61 魔王城へようこそ! 10
ゴブリンの砦を凄まじい速度で攻略した面々は、キャストさんに二度見されたりしながら一度ギルドへと戻った。
パーティ設定の変更だったり、もう少し良い装備を見繕ったりして、難易度の高いダンジョンに挑むためだ。
「確認なんですけど、メガネ先輩の斥候技術はどんなダンジョンでも使えますよね?」
「詳細な地図と情報がないと、流石にモンスターの位置の事前推定まではいかないぞ」
「普通に索敵してくれるだけで充分です。というかあの時の口振りから、索敵以外の斥候技能も『最低限』は持ってるんですよね?」
「一応」
その返事だけで白騎士には充分だった。
この先輩が普通よりダンジョンに詳しいことは、普段の業務からしても間違いない。
その先輩の修めている『最低限』が、本当に最低限であるわけがない。
多分、命がけの攻略をしている、他世界のダンジョンで斥候をやったとしても、特に問題がないという意味での『最低限』だろう。
命の危険が無い魔王城でなら『最高峰』と言っても過言ではあるまい。
……魔王城ユーザーとしては、少し悔しい面もあるが、それはそれだ。
「それじゃ行ってきますので、みなさんは、何か軽食でも」
「そうするか。もう良い時間だな」
白騎士の提案に、メガネが時間を確認した。
始発電車に乗ってやって来て、あれよあれよとダンジョンを一つ攻略したが、時刻はまだ九時を回るかというところ。
各自、電車の中で軽いものは食べたが、しっかりとした朝食を取ったわけではない。
ダンジョンで動き回ることを考慮して、ここで軽い栄養補給と水分補給を挟むのは悪くなかった。
「とりあえず、ギルドの食堂で待ってる」
「分かりました! すぐに向かいますね!」
ひとまず、座れる場所を確保したいという思いもあって、白騎士と分かれた四人はギルドに併設されている中でも一際大きな施設──食堂に向かうのだった。
ギルドの天井や床に記されている案内に従って向かった先で、メガネとドラ子は同じ感想を零す。
「広いな」
「広いっすね」
食堂は、魔王城攻略のためになくてはならない施設である。
ドラ子に語ったように、この身体だって腹が減るし喉も乾く。
体調管理は、楽しいダンジョン攻略における必須事項なのだ。
そんな必要から生まれたこの食堂は、魔王城の運営母体が自ら経営し、プロデュースしている。第一食堂から第九食堂まであって、それぞれ数百人規模の人数が容易く収納できる広さである。
料理の質も悪くなく、ダンジョンらしい面白メニューも揃えている。
もちろんギルドの食堂以外にも、魔王城には城下町らしく様々な食堂はあるが、その多くは外部から招き入れたテナントで、常識的な広さの店になる。
人気店は特に昼時には一杯になり、入れないこともある。
そんな事態に備えて、ギルド食堂は必要に応じて拡張することもできる。
だから、どこで食べるか迷ったら、とりあえずギルド食堂に行けば良い。
だが、決してここは広いだけではない。
この食堂にはもう一つ、魔王城ユーザーを夢中にさせる大きな特徴があった。
「値段が二種類書いてあるな」
適当に第一食堂の中に入ってメニューを眺めたメガネは、すぐにそのことに気付いた。
ここで白騎士が居たら嬉々として説明したところだが、生憎と受付の方に行っているため、カワセミが代わりに答える。
「ここは外の通貨以外に、魔王城内で入手した魔貨でも支払いができるんですよ」
「へー」
カワセミの説明を聞きながら、メガネは自分の懐事情に思いを馳せた。
この魔王城の魔物が、全て魔力形成されているのは説明した通りだ。
この魔物を倒したら手に入る魔石を収めることで、冒険者は様々なものを得る。
経験値、確率でのドロップ品、そしてダンジョン内通貨。
このダンジョン内通貨を、魔王城ユーザーは『魔貨』と読んでいる。
魔貨の入手方法は基本的には魔物を倒すことだが、ドロップアイテムを売り払うことでも少し手に入る。
対して使い道は、ダンジョン内での様々な買い物、装備品の作成、そしてこういった食堂での支払いなどだ。
基本的に、食堂などは、普通の通貨と魔貨の両方で支払いができるが、装備品だったりダンジョンで使うアイテムだったりは魔貨での支払いのみ対応している。
反対に、お土産なんかの、外に持って行くものは通貨での支払いのみだ。
魔貨は言うなればゲーム内資産であり、むしろ食堂で使える事の方が、ヘビーユーザーに対する一種の『ご褒美』のようなものなのである。
「聞く話ですと、魔王城に遊びに来て、この魔貨で飯が食えるようになったら一流ってことらしいですよ」
「なるほど……?」
一種のRMTのようなものか、とメガネは納得することにした。
