67 魔王城へようこそ! 16
「メガネ。おまえ今日のこれはない」
「ないですか」
「ない」
ダンジョン仮設設定階層。
ここは設計サポート部の主戦場であり、今後魔王城に実装する予定のダンジョンを仮設してみて、その調整だのなんだのを行うためのフロアである。
本社にある検証ダンジョンフロアと似たようなものだが、お問い合わせごとに作成する検証ダンジョンとは違い『ダンジョンを本当に楽しめるか』や『不具合が起きている箇所はないか』をチェックするためのものとなっており、チェックする箇所は大分違う。
具体的に言えば、ここに常駐している攻略サポートの面々は、死んだ顔をしながら壁に延々と体当たりしたりしている。というわけだ。
とはいえ、既知不具合にはもう慣れたものであり、怪しそうな箇所はさっさとチェックを行って即座に不具合を修正していく手腕は流石の魔王城チームと言えよう。
最重要顧客を任されている人々は伊達ではないのだ。
そんな様子を観察するための、デバイスがたくさん並んでいるオフィス部屋。
来客用の席に通されたチームSolomonの面々だったが、挨拶もそこそこにいきなりメガネは老人にダメだしされていた。
「お前今日初めてだよな? 散々誘っても来なかったから」
「そうですね」
「なんでレベル34になってるんだ? そこそこの廃人がサブジョブ育ててるんじゃないんだよな?」
「まぁ、そうですね」
「ちょっとさぁ、ルールに沿って正しく遊ぼうよ君。大人が子供の遊びに全力出すようなもんだよこれ」
「はぁ」
突如始まった謎の説教に、メガネ以外の面々がどう対応していいのか苦慮していると、もう一人の老人が苦笑いしながら教えてくれる。
「すまんの、みなさんがた! このじじいは少しはしゃいどるんじゃよ」
「はしゃいで?」
「おうとも! メガネがようやく魔王城に来たもんじゃからな」
思わず言葉を返したドラ子は、言われた答えを受けてもう一度メガネを見てみる。
「だいたいおまえ! 自分が企画したダンジョン自分で攻略するか普通? 卑怯だろ卑怯! ずるじゃずる!」
「俺が選んだわけじゃないんで」
「だいたい魔王城のコンセプトはジョブとスキルじゃ! お前さん盗賊スキルなんもつかっとらんじゃろ! 盗賊デザインした奴が嘆くぞ!」
「試しましたけど、性能低いんですよこれ」
「当たり前じゃろ! 基本職じゃぞ!」
まるで見ていたかのように、メガネの行動にダメだしする爺さんがいただけだった。
「はしゃいでます? あれ」
「はしゃいどるとも。普段のあのじじいは気に入らん奴には口も利かんからの!」
ドラ子には、気に入らない若者に難癖をつける爺さんにしか見えなかった。
「さっきからうるさいぞ! そっちのじじい! ログ一緒に見とったときは同じように文句言ってたじゃろが!」
「わしは仕事とプライベートは分けるんじゃ。今はプライベートじゃから仕事の怨みは持ち越さんわい」
と、ガミガミのギムレット爺さんに、ホッホのダイキリ爺さんがしばし睨み合いをしたあと、ようやく落ち着いたらしくメガネは説教から解放された。
茶でも入れてくる、と二人が揃って出て行ったのを不思議に思いつつ、ドラ子はメガネに聞いてみた。
「つまり、歓迎されてるんですか?」
「歓迎はされてる。さっきのはアレだ。『簡単にクリアされて悔しかった』みたいな?」
「ああー」
そう言われればなんとなくドラ子にも分かった。
かつての侵入者を拒むダンジョンとは違い、このアミューズメント複合型ダンジョンはユーザーに『クリアさせる』設計にはなっている。
だが、ダンジョンを攻略するに足る実力に至るまでは、容易に突破させないように、バランス調整には苦心しているのも事実。
メガネとドラ子が、レベルのバランスをぶち壊して快進撃を見せたのに思う所があったのは、ある意味では当然であったのだった。
「見苦しいところを見せたの。改めて設計サポートのギムレットじゃ」
「同じく設計サポートのダイキリじゃ。こんな時間に来させて悪いの。最終調整が丁度終わる所でな」
お茶と茶菓子を持って現れた老人二人に改めて挨拶をされ、ドラ子達はようやく自分たちが何をしに来たのかを思い出した。
わざわざメガネが怒られるのを見に来たわけではないのだ。
そこに意識が向かって、一番に声を出したのは白騎士であった。
「あの! 今日は次のコラボダンジョンのテスターをやらせて頂けると!」
「ホッホ。テスターなんて畏まったもんじゃないわい。そういうのはこっちの仕事じゃから、今日は素直に楽しんで感想でも聞かせてくれりゃいいわい」
白騎士のはしゃぎぶりには、さしもの老人達も気を良くした様子であった。
メガネとドラ子が魔王城の設計をぶち壊す者達なら、白騎士は純粋に楽しんでくれている生のユーザーなのだから。
「さて、それでは早速、と言いたいところじゃが、メガネはともかくそこのお嬢さんはコラボダンジョンなどの説明が必要かの?」
ダイキリ爺さんは、ドラ子もまた新人であると目星を付けて尋ねる。
明らかにベテランからの丁寧な提案をドラ子が断る理由もなかった。
