60 魔王城へようこそ! 9
「まずですよ。普通の斥候系職業のレベル1ってどんな感じだと思ってます?」
取り乱した白騎士を、カワセミが精神沈静化の魔法をかけて落ち着かせたあと、白騎士はしみじみとした表情でメガネに尋ねた。
「斥候の職業でレベル1なんだから、斥候として最低限必要な能力がある感じだろう」
メガネはあまり迷わずに回答する。
なるほど確かに、言われてみるとそうかもしれない。
普通に考えてレベル1だろうとその『職業』に就いているならば、その『職業』ができる基本的なことが一通りできて当たり前だろう。
……それが、アミューズメント施設の側面を持つ限定ダンジョンでなければ。
「先輩。斥候系レベル1の特徴はですね。攻撃力が低くて素早さが高い。以上です」
「…………?」
「その『何言っているのか分からない』って顔からして、先輩がもうドラ子さんと同じくらいには、魔王城の規格外ってことが分かります……」
思わず頭を抱えて、白騎士はため息を吐いた。
そもそも、この魔王城に遊びに来る人間は基本的に争いとは無縁な現代に生きる一般人だ。
当然ながら、実家の都合で暗殺一家でもやってない限り、身につけている斥候技能などは存在しない。
だから魔王城における斥候系ジョブは、レベルが上がるまでは特殊なスキルを覚えていない、攻撃が低くて素早さが高い軽戦士と変わらないのだ。
当然、白騎士はそういう想定であったので、砦の地上一階に侵入したときにメガネから提案されたことに驚いた。
「私、先輩にいきなり『斥候は任せろ』と言われた時『とりあえず敵を引きつけてくるから待ってろ』的な意味だと思いましたよ。それがどうしてものの10分もしないうちに、地上一階のゴブリンが全滅してるんですか? 待っている間、意味も分からずドラ子さんのレベルが上がって行くの、不思議どころの騒ぎじゃなかったですよ」
「……いや、だって、斥候って言ったら、索敵してマッピングして可能なら威力偵察して殲滅って感じだろ」
「盗賊レベル1はそんなことできませんから!」
「その時はレベル4だったぞ」
「変わりませんよ!」
盗賊レベル4の持っているスキルは、せいぜい鍵開けと探知(範囲・小)くらいである。
白騎士の常識としては、どう考えても一人でゴブリンのパーティを全滅させながら、歩き回れるスキルではない。
それどころか、一人で突っ込んだら全滅待った無しである。
「いやでも、何も言われなかったからそんなもんかと」
「先輩が何食わぬ顔で帰って来たときには、まさか一階のゴブリンを全滅させてるなんて思いませんから! ですよねカワセミさん」
「さすがメガネ先輩です!」
「あれ? カワセミさん?」
カワセミがほわっとした顔でメガネを見ていたので、白騎士は肩の力が抜けた。
とにかくそういう経緯があって、チームSolomonは一階を攻略した。
それで、一階ではマジで何をやっているのかさっぱりだったので、二階では一緒に行動してもらったのだが。
「なんで何もスキル使ってないのに、ゴブリンの場所が分かるんですか?」
白騎士の見ていたところで、メガネはスキルらしいスキルを何も使っていなかった。
もっとも、盗賊レベル4にそんな高性能の索敵スキルはない。
だからどうやっているのかを、二階の殲滅も済んだ今、ようやく尋ねられたところである。
「なんでって言われても、地図あっただろ」
「ええ? はい」
「その地図見れば、ゴブリンがどこにいるのかは全部分かる」
「おかしいですよ!」
と、白騎士は、言ってから思い直す。
「いや、もしかして、初級の地図って実は、敵の居場所が書いてあるとかですか?」
「んなわけないだろ。攻略本じゃないんだぞ」
「じゃあなんで分かるんですか?」
「これがSolomon製のダンジョンだからだ」
はい? と気の抜けた声を出す白騎士を置いて、メガネは砦に入る前に熟読していた地図を広げて見せる。
「まず、この地図を見ろ。基本的にこの砦は細い通路と太い通路、それに幾つもの部屋と広間で構成されているな? 更に通路が幾つか壊れていて、そこだけイレギュラーな広さの空間が発生している」
「それは、はい」
「次にSolomon Ver3.2をベースにしたこのダンジョンだ。Solomonのモンスター召喚設定をデフォルトから大きく変えない限り、モンスターってのは半径1.75m以内に壁がない空間で召喚される。つまり特殊な設定をしない限り、この砦の通路にはゴブリンは召喚されない」
「…………えっと、はい」
白騎士はそっと、自分たちが通って来た通路を見やる。
幅は、3mもないだろう。
「それで、モンスターが召喚される可能性のあるポイントを割り出したら、次に召喚のアルゴリズムだ。距離と道のり双方の条件、固体の強さ、パーティの数、フロアの上限などなど、かなり色々細かい条件はあるんだが、基本的にモンスターの群同士はお互いにやや離れたポイントで召喚されるようになってるんだ。俺は地図を見ながら、頭の中で条件を当てはめて行って、ゴブリンの群れの初期地点を割り出した」
