49 内部依頼『イベントの処理がおかしい』2
一般的に、保守サポート部に来るお問い合わせは一度、保守サポートの窓口へ届けられる。
保守サポート部には窓口業務を行う人員(今は主にオペ子)が配置されていて、窓口に届けられた依頼が対応可能かを確認する。
例えば、既に保守サポートの対応外となった古いバージョンや、明らかに保守サポート向けではない案件、それに契約が有限で既にインシデント数が残っていない案件などは、窓口で止められて、それぞれ処理をされる。
古いバージョンであれば、部長に対応するか委ねて、内容によっては突っぱねずに参考情報を案内したり。
保守サポート部向けでない案件であれば、それとなく他のサポートへ誘導したり。
インシデントが尽きているのであれば、追加で購入するプランを案内したり。
そうやって、大雑把なふるいにかけられた後に、お問い合わせは晴れて回答者へとアサインされる。
たとえどんなクソみたいなお問い合わせだろうと、一応、窓口を通過しているのだ。
だが、そういったプロセスを踏まないお問い合わせも存在する。
それが『内部依頼』──要するに、他部署の案件の最中に保守サポート部に尋ねたいことが発生した場合に送られてくる、身内からの依頼である。
例えば攻略サポート部の仕事中に明らかに不具合くさい何かが見つかったり、営業が顧客に質問されたことを内々で尋ねてきたり、提携先の会社からダイレクトに質問が届いたり、外向けの窓口を介さないで届く依頼はほぼ全て『内部依頼』となる。
「ってことは、魔王城ってウチと提携していたってことですか?」
内部依頼の説明を受けたドラ子が、素直に考えた答えを述べた。
「いや、ちょっと複雑な事情があるんだ。そもそも提携してるなら魔王城がSolomonを使ってることを、もうちょっと宣伝しててもおかしくないだろ?」
「まあ、確かにそう言われるとそうですかね?」
ぶっちゃけその辺は良く分かってないドラ子は曖昧に答えた。
それとは対照的に、白騎士はメガネのデバイスに映されているチケットの件名をじっと眺めていた。
「先輩。この『☆魔王城』って部分の『☆』はなんなんですか?」
そんなマーク付いてたっけ? とドラ子は思うが、見れば確かに付いている。
お問い合わせの件名は『【内部依頼】《☆魔王城》──イベントの処理がおかしい』である。
「その『☆』は、うちのお客さんの中でも『最重要顧客』を示すマークだな」
「最重要顧客ですか?」
「端的に言えば、ウチの中でもデカい契約をしている顧客に付くマークだ。その他にも『○重要顧客』と『▽要注意顧客』もある」
今までドラ子も白騎士も当たったことはなかったが、そういう顧客もいるのだ。
「『○重要顧客』は最重要顧客ほどじゃないが丁寧かつ迅速な対応が求められる上客。反対に『▽要注意顧客』は過去に無茶なお問い合わせやクレームを複数回行って来た注意が必要な顧客だ。『攻略サポート案件』のせいでクレーマー一歩手前まで信頼度が落ちている所なんかもだいたいそれだな」
「ほへー」
自分たちが当たった事がないということは、メガネを始めとした先輩方が処理に当たっていたということ。
少しは仕事に慣れて来たつもりでも、やはりまだまだ新人扱いされていることを知った二人である。
「てことは、魔王城は、うちの中でもやばいくらい重要視されてるってことですよね?」
「そういうことになる。というか保守サポートだけじゃない。今回のお問い合わせは設計サポートから来てるが、設計サポートと攻略サポート、開発部からそれぞれ何人か常駐してるくらい、魔王城は重要なお客さんだ」
「まぁ、あれだけ大きなダンジョンですもんねぇ」
ドラ子自体はそれほどではないが、世間的に魔王城がかなり注目をあつめるアミューズメントダンジョンであることは理解している。
となれば、保守サポート以外の人員が協力していることも頷ける。
攻略サポートは先日聞いた通り。新たに作ったダンジョンのレベル設定などが、適正であるかを確認するためのサポートだ。
本社に勤めている人間達は──少し信頼度に問題があるような面々が多いようだが、最重要顧客のところに常駐しているような面子であれば、真面目な仕事をしているのだろう。
設計サポートとは、ドラ子はあまり関わったことはないが概要は聞いている部署。
顧客が求めるダンジョンの完成形を聞いて、それを実際のダンジョンに落とし込むための、設計をサポートするのが仕事の人達だ。
例えば顧客が『中級者向けの、お宝が目玉のダンジョンを作りたい』と言った時に『階層はこれくらいで、モンスターはこんな感じで、宝はこういう風に設置するのはどうでしょう?』と提案して、実際にそれをダンジョンの形にまで落とし込むのが仕事だ。
保守サポート部に日々送られてくる『なんでそんなダンジョンを作った?』と逆に問いたくなるようなお問い合わせを、未然に防ぐスペシャリスト達と言えるだろう。
そして開発部は……開発部?
