66 魔王城へようこそ! 15
巨大な複合型アミューズメントダンジョンの中央にどんと居を構えている一際立派なダンジョンこそ、このダンジョンの総括ともいえる最終ダンジョン『魔王城』である。
この『魔王城』はここ以外の他のダンジョンと違う点が三つある。
一つは『魔王城』には魔王以外の敵が一切出現しないこと。
『魔王城』に挑むものは、その他の魔物のことを一切考えず、己の全力をもって魔王に挑むことが許される。
ある意味では、ラスボスが戦闘前にこちらを回復してくれる仕様を、擬似的に取り入れたわけだ。
もう一つは『魔王城』に挑戦する方法が特殊なこと。
この『魔王城』を企画した初代魔王は、他のダンジョンについては自分のロマン以外の意見を言わなかったが、この本丸、魔王城にだけは注文を付けた。
それは、魔王城に挑戦するのに特殊なギミックをつけること。
俗に言う『魔王城の結界を解くには四天王を全て倒さなければならない』系のギミックをどうしても取り入れたがったのだ。
その結果生まれたのが、魔王城に挑戦するためのアイテムを低確率で落とすボスが居る四大ダンジョン。
風水火土それぞれを象徴する最上級ダンジョンを攻略し、そのボスが落とすアイテムを全て揃えることで、ユーザーはようやく魔王に挑戦する権利を得る。
そして最後の一つは、『魔王』は魔石で生み出された魔物ではなく、中身が入ったアバターであること。
つまり、初代魔王は自分で育てた勇者と自分が戦いたかったのだ。
魔王城のコンセプトからして、そういう古代の戦いの憧れ的な面から始まっているので、そこを外す事はどうしてもできなかった。
魔王城には、血の通ったラスボスが必要だったのだ。
そのため、魔王城に待ち構える『魔王』は、代々襲名となっていて、現在の魔王はたしか十代目魔王とか。
先代の魔王が卒業すると同時に、美人過ぎる魔王様登場と一部で話題になったこともあったとか。
ちなみに、この『魔王』という職業、実は魔王城ユーザーにも解放されていたりする。
もちろん魔王城で待ち構える『ラスボス魔王』そっくりそのままの性能ではないが、レベルを上げさえすれば『勇者』と並んで二大最強職業になるという。
そのユーザーのうち『魔王』の適性が特に高かったものが、代々魔王城スタッフに目を付けられて、次代の魔王として勧誘されたりするのだとか。
「ですが、現代の人間の99.9999%はこの『魔王』の職業適性がH以下なんです。誰もが憧れる『魔王』の職業は、適性Gでも大変適性があると見なされて持て囃されるんですよ」
メガネ達が目的地に向かう道すがら、魔王城に何しに来てるの? という質問を白騎士にしたところ、返って来た答えは『魔王を倒すため?』であった。
それで、その魔王を倒すにはどうするのかというドラ子の気楽な問いかけから始まったのが、一連の魔王城の講義となる。
「あれ、でも白騎士ちゃん、魔王はもう三回倒してるみたいなこと言って無かった?」
「正確には魔王城攻略ですね。でも、魔王城にはまだ秘密があるんです」
いったいどんな秘密が? とドラ子が首を傾げているところで白騎士は語る。
「この魔王城なんですが、最初の挑戦では魔王様は必ず『魔王LV1』で待っていてくれるんです。倒すことに成功すると殿堂入りのあと、報酬が貰えます。しかし、それで終わりではなく、新しくギミックアイテムを揃えると再び魔王様に挑戦できまして、今度は魔王様が『魔王LV5』になっているんです」
「……つまり一回倒すごとにパワーアップしていく、と?」
「はい! 現在の記録では七代目魔王様の『LV80』が討伐された最高レベルです。私はまだ『LV10』までしか戦えていないということですね」
「ほへー」
それはなんとも、気の遠くなる話だとドラ子は思う。
そのアイテムを集めるのだって相当に面倒そうだ。聞いた話ではギミックアイテムはトレードできないとかで、下手をすればアイテム集めだけで数ヶ月は平気でかかる。
ギミックアイテムより遥かに低確率でドロップするアイテムが複数落ちて『そっちじゃねえよ!』と物欲センサーにキレるのが、魔王城挑戦前の風物詩だ。
それでようやっと集め終わっても『魔王』と戦えばアイテムは消えてなくなる。
そこで得られる報酬と『魔王討伐LV〜』の称号は、魔王城ユーザーの間では結構なマウント要素らしいが、ドラ子としてはあまり知った事ではない。
それよりは、どれだけ達成困難な目標でも、一歩ずつ達成に近づいているのが目に見えてしまうのは、人を抜け出せなくする麻薬なのだな、と思った。
ここまでやったんだからもうそろそろ出る筈、もう少し頑張ろう、でドハマりするのは人間の性だ。
「魔王城攻略、頑張ってね白騎士ちゃん!」
「はい! 私のメインパーティでも間もなく四回目のアイテムが集め終わりますから、そろそろ青銅級称号から銅級討伐称号に格上げです!」
