最後にはこの条件で攻略してやるみたいな話だったのかもしれない。
それもこの条件なら仕方ないかと半分諦めつつ、ドラ子は勇者ドラ子となった。
そうして、これから死ぬのかとちょっとションボリする勇者ドラ子を尻目に、メガネはNPCキャラの設定に入る。
「仲間は三人か、じゃあ『魔導王ヴァッシュ』×3で」
「できるのそれ!?」
思わず、ドラ子の口からツッコミが漏れた。
「仮に友達五人で遊びに来た時に、やりたいジョブが被ったけど一人しかそのジョブに就けません、ってのは喧嘩の元だろ。だからできると思う」
「いやそれは、おんなじNPCを引き連れられるって意味にはなりませんよね!」
「それにガチャだって何回も同じキャラ出るじゃん。世界観的にそれが正しいんだよ」
「システムの闇までコラボする必要ありませんよ! 無理ですって!」
だが、ドラ子のツッコミの答えはすぐに現実になって現れる。
ゲームの召喚シーンを再現したらしい派手な演出のあと、全く同じ顔をしたイケメンが三人現れた。
『俺様は魔導王ヴァッシュ。ふっ、この俺様に助けを求めるとは見る目があるな貴様。良いだろう。王たるその魔導を存分に見せてやるさ』
『俺様は魔導王ヴァッシュ。ふっ、この俺様に助けを求めるとは見る目があるな貴様。良いだろう。王たるその魔導を存分に見せてやるさ』
『俺様は魔導王ヴァッシュ。ふっ、この俺様に助けを求めるとは見る目があるな貴様。良いだろう。王たるその魔導を存分に見せてやるさ』
「うるせえ!」
三人が揃って同じ台詞を合唱してくれたおかげで、思わずドラ子が切れるほどサラウンドの聞いた自己紹介であった。
そんな彼らの登場にメガネは特に感動もなく言った。
「君達への作戦は『めいれいさせろ』だ。勝手な行動は許さん」
『ふっ。良いだろう。上手く扱ってみせろ』
『ふっ。良いだろう。上手く扱ってみせろ』
『ふっ。良いだろう。上手く扱ってみせろ』
そして三つ子の魔導王は揃って、尊大ながら従順なことを言った。
ドラ子はそれを冷ややかな目で見ている。
そんな折り、それまで沈黙していた転移陣が光を宿した。条件が整ったのだろう。
「準備できたみたいですよ先輩。行きますか」
これから死ぬとしてもせめて勇者らしく格好付けてみた。
チャキっと剣を構え、そして一歩を踏み出そうとした勇者ドラ子を、しかし青魔導メガネが止める。
「待て、まだ準備はできていない」
「はい?」
これ以上この部屋で何をやるのか。
思いながらドラ子が見ていると、メガネはおもむろに魔導王Aに指示を出す。
「お前、試しに俺にストーンバレット撃ってみろ」
「ちょっ」
ストーンバレットは、良くある土属性の魔法で、魔力で作った石つぶてを相手にぶつけるものだ。
派手さも優雅さもないが、物理的に普通に痛い、地味に優秀とされている魔法である。
特殊効果がない故の堅実な攻撃である。
そんな魔導王ヴァッシュに似合わなそうな魔術を、彼は優雅に手を伸ばしながら唱えた。
『ストーンバレット!』
そして、ドラ子の目の前で当たり前のようにフレンドリーファイアが発生した。
石つぶてをもろに腹に食らったメガネは、一瞬崩れ落ちそうになるもなんとか堪える。
そんなメガネを慌ててドラ子は支えた。
「なにやってんですか先輩! 頭大丈夫ですか!」
「食らったのは腹だが」
必死にメガネの頭を撫で摩るドラ子に少し苛立ちつつ、メガネは自分のスキルを見てほくそ笑む。
「くそ痛てえ。が、くく、試した甲斐はあったな。『ストーンバレット』」
そして、先程の魔導王ヴァッシュと同じように手を伸ばしたメガネ。
その手の先から、石つぶてが生み出され、誰も居ない転移陣の方へと射出された。
その状況を見ていたドラ子は、頭に幾つも疑問符を浮かべる。
「なんで???」
「説明読んだら別に『敵のスキル』とは書いてなかったからな。この身体にダメージを与えた全てのスキルがラーニングの対象だと判断した。設定ミスを疑うガバガバさだ。実にSolomonらしい」
この魔王城で使われているのはSolomonなれば、攻撃判定などに雑な部分が存在するのはもはや宿命と言える。
それを考慮せず、常識的な考えでジョブを作るとこういうことになる。
『せ、設定ミスじゃ! メガネ! そ、そういうのは使わんと言っておったじゃろ!』