「先輩。開発って、主にSolomonの術式の改良だったり改修だったり、新規バージョン開発だったりが仕事の人達ですよね?」
「そうだな」
「なんで提携先? の魔王城に、開発の人を送る必要があるんですか?」
ドラ子の想像では、開発の人間の仕事場はバリバリに本社の研究室だ。
本社以外のどこで、Solomonのメイン術式の開発を行うというのだろうか。
……いや、開発に噛んでる疑惑の強いペンギンさんが、モンスター生産管理部に居る時点で絶対ではないのかもしれないが。
「それは……このあとすぐに説明する。今回の依頼は設計サポートからだ。恐らく、彼らが顧客の要望を聞いて作った筈のダンジョンで、想定外の不具合が起こっているんだろう」
そう言って、ドラ子の質問を一時棚に上げたまま、メガネはお問い合わせを開いた。
──────
『
イベントの処理がおかしい:
先日、魔王城と最近大人気のソーシャルゲーム『スターダストセイバーズ』とのコラボが決定し、現在コラボダンジョンの設計を行っています。
そのダンジョンの設計中、ボスモンスターの出現演出で謎の不具合が発生しています。
内容は、以下の通りです。
・原作を忠実に再現したボス出現の最中、想定では起こりえない光源の強烈な明滅現象が発生し、演出が台無しになっている。
必要な情報等を添付して送るので、事象の発生原因の究明と解決策の提示をお願いします。
なる早で
』
──────
「なんか、割とフランクっすね」
「知らない仲じゃねえからな」
普段のお問い合わせと比較して、いささか大雑把な依頼内容は、流石内部依頼と言った所だろうか。
それでいて、しっかりと設計したダンジョンのデータが一式まとめて送られて来ているので、こちらで調査を行う分には問題無さそうなのである。
「もしドラ子に……いや、せっかくだ。もし二人に時間があるのなら、今回のお問い合わせの検証環境の構築を願いたい」
お問い合わせを読んだドラ子、白騎士の両名に対してメガネは言った。
言われて、ドラ子としては少し拍子抜けした気分であった。
「先輩。今更そんなかしこまってお願いされなくても、検証環境くらいパパパって作りますよ。こう見えてHA環境とかOWS環境とか、苦もなく作り上げた私ですからね」
ドラ子はそう得意気に言った。
実際、最近のドラ子はそういった作業にはもう慣れて来ている。
もともと、保守サポート部にはバージョンごとのテンプレートデータがある。
検証環境の構築は、まず真っ新なダンジョンコアを用意し、根幹術式を確認した後、そのコアにSolomonの各バージョンのテンプレートを呼び出す。
あとは検証に必要な設定情報や、オプションを追加していくのが基本だ。
ドラ子の場合は、HAやOWSの検証で作った環境は、それらのオプションを追加しただけの状態でもテンプレートを残しているので、今後同じバージョンのオプションのお問い合わせがあれば、更に迅速な検証環境構築が可能である。
Solomonの偉大なところは、ダンジョンの設定データがあれば、それを無理なく呼び出せる環境に、同じダンジョンを即座に複製できるところなのだ。
だからこそ、しっかりとダンジョン構築用のデータが添付されている時点で、検証環境の構築など朝飯前のはずなのである。
そう、ドラ子はたかをくくっていた。
だから、なんとはなしに確認した情報で首を傾げることになるとは思っていなかった。
「それで先輩。魔王城が使ってるSolomonのバージョンは?」
「Ver 3.2.4」
「…………?」
ドラ子は聞き間違いだと思って、尋ね直した。
「Ver 32.4ですか?」
「違う。Ver 3.2.4だ」
「ですよね。Solomonの最新バージョンは31.0ですし、32.4なんてあるわけ……?」
そこまで言ってから、ドラ子はようやく先輩の語っている事柄の『意味の分からなさ』に突っ込む。
「いやおかしいですよ! 保守サポートの対応範囲とか良く覚えてないですけど3.2なんて絶対もう対応終わってますよね!?」
ドラ子のツッコミに、メガネは無の表情をした。
だが、ドラ子の懸念はもっともであった。
そもそも、術式というものは日々改良を重ねて行くものである。
その過程で、術式をインストールするハードや、術式というソフト双方の限界というものが生まれてくる。
そうなると自然にユーザもハードやソフトを更新して行く。次第にそのバージョンを使っているユーザそのものの数も減って行く。
そしていつの日か、そのバージョンをサポートする意味が殆ど無くなる時が必ずやってきて、ひっそりとサポート対象外へと移行する。
それがSolomonで言えば、