58 魔王城へようこそ! 7
パーティの登録をするには、魔王城の入口すぐ近くにある総合案内所──通称『ギルド』に向かう必要がある。
このギルドは、冒険者達の魔王城攻略本部という設定で、様々な手続を行う受付の他に、食堂やトイレ、パーティメンバー募集掲示板や、季節限定クエスト案内所など様々な設備が併設されている。
ここの受付でパーティ申請をして、ダンジョンのシステムにパーティであることを登録して初めて、経験値の分配やレベルの調整などといったサポートが受けられるのだ。
それをしない限りは、冒険者達は、ただの個人個人の集まりということになる。
「ということで、私が一括で申請してきますので、みなさんはお喋りでもしながらお待ちください」
ギルドに入るや否や、張り切った白騎士が人波を掻き分け、颯爽と受付の方へと向かって行く。
残った四人は、さてどうしたものかとお互いに見つめ合った。
「どうします先輩? お喋りしてろって言われましたし、パーティメンバー募集掲示板の前でたむろしてる、さもしい独り身どもを笑いにいきますか?」
「どうしてお前はそういうナチュラルにクズみたいな発想が最初に出てくるんだ」
「じょ、冗談ですって!」
ドラ子の黒い冗談に、メガネは少し引いた。
なお、魔王城には友達で連れ立ってくる若い女性の集まりもかなり居るので、そんな彼女達とパーティを組むべく日々研鑽し、パーティメンバー募集掲示板の前でそわそわしている男達が一定数いるのは事実であった。
多分、若かりしころの蝙蝠さんの狩場は、どこのダンジョンでもなく、その掲示板前だったのだろう。
「参考までにカワセミ、この作業はどのくらい時間がかかる?」
「多分十分もかかりませんよ」
何度か魔王城に来た事があると言っていたカワセミの言葉に、メガネはふむと唸る。
「じゃあ手洗い休憩にしよう。行く人はさっさと行って、ここの入口に戻ってくるってことで」
その提案に、ドラ子を除く二人が頷き、ドラ子だけが首を傾げていた。
「へ? 先輩、この身体ってトイレ行く必要あるんですか?」
「お前は何を言っているんだ?」
「だって、アバターなんですよね? 確か?」
そうやって頭に疑問符を浮かべているドラ子が思うのは、先程メガネから聞いたこの身体と『レベル制』の話だった。
確か、この魔王城の内部では、自分がそれと分からぬうちにアバターに身体が換装されていて、レベルというのはこの作られたアバターに設定されたものだと。
であるならば、今の自分は、例えるならゲームの中の人物のようなもので、食事や睡眠、トイレなどに行く必要があるのだろうか、と。
「ちゃんと説明を聞かないから、そういう頓珍漢な疑問を持つことになるんだぞ」
「じ、時間が迫ってたじゃないですか」
「まあ良い。俺はドラ子に軽く説明してるから、二人は気にせずいってくれ」
そうやって攻略サポート部の二人に目配せをすると、二人は頷いてギルド内にある大規模なトイレへと向かっていった。
「さて、端的にいえば、俺達はこのアバターでも普通に腹が減るしトイレに行きたくなるし、疲れたら眠くもなる」
「それって生身と変わらないんじゃないですか?」
「そうだ。だってアバターって言ってるだけの生身だからな、これ」
「はい?」
早速意味が分からなくなったドラ子に、メガネは先程の説明の後半戦を織り交ぜて話始める。
「アバターというシステムは、言うなればダンジョン管理術式における命綱だ。このアバターシステムの有無が、自然のダンジョンと、管理術式を利用したダンジョンの最も明確な違いになる」
「はぁ」
自分の迂闊な疑問で講義が始まってしまったことに戸惑いつつ、ドラ子は頷いた。
「まず、アバター無生成式ダンジョン。これはその名の通り、生身で挑むダンジョンだ。死んだら死ぬ。普通のダンジョンだな」
「あまりにも当たり前ですが、普通死んだら死にますからね」
というより、古の時代に敵を阻むためにダンジョンを作っていた魔術師達にとってみれば、ダンジョン内で死んだ敵に生き返られては困るだろう。
足止め目的特化のダンジョンもあったかもしれないが、本来の目的は敵を殺すことだったはずだ。
「だが、とある目的でダンジョンの復権を目指していた管理術式の開発者達は、死んだら死ぬダンジョンを世に出すことはできなかった。世間の逆風がすごかったからな」
「確か死亡事故があったんですよね」
「それで、最初期の頃から、ダンジョンには『ダンジョン内で死んでも生き返る』という機能が必要だった。そして最初は死んだら『蘇生術式』を起動してどうにかしようという、素直な発想に至った。だが、考えるまでもなくその仕組みは破綻している」
「魔力コストですか?」
「それが一番大きいな。蘇生術式なんてダンジョンに気軽に組み込める大魔法じゃない。それこそ一人死んだら一ヶ月分のダンジョン管理用の魔力を根こそぎ突っ込んで起動できるかといった代物だ。企画段階から却下されたのは想像に難くない」
時間遡行術式などもそうだが、そもそも自然の摂理に反すれば反するほど、術式を行使するのに必要な魔力は加速度的に高まって行く。
そんな術式を安全装置として組み込むのは、馬鹿げている話だった。
「そこで考案されたのが、アバター生成式のダンジョンだ。これはざっくりといえば、生身と同じ人間の情報を記録しておいて、死んだらその情報を元に新しい肉体を作って、無かった事にする手法だ」
「へ? じゃあ、アバターって」
「ダンジョン内で活動する身体をアバターと呼んでいるが、本質的にはダンジョン内で死んだあとに復活する方の肉体がアバターかもしれないな」