そして並んでいるメニューの値段を見て、しばし考え込む。
普通の定食メニューの通貨での値段は、職場の近くの食堂の1.2割増し。安くないがアミューズメント施設であれば、まぁ、こんなものだろう。
対して、魔貨での支払いは、同じメニューで10000000──一千万魔貨ほどだった。
ちなみに、ゴブリンの砦を攻略したメガネの所持魔貨は、およそ二万魔貨といったところ。稼ぎはパーティで五等分なので、ゴブリンの砦一回の儲けが十万ほどだ。
「暴利じゃね?」
「あ、あくまでご褒美みたいなものですし。なんでも魔貨でないと食べられない特別なメニューもあるとかないとか」
「そりゃ、そうか」
魔王城だって、別に無銭飲食を推奨しているわけではないのだ。
むしろ、こういう還元の方法でトップ層が溜め込むのを防ぐ目的もあるのかもしれない。
いや、あるだろう。
少なくとも自分だったら、魔貨で食事ができるようになって一人前、とかいう風潮をあえて作る。そうして散財させて攻略スピードを緩める。
そうやってメガネは価格の格差に納得した。
「でも絶対、時間かけてダンジョンもぐって稼いだ魔貨で飯食うより、普通に働いた金で飯食った方が早いよな」
「それは言わない約束ですよ……」
カワセミが苦笑いを浮かべながら、消極的な同意を示していた。
そして、そんな二人の様子を端から見ている女が居た。
(……ふむ、辛うじて良い雰囲気では?)
何かを察している女ことドラ子であった。
彼女は、普段は見せない気遣いをここぞとばかりに働かせて、メガネに提案する。
「じゃあ先輩方は場所取りでもお願いします! 私とこっちのシャバ憎が適当に買ってくるので!」
「はっ!? なんで僕がそんなこと──」
「──うるせえてめえも来るんだよ」
いきなり巻き込まれた鳥の巣頭くんが抵抗しようとしたが、ドラ子は力づくで黙らせて、爽やかな笑顔に戻る。
後輩らしい、先輩を立てるような提案であった。
そしてそれ故に、提案されたメガネはドラ子を訝しんだ。
「お前からそんな殊勝な提案が出る筈が無い。何を企んでいる?」
「ちょっ、心からの善意ですって!」
「そうか後輩だらけのこの場で俺に全額払わせる気だな? そのための提案だな?」
「本当にそうしてやりましょうか?」
メガネの言葉に、ドラ子は静かに切れた。
この怒りは、もはや奢りになるまで晴れることはない。
「こんな時くらい、素直に言えば出してやるっての。ほらこれで好きなもん買って来い」
「先輩好きっす!」
ドラ子の怒りは一瞬で晴れた。
そして手渡された10000クレジットを手に、ルンルン気分で鳥の巣頭を引きずって行った。
「ぼ、僕は認めてないぞ!」
「さっさとこいやKYボケナスが!」
「ボケナス?!」
去って行く二人の口論は、少なからず周りの注目を集め、同時にメガネに頭を抱えさせるのだった。
「なんていうか、今年の新人は元気の良い子が多いですね」
「元気だけが取り柄みたいなもんだからな」
カワセミのフォローが、尚更メガネの頭を締めつける。
優しげな苦笑いを浮かべているカワセミの顔を見ていると、メガネにかつての記憶が思わず甦った。
「お前は本当に手間のかからない新人だった。今からでもウチに戻ってこないか?」
「せ、先輩がお望みでしたら、いつでも」
「はは。まぁ、俺が望んだところで人事は動かないだろうがな。特に、今の攻略サポート部は、なぁ」
「…………そうですね」
メガネが同情した視線を向ければ、カワセミもまた寂しそうな顔になる。
特段、新人に話すことでもないので、メガネやその他、上の人間が新人に伝えていないことがある。
それは、ここ最近、保守サポート部に届く『攻略サポート案件』が増加していることだ。
しかも、半ば『クレーム』と化しているような内容のものも、多い。
「いい加減、闇を闇のままにしておくのも問題だ。もし本当に無理になったら、いつでも、保守サポート部に逃げて来いよ。俺も、コウモリさんもゴーレム部長も、全力でお前を守るからな」
その案件の増加により、メガネ達は間接的に攻略サポート部の内情が分かる。
そろそろ、どでかい問題の一つでも、発生するのではと思える程だ。
「はい、ありがとうございます。でも、もう少しだけ、やれることはやってみます」
「そうか」
「……でも、本当にありがとうございます」
カワセミの、申し訳なさそうな笑みに、メガネはそれ以上の言葉をかけない。
代わりに、少しでも気が晴れればと、ドラ子が先日犯したミスの一つでも語って笑い話にするのであった。
ドラ子「なんで私のミスなんですか! 自分のミス語ってくださいよ!」
メガネ「お前みたいな笑えるミスそうそうしないから普通」




