57 魔王城へようこそ! 6
「というわけで、私は竜騎士Aになりました」
「おー」
職業相談もそこそこに、ドラ子とメガネの二人は、ようやく魔王城の内部へと侵入を果たしていた。
大きな門を越えた先は、城下町の雰囲気を味わえる通路と広間である。特に中に人が住んでいるわけでもないハリボテの家が道路を囲んでいた。
「竜騎士ですか、最たる特徴は龍が如き奔放な位置取りですね。機動力と攻撃力を兼ねた物理職で、最低限の防御力もあるマルチロールです」
「つまり?」
「強いジョブです!」
職業判定の儀式が終わったあたりで連絡を入れておいたので、既に中に入っていた三人は入口付近まで迎えに来ていた。
そして合流して開口一番、ドラ子は自分の就いたジョブを答えたのであった。
「他にも竜魔人Aと炎術士Aがあったんだけど、一番前に突っ込んで行ってぶっ飛ばす、っていうのが分りやすそうなジョブだったから」
「良いと思いますよ。どれも前衛に出られる職業ですが、竜騎士はその中では癖がなくてバランスが良いですし、考えることも少ないです」
「……ちなみに、炎術士って前衛なの?」
「はい。炎を纏って肉弾できるタイプの魔法使いです」
適性が高かった中では、一番インテリジェンスを感じた職業だったが、さすがにドラ子の適性職だけあって、一筋縄ではいかない術士であった。
そしてそれを端から聞いていたメガネは、薄く笑みを浮かべてそっと補足する。
「あとドラ子、適性Aが一つ増えてたらしいぞ」
「ちょっ先輩!?」
ドラ子が『何を言ってくれているんだ!?』と止めるも、時既に遅かった。
「本当ですか! すごいですねドラ子さん! 適性が上がるのは良くある話ですが、適性Aが増えるのはなかなかあることじゃないですよ! どんなジョブが上がったんですか!?」
こと魔王城に関しては、いっそ迷惑なほどにガチな白騎士に詰め寄られて、ドラ子は言うかどうかを迷っていた。
だが、白騎士の悪意なきキラキラした瞳に耐え切れず、ぼそりと漏らす。
「……社畜Aですぅ」
認めたくなさそうに、ドラ子は言った。
明らかな、大して使えなさそうな不名誉な響きのジョブであった。
だが、それを聞いた白騎士は、目のキラキラを曇らせることなく、まっすぐにドラ子に明るい声をかけた。
「すごい当たりジョブですよドラ子さん!」
「んえ?」
最初、ドラ子は何を言われたのかいまいち理解できなかった。
これは自分を励ますために言っているのではないかと思い至って、やるせない笑みを浮かべる。
「良いよ白騎士ちゃん、気を使わなくて。こんなジョブが当たりなわけ」
「とんでもない! 高位の魔王城ユーザーのほとんどが、高レベルで欲しいジョブに上げる有用ジョブです!」
「本当?」
「本当です!」
ぐいっと顔を寄せてくる白騎士に、ドラ子は少したじろぐ。
だが、その勢いから、嘘を言っているのではなさそうだと理解した。
となると、名前も聞きたくなかったジョブに興味が湧く。
「ていうことは、強いの?」
「あ、いえ。社畜はそれ単体で強いジョブではありません。どれだけ経験値を与えてレベルアップさせても、特にステータスが変わることもなく、新しいスキルを覚える事もなく、ただただ社畜のレベルが上がって行くのを眺めて、半笑いするだけのジョブです」
「褒める要素が一つもないよ!?」
なぜこのジョブが有用ジョブと言われるのかまるで理解できなかった。
だが、白騎士はドラ子のツッコミを意に介さず続ける。
「ですが、レベルアップすることでストレス耐性に代表される、精神系のステータス異常にとにかく強くなっていくんです。これは私達の飽き防止にも効果があって、極低確率でドロップする素材を集める為に鬼周回するときとかに大変有用なんです。みんな社畜をサブジョブあたりに設定して、死んだ目をしながら素材周回を繰り返す様は、魔王城名物『デスマーチ』と言われていまして、これがまた慣れてくるとえも言われぬ楽しさがありまして、あそうそう周回と言えばですね──」
「白騎士、ステイ、ステイ」
ジョブ『社畜』の使い方から始まったはずの話が、脱線しそうになったところで、メガネは可愛い方の後輩(当社比)を現実に引き戻した。
「社畜の素晴らしさは良いから、説明を進めてくれ」
「あ、そうでした。すみません」
