62 魔王城へようこそ! 11
魔王城の食堂は食券制となっていた。
さすがにこれだけの規模の食堂に給仕を配置して、いちいち注文を聞いてなどいられない。
もちろんそういった酒場的『ロールプレイ』を楽しめる店はあるが、流石の魔王城でも、自分等で運営する食堂でそのこだわりを貫く事はできなかった。
なぜなら、単純に人が多過ぎるから。
食券の販売機前には、この時間でさえそれなりに人数が並んでいるくらいなのだから。
「なかなかの品揃え」
そんな人ごみに混ざりながら、ドラ子は口に出す。
食券を買うエリアには、展示用の食品モデルなども並んでいて、一目で「あ、これあの作品で見た奴だ」と分かるようになっている。
例えば、漫画肉とか。
例えば、肉団子ゴロゴロのパスタとか。
例えば、ピラミッドみたいなハンバーグとか。
名称は流石にまんまではないが、こういう遊び心もまた魔王城ユーザーの心をくすぐる試みであるのだろう。
現にドラ子の心は大層くすぐられていた。
先輩から貰った金を握り、目を輝かせる。
「とりあえず、気になるのを片っ端から」
「待て馬鹿! 軽食って言われただろう! どれだけ食う気だ!?」
明らかに不穏なことを言い出したドラ子を、引きずられて来た鳥の巣頭くんが止めた。
ドラ子は不服そうに彼を睨む。
「だから、先輩に貰った分だけで我慢しようとしてるんだけど」
「それ全部使う気だったのか!?」
ドラ子の何気ない発言に、鳥の巣頭くんは正気を疑った。
いくら魔王城が多少割高だと言っても、10000クレジットもあれば五人分の軽食を賄って余りある。食後の珈琲とデザートをつけてもまだ余るだろう。
それを使い切ろうというドラ子に、軽食の意味をうっかり問いたくなったほどだ。
だが、直接話したわけではないが、彼はドラ子の種族がドラゴンであることはそれとなく分かっている。
だから、自信満々にこう言いきられると、そういうものかと思ってしまう。
「先輩はそのつもりで渡したはず」
「……そ、そうなのか?」
なお、メガネはそのつもりで渡したわけではなかった。
お釣りは返せ、と付け加えなかったことを、メガネはこのあとすぐ後悔することになるが、それは別の話となる。
「とりあえずお昼に食べたいものは残しておいて、軽く肉野菜をメインで──」
同行者を言い伏せて?ドラ子はメニューの選定を始める。
無理やり連れてこられた上に、奢りの金を全て握られている鳥の巣頭くんは、手持ち無沙汰に周りの客だったり、展示メニューだったりを眺めるが、それもすぐに飽きた。
だから、魔が差したように、ドラ子に尋ねてしまった。
そんなことを聞けるのは、あまり親密でないためにかえって話しやすい、他部署の女性くらいだったから。
「な、なあ、一つ聞いて良いか?」
「今メニュー選びで忙しいんだけど」
「聞いてくれたら2000クレジット追加で俺が出す」
「……ほう?」
代金と引き換えにして、ドラ子は展示メニューから鳥の巣頭君に視線を向けた。
彼はかなり言いづらそうにしながら、ようやく言葉を出す。
「お前の目から見て、か、カワセミ先輩と、そっちの、メガネのあいつは……付き合っていると思うか?」
「それは百パーない」
「そ、そうか!」
ドラ子の断言に、鳥の巣頭くんは僅かに喜色を浮かべる。
その顔を見て、ドラ子は慈悲のつもりで追撃を加えた。
「ただ、かなり高い確率で、カワセミ先輩はメガネ先輩に惚れてると思う」
「ぐっ!?」
「まぁ、メガネ先輩は、頭ダンジョンだから気付いてないか、気にしてないみたいだけど」
「く、そ、そうか」
鳥の巣頭くんは、喜んだり悲しんだり忙しかった。
ドラ子は、そんないちいち聞かなくても分かることを、わざわざ真剣に聞いて来たのか? と少し疑問に思う。
そう思っていると、この青年はそこから更に、真剣な目でドラ子に問うた。
「正直に言って欲しいんだ。俺は、カワセミ先輩に、脈がありそうか?」
「自分で聞いてくる時点で分かってるように、ゾンビくらい脈ないよ」
「ぐあああああああああああ」
ドラ子は、そもそも好感度の低い男に対する遠慮が一切なかった。
ただ、心にダメージを負った青年を少し哀れに思い──
いっそ止めをさそうかな、と決めた。
