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05 お問い合わせ『意図せずアイテムが増えます』

 件名:意図せずアイテムが増えます

 差出人:異世界254契約番号14──鉄血組合長

 製品情報:Solomon Ver16.2.2

 お問い合わせ番号:20019021903


 本文:


 弊ダンジョンにてアイテムが増殖する現象が起きています。

 具体的には、三階層にある宝箱なのですが、この宝箱の中身が何故か特定のモンスターを倒す度に復活してしまうようです。

 それが冒険者達に発見されたのち、アイテムの無限回収を目的とした攻略がされている様子です。

 アイテムは冒険者毎に自動で補充される設定になっているのですが、この宝箱の中身だけ供給が間に合わない事態となっています。

 ご対応お願いします。



「はい! ミミック!」

「開口一番なんですか先輩!?」


 そのお問い合わせが届き、チケットとして誰にアサインされるのかが決まった直後。

 指導役として指名されていた眼鏡の青年は、ドラゴン少女が尋ねるよりも先にそう言った。


「いいかドラ子、良い事を教えてやろう」

「はぁ」

「バージョン7.0以降18.2以前で、モンスター、トラップ、宝箱、そして関連イベント機能に関する不具合っぽいお問い合わせの、五割はミミックが原因だ」

「話には聞いてましたけど、これがミミック案件ですか」


 不具合とは、仕様上では起こりえない筈のことが起こることを指す。

 総合ダンジョン管理術式Solomonにおいて、最も恐ろしいのはこの不具合がどこに埋まっているのか分からないことだ


 そもそも、Solomonには仕様をしっかりと定めた仕様書が存在していない。

 であるならば、何を以て不具合を定義するのか。

 一つは、マニュアルに書いてある動作と実際の動作が異なる場合。

 一つは、マニュアルに書いてなくとも、明らかにおかしいと言わざるを得ない動作をしている場合。

 そして一つは、マニュアルに書いてあり、動作自体もギリギリ正常の範囲内だが、術式の構築があまりにもイケてなくて、動作がめちゃくちゃ重くなっていたりする場合。

 それぞれ、不具合修正だの、機能改善だの色々と名前を付けながら、Solomonは日々ソースの術式を修正改修し、この不具合と戦っている。


 そして、その戦いが最も激しかったのが、ミミックがトラップ機能に属していた時代である。


 不具合の改修の際、通常その改修は『どこどこの機能』の『なになにを改修した』という形式で表現される。

 例えば『モンスター召喚機能』で『特定のモンスターに設定した筈のパラメータが反映されていない問題を修正した』といった具合だ。

 それがことミミック関連については『ミミック関連』で『ミミックの中からモンスターが召喚される不具合を修正した』というように、ミミックそれ自体を大きなくくりとして修正が行われていたレベルである。


「今回のようなアイテム増殖系は、八割がミミックだな。確か、今回のお問い合わせに関係しそうな既知不具合があったはずだ」

「あーまぁ、回答作成が簡単な分には、私的にはオーケーですけど」


 あからさまな不具合によるお問い合わせの場合、その返答自体はシンプルだ。

 それが未知の不具合だった場合は、原因を調べ、特定し、その不具合を修正した術式の修正パッチを提供する。

 既知の不具合であれば、改修されているバージョンを案内する。

 というのが不具合対応の基本である。今回は既知不具合であるため、その不具合が修正されているバージョンを案内するだけでよい。


 というのがドラ子の考えであったが、先輩である青年は渋い顔で首を横に振った。


「何を勘違いしているんだドラ子。確かに文面自体は簡単だが、それで終わるほどミミック系は甘くないぞ」

「……それは、どういう?」

「言っただろう? ミミック関連は不具合修正と新規不具合のいたちごっこだ。修正パッチを充てたことが原因で発生する不具合も存在する。だから、案内できる最新のマイナーバージョンを絶対にオススメしろ。万が一、修正パッチなんかで対応された場合に、更に致命的な問題が発生したら保守サポートの信頼度は地に落ちるからな」


 何を大袈裟な、とドラ子は思った。

 どれだけミミックが問題を起こそうと、基本的にこういったシステムはバージョンが上がるごとに性能も上がって行くのだ。

 バージョンを上げることで、不具合が増える製品など存在するわけがない。

 そう、思いながら、ドラ子は社内で共有されている不具合データベースにアクセスし、Solomon Ver16.2に関連する不具合を確認する。


「……え、なにこれ」


 そして現れた、数百数千にも及ぶ不具合情報に、思わず冷や汗をかいた少女である。

 通常、不具合情報というのはバージョン毎に管理され、さらにどのマイナーバージョンでそれが修正されたかが分かるようになっている。

 その不具合の修正の量から、客観的にバージョンの安定度を計れると言っても良いだろう。


 そして、今回お問い合わせのあったver16.2であるが。

 恐ろしいのは、モンスター召喚機能やトラップ機能などのメジャーな機能での小規模な不具合に混ざって、ミミックの文字がそこかしこに及んでいることだろう。


「お前、この世代のチケットを担当するのは初めてだったか。良いか、それがミミック時代だ。バージョンアップでミミック関連の不具合を修正したと思ったら、当たり前のようにミミック関連のデグレも引き起こす。この世代は、マジでどこにどんな問題が埋まっているのか分からん」

