69 魔王城へようこそ! 18
「とりあえず、三人ともジョブは決めたようだな」
ダンジョンの入口に向かう待機部屋にいた白騎士たち三人は、ようやくそれぞれの職業を決めた様子だった。
見た所、白騎士が『怪盗アザル』、カワセミが『占星術士ミスリナ』、そして鳥の巣頭くんが『勇者スターダスト』を選択したらしい。
怪盗アザルは少しトリッキーな斥候、占星術士ミスリナは詠唱の代わりに祈祷で術を発動する時間差ヒーラー兼バッファー、勇者スターダストは言わずもがなの勇者職なので、近接魔法回復が使える万能型といったところ。
余談だが、この勇者スターダストは、ガチャで引いた女性キャラと凄まじいスピードで仲良くなるため、親しみを込めてファンからは屑と呼ばれているらしい。
本当に込めているのが親しみなのかは定かではない。(ついでに男性ともめちゃくちゃなスピードで仲良くなる)
その他、お供のNPCとして魔導王ヴァッシュと射手ナールを選択した。そこで白騎士から若干の歓声が上がっていたのは、その呼び出されたNPCの出来が、ゲームをよく再現していたからだろう。
「これ、ソシャゲの方のファンはむしろ一人の方が楽しめる?」
「かもしれんの。もっとも、難易度を上げるとAIへの指示だしが忙しくなるじゃろうが」
聞いている限りでは、こちらのステータスは全てレベル50のもので固定であり、難易度を上げることで敵が強くなるシステムらしい。
となると、イージーではAIに任せきりで問題ない場面も、ハードになれば押し負けるなんてこともあり得るのだろう。
「まぁ、その辺りも含めて、最適解を探すのは魔王城ガチ勢のやりたい奴がやればいいことか。実際イージー周回でも報酬は取りきれるバランスなんだろうし」
「そのあたりは魔王城に来る回数にもよるからなんとも言えんがの」
そうこう言っていると、モニターの白騎士達はダンジョンに突入するための魔法陣に入っていった。
それを見ていたドラ子は素朴な疑問を上げる。
「王城に侵入するって設定なのに、なんで入口が魔法陣なんです?」
「もともと、王城を正面突破する戦力はないからじゃな。陽動で王城前に大規模な部隊を展開しておいて、主人公達は王族だけが動かせる秘密の転移陣から城の地下牢に侵入するという流れなんじゃ」
「ほへー」
ついでに、その辺りのことは魔王城に実装された暁には説明パートを入れるので、ゲーム未経験者でも状況把握に問題は無い。
最初の一回目以降スキップされること間違いなしであるが。
画面の向こうでは王城の地下牢に辿り着いた白騎士達が、周辺の様子を探っている。
『敵は謁見の間に陣取っているはずです。なるべく消耗を避け、気付かれないように進みましょう』
そして、地下牢から地上に上がる階段を見つけた後、戦闘を回避しながら手際良く進んで行くのが見えていた。
どうやら、白騎士の怪盗役がなかなかにサマになっている様子だ。
「ついでにこれ、敵に見つかるとどうなるんですか?」
「流石に敵の増援が無限に湧いてくるようにはしておらん。まぁ、速やかに倒せなければその限りではないがのう」
「じゃあ、時間に気をつけなければなんですね」
一応、大規模陽動作戦のおかげで城内は手薄という設定であるが、それでも五人だけで攻略するにはあまりにも敵が多いということだ。
元のゲームにおいても、ここは敵との戦闘を極力避ける選択肢が正解になってくる。ストーリーを素直に進めて来た人にとっては、ごり押しで進めなくなる最初の関門であるがゆえのバランスだろう。
まぁ、課金してこっちの戦力を十二分に鍛え過ぎていれば誤差だが。
「しかし、順調に進みすぎてるせいで、見ててもつまんないですね」
「ドラ子さぁ」
思わず零したドラ子の呟きに、思わずといった声をメガネは上げる。
だが、否定し切れないのも事実だった。
白騎士は実に巧みにルートを選択していく。
迷う事無く上に上に進んで行くし、避けられる敵はきっちりと避けている。
やむを得ない場合にも、不意打ちで戦闘に突入し増援を呼ばれる前に始末しているので、実に安定感のある攻略だ。
それ故に、見ている側からすればドキドキハラハラのない単調な画面になるのだが。
「まるで最初から正解が分かっているかのようだ」
「分かっているんじゃろうな」
メガネの呟きにダイキリの爺さんは補足した。
このダンジョンは、かなり細かいところまで『原作ファン』に配慮した作りになっていると。
つまり、原作で有効だった『選択肢』と同じシチュエーションで同じ行動を取れば、自分たちにプラスに働くように設定してあるのだ。
