59 魔王城へようこそ! 8
ゴブリンの砦は、かつて人間族の要衝だった砦の一つが破られ、その跡地にゴブリンが住み着いている──という設定のダンジョンだ。
チュートリアルでは一体だけで出てくるモンスターが、複数のパーティを組んで現れるようになる初級ダンジョンの一つ。
個体の強さはそれほどではないが、連携が取れた動きをしてくるので、初級ダンジョンの中では比較的難しい方だ。
推奨レベル10というのも、連携の取れていない初心者がなんとか相手取るにはそれくらいが必要という目安になる。
だが、それはパーティが攻撃一辺倒だったり、連携が未熟だったらの話であって、きちんとした斥候が居て、タンクとアタッカーの役割が組めていればやはり難しくはない。
白騎士がここを最初に選んだのも、斥候が居るというのと、経験者が三人も居れば多少崩れても問題なく戦闘がこなせると思ったから。
ギルドの売店で初期装備(新人はただで配布される)を手に入れ、ダンジョンの地図や消費アイテムも初期資金(新人は以下略)で購入し、後はダンジョンに向かう。
砦に突入する前に、盗賊として斥候役を買って出たメガネは地図を熟読していた。
あまりにも熱心に読んでいるので、白騎士はついメガネに尋ねる。
「先輩。地図の読み方は大丈夫ですか?」
「ん? ああ。随分と詳細な地図だなと思ってな」
「初級はそうですね。魔王城も新規顧客の獲得には余念がありませんから、低いレベルのダンジョンは情報が揃ってます。上級レベルになると、出てくる魔物やダンジョンの構造も定期的に変更されるので、その都度マッピングが必要になりますが」
「まあ客商売だからな」
どんな人気ダンジョンであろうと、新規開拓を怠れば、待っているのは過疎化のち破滅である。
ガチ勢にはガチ勢の、そしてエンジョイ勢にはエンジョイ勢の楽しみ方があり、その両方を適度に満足させるのが、複合アミューズメントダンジョンの腕の見せ所だろう。
メガネは現時点で確認がとれている情報をおさらいした。
「ゴブリンの砦は、庭園、地上一階、二階、三階の4層構造。道中でてくる敵はゴブリンとその専門種。ボスはホブゴブリンウォリアー。お手本のようなゴブリンのダンジョンだな」
「初級ですから。初心者が入っても三時間程度で攻略できる設定かと」
「三時間ねえ」
メガネは読んでいた地図から視線を上げて、ゴブリンの砦前に形成されている行列を見た。
流石に魔王城の正門前に比べると短いが、それでも長い行列である。
老若男女がだいたい三人から六人ほどのチームに別れ、それぞれが雑談に花を咲かせながら、自分たちがダンジョンに突入する時を待っている。
「行列に並んでいる時間込みか?」
「いやー、それ抜き、ですかね。あはは」
白騎士の誤魔化すような笑いを追及する気にはなれないメガネであった。
魔王城は様々なダンジョンを提供している。それこそ、十やそこらでは利かない程の種類をだ。
だが、流石に一日に何万人とも言われる来場者を一度に、全部ダンジョンに押し込める程のキャパシティはない。
そんなことをしていたら、一つのダンジョンにぎゅうぎゅうに詰まった冒険者で身動きが取れなくなるかもしれない。
そのため、魔王城のダンジョンでは、同じ構造のダンジョンを複数作り、さもアパートやマンションのように部屋ごとに管理している。
そして来場する冒険者達を順番に詰め込んで行って、全ての部屋が埋まるまでは待ち時間0でダンジョンに突入できる。
満室となったら、あとは順番待ちだ。突入した冒険者の冒険が終わり──全滅するなりボスを倒すなりして冒険者が部屋から出て来たら、次の冒険者をその部屋に案内する。
基本的にはこういう流れになっている。
運が良ければポンポンと列が進んで行くが、運が悪ければ結構待たされるというわけだ。
「場所を取るなら、いっそのこと、全部OWSにしちまえば良いのに」
そのアナログな対処の仕方に、メガネはぼそりと感想を漏らした。
ちなみに、もし物理的に空間拡張で作られているダンジョンを全部OWSに換装すれば、ここの部屋数を二倍にも三倍にもできるかもしれない。
そうすれば、大分混雑は緩和されることだろう。
「先輩。思っても言っちゃだめですよ。公式ではVer3.2にOWSオプションは付いてないんですから」
「やってること考えりゃ、どのバージョンだろうと対して手間は変わらんがな」
「保証はできませんよね」
まぁな、とメガネは渋い顔で言う。
結局、今はどうすることもできないので、ダンジョンが空くのを待つしかなかった。
チームSolomonがゴブリンの砦に突入したのはそれから15分後だった。
「ぎぎががが」
ゴブリンの砦、地上二階。
子供の背丈くらいの醜い小鬼が、意味のない断末魔を上げ息絶える。
その身体はすぐさま、小さな魔力の結晶へと姿を変え、地面にカランと音を立てて転がった。
魔王城のモンスターは全て、魔力形成で作られている。
流石に、生身のモンスターを召喚して血肉を撒き散らす死闘を演じ、その死骸から討伐部位を持って行って経験値加算や換金といった手法は採用されなかった。
清掃が手間だし、女性受けが悪いし、なにより魔力効率が悪い。
白騎士は慣れた手つきでそれをつまみ上げると、魔王城ユーザーに高い人気を誇る、魔王城限定アイテムポーチへと放り込んだ。
