55 魔王城へようこそ! 4
ダンジョンの歴史は長い。
だが、ダンジョン管理術式の歴史は、実はそう長くない。
ダンジョン自体の発祥は、それこそこの世界どころか色々な世界で、魔王と勇者が剣と魔法でドンパチやっていたころか、もっと前まで遡るだろう。
そのころのダンジョンは基本的に自然発生ダンジョンか、あるいは強大な魔力を持った者が手作業で作っていたお手製ダンジョンかである。
いずれにせよ、特に規格が決まっていたわけでもなければ、ダンジョンコアに術式をインストールするようなこともしていなかっただろう。
そもそもダンジョンコアという名称もなかったに違いない。
そしてそのような争いの時代とともにあったダンジョンだが、剣と魔法のドンパチが収まって来て近代化が進むにつれて、どんどんと数を減らして行った。
そもそもダンジョン自体が、外敵を拒むような危険な場所か、はたまた侵入者を排除する為に作られたものだったわけで、世界が平和になってしまえば用済みどころか危険性を考えて潰される対象になったのだ。
そのため、一時この世界は平和な時間と反比例するようにダンジョンが減って行った。
だが、世界が本当に平和になってしまうと、それはそれで問題が生じた。
身体は闘争を求める。人間には、危険がなくなると危険を、争いがなくなると争いを求めるサガがあったのだろう。
ゲームの中での殺し合いだのに留まらず、ともすれば危険な遊びが流行り始めるのに時間はかからなかった。
そのうちに、どこぞで自然発生したダンジョンに勝手に入った子供が死亡するといった事故も起きた。
そんな社会問題が発生した頃に、時代の逆風を受けながら発表されたのが『ダンジョン管理術式』の基礎だった。
「ここまでがダンジョン管理術式誕生の大まかな部分だが良いか?」
「よくないです。なんでそんなところから話が始まっているんですかね?」
魔王城で設定されているレベルというものが何なのか、それを尋ねただけなのに。
気がついたら先輩にダンジョン管理術式の講義をされていた。
ドラ子はダンジョンは好きだが、ダンジョンの勉強は大して好きではない。
興味がある分野ならまだ良いが、歴史だのなんだのといった部分は正直微妙だった。
「お前が、アバター再生成式ダンジョンも、限定ダンジョンも知らねえって言うから、分かるように最初から説明してんだろうが」
「最初からじゃなくて良いんですよ! 私は曲のサビだけ聞けば満足できる人間です!」
「なんてことを言うんだ……」
一瞬、曲を作っている全ての人間に謝らせるべきかと悩んだメガネだったが、はぁ、とため息を吐くに留めた。
聞きたくないというなら、触りの部分だけで良いかとメガネは思い直す。どうせじっくり講義しているほどの時間はない。
「じゃあまずは限定ダンジョンについてだ。そもそも、ダンジョンでレベルを設定するっていう試みは、初期のころから大分変遷をたどってきた。限定ダンジョンは現在のレベルがあるダンジョンの一種の終着点だな」
「ほう」
そしてメガネの口からは、ダンジョンとレベルという試みについての、これまた簡単な歴史が語られて行く。
「そもそも、ドラ子が最初に思った通り、俺達には元来、数値化できるレベルなんてものは存在していない。だが、ダンジョンを作ってそれを攻略させようと考えた時、どうにか『攻略に適性な強さ』ってのを表現できないかって、昔の人は思ったわけだ」
「まぁ、分からなくはないです。目安は欲しいですから」
「ってので、最初の最初はもう単純に、ダンジョンごとにレベルを付けていったんだな。『どこそこのダンジョンをクリアしたらお前はレベル5』みたいな」
「強さっていうのをダンジョンのクリア経験で表現したと」
この頃は、まだレベルという概念が素直なころであった。
レベルが本来の意味で、本人の強さを説明するパラメータであったころだ。
だが、平和な時代の話だった。
ダンジョンは攻略させないためのものではなく、攻略してもらうためのものだった。
そして、ダンジョンを攻略する人間は、ダンジョン攻略で生活するような人達ではなく、日頃の鬱憤をダンジョンで晴らしたいような『普通の人』だった。趣味だった。
ダンジョンは好きだが、ダンジョン攻略に人生を捧げるほどじゃない、そういう人達だ。
「上の方のダンジョンになるほど、どうあがいても『普通の人』はクリアできない難易度というものが存在してくる。限界は人それぞれだからな」
限界というものは、そう簡単に越えられるものではない。
ましてや、普段は別の仕事をしているなら尚更だ。