「いやいやいや! ダメでしょこれ! 備考ずらっと書いてありますけど、なんでVer9.0で修正したはずの不具合とかサラッと復活してるんですか!?」

「直した人間が違うからだろう。仕様書が存在しないため、とある術式変更で修正された不具合が、違う人間によって別の術式に書き換えられ再発するという」

「仕様書残せば良いじゃないですか! というかそれ以前にどういう風に直したか不具合チケットで厳密に管理してください!」

「それができたらミミックは家具配置機能に移動されていない」


 それで話は終わりだとばかりに、眼鏡の青年は自分にアサインされているチケットの対応に戻ってしまった。

 もっと親身になって教えてくれても良いじゃないかこのドケチ鬼畜眼鏡が、とドラ子は思うが、先輩が対応しているチケットの難易度は自分のチケットの比ではないことも知っているので、それは心の中に留める。

 見ただけでげんなりするミミックの不具合と、不具合修正のせめぎ合いを確認しながら、ドラ子はようやく今回のお問い合わせの不具合を発見した。



 不具合番号:62373


 不具合概要:関連イベント機能で特定のモンスターを倒すとミミックが増殖する。


 発生バージョン:Ver16.2.3以前


 内容:

 関連イベント機能にて『特定のモンスターを倒した場合に、宝箱が出現する設定』を行っている場合、出現する筈の宝箱がミミックに置き換わる可能性がある。

 出現したミミックは行動せず宝箱のように振る舞い、本来配置される筈だった宝箱と同様のアイテムを取得可能だが、ミミックが出現したことにより宝箱が出現したフラグが正常に機能せず、宝箱内のアイテムも未出現状態であると見なされる。

 そのため、本来ならば一度しか出現しない筈の宝箱が、条件を満たすと無限に出現し、設定されていたアイテムが無限に取得できてしまう。


 ──中略──


 備考:

 当不具合の修正の際、不具合番号42950『トラップが一斉に起動する』と不具合番号42970『意図しないモンスターがトラップとして召喚される』が再発する恐れあり。

 こちらは最新のマイナーバージョンで対応済み。



「はい。まじクソ」


 軽く目を通しただけで、想定されるフラグ管理のズタズタっぷりと、サラッと二個のデグレを誘発している時点でため息しか出てこない。

 だが、それでもドラ子の仕事は変わらない。

 何かの間違いでこの会社に入ってしまった以上、どれだけ心を殺してでも、Solomonは悪くないですよ、良い製品ですよと信じて貫かなければならない


 というか、今回のお客さんはVer16代ということもあり、ミミックトラップ機能時代の中でもかなり後期のほうだ。

 マイナーバージョンアップで今回の事象自体は解決するかもしれないが、それにしたってミミックの影に怯え続けることになる。

 いっそのこと、現行の最新メジャーバージョンであるVer31.0を案内してしまうのはどうだろうか。

 そうすれば、ミミックが家具配置機能であることを差し引けば問題らしい問題も緩和されるのではないだろうか。

 ぶっちゃけると、この先のマイナーバージョンを調べてどういった不具合が再発する恐れがあるのかを探すのが、やたら面倒であった。


「先輩。ちょっと良いですか」

「ん?」

「今回のこのお客さん、いっそのこと最新のメジャーバージョンを案内しちゃダメですかね?」


 ドラ子の提案に、青年はむうと渋い顔をする。


「……まぁ、案内すること自体は構わないと思うが」

「本当ですか!」

「多分、意味ないと思うぞ」

「な、なんでですか?」


 意味がない、という宣言にドラ子は納得行かず尋ね返す。

 だって、今回お問い合わせを受けた問題だけが解決するマイナーバージョンアップや修正パッチの適用よりも、よっぽど顧客のタメになるはずなのだ。

 そんなドラ子の、あくまで、そう断じてあくまでも顧客のタメを思った疑問に、青年は遠い目をして返した。


「だってな……面倒臭がらず、こっちの提案を受けてバージョンアップしてくれる顧客だったら、未だにVer16代とか使ってるわけ、ないじゃん」

「…………あ」

「バージョンアップが難しい環境なのか、面倒臭いのかは知らないが。まぁ、今から最新バージョンに上げてくれって言っても、上げてくれるとは、なぁ?」

「……ですよねー」


 そう。

 保守サポート部の人間は誰しも思う。

 バージョンアップすれば色んな不具合が改修されるんだから、マイナーバージョンアップくらいはこまめに行ってくれ、と。

 そうすれば、ウチに届くお問い合わせも二割くらいは減るのに、と。

 しかし、そんな保守サポート部の気持ちが顧客に届くことはあんまりないのである。

 そして日々、保守サポートにはマイナーバージョンアップを推奨するだけのお問い合わせが届くのである。


「もう! つべこべ言わずにバージョン上げてくれれば良いのに!! もう! もうもうもう!!」

「……ところでドラ子、上から言われてたデバイスのOSのバージョンアップちゃんとやったのか?」

「あ、面倒だったんでやってないっす」

「知ってた」


 そして、保守サポート部の人間にも、おそらくきっとOS保守の気持ちはあんまり届いていないのであった。

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― 新着の感想 ―
ダブルスタンダードなのはわかってるけど 作る時の立場だと、ver 16から17に上げるなら途中は全部入れてやれって思うけど 使う立場からすると、16 から17に上げるのに16.1、16.2、16.3.…
[一言] 昔すぎるバージョンから最新バージョンへのアップデートも難易度高かったりしますよね。 よし、ミミックは削除しよう!
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