このポーチは、魔王城で倒れた魔物の結晶を自動で感知し、ダンジョンの魔力に還元する能力を持っている。還元された結晶の分だけ、冒険者には確率での素材ドロップと、パーティへの経験値と、ダンジョン内通貨が加算される、というシステムだ。
モンスターを形作る魔力は、ダンジョン内でリサイクルされているのである。
「みなさん、戦闘お疲れさまでした」
白騎士はまず、先程ゴブリン4体との戦闘を終えた面々を労った。
「特にカワセミさんは安定されてますね。タイミングを外さず、決して切らさない必要十分な支援は、上級ユーザーでも中々見れないスキル回しでした。やはりお仕事でもダンジョンに潜っておられるだけあります」
「いえいえ。白騎士さんこそ視野の広い指揮と、必要な回復のコントロールが絶妙でした。是非とも攻略サポート部に欲しいくらいです」
「いえいえ」
そうやって、白騎士とカワセミはお互いの役割を讃え合った。
実際に、周りの目から見ても二人のプレイスキルは賞賛に値するだろう。特に白騎士は本来の自分のレベルとはかけ離れている筈なのに、その差異による不手際のない見事な回復支援だった。
「それに後輩さんも、安定したタンク役でした。魔王城ってゲームみたいにヘイトでずっと狙ってくれるとかないのに、全然後衛に攻撃を寄越さないのは、賞賛に値します」
「ふん。こんなゴブリンどもの相手なら当たり前だ。もっと上のダンジョンだって仕事は完璧にこなしてみせるさ」
そうやって不遜な態度を取ってみせる鳥の巣頭に、白騎士は苦笑いを浮かべていた。
だが、白騎士の言うことはもっともだ。
この魔王城には、MMOなんかに良くあるヘイトコントロールといったシステムがない。
つまり、こちらが相手の回復役を狙うように、相手もこちらの回復役を当たり前に狙ってくる。
あまり頭の良く無い相手だったら、目先の敵に向かうだけだが、頭の良い敵であれば、そのあたりが駆け引きだ。
いかに相手の思惑を潰しつつ、こちらのやりたい事を押し付けるか。そのため、防御役であるタンク職はかなり臨機応変に動く必要がある。
その観点から言えば、鳥の巣頭少年はかなり柔軟に動いていた。
まぁ、敵よりも味方を──カワセミの方を良く観察していたのは問題だろうが。
「というわけで、攻略サポート部のお二人は、役割としては何も言う事はなかったんです。ですが」
そうこうしているうちに、白騎士の目線は自分の同僚である保守サポート部の面々へと向かった。
その顔にあるのは、賞賛というよりも、戸惑いであった。
「まずドラ子さん。えっと、端的に言うとですね。強すぎます」
「ドラゴンですから」
「そうなんですけど! 竜騎士レベル1でもありますよね!」
「今は竜騎士レベル7だよ?」
「そういう話じゃない!」
白騎士のツッコミに、ドラ子はきょとんと首を傾げていた。
「えっとですね。まず私、ドラ子さんの戦闘を軽く見たいから、庭園のゴブリン達相手に好きに戦って欲しいと言いましたよね」
「言われたね」
「普通、そういうときって、とりあえず見えてる敵パーティに軽く殴り掛かって、そのパーティとの戦闘で動きを見させてもらうんですよ」
それはゴブリンの砦に入ったとき、白騎士が真っ先に頼んだことだ。
どうやらドラ子とメガネが新規登録をしている間に、三人は訓練場で軽く連携の確認をしていた。
だから、攻略サポート部の二人の動きがどの程度なのかは分かっていた。
そして、ドラ子の動きは実際に軽く戦ってもらって把握しようと思った。
ゴブリンの1パーティなら、ひょっとして一人でも勝てるのかもしれない。
その程度の気持ちで、まず入って直後の庭園フィールドで試して貰ったのだが。
「普通は、雄叫びを上げて庭園中のゴブリンを寄せ集めたりしないんですよ」
ドラ子の初手は、雄叫びで庭園中のゴブリンをかき集めることだった。
いくらゴブリンと言えども数は脅威だ。
レベル制限された中でその数は全滅の危険がかなり現実味を帯びたところだったが、それをドラ子は楽しそうに蹴散らした。
竜騎士の標準装備であった槍は初手にぶん投げられ、あとは身体能力とテンションの許すままに、素手でゴブリンを薙ぎ倒した。
思うままに素手で心臓を貫き、首を刎ね、五体くらいを巻き添えにしたままジャイアントスイングする様は、レベル1の魔王城ユーザーがやって良い所業ではなかった。
「そのおかげで、当初は30分を予定していた庭園の突破が、およそ4分で完遂されました。ありがとうございます」
「ど、どういたしまして?」
恨み言のようであったが、一応感謝の言葉だったのでドラ子は素直に礼を返した。
結局、レベル1であってもドラゴンはドラゴンである。
大多数の冒険者に当てはまるような常識は通用しないのだった。
そう、そこまでなら、白騎士は納得できた話であった。
「ひとまず、ドラ子さんはその類い稀な種族センスで、どうにかできてしまったということで良いんです」
「良いのか」
「良いんですよ! ぶっちぎりでおかしいのはメガネ先輩です!」
白騎士は、ドラ子に指摘したときよりも更に激しくメガネの所業をツッコんだ。
「盗賊レベル1がしていい斥候のレベルじゃないんですよ! どうやってるんですか教えて下さい! むしろ弟子にしてください!」
「ええ……」
そして、取引先にいつ連れて行っても問題ないような綺麗なお辞儀をした後輩に、ツッコまれた本人であるメガネの方が、戸惑いの声を漏らすのであった。