ダンジョン攻略の為に、限界を越える努力などしていられない。
そうなるともう、『自分ではどうあがいてもレベル10のダンジョンが攻略できない』という事態は当然発生する。
そんな状況に打ち当たったとき、人はどう思うだろう。
仕方なくレベル9までのダンジョンで楽しみ続ける、そんなことができるだろうか。
いや、できなかった。
「だから、レベル9を沢山クリアしたら経験値が溜まってレベルアップするようにしろ、みたいなことを言い出したんだろうな」
「それは認定レベル的な意味でですか?」
「いや、ステータス的な意味でだ。レベルアップで強くなってレベル10のダンジョンを攻略できるようにして欲しかったらしい」
「昔の人はアホなんですか?」
「アホではない。ただ、ちょっとゲームと現実がごっちゃになっていただけだ」
ダンジョンでモンスターを倒したところで、経験値が溜まってステータスが上がる、そんなことは現実では起こりようが無い。
そんな子供染みた主張は、大多数の人間には流されるものだった。
だが、昔の人の言い分もある場所では響いた。
ダンジョン管理術式を開発していた一部の人間は、万人がレベルアップで強くなって、最後までクリアできるダンジョンというのを目指していた。
「そして生み出されたのが、最初の『レベルアップ機能搭載型ダンジョン』──通称『ステップダンジョン』だ」
「ステップ?」
「ステップ──つまり段階を踏む事でいずれ誰でも攻略できる、という意味合いで呼んでいたんだろうな」
通称の由来など、今となっては知る由もない。
そのステップダンジョンの『レベルアップ方式』は、本当に簡単なものだった。
「ステップダンジョンは魔力生成で魔物を生み出すタイプのダンジョンだ。そして基本的には少人数用で、団体さんで攻略することは想定されていない」
「なんでですか?」
「攻略する人数が増え過ぎると、レベルの調整ができなくなるからだ」
レベルの調整とは?
そんなドラ子の疑問にメガネはすぐ答えた。
「ステップダンジョンの構造は簡単だ。最初はみんなレベル1から始まって、レベルが上がるごとに戦闘が有利になっていく。だが、このダンジョンでレベルアップをしても、実は攻略している人間は一切強くならない」
「どういう意味ですか? レベルアップしたのに強くならないって矛盾ですか?」
「レベルアップした──っていう設定で、魔力形成する魔物のステータスを下げて行くのがステップダンジョンなんだ」
「あ、あー」
ドラ子は、言っている意味が分かると同時に、それってどうなの? とも思った。
そもそも、レベルなんて存在していない我々に、レベルアップを実装しようという試みなのだから、無理があるのは仕方ない。
だけど、なんというか。
「あんまり楽しくなさそうですね。求めてるレベルアップと食い違っているというか」
はたして、敵が弱くなったことが自身のレベルアップと呼べるのか。
だって自分は強くなっていないじゃないか。
そんなドラ子の意見に、メガネは大きく頷いた。
「まったくもってその通りだった。このステップダンジョンは多くの問題を抱えていた。『強くなった実感がないからつまらない』『レベルアップしても歩くだけで疲れる』『剣士とか魔法使いとかのジョブに何の意味もない』『レベルで技を覚えるとか魔法を覚えるとかしろ』『一人じゃつまらない』『元から強い人はレベル1で完全攻略できてずるい』『はっきり言って失敗作』『開発者はぼっち』などなど、散々にこき下ろされていたのがステップダンジョンだ」
「評価が辛辣すぎる」
しかし、その時は仕方なかったのだ。
まだダンジョン管理術式は出来て日が浅く、今のSolomonで言うところの地形生成機能とモンスター召喚機能しかないようなものだった。
それでレベルアップなんていう要素を搭載しようとしたのだから、むしろ発想だけでよく頑張ったと褒めてあげたいところだった。
「一番致命的だったのはやっぱり複数人で攻略が難しいところだな。個人個人にレベルを設定した結果、レベル1とレベル50が組んだらどんなステータスの魔物を召喚すればいいのか分からなかったんだ」
「召喚する魔物のステータスいじるにしても、どっちかにしか合わせられないですもんね」
「一人でこそこそレベルアップして、友達の前で格好つける──これは今も昔も変わらない憧れだからな。これができないのはちょっとな」
「テスト前『今回全然勉強してないわー』って言い張るあれじゃないですか」