メガネに言われて、白騎士は正気を取り戻した。
今更になるが、今回の魔王城攻略では、基本的に白騎士がパーティリーダーを務める約束になっている。
リーダーと言ってもゲームみたいに、全ての仲間を意のままに操れるような話ではない。
どういった作戦を基本にして、誰を前に置いて、どこのダンジョンを攻略するのかといったガイド役が彼女の担当になる。
「ガイド役が、初心者に上級ユーザーの遊び方を説いても仕方ないだろ」
「そうでした! すみません! じゃあドラ子さん! 社畜が使えるようになったら、ぜひ一緒に遊びましょうね!」
「はは」
ドラ子は苦笑いを浮かべていた。
心の声が直接誰かに届く訳ではないが、白騎士以外の全員に『デスマーチは遠慮したい』という思いが伝わっていた。
ドラ子の社畜適性からは目を逸らして、白騎士はもう一人の魔王城新規に尋ねる。
「それですみません。メガネ先輩のジョブは?」
「基本職の盗賊Bにした。索敵、偵察、威力偵察に、罠探知、罠解除、その他もろもろダンジョンに関わることならの何でも屋だな」
「やっぱり基本職にしたんですね」
メガネが自身の適性を無視して基本職を選んだことに、白騎士は少しだけ寂しさを覚えた。
だが、彼の気遣いでパーティが更に組みやすくなったのは間違いなかった。
「分かりました。現状では私が回復支援に回った方が良さそうですね。もともとパーティの指示を飛ばすのには、ヒーラーの位置がやりやすいので問題無いです」
そしてここに、保守サポート部with攻略サポート部の臨時パーティが完成した。
飛んだり跳ねたり、たまに首を刎ねたりする竜騎士のドラ子。
敵の攻撃を引きつけつつ、自分の体力を犠牲にダメージも狙って行く暗黒騎士『†ストームブリンガー†』
索敵と斥候、罠関連と言ったパーティの目を担う盗賊のメガネ。
味方の支援をしながら、余裕があれば魔法ダメージも狙って行くエンハンサーのカワセミ。
そして、回復と聖属性の攻撃を織り交ぜながら、パーティ全体を指揮する司令塔の聖導術士の白騎士(名前)
なんとなく、魔法に弱い脳筋パーティの色が見えているが、全体的にはバランスの良さそうな組み合わせに落ち着いたことだろう。
「それでは、改めまして、Solomonチーム結成です! ダンジョンに向かいましょう!」
脳内で、メンバー達の配置を終えた白騎士が、魔王城を百倍楽しむためのプランを考えはじめる。
「時にメガネ先輩。私最初は全員の立ち回りの確認と、初魔王城の方々の慣れの部分を考慮して、チュートリアルダンジョンに行こうかと思っているのですが」
白騎士が提案したのは、とても無難な選択肢だった。
基本的に、現代の普通の人間たちにはダンジョン攻略の経験がない。
そもそも普通に生きている分には、ダンジョンとはわざわざ近づくこともない場所だ。
ダンジョンなんぞに入らなくても死にはしない。
むしろ下手なダンジョンに入る方が死ぬかもしれない。
だから魔王城でも、最初にひのきの棒を持たされたようなひよっこたちの為に、ダンジョンの基礎が分かるような、めちゃくちゃ簡単なダンジョンが用意されている。
それがチュートリアルダンジョンである。
魔王城の中でも特にレベルが低いダンジョンなので、一般的な戦闘経験皆無の人達は、ここに通って、魔王城でも一番大切な戦いの技術を学ぶ事になる。
になるのだが、ここに一人、この現代でも何故か戦闘技能が高い女がいた。
「チュートリアルダンジョンって、前入ったときに特に面白くなかったからパスで」
ドラ子は、前回つまらなかったという理由で提案を却下した。
確かに戦闘技能がもとからあるのならば、多少の低レベルをおしても、先のダンジョンに入った方が楽しいだろう。
そして、もう一人の新人もまた、素人というには『ダンジョン』に詳しすぎた。
「そんな最初のダンジョンじゃ盗賊の出番ないだろ。もっと難しいところで構わない」
珍しく、ドラ子とメガネの意見が一致しているのであった。
その意見に対して、リーダー白騎士は少し考え込む。
そして結論を出した。
「分かりました。ではレベルが少し心許ないですが、始めから初級、中級に挑んでみましょう!」
白騎士も、正直言えばチュートリアルダンジョンは楽しくないので、さっさと深いダンジョンを楽しみたいと思っているのであった。