「お、お願いします」
「よいよい! さて、まずコラボダンジョンとはどういうものかじゃな」
コラボダンジョンとは、魔王城単体で企画設計したものではなく、他の作品などに登場するダンジョンを魔王城で再現したものだ。
ゲーム内の世界を魔王城で擬似的に実際に体感できる、人気イベントの一つである。
魔王城側としては、コラボ先のファンを新たな顧客として取り込みつつ、既存ユーザーにもコラボ限定装備やコラボ限定職業といった特典を用意して、ユーザーたちが魔王城に飽きないように工夫しているのである。
ダンジョンを作るにしても、内装やモンスターなどを再現する手間等がある反面、既存の設定を流用したダンジョン製作になるため、企画設計などの手間が省ける。総合的に見れば、お得なイベントであった。
ついでにコラボ先の方にも、魔王城でダンジョンをクリアすることでゲーム内での限定アイテムなどが貰えたりするので、それ目当てで来るゲームのファンや、せっかくだからとゲームを始めるユーザーが居て、いわゆるWin-Winのイベントであった。
「まぁ、世界観監修とか言って、余計な口だけ出してくるトーシロがぐちゃぐちゃにしてくれた結果、爆散したダンジョンも数多いがのぉ」
と、ギムレットの爺さんはあまり笑えないジョークを口にした。言った本人の目も笑っていなかった。
「今回の『スターダストセイバーズ』さんは、だいぶやりやすいの。あちらさんの要求を丁寧にまとめてくれて、出来たもん見せたら要望を返してくる。久々にちゃんとした仕事した感があったわい」
ちなみに今回のコラボ先である『スターダストセイバーズ』は、オーソドックスなRPGと言える。
ストーリー展開は、かつて封印された魔王の復活により国を追われた主人公の王子が、逃亡生活の中で出会った仲間達と共に強くなり、やがてかつて追われた国を奪還し、今度は魔王への攻勢に転じる、といった内容だ。
「つまりはガチャでレアキャラゲットして、金の暴力で敵を倒すソシャゲですよね」
「言い方ってものがあるだろ」
身も蓋もない言い方をしたドラ子に、メガネは呆れた顔をした。
ただ、どう言い繕っても出会った仲間達とはつまりそういうことであり、主人公の率いるパーティが数多の雑兵達と一際輝く高レアリティという、ある意味では現実の軍隊に近しい形になっているのは皮肉かもしれない。
「今回は、主人公を含めた人気キャラ12名を再現したコラボジョブを使って、序盤の見せ場になる、魔物に奪われ迷宮と化した王城を攻略する流れになるの」
ちなみに、この王城迷宮の攻略は、ストーリー展開と難易度の高さが相まって序盤最高の見せ場となる。
とりあえず最高レアリティを引いて、レアリティの暴力でごり押しできるのはここまで。
ここから先は、地道なレベル上げや戦闘システムの理解、パーティバランスを配慮した編成などなど、力押しではどうにもならないパターンが増えてくるという。
「コラボ担当者が言うには『スタダスユーザーにはかつての喜びを、魔王城ユーザーにはストーリーへの興味をそれぞれ持ってもらえれば』とのことじゃったの」
まぁ、そう簡単にユーザーが増えたら苦労しないだろう。
と思っていたドラ子の横で、まだテンションが高いままの白騎士が言う。
「私も今回のコラボダンジョンが『スターダストセイバーズ』さんだとお聞きしてから、早速ゲームの予習しましたよ! 王城迷宮は難しかったですが本当にやりごたえがあって楽しかったです!」
「ふむ、担当者に伝えたら喜びそうじゃな」
「是非に!」
そう簡単にユーザー増えてるじゃん。とドラ子は思った。
あるいは、魔王城ガチ勢にとってはコラボが決まったらコラボ先をチェックするのは当然のことなのだろうか。
「それでそれで! 今回のコラボジョブはどのような!」
興奮で溶けるのではと心配になるほど、白騎士がテンション高くカクテル爺さんズに尋ねると、爺さん達は目をあわせ頷きあった。
「良い反応じゃお嬢ちゃん。だが、聞いて驚くんじゃないぞい。今回のコラボダンジョンは『ガチ』じゃ」
「ということは!」
白騎士の期待を受け、どこかのクイズ番組で司会が正誤を引き延ばすがごとき溜めを作ったあと、爺さんは言った。
「今回の目玉は『コラボ勇者』じゃ。実に十二年ぶりの『勇者職』じゃよ」
ふーん、なにそれ。
と、魔王城の事情も『コラボ勇者』なるものも知らないドラ子は思う。
だが、それは逆に言えば、そんなことを考えられるほどの、静寂があったということ。
一拍遅れて、白騎士は鼓膜を破ろうとしてるんじゃないかと思う程の声を上げる。
「きたあああああああああああああ!」
「あああああ! まじかあああああ!」
「えっ、す、すごい」
しかも、テンションが振り切っていた白騎士以外の、そこまでヘビーではないくらいのユーザーであるカワセミと鳥の巣頭くんも驚いていた。
これは、もしかして本当にすごいことなのか、とドラ子は思った。
だが、興奮しきった白騎士達と、それを満足気に見つめている爺さん達が、そんな疑問を覚えているドラ子に説明するまでに、数分かかったのだった。




