63 魔王城へようこそ! 12
それからSolomon御一行は順調に二つのダンジョンを攻略した。
『中級:水魔の洞窟』と『中級:炎華山』である。
選定基準はドラ子の言う『魔王城名物』の見物が目的ではあったが、残念ながら目撃することはできなかった。
中級以上は二パーティ以上の合同でダンジョンに潜ったり、パブリックダンジョンが用意されていて不特定多数の人間が入れたりするのだが、そうしなかったからである。
理由は簡単で、別に周りと協力しなくても余裕で攻略できそうだったからだ。
そして現在、ドラ子のレベルは23にまで上がっていた。
「こう、なんでレベルが上がらないと新しい装備を作って貰えないんですかね。金はあるんだから作ってくれても良いのに。」
「白騎士の金だろ。それにゲームバランスの問題だな。レベル1に高レベル装備でステ上げされたら、初級ダンジョンが可哀想だろ」
ダンジョンを巡り巡ってお昼時。
本日何度目かの装備更新のためにギルドに隣接している装備屋にて、いくつもの展示品を眺めながらドラ子とメガネが雑談をしていた。
もともと、魔王城のダンジョンは日帰りでもきちんと楽しめるように短いものが多い。
とはいえ、一日に自分のレベル以上のダンジョンをいくつも攻略するような人間はほとんど居ない。
そもそも、魔王城は基本的にパワーレベリングを推奨していない。
高レベルプレイヤーに寄生するような形で初心者を上級ダンジョンに連れて行っても、パーティ内でレベル差がありすぎると経験値が減るような仕組みだ。
だから、白騎士は最初に自分たちのレベルを下げる処置を行った。
これによって、上級プレイヤーが新人のレベルを引き上げるにしても、段階的なステップアップが必要になっているのである。
だから、運営は普通想定していない。
今日初めて魔王城に入ったような人間が、並みの上級プレイヤーよりも普通に強いだなんてことは。
とりあえず感覚で入った中級ダンジョンを、なんの苦労もなく突破してしまうなんてことは。
そうやって、一日に十も二十もレベルを上げる人間がいるなんてことは。
故に、次々とダンジョンを攻略しては装備を新調していく一行は、そこそこに目立っていた。
装備作成の役割を持っている店員達の目線にあるのは『こいつら一体何者なんだ?』の心であろう。
そして、そんな視線になんとなく気付きつつも、全く気付かないフリをしてメガネは雑談を続ける。
「レベルなんてものが設定されてるなら、パワーレベリング対策はある程度必須だからな」
と、対策をまるごと蹴散らすようにレベリングしている元凶その一が言えば、元凶その二は手を握ったり開いたりしながら、少し不満そうに返した。
「でも、なんかレベル上がっても強くなった実感ないんですけど」
「それは元のお前のステータスが、魔王城の規格外だからだろう」
先述したダンジョンの歴史の中で、レベル制度を採用した前二つのダンジョンははっきり言うと失敗であった。
結局、生身の人間をどうにかして、レベル制度を作ろうなんてのは、どだい無理な話だったのだ。
翻って、アバターの再生成を行う限定ダンジョンは、その前者の欠点を可能な限り克服したダンジョンでもある。
だが、それでもどうしようもない欠点が残っており、その残った点が『元から強い人がやっぱり強くなってしまう』問題であった。
もちろん、その欠点に対しても、魔王城ではある程度の対策は行われていた。
この問題に対する一番簡単な解決方は、そのまま『レベル1』の強さのアバターを生成してしまうことだが、これをすると『ジョブに就いたのに弱くなる』問題で不満が出る。
ゲームならともかく、現実の身体でそれが起こると、本当にびっくりするほど不満が出るのだ。
そこで、現実的な範囲で考えられた案が、個人の強さはそのままに『レベル』でステータスを加算して行く方式だった。
これは盗賊レベル1の人間には等しくスピード+30のステータスアップを与える、といった方式であり、このレベルの上昇分をかなり大きめにしたのだ。
たとえば一般人の平均が100くらいのステータス換算で、個人差で初期値40から300くらい幅があったとしても。
レベル10になれば370と630。
レベル20になれば670と930。
レベル50にもなれば1570と1830といった具合に、相対的な差を縮めることで、個人差を極力感じさせないようにしたのだ。
更に、適性判定によって、この個人の能力から大きく離れた職業にはあまり適性が付かないようになっている(有志調べ)ので、魔王城ではレベル≒強さがちゃんと成り立っているのだ。
また、装備にも必要レベルを設定し、装備によるステータスアップはかなり大きい調整になっている。
レベル10用のフルプレートアーマーよりも、レベル50用の踊り子の水着の方が防御力が高いのはご愛嬌だが、それに不満を言う人は特に居なかった。
これによって、個人の元々のステータスによる影響は極力抑えられる設計なのだ。
だが、ここにも例外は存在する。