「う、うん! ファイト!」
そうやって心にもない応援をしながら、ドラ子はふと思い出して、自身の適性が書かれていた魔紙をこそりと広げてみた。
適性の低い職業は基本的に前には出てこないが、意識を集中すればピックアップされて魔紙の表面に浮かんでくる仕様だ。
そこで見た適性に、思わずドラ子は声をあげかけた。
「まっ」
「ん? どうしましたドラ子さん」
「い、いやなんでも」
普段のドラ子だったら、声高に宣言したことだろう。
だが、現在のドラ子は白騎士の歩む修羅道の話を聞いた直後だった。
もし、これがバレたら、白騎士に魔王城引きずり回しツアーへと、強制参加させられるのではないかと危惧した。
だから、今この瞬間にもメガネに自慢しようとする己の口を必死に抑える。
(ま、まさか。私が魔王:Eの適性を持っているなんて。やはり私の溢れ出る才能が留まる所を知らないらしい)
そう。
ドラ子は実は世界でも希有な適性を有していたのであった。
「どうしたドラ子、気色悪い笑みを浮かべて」
「くふふ、先輩、私のこと、もっと崇め奉ってもいいですよ」
「え、こわい」
そしてそれをどんなタイミングで先輩にこっそりバラそうかと画策していたので、現在のドラ子は大変不気味な笑みを浮かべていたのだった。
「さて、そんなこんなで魔王城だ」
正門前の冒険者ギルドから少し歩いたところで、一行は封印されし魔王城へと到着した。
魔王城の城下町を覆う壁をスモールサイズにしたような城壁と巨大な門。
その門の前にはアイテムを備える祭壇が設置されていて、ここに件のギミックアイテムをお供えすれば、特殊な演出と共に門が開く仕組みであった。
だが、上級ダンジョンを一つ攻略しただけのチームSolomonは、当然ながらギミックアイテムなど持っていない。
白騎士は迷う事無くこちらに向かったメガネに尋ねる。
「あのメガネ先輩、なぜ魔王城に?」
「従業員の仕事場への入口があるのここだから」
「へ?」
白騎士が驚きのリアクションを取るのもそこそこに、メガネはお供えの祭壇に、今日使った魔王城の入城パスをお供えする。
すると、正門──ではなく、壁の方にひっそりと人間用のドアが出現した。
「あそこから地下に入る。魔王城のスタッフのうち、技術分野の人間達の研究所みたいなもんだな」
魔王城にプライベートで遊びに来たことはないが、内部事情には詳しいメガネであった。
ドアを開けるとすぐに、地下へと続くエレベーターがある。いきなりの近代的な施設の登場で、いままでの城下町の雰囲気がいささかぶち壊しである。
特に熱心な魔王城ユーザーである白騎士は、割と普通にショックの顔をしていた。
自分が苦労して集めたアイテムで開く正門の前に、こんな裏口を設置されていると知ったら、無理もない。
「先輩だめですよ。こんなところ見せるならせめて白騎士ちゃんに目隠ししてあげてください。夢が壊れた乙女の顔してますよ」
「Solomon製って時点で大概だろ」
「それもそうでした」
思わず先輩を諌めたドラ子だったが、返って来た言葉に反論できなかった。
そのまま、メガネは臆する事無くSolomonの設計サポートが常駐している『ダンジョン仮設設定階層』へと向かう。
慌ててエレベーターに入ってくる他の四人だったが、何故か一番テンパっているのは鳥の巣頭くんであった。
「ほ、本当に入って大丈夫なとこなのかここは?」
彼もまた白騎士ほどではないが、それなりに熱心な魔王城ユーザーである。
うっかり入ってはいけない所に入って、何かしらの措置(冒険の書の凍結など)を取られることを怖れていた。
そのどうにも男らしくない挙動不審なところに、ドラ子は呆れ声を出した。
「入ってダメなら貰ったパスで入口開かないでしょ普通」
「だけど万が一ということもある」
「嫌なら今から外で待っててもいいけど」
「な、仲間はずれにするな!」
「……なか……ま……?」
「!?」
と、突然始まった一周回って仲が良さそうな二人のやり取りに、残る面々の緊張も解れたところで、エレベーターは指定した階に止まった。
「これから挨拶する人は、そう気難しい人らじゃないから普通にしてれば──」
メガネは簡単に待ち合わせの人物の特徴を話そうとするが、その言葉はエレベーターの扉が開き切ったところで切れる。
エレベーターのドアの向こうには、髪に多分に白いものが混じった、やや背が低く豪快そうなお爺さんが二人居た。
まさかエレベーター前で待っていると思わなくて、思わずメガネですら言葉を失ったところで、老人達は快活に笑った。
「遅かったな! 保守サポート部の諸君! 設計サポート部のダイキリじゃ! 今日はよろしく頼むぞ!」
「同じくギムレットじゃ! 今日はとことん働いてもらうからの!」
そう言ってガハハと笑う老人達に呆気にとられる面々であったが、その中でメガネだけがぼそり「変わらないな爺さんども」と呟いた。