「あの、さらっと人外じみたことするのやめてください、先輩……」
「最後にゴブリンの行動パターンだな。Ver3.2で魔力形成のゴブリンなら基本的な移動係数はゼロに近い。ようはこいつらは、物音を立てるとか、振動を感じるとかの条件がなければ、基本的に初期地点から動かないってことだ。ここまで分かってたら、あとはゴブリンの群れの居る場所に直行して、隙を突いて一匹ずつ音が出ないように殺すだけ、簡単だろ?」
「そんなどこぞの絵画教室みたいに言われましても……無音での暗殺とか暗殺者系ジョブの、かなり高レベルの仕事なんですけど……」
白騎士が楽しんで欲しかったダンジョン攻略と、なんかこう色々とずれているメガネであった。
でも、簡単にできると言われたら今度試してみようかなと、心の中でちゃっかり決め込むあたり、彼女も彼女で重度の魔王城ユーザーなのである。
「あともう、純粋に何やっているのか、さっぱり分からなかったことがあるんです」
「なんだ?」
「あの、二階で一緒に行動してたとき、たまに壁に手を当ててたのは?」
「ああ。壁に魔力ソナーを放って、術式が動いてる微細な魔力の変化を読んでた。慣れると、ゴブリンの群れが近づいていることとか、ランダムでポップする宝箱の位置とか分かるようになるんだ」
「先輩って、実は種族『魔イルカ』とかなんですか?」
つまり、単独行動をせずにパーティで動いているときも、しっかり斥候の役目をこなしていたということである。
それも、魔王城が用意している盗賊スキルを何一つとして使わず、それでいて白騎士が知る限り最高位の盗賊に勝るとも劣らない斥候役を。
どおりで、あちらから攻めてきている筈のゴブリンの群れに、必ず先制できていた筈である。
「……といいますか、先輩がリアルスキルで斥候できるっていうなら、職業を盗賊にする必要すらなかったんじゃないですか?」
「いや、なんか説明聞いてたら幸運のパラメータが一番高いって言うから」
「…………」
つまり、メガネにとって筋力だの速力だのといった、本来であれば最重要視されるパラメータはどうでもよくて、システム的に管理されていて自分ではどうしようもない、幸運のパラメータだけを基準に職業を選んだということであった。
やっていることを抜き出したら、本格的にドラ子よりもやばそうだった。
頭の中にSolomonの術式が全て入っているのでは、と疑うレベルである。
「あのカワセミさん。保守サポート部のベテランってみんなこんなこと出来るんでしょうか?」
「いえ、こんなことできるのはメガネ先輩だけですよ。先輩が凄いってことなんです」
カワセミは相変わらずほわほわしていた。
白騎士の中で、カワセミがメガネ先輩全肯定botである可能性が浮上していた。
反対に、メガネの話をあまり興味なさそうに聞いていたドラ子は、少し責めるような目線をメガネに向ける。
「業務上知り得た知識で、ダンジョン攻略するのってズルくないですか?」
「じゃあどうしろってんだ。斥候はやめて攻撃役にでもなれってのか」
「先輩には絶対無理ですね。自分が簡単に出来ることを、他人が全然出来てないの見たら、手出し口出しの末、思わず代わりにやっちゃうタイプですもん先輩」
「随分と心当たりがありそうな言い方だな後輩」
「き、気のせいっすよ」
相変わらず仲の良さそうな先輩後輩を少し眩しく思いつつ、白騎士はそっと自分の次に職業が高レベルだった鳥の巣頭くんへと尋ねる。
「どう思います? 新人二人とも、正直言って適正レベル帯を遥かに越えて強いですよ」
「もともと初級では物足りないところだったんだ。さっさと中級に行ってしまうで良いだろう」
鳥の巣頭の提案は、白騎士の考えと一致していた。
初級ダンジョンで少し背伸びなんてとんでもない。最初から中級ダンジョンにぶち込んでも、問題無く適応しそうな二人である。
というか、二人して『武器が脆くて逆に危ない』という理由で、さっきから初期武器を一切使わずに戦っているくらいなのだ。
レベル制限がこのままだと、自分たちの方が足手まといになる可能性すらあると言わざるを得ない。気を引き締める必要があるだろう。
「……くっ、今に見てろよ。僕が、僕の方が……」
さて、それなら次はどこに行こうかと考えはじめる白騎士の隣で、鳥の巣頭の青年は悔しそうに呻いていた。
その視線の先には、ドラ子とメガネの──保守サポート部の面々を楽しそうに仲裁するカワセミの姿があった。
なお、メガネに最短ルートを頼んでみた結果、地上三階は五分でボスに直通し、そのまま何の見せ場もなくホブゴブリンウォリアーは倒されたのであった。
ゴブリンの砦──攻略完了(所要時間34分)
ドラ子──レベル9
戦闘シーンが一切ないダンジョン物