「逆にさ。こっちも正直に言ってみて欲しいんだけど、あなたは自分のこと、十段階評価で何点くらいだと思ってる?」
ドラ子の問いに、鳥の巣頭くん──『†ストームブリンガー†』は持てる全ての気力でキメ顔を作り言った。
「9点は固い」
それに対し、ドラ子はどこか無表情にすら思える優しい笑みで返す。
「4.5点」
「十段階評価とは!?」
まさかの小数点に思わず突っ込む鳥の巣頭くんであった。
「いやさ。最初は4点って言うつもりだったけど、冷静に考えると、ちょっと斬り捨てすぎたかなと思い直して」
「その思い直しで小数点が付く事で、ほんとのガチ評価っぽさが増すんだけど!?」
自己評価との乖離に、鳥の巣頭くんが混乱をきたしているところで、ドラ子は寸評を始めた。
「顔のパーツは悪くないと思うよ? でも言動の小物臭さと、頭が鳥の巣なのと、カワセミ先輩に対するストーカー紛いのつきまといっぷりは、ちょっと大幅に減点せざるを得ないよね。合宿に付いてくるとか、休日にも付いてくるとか、どうなの?」
「そ、それはたまたま」
「その『偶然』をプラスに思うかマイナスに思うかは、相手次第だよね」
カワセミ先輩がどっちに取ってるかは知らないけど、と付け加えてドラ子は更に続ける。
「あと自己評価高いのもうざいし、単純に素の戦闘力が低いのもいただけない。挙げ句の果てに、金で女の子を釣ろうとする卑しさが一番の減点かな」
「その金で釣られた女に言われたくないんだけど!?」
鳥の巣頭くんの言い分にも一理あったが、金で釣ろうとした事実は変わらなかった。
そして並べられれば、自分が盲目になっていた部分も、見つめたくないが目を逸らせない部分も、なきにしもあらずである。
だが、ここで立ち止まらず、現状をさらに把握しようとする判断力も、彼にはあった。
自分の立ち位置を見つめられたなら、あとは周りの情報だ。
「じゃあ、お前の評価からして、あのメガネのあいつは何点なんだ」
「ふむ」
ドラ子は頭の中にメガネを思い浮かべ、採点してみる。
「8点」
「こ、高評価だな。さっきいがみ合ってたのに」
「メガネ先輩も顔は良いし、仕事ができるのはポイント高いよね。あとこうやってたまに奢ってくれるし。ただ、性格は基本悪いし、私にメガネ属性はないからそこは引く」
「最後のはただの主観じゃないか……」
メガネ装備のせいで後輩に減点されたことをメガネは知る由もない。
だが、ドラ子採点でメガネが根本的に高評価な理由は、実はドラ子にとっては次の一つが重要であった。
「そして、絶対に強い」
「…………そう、なのか?」
「間違いなく、強い」
確信を持って言うドラ子だが、鳥の巣頭くんにはイマイチピンとこなかった。
「そりゃ、さっきの斥候の手際とかはやばかったが……」
「あの人は多分そういう次元じゃない。肌の感覚が、お母さんを思い出す。絶対に、喧嘩を売らない方が良いって感じるレベル」
「いやでもさっきから、喧嘩売りまくってたんじゃ……?」
「か、可愛い後輩のじゃれつきだし。喧嘩じゃないし」
言われてみればそうかも、とは思ったドラ子だったが、それでも一線は越えていない。
少なくとも、メガネが何か特別な理由でも無い限り、本気で後輩と戦うような人間ではないことはなんとなく分かっている。
強者の余裕というものを、どことなく感じるのだ。
……いや、仕事で切羽詰まっているときは余裕ないけど、それでも感じるのだ。
「……ついでにカワセミ先輩は何点なんだ?」
ここまで来たら、という思いで鳥の巣頭くんは尋ねた。
ドラ子は即答した。
「私と同じで10点だけど」
「…………」
こいつの採点、全くあてにならない。
そう感じた鳥の巣頭くんは、こんな女に2000クレジット支払ったことを後悔する。
そして、せめてその後悔を少しでも軽減するため、ドラ子に注文で散々意見を出したことによって、仲良くはならずとも少しは打ち解けるのであった。
ドラ子の採点はガバガバ。
そろそろ招待されたコラボダンジョンに行きたい。
また、四月の半ばくらいまで忙しいのでもしかしたら更新がずれ込むかもしれません。
あとで埋め合わせはすると思うのでご了承ください。(未来の自分に投げる)
 