たとえば、十字路で通路の向こうから足音が聞こえて来た、という場面で『直進』『右折』『左折』の選択肢が出るときは、『直進』と『右折』だと敵に挟み撃ちにされるが、『左折』ならば宝物庫に辿り着く、みたいなものだ。
「あのお嬢ちゃんは流石ガチ勢じゃな。コラボ元のこともかなり研究してきとる。きっとお供が全員AIでも問題無くノーマルまでは回せそうじゃ」
一緒に見ていたダイキリ爺さんも白騎士の攻略には言うこと無しのようであった。
ふと、先程のメガネとギムレットのやり取りを思い出したドラ子は、思わず尋ねる。
「あんな風に簡単に攻略されて悔しくないんですか?」
「……まぁ、多少思う所はあるが、用意した条件で最善を目指してくれとるのが分かるから、むしろ嬉しいかのう」
「なるほど、メガネ先輩は用意されたもの何も使ってないですからね」
「ほっとけ」
後輩の余計な一言に、メガネはそっぽを向いた。
と、そんな話をしていたところで、白騎士達にダンジョンの案内をしていたギムレット爺さんが戻ってくる。
案内にしては時間がかかったな、と思ったメガネはなんとはなしに言った。
「おかえり。随分遅かったな」
「ギ、ギクゥ! そんなことないじゃろ!」
「?」
あからさまに挙動不審になったギムレットに、メガネが疑惑の目を向けるのは当然だった。
「なんか企んでるのか?」
「な、なんじゃ薮から棒に! 何も企んどらんわい!」
ギムレットではなく、ダイキリが即座に否定を返した。
この段階で疑惑はほとんど確信に変わっていた。
「そういや、メールの最後に、俺のことをぶちのめすだの書いてたな?」
「な、なんのことじゃか」
「そんなことよりほれ見ろ! もうすぐボス部屋じゃぞ!」
わざとらしいくらいの挙動不審になった二人の老人だが、苦し紛れに言った台詞は事実だった。
これまで苦戦らしい苦戦もなく攻略を進めて来た白騎士たち一行は、両開きの立派な扉の前に集っていた。
『ボスは巨大なオーガの筈です。攻撃力が高いですが、大振りなはずなので予定通り私とストブリさんの避けタンクで前線を支えます。カワセミさんは後衛二人にバフをひたすらかけて、ヴァッシュさんとナールさんは『ガンガン行こうぜ』で。後は臨機応変に対応しましょう』
『なぁ、設定では僕が勇者なんだが』
『でもリーダーは私なんで黙って従ってください』
『あ、すみません』
「魔王城モードの白騎士ちゃん圧つっよ」
思わず感想を漏らしたドラ子に、その場にいる全員がなんとはなしに頷いていた。
そして両開きのドアを開け放つと、途端に強烈な存在感を放つオーガが姿を見せる。
もともとそこにあった筈の玉座を横倒しにし、まるで踏みにじるかのように腰を下ろしていたオーガが、ゆらりと立ち上がる。
瞬間、背後にいくつもの照明が、揺らめく炎のように点灯した。
「これこれ! これ演出頑張ったの儂じゃ!」
「はいはい」
ギムレットの爺さんがモニターを指差して主張し、それをダイキリ爺さんが宥めた。
モニターの向こうでは、ボスオーガが地の底から響くような声を上げる。
『塵のような人間どもが。そのまま消えていればよかったものを、殺されるために再び現れるか』
この演出も相当気合が入っているようで、声にあわせてガタガタと震える部屋に、見ているだけでも寒気がしそうだ。
だが、この場所に立っている彼らは、そんなオーガに怯えはしない。
復活した魔物たちから再び王国を取り戻すために、立ち上がったのだから。
『確かに人間一人一人はとても弱い。だけど、人間は決してくじけない。たとえ一人一人は星屑のような存在だったとしても、寄り集まれば星の輝きを放つものだ。僕達は一人じゃない。みなの思いを背負ってここにいる。だから僕達は、負けない!』
『それも僕の台詞ぅ!』
ビシッとかっこ良く決めた白騎士だったが、これも本来のところは勇者スターダストの台詞だったようだ。
ストブリ君の悲痛な叫びが響いたが、テンション上がっている白騎士は当然無視した。
「ちなみに、ここはカンペ出るから是非、意中の人の前で格好付けて欲しいの」
「たったいま、格好付けるのに失敗した人が居ますけどね」
ちなみに、ボス戦自体は白騎士の作戦もあって危なげなく終わったのだった。
勇者スターダスト改め勇者ストームブリンガーは徹頭徹尾白騎士のリモコンだったが、最後の最後に勇者の特技でボスに止めを刺したのをカワセミにめちゃくちゃアピールしていたのだった。
カワセミがそれに気付いた様子はなかったが。