つまるところ、レベルアップを実装したにも関わらず、レベルアップをする楽しさがないのが一番の問題であったのだ。
「そんな致命的な欠陥を抱えていたが故に、すぐに次のダンジョンに流行は移ることになった」
そしてメガネは、次に登場したレベルアップ機能搭載型ダンジョンを説明する。
「ステップダンジョンの次に登場したのが、通称『エスカレーターダンジョン』だ」
「ちょっと文明進みましたね」
「このエスカレーターダンジョンでは、ステップダンジョンの失敗を活かして二つの機能が追加されている。レベルアップでステータスが増え、魔法やスキルも使えるようになるんだ」
「どうやってですか?」
「レベルアップしたらレベルに合わせてダンジョンがバフをかけるし、レベルアップで覚えたって設定の魔法やスキルもダンジョン側で発動させてた」
「完全にダンジョン側の自作自演じゃないですか」
だが、画期的だった。
ステップダンジョン時代のレベルアップは、強くなった実感もなければ、自分にできることが増えるわけでもなかった。
だが、エスカレーターダンジョンなら、ダンジョンからのバフという形で実際にダンジョン内では強くなれるし、魔法を覚えたという設定で呪文を唱えるなりすればダンジョンが魔法を発動してくれる。
なによりバフでレベルを表現しているから、複数人で攻略することも可能になっていた。
「実際に自作自演だろうと問題はなかったんだろうな。強くなってより強い敵を倒すという、根源的な欲求にはバッチリと合致していたし、ステップダンジョン時代の問題も大分片付いた。だが不満は当然あった」
「今度はなんですか」
「だいたいは『元から強い人にもレベルアップでバフがかかるのがずるい』というのと『元から魔法が使える人が自前の魔力と設定上の魔力で二重に魔法が使えてずるい』という、元から強い奴がやっぱり強い問題はまるで解決していなかったことだな」
「それはもはや仕方ないでしょ。だって強いんだから」
しかしどちらも技術的に解決できることではなかった。
純粋なボードゲームだって、各々の技量で駒は同じでも絶対的な差が生まれる。
それが、元からステータスという駒が違うのに、均一のレベルバフで管理しようとすれば、もうどうあがいても差は出てしまうのだ。
あとは、誰にでも魔法を使えるようにしろという要望に応えて、レベルと魔力で魔法を覚えるようにしたのに、それを利用して二重に魔法を使うとか、どうしようもなかった。
生身相手だからこそ、生身に元から備わっているものを禁止する術がない。
「だが、実際にエスカレーターダンジョンが終わったのは、攻略者達の不満が原因ではない」
「では何が原因で?」
「コスト問題だ。レベルに応じて強力なバフをかけ、レベルに応じて強力な魔法を使わせるなんて、ダンジョン側の負担が大きすぎた。攻略者が低レベルの頃は取れていた採算が、完全に赤字に転落するのにそう時間はかからなかった」
「あー、まぁ、はい」
「だからといって、高レベル冒険者は低レベルダンジョンに来るなとは言えないからな。なんのためにレベルアップしたかと言えば、ダンジョンを攻略するためなんだから」
完全に自作自演にしたツケが、早々に回って来たという話だ。
攻略者のレベルによるパワーアップ、魔法やスキルなど、喜び勇んで設定したは良いがどう考えても『コスト問題』を生む。
レベル99の冒険者がレベル1のダンジョンに遊びに来るとかすれば、バフだけで無駄な魔力の垂れ流しは間違いない。
途中で、レベル1には最初デバフをかけて、レベルの中間辺りでバフに切り替わるのはどうだ、などというコスト削減案も出たらしいが、ダンジョンに入ったらいきなり弱くなるなど本末転倒と却下されたとか。
そもそも、既に広まってしまったものをいきなり変えるのは難しい。
「というわけで、エスカレーターダンジョンは惜しまれつつも続々と閉鎖して行き、さてどうなる、となったところで現れたのが『限定ダンジョン』になる」
「通称の雰囲気が変わりましたね」
「実際に、技術的にもかなり進歩したからな。それで限定ダンジョンの話だが──これがどういうダンジョンなのかを説明する前に、もう一つの説明に入る必要がある」
もう一つとはなんだっけ。
良い所で話を止められたドラ子が、不満げに目で問えばメガネは言う。
「アバター再生成式ダンジョンの方だよ」
そして、魔王城のレベルとはなんぞや、を説明するための講義は後半へと続いた。
続いてしまった……
1話で収まるはずだったのに後から説明したい設定が湧いてくる……