思わずといった様子で、爺さんズがスピーカーから声をかけた。
だが、それに対するメガネの返答はこうだった。
「設定ミスなんだ。だったら直せばいいさ。攻略が終わったらな。攻略中は直せないんだろう?」
『ぐぬぬ』
そうしてメガネはほくそ笑む。
この場に於いて、どちらの言に正当性があるかは明らかであった。
設定にミスがあったとしても、メガネはルール違反など何もしてないのだから。
『ふ、ふん! 構わんわ! たかが青魔導の設定ミス一つ程度! この状況は覆らんからな!』
そしてスピーカーは再び沈黙する。
だが、メガネの悪い顔は全く変わらない。
「くく、考えが素直過ぎるぜ爺さん。これはただの確認だっての」
そして、恐らく、その確認で全てが終わったのだろう。
メガネはドラ子の目からして、もはや勇者が討つべき悪党とか魔王と大差ない笑みを浮かべている。
「そ、それじゃ行きます、か?」
「いいや仕込みはまだだ。魔導王ヴァッシュ達。魔力が尽きるまで転移魔法陣にストーンバレットを撃ち込め」
「!?」
驚くドラ子を尻目に、三つ子王達は命令に従って『ストーンバレット』を撃ち込み続ける。
土属性の魔術の面白い点に、生み出した物が消えないというものがあった。
つまり、転移の魔法陣の上に、どんどんとストーンバレットの石つぶてが積まれていくのである。
「な、なにやってんですか!?」
「仕込みだよ仕込み。とりあえず、200個は欲しい」
「……あーもう。良いっす。先輩の好きにしたら良いっす」
このメガネの先輩が何を狙っているのか、角の生えた後輩にはさっぱり分からない。
それから、魔力切れと自然回復の時間を少し挟んで、もはや転移の魔法陣が石で見えなくなるくらいのところで、ようやくメガネは満足した。
「それじゃそろそろ行くか。ドラ子」
「へいへい」
手持ち無沙汰になっていたドラ子は、ようやく始まる冒険に、言葉とは裏腹に少しわくわくしていた。
石つぶての山を崩さないように昇り、この状態で正常に動くのかな? と少しだけ不安に思う。
そんな彼女に、メガネは謎の指示を出した。
「あ、ドラ子その辺でストップ。ちょっと剣抜いて構えて」
「? こうですか」
「もうちょい水平に。そうそう、で、その体勢を維持」
「はぁ」
言われた通り、抜き身の剣を構えるドラ子。
メガネはその構えた剣の切っ先に合わせるように、己の手を出していた。
「あの、先輩。危ないですよ?」
「大丈夫大丈夫。んじゃ行くぞ『転移』」
「んにゃ!? 先輩まだ心の準備が!」
ドラ子の悲鳴むなしく、そのまま、メガネは転移の魔法陣を起動する。
一瞬の浮遊感のあと、メガネとドラ子はついにダンジョンに突入した。
大量の石つぶてと共に。
「付いてくるんだこれ……」
思わず瞑ってしまった目を開けた時、最初にドラ子の視界に入って来たのはそれだった。
無造作に積まれていた石つぶてが、転移の影響か整頓されているのを見てドラ子は乾いた笑いが出る。
メガネ先輩は、この石ころを何に使いたいのだろうか。
そう思ったところで、初めてドラ子は自分の握った剣の行方を確認する。
石つぶてが整理された影響で座標がズレたのだろう。
ドラ子の剣は、見事にメガネの手をぶっ刺していた。
「ほぎゃ!? せ、先輩大丈夫ですか!」
「くそ痛てえ。くく、だが、くくく。やっぱりな!」
「何がやっぱりじゃアホメガネ! だから危ないって言ったんですよ!」
メガネの手から剣を引き抜いたドラ子は、勇者に備わっている回復魔法を発動する。
じんわりと緑色の光がメガネの手を包み、じわじわと傷が回復していく。
だが、そんなドラ子の心配もよそに、メガネはおかしくて仕方ないとでも言いたげに不気味に笑っていた。
「いや、くく! あっはっはっは! 馬鹿じゃねえのかマジで!」
「とうとう頭が……」
ナチュラルに気が狂ったかとドラ子が思った横で、メガネはおもむろに怪我をしていない方の手を石つぶてに向けていた。
「先輩? 何を?」
大人しく治療を受けろ、とドラ子が文句を言う前に、メガネはさも当然のようにその『スキル』を使った。
「『転移』」
「へ?」
ドラ子の口から、間の抜けた声が出る。
彼女の眼の前で、うずたかく積まれていた筈の石つぶて達が。
どこかに転移されて消え失せていた。
設定ミスですね
 




