56 魔王城へようこそ! 5
「アバター再生成式ダンジョンの説明をする前に、ダンジョンとアバターの関係性を説明する必要があるな──まず──」
魔王城を説明する上での後半戦。
いざ始めようとしたところで、ドラ子が待ったをかける。
「あ、先輩、もう順番来ますよ」
「……もうそんなに経ってたか」
いつの間にか二人の順番は既に一番前まで来ており、長々と説明をしている暇は無い様子だった。
仕方ない、とメガネは残った説明を簡潔にまとめた。
「じゃあまとめると、アバター再生成式ダンジョンでは、あらかじめ用意されたステータスのアバターに換装してるから、ダンジョン内のルールで強くなったりレベルアップしたりするってことだな」
「最初からそう言えば良いんですよ先輩」
「ダンジョン技術者が志の低い事言ってんじゃねえ」
「歴史なんて仕事には関係ないじゃないですか」
ダンジョンの成り立ちや詳しい理念などは良いのだ。
聞きたかったことは、どうしてレベルアップなんてものが起こるかというところだけなのだから。
そしてその答えは先程の一言で十分だった。
生身ではなく、自分の意識で動かす人形に置き換わっているから、その人形が強くなったり技を覚えたりするのだと。
原理は良く分からないが答えを得たドラ子が満足そうに頷く横で、メガネはぼそりと言った。
「関係ないとは言うが、この辺の知識は『基本ダンジョン技術者資格』の範囲だと思うんだが……ちゃんと勉強してるのか?」
「なんですかそれ?」
「え?」
「え?」
お互い、戸惑ったように無言で見つめ合っていた。
お互いが、何を言っているんだこいつ、と目で語り合っていた。
だが、それも束の間。
次第にメガネの表情が険しくなり、それに気付いたドラ子の表情が焦りだす。
「お前、まさか忘れてるんじゃないだろうな? ウチの新人は一年以内に『基本ダンジョン技術者資格』の取得が義務づけられてるって。もうそろそろ秋の試験の時期なんだが?」
「あ、ま、まままさか忘れてるわけないじゃないっすかやだなぁ」
「…………ついでに、受験の受付はもうすぐ終わるぞ」
「えへへ」
ドラ子は笑って誤魔化した。
しかし、効果はなかった。
「今日終わったら絶対にチェックしとけよ。忘れるな」
「うっす」
とはいえ、さすがにプライベートの休日に、受験申し込みを強制するほどの強引さをメガネは持っていなかった。
ドラ子は冷や汗をかきつつ、この場は命拾いしたことに安堵する。
「あのー先輩。ついでになんですけど、その試験って落としたらクビになったりします?」
「流石にそれだけでクビにするほど、ウチの会社は無慈悲じゃない」
メガネの言葉に、ドラ子はあからさまに安堵の息を吐いた。
ちなみに基本ダンジョン技術者資格とは、ダンジョンに関連する一連の基礎知識や術式の知識といったものを習得していることを示す、そこそこに有用な資格だ。
内容はそこまで専門的なものではないが、ダンジョン関連の仕事をするなら習得しておいて損は無いだろう。
この上に応用だの専門分野のプロフェッショナルだのの資格もある。
ちなみに、ドラ子はいきなり実戦投入されているため、術式に関しての知識はそこそこ身に付いているが、逆に実戦とは無関係の歴史だの背景だの、仕事に関わらない部分はほとんど何も知らなかった。
だからこそ、落ちる可能性を考慮したのだが、先輩の話では落ちても大丈夫そうだと思った。
そんなドラ子を見咎めたメガネが釘を刺す。
「ただし、今支払われている給料は、資格を持っているとみなした給料だから、取れないと給料下がるぞ」
「大問題じゃないですか!!」
大丈夫ではなさそうだった。
ドラ子はほとんど着の身着のままで母親に放り出された過去があるため、生活にそれほど余裕があるわけではない。
ここで給料が減らされると、食費的な意味で問題が発生しそうであった。
「ま、頑張れ」
なお、メガネは後輩の考え無しな部分に呆れはするが、根本的に他人事なのであった。
ドラ子は普段にも増して愛想の良い笑顔を浮かべて問う。
「あのぉ先輩。ついでにもし万が一ですよ。可愛い後輩が試験を落としたとしたら、先輩はそれを見かねてご飯をたくさん奢って上げよう、とかいう気持ちになったり?」
「初歩的な試験に落ちるような後輩を可愛がる理由がない」
「鬼! 悪魔! メガネ!」
少なくとも、この先輩は何かあっても助けてくれないと理解したドラ子だった。
とりあえず、今すぐ試験日程だけでも確認せねばとスマホを取り出したところで、魔王城のキャストの人が案内の声をかける。
「次の方、どうぞー」
「今それどころじゃないんです!」
「ええ!?」
