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総合ダンジョン管理術式『Solomon』保守サポート窓口 〜ミミックは家具だって言ってんだろ! マニュアル読め!〜  作者: score


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52 魔王城へようこそ! 1




 普段働いている本社ビルから、電車に揺られることおよそ二時間。

 都心からやや離れた郊外に『魔王城』は存在している。


 外から見れば、その偉容は城を覆う超巨大な壁のみが確認できる。この壁の中に威風堂々たる魔王城と、その城下町、そして数多のダンジョンの入口があるのだ。

 現在地は魔王城の正門前。

 入城を待つ『勇者達』で長蛇の列ができている。


 ここ魔王城は中の城下町である程度生活ができるほど、衣食住が整った24時間経営の施設ではあるが、流石に何日も泊まり込むガチ勢は稀で、基本的には休日などに遊びに来た日帰りの人間が多い。

 故に、電車の時間に合わせて作られる魔王城正門前の入城行列は、魔王城名物の一つであった。

 そんな列に大人しく並びながら、赤髪の少女はぼそりと言った。


「始発電車に乗って来たって言うのに、この暇人どもが」

「お前もその暇人の仲間なわけだが」


 まだ少し眠そうな目を擦るドラ子。先日の牧場研修の朝も早かったが、今日はそれ以上である。

 熱心な魔王城ユーザである白騎士が、楽しむのなら始発から行こうと強く主張したので、その熱意に押される形で皆が寝不足なのであった。


「でも私、子供の頃は魔王城っていうくらいだから、もっと極寒の地の奥深くとかにあると思ってましたね」

「そんなとこ、アクセス悪いじゃん」

「いや、そうですけど」


 そもそも、魔王城というコンセプトを考えて都心に構えるのは流石に難しかったのだろうが、魔王城がアクセスを気にしているのもなんだかなぁ、と思うドラ子である。

 しかし、もっともっと都心からのアクセスが良かったら、始発に乗らなくても充分時間取れたろうにな、とも少し思うドラ子である。


「ドラ子さん、アクセスだけが大きな問題ではないんですよ! この魔王城の地理を紐解くと実はここが様々な地理的条件を複合的に満たすダンジョン一等地であることが分かるんです! 通常ダンジョンはどうしてもその土地の気候的地形的な要素に左右されそれを無視するとなると魔力の非効率的な運用になってしまいますが魔王城は選定に選定を重ねた結果より多くのダンジョンに適した寒暖や乾燥湿潤を無理なく取り込める場所になっておりまして──」