それは倫理的にどうなのだ、という疑問がドラ子の脳裏によぎった。
その考えを読んだように、メガネは神妙そうにいう。
「もちろん、この手法で甦った人間は本人と言えるのかという議題が、世間を大層にぎわせたのは間違いない。ダンジョン技術者は、魂を除いて完全な蘇生ができていると主張したし、反対論者は甦った人間と元の人間は全く別の人格を有していると主張した。とはいえ、今では終わった話だ。現在では特にダンジョン産業に問題が起こっていないので、ダンジョン技術者の言っていた事が正しいんだけどな」
「そういうもんですか?」
「面白い実験結果があるぞ。ある研究者がこのアバター生成で、甦る前と甦った後の同一人物にそれぞれ人格テストを行ったんだ。その結果、アバター生成に対して特に何も思っていない人物の人格一致率は99.9999%以上だったのに対し、反対論者は84%ほどだったそうだ。不思議なこともあるよな」
「……そうですね」
反対論者が悲しい努力のもとに、このアバター生成技術に傷を付けようとしていたのを想像してしまって、やるせない気持ちになるドラ子だった。
「まぁ、術式の都合上、魂の部分には影響があるので、完全に同じとは言い難いらしいが、一年に1000回蘇生する生活を1000年ほど続ければ有意な違いが生まれるだろうというレベルらしい」
「1000年生きてたら、どうあがいても1000年前と人格違うと思うんですけど」
「だから気にするだけ無駄ってわけだな。そしてこのアバター生成術式が実用段階に至って、ようやく生まれたのが『ステップダンジョン』や『エスカレーターダンジョン』なんだ」
なんかアバターについてはあっさりと流されたが、ついちょっと前に聞いた原初のレベル式ダンジョンは、この『死んでも生き返れる』ダンジョンが生まれてからの試みということは分かった。
まぁ、そうだろう。
ダンジョンに娯楽感覚で気軽に遊びにいくというのなら、命の危険などあってたまるかという話だ。
「で、アバター再生成式ダンジョンは、このアバター生成技術の応用だな。要はダンジョンに入る時に冒険者の情報の一部を書き換えて『ダンジョン内限定』の『レベルがある自分』に『生まれ変わらせている』ということだ。だからこの魔王城は──」
「アバター再生成式の、限定ダンジョン、ということですか?」
「その通りだ」
ぶっちゃけ良く分かっていなかった、魔王城というダンジョンの区分にようやく辿り着けたドラ子であった。
まあ、実際にはまだ色々良く分かっていない部分はあるのだが、とりあえずそういうものと理解はできた。
アバター生成式ダンジョンでは、死んだら甦るというステップを踏んでいるが、ここではそのステップを踏まずに生身を直接書き換えているのだと。
「で、要するに俺達は、魔王城用に生まれ変わった『自分』なだけだから、レベル1でも『自分は自分』という感覚があるし、腹も減るし、トイレにも行きたくなる。ここで漏らすのは勝手だが、アバターが漏らしただけだから、自分は漏らしてないという言い訳が通らないことは覚えておくといい」
「漏らしませんよ! だいいち私服なんですからね!」
「私服はダンジョンから出る時に元に戻るから問題ないぞ。それが初期装備ってだけだ」
「そういう問題じゃないって、自分で言ったばっかりですよね!?」
そんな言い合いをしたあとで、少しばかり尿意を感じて来た気がするドラ子もまた、やや早足でトイレへと向かうのであった。
「というわけでパーティ申請してきました! チームSolomonです! レベルは『最低レベル+5』の設定で『スキル一部制限』です。なので経験者組のレベルは6で、使えるスキルもレベル6までのもの。それ以上のレベルのスキルを使うことは可能ですが、スキルポイントが手に入らないので気をつけてください」
アバター再生成式ダンジョンならではの、柔軟なレベル設定により、パーティのレベルは下に揃えられた。
とはいえ、レベルで上昇するステータスのようなもの以上に、装備と、経験に裏打ちされた技能は重要なので、適性レベル帯で困ることはないだろう。
「了解しましたー」
言われたカワセミは特に困った様子も見せず、ニコニコと頷いているし、
「ふん、下に合わせるのは大変だが、仕事で慣れているからな。足を引っ張るなよ保守サポート部」
憎まれ口を叩きつつも、鳥の巣頭くんも文句は無い様子だった。
なお、雑にレベルマウントを取られたドラ子は、あからさまに血が昇った様子で、ニコニコしながら白騎士に聞いた。
「白騎士ちゃん質問良いですか?」
「なんでしょう?」
「パーティの仲間をうっかりぶち殺したら、どんなペナルティがありますか?」
「経験値ダウンとカルマ値の上昇ですね。やり過ぎると教会のボランティアクエストをクリアしてカルマ値を下げるまで、一部のシステムが凍結されます。更にやり過ぎると魔王城出禁になります」
「じゃあ少しなら大丈夫か」
「怖い相談をしないでくれないかな!?」
レベルは鳥の巣頭くんの方が高い筈なのに、盛大にびびり散らしているのは、ドラ子が本当にやりそうな女だからだろう。
「ドラ子。仲間狩りよりもまずはモンスター狩りのことを考えろ。それで白騎士、挑むダンジョンも決めて来たんだろう?」
「はい!」
白騎士は元気に頷き、堂々と言った。
「最初は、様子見を兼ねて『ゴブリンの砦』に行きましょう!」
魔王城、最初の目的地は『初級:ゴブリンの砦』──推奨レベルは10であった。
なお時間遡行術式の魔力消費を誤魔化す画期的な手法を開発したのが骨なしペンギ──