想定外の返しをされたキャストの人が大いに戸惑ったが、他の順番待ちの人に迷惑をかけるなと先輩に怒られ、ドラ子はそそくさと職業判定に向かった。
といっても、基本的には謎の像の前にある謎の魔法陣の上に乗って、二、三分待てば結果が出るだけなので、特段することがあるわけでもないのだが。
手持ち無沙汰になったドラ子は、魔法陣の様子を見守っているキャストの女性に声をかける。
「この職業判定って、時間を空けてやったら結果が変わることってあるんですか?」
「ありますよ。基本的には若い方が素質の結果が出やすく、歳を取ると経験の結果が出やすくなります」
「へえ?」
そう教えて貰ったところで、その判定基準は企業秘密なので良く分からない。
だから、それがどういう結果を指しているのかも良く分からないドラ子である。
そうやって疑問符を浮かべるドラ子に、女性は続けて言った。
「簡単に言えば、若い方の方が適性という面で見ると参考になる結果になります。ですが積み重ねた経験で適性が上がることもあるので、魔王城のユーザーさんもある程度時間が経ったら判定を受け直す方も多いですね」
「あ、基本的には上がる感じなんですね」
「はい。何事も、磨いてこそですから」
そうこうしている内に、ドラ子の乗った魔法陣が輝く。
その光が収束し、一枚の魔法紙にまとまったところで、キャストの女性は軽く驚いた。
「すごいですね。適性Aの職業が四つもありますよ」
「え? 三つじゃなくてですか?」
「はい。四つです。あなたは才能に溢れた素晴らしい方です」
「そ、そうですか、ふへへ」
先程の話ではないが、どうやらドラ子は経験で伸びる才能もあったらしい。
誰かに自慢したくなった彼女は、咄嗟に背後で待っている先輩にドヤ顔を向ける。
「どうですか先輩。もともとの素質に加えて、さらに適性を磨いてしまった後輩は!」
「すごい幸せそうでよかったなとおもいました」
「心のこもってない読書感想文!」
と、思った反応を得られなくて唇を尖らせるドラ子だったが、まあまあと宥めるキャストの女性から魔法紙を貰ったところで更に首を捻った。
「お客様の適性は、竜魔人A、竜騎士A、炎術士A、社畜Aですね」
「最後がおかしいんですけど」
増えた適性に異議を唱えるドラ子であったが、キャストさんはにこやかに言った。
「それでは職業の相談はこの部屋を出ていただいて、道なりに進んでいただければ」
「最後がおかしいんですけど」
「次の方どうぞー」
「最後がおかしいんですけど!!」
己に増えてしまった適性にドラ子は最後まで抗議していたが、キャストの女性は流した。
もしかしたら、良くあることなのかもしれない。
「他のお客さんの迷惑になるからさっさと行け社畜A」
「それだと私がモブ社畜の一人みたいなんですけど!」
ドラ子は先輩にも抗議したが、他のお客様のご迷惑になるのはその通りなので渋々部屋を出て行った。
そして、ドラ子の居なくなった部屋で、メガネは一人魔法陣の上に乗る。
ここまでのやり取りで、ドラ子とメガネが知り合いであることは明白だったからか、キャストの女性はメガネに微笑みを浮かべながら言う。
「もしかして、先程の女性は?」
「ただの会社の後輩ですよ」
「ただの会社の後輩と週末魔王城です?」
「他にも会社の人間と来てまして、残りは中で待っている筈ですから」
「なんだ、そうなんですね」
他人の色恋沙汰を見るのが好きなのか、キャストの女性は少しがっかりした様子を見せた。
あまり良い趣味ではないな、とメガネが思っていたところで、女性は続ける。
「魔王城で破局を迎えるカップルが多いという噂を払拭するために、初デートでやってはいけないNG行動を伝えるのも私達の役目なんですが」
「心中お察しします」
むしろ仕事の範疇だった。
心の中で『決めつけて申し訳ない』と謝るメガネであったが、それからすぐに魔法陣が光り出した。
「さあ、あなたの適性は……え?」
光が収まると同時に、女性は出力された魔法紙を目にして固まった。
そんな彼女が何かを言う前に、メガネは「しいっ」と唇に手を当てて、薄く微笑む。
「個人情報なので、内緒でお願いしますね」
「は、はい」
女性はメガネの微笑みに当てられたように硬直し、そんな彼女から魔法紙をさっと奪い取って、メガネはさっさと部屋を後にした。
そんなメガネの後ろ姿を、キャストの女性は次の案内も忘れてぼーっと眺めていたが、
「ま、上に連絡を……いやでも、個人情報だし……いや、で、でも」
硬直が解けたところで、一人あわあわと慌て出したのであった。
心の中のドラ子が急かすのでお勉強は続きませんでした
 