「白騎士。ステイ、ステイ」


 こいつ魔王城のことになると普段の百倍テンション上がるな、とメガネは思った。

 好きこそ物の上手なれとも言うし、ダンジョン関連の仕事をするのであれば、ダンジョン好きなのは悪いことではないのだろうが。


「それにですよ! 始発のこの列に並んでいる瞬間が、一番魔王城に来たって実感しませんか!?」

「えー? 白騎士ちゃん、そこはダンジョンとかで感じるとこじゃないの?」

「もちろんダンジョンも最高ですけど! 今ここで冒険が始まるんだなって感じがあるじゃないですか!」


 眠たげなドラ子とは対照的に、白騎士はお目目ぱっちぱちである。

 というかよく、Solomon製のゴミみたいなダンジョンのお問い合わせを受け続けて、まだキラキラした瞳を保っていられるものだ。

 そう、少し冷めた目線で見ていたメガネとは対照的に、魔王城の城門前で順番待ちをしているもう一人の女性は微笑みながら言う。


「白騎士さんは、魔王城が大好きなんですね」

「あ、はい。すみませんはしゃいでしまって」


 少し照れくさそうにしている二人には、どことなく距離があった。

 白騎士を微笑みながら見つめているのは、攻略サポート部のカワセミであった。

 そして、そんな穏やかな彼女の陰から、もう一人。


「まるで田舎者丸出しだなぁ! 保守サポート部は!」

「ああ?」

「ひっ」


 相変わらず無造作にセットした感じの、鳥の巣のような頭をした男が威丈高に言い放ち、直後にドラ子に睨まれて縮こまる。

 ドラ子はそこで鳥の巣から目を離し、今度は彼を誘ったメガネの先輩をじとりと睨みつける。


「先輩。どうしてこんなシャバ憎も呼んだんですか?」

「カワセミ誘いに行ったらなんか居たから」

「むむむ」

「嫌ならお前が人を集めてくれば良かったんだよ」

「ぐぅ」


 あまり嬉しくない人物が付いてきているとしても、流石に先輩が貰って来たチケットの人選に、ドラ子はそこまで口を出すことはできなかった。

 ましてや、最初に人選を任されたのはドラ子だったのだ。

 ただ、部署というか同期に親しい知り合いが全然居なかったため、人集めに失敗したのだ。


「まさか全員に断られるとは……もしかして、私達新人って嫌われてます?」

「…………」

「なんか言ってくださいよ!!」


 メガネが神妙な面持ちで黙ったので、ドラ子は少し涙目になった。


「蝙蝠さんとか、誘ったら普通に来ると思ったんですけどね」

「蝙蝠さんは……若い頃に魔王城でナンパしまくったせいで、奥さんに『魔王城行ったら殺す』って言われてるからな」

「何やったんですかあの人は……」


 とりあえず、いつもお世話になっているし、いざと言う時の財布代わりにもなると思って誘った蝙蝠からは、二つ返事で断られたドラ子である。


「オペ子先輩もダメでした」

「人ごみ苦手なんだよあの人」

「それは……まあちょっとイメージ通りですけど」


 メガネとほぼ同期である保守サポート部の窓口担当オペ子は、そもそも背が小さくて人ごみが苦手だった。

 よく人の波に飲み込まれる上に、はぐれると見つからないのだ。

 彼女は自己防衛のために、こういう場所にはあまり寄り付かない。


「でもゴブリン先輩にまで断られるとは……」

「ゴブくんは彼女とデートだって」

「へえ、彼女と……彼女!?」


 耳から入って流れていった単語がちょっと信じられなくて、思わずドラ子は聞き返していた。


「ゴブリン先輩彼女いたんですか!?」

「え? うん」

「嘘でしょ……」


 ドラ子にとって、それはまさに衝撃の真実だった。

 衝撃過ぎて、思わず地面に膝を突くレベルである。


「え? なに? もしかしてゴブくん狙ってたの?」

「おぞましいこと言わないでくださいよ。あんなうだつの上がらない、仕事もできない、影も薄い、おまけに生え際も薄い人を狙うわけないじゃないですか。男としてマイナスポイントのバーゲンセールですよ」

「言ってるお前も大概だけどな」


 人格面のマイナスの多さで見ればなかなか良い勝負をしそうなほど、口が悪い後輩に向かってメガネは言う。

 かくいうメガネも、人格面のマイナスでは良い勝負だったが。


「じゃあ何がショックなんだよ?」

「私は期待してたんですよ。こんなゴブリン先輩でも、いつか好きな人ができたら、その人に認められるために仕事に前向きになって、覚醒するイベントが起きるんだろうなって。でももう彼女がいるんじゃそんなイベントないですよ。一生あの適当な回答をしては過去回答を漁った私にダメージを与え続けるんですよ」

「お前この前、ゴブくんの回答丸コピしてゴーレム部長にフルボッコされてたもんな」


 それはどちらかと言えばドラ子の自業自得であった。

 たとえ過去回答で、自分の現在のお問い合わせとそっくりなお問い合わせが見つかったとしても、それがあっているという保証はどこにもないのである。

 バージョンが違えば仕様が変わる可能性もあるし、〆切の関係でかなりやっつけ仕事な回答の可能性もあるのだから。

 あえて言えば、〆切ギリギリ状態での蝙蝠のレビューと、〆切までたんまりある状態でのゴーレム部長のレビューでは、厳しさが三段階くらい違ったりする。


「ていうかお前、ゴーレム部長は誘わなかったんだな」

「流石に平新人が部長を遊びに誘うのはハードルがビルより高いっす」

「そんな常識的なメンタルがあったとは」


 流石のドラ子であっても、心理的にやや苦手な部長を、休日遊びに誘うのは無理なのであった。

 なお、現在のゴーレム部長は家族サービスの真っ只中なので、誘っても来なかった可能性が高い。


「とにもかくにも仕方ない。今日はこのドラ子と愉快な仲間達で勘弁してあげますよ」

「お前は、いちいち態度でかくならないといけない決まりでもあんのか?」


 やれやれ、とあくびをするドラ子に、呆れるメガネ。

 とはいえ、メガネも休日にまで会社の上下関係でうるさく言うつもりはないので、苦笑いで流しただけだった。


「とまぁ、なんだか余り物みたいな言い方で悪いが、カワセミと……後輩君も楽しんでくれると嬉しい」


 誘った手前、メガネはドラ子には見せない努めて柔らかな笑顔で、カワセミと鳥の巣頭に言った。

 カワセミはその笑顔を向けられ、少し照れたようにはにかむ。


「いえいえ、私こそ、こんな休日に誘ってもらえて本当に嬉しいです」

「そうか……いや、いきなり始発集合って言ったから、ちょっと迷惑かけたと思ったんだが」

「ぜんぜん! 先輩に早くお会いできて嬉しかったです!」

「お、おう」


 本当に嬉しそうなカワセミの様子は、傍から見れば白騎士と同じ魔王城が好き過ぎる人のそれであったかもしれない。

 だが、そんな様子を見ながら、ドラ子は勝手に察する。

 その後ろで面白くなさそうにしている、鳥の巣頭の顔からも補強済みだ。


(これはもしや、カワセミ先輩は鬼畜メガネ先輩を憎からず思っているのでは?)


 正直、人の心が備わっているのか怪しいメガネに、聖母のように優しいカワセミは勿体無いとも思えたが、それでも鳥の巣よりはマシだろうと、ドラ子は値踏みまで済ませる。

 なので、ちょっとだけ、助け船でも出そうかと気を利かせてみた。


「ていうか先輩。メガネ先輩」

「ん?」

「休日のプライベートな時間なのに、本名じゃなくて会社名のやり取りなのも変じゃないですか? ちょっと本名で呼び合ってみません?」


 建前がなくとも、ちょっとだけ気になっていたことだった。

 自分たちは今、会社のツテで手に入れた電子パスを利用するとはいえ、休日にプライベートで来ているのだ。

 つまり、普段会社内で使っている『会社名』ではなく、普通に『本名』で呼び合うべきなのではないかと。


「いや、半分仕事で来てるんだからそこまで公私混同はしない」

「えー頭かた」

「あと、万が一お前と本名で呼び合ってるところを、誰かに見られて噂でもされたらショックで死にたくなるし」

「ぶっ飛ばしますよ先輩」


 自分の中でメガネがそういう対象ではないくせに、本人に同じ事を言われるとカチンとくるドラ子だった。





「……くっ」


 そして、公私混同はしないと聞いて、少しだけシュンとしたカワセミに気付いたのは、この場では一人だけだった。


だいたいみんな本社の近くに住んでます

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― 新着の感想 ―
[一言] 前回カワセミさんがメガネさんのことをべた褒めしていたときも思ったけどやっぱり、、、?
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