ドラ子のように種族的に強くて初期ステ換算が2000とかあるような相手では、レベルアップや装備の方がささやかな変化になってしまう。
魔王城は常に、こういったイレギュラーな存在の登場に打ちのめされながら、日夜バランス調整を行っているのだった。
「つまり、私が強過ぎることが罪なんですね。ああ、なんて可哀想な私」
「いや可哀想なのは、お前みたいなのにバランスぶっ壊される魔王城サイドの方だ」
本当だよ、と運営サイドの人間達は思っただろう。
「でも先輩も人の事言えませんよね?」
「俺はお前と違ってちゃんとレベルの恩恵感じてるところあるから」
だからなんだよ、と運営サイドの人は思っただろう。
結局のところ、新人のパワーレベリング防止のためにいろんな策を講じたところで、それを外側から壊せるパワーを持っている奴は止められないのである。
運営にできるのは、ハメ技を使えばレベル1でも勝てる高レベルモンスターなんて存在を極力作らないことだけだ。
「それで、この後はどういう予定でしたっけ」
「確か、簡単な上級ダンジョンに挑んでみるかって白騎士が言ってたな。そこまで行くとカワセミもレベル怪しいらしいが、まぁなんとかなるだろ」
「バチバチ戦闘する系だったら、私は特に問題ないですね」
「俺は戦闘無いダンジョンの方が好きなんだがな」
ついでに、この装備屋にいるのはこの二人だけである。
あとの三人は食堂にて、先に場所取りと注文を済ませている約束だ。
なお装備品の発注は白騎士が行ったので、二人は本当にただ待っているだけである。
昼飯を確保するチームに入れなかった件についてドラ子は大層抗議したが、渡した全額を軽食に消費されたメガネの一睨みで大人しくなった。
余談だが、軽食の域を超えた大量の食事はドラ子が美味しく頂いた。
「しかし上級、上級ですか。ついにここまで来たかって感じですよね」
「長く苦しい戦いだったな」
「個人的には、あの鳥の巣頭野郎が意外とやるのが想定外でした」
ドラ子は気に入らない同世代の男のことを思い浮かべた。
メインジョブが暗黒騎士だという彼は、ドラ子達のレベルに合わせているせいで弱体化されているにも関わらず、思った以上の動きを見せていた。
別に特筆するほど目立った動きではないが、欠点を上げられるわけでもない、実に堅実な動きで、後衛のカワセミや白騎士を守っていた。
「あれは、攻略サポート部の教育の賜物だろうな。あそこには色々と言いたい事はあるが、ダンジョン攻略に必要な技術は、一朝一夕で身に付くものじゃない。仕事を真面目にこなして来た結果だろう」
補足になるが、攻略サポート部の仕事でもこのアバター再生成は行われる。
仕事でダンジョンを攻略するのだから、ダンジョン内で本当に死亡するような事故は、万が一にも発生させられないからだ。
その際に、想定される冒険者の力量に合わせた『弱体化』や『ロールプレイ』も行われるので、鳥の巣頭くんは少なくとも後衛を守るタンク役は、仕事としてこなせるのだろう。
「先輩が攻略サポート部を褒めるなんて珍しいですね」
「仕事ぶりが気に入らないところはあるが、理念は嫌いじゃないぞ」
現状がどうであれ、自分のダンジョンが想定通りの難易度になっているかを確認できる攻略サポートは、ダンジョンマスターとしてはとてもありがたいものだろう。
謎の縛りプレイ集団になっているとしても、ある意味では低レベルで攻略できてしまう穴を見つけてくれているデバッガーと言っても良い、かもしれないし。
「ただ、基本に忠実な動きなだけに、本来の適性から外れているのもなんとなく分かるな」
「そういえば、鳥の巣頭の適性高い職業とか内緒のままでしたね。今日中になんとか暴きたいところですが」
「他人が詮索することじゃないだろ。隠したいなら隠させてやれよ」
「さすが、自分も隠している人は言いますね」
と、少しの悪戯心と好奇心を以てドラ子はメガネも攻めてみた。
鳥の巣頭くんの適性を暴いてやりたいのは本心だが、メガネが自分からは語らなかった適性を暴いてやりたい気持ちも勿論あった。
だが、ドラ子が少し突いたところで、メガネは鼻で笑うだけである。
「スカウトの役割をこなせてないなら文句を言われる筋合いもあるが、俺の仕事に不満でもあるのか?」
「ぐうの音も出ないからむかつきます」
メガネが言うように、メガネの索敵や探索の技量は文句のつけようがない。
つまりは『お前向いてない職業やってないで、ちゃんと自分にあった職業選べよ』という、魔王城ギスギスパーティあるあるも、効かないということだ。
むしろ、メガネに斥候を辞められた方が困るくらいには、このチームSolomonは彼に依存していた。
「白騎士にも言った様に、次に来ることがあったら教えてやるよ」
「それもう二度と来る気がない人の言い方なんですよ」
この人は、白騎士との次の約束をちゃんと守る気があるのだろうか。
今日が終わってもことあるごとに突いてやろうと、ドラ子は自分の貴重な同期のために決心したのだった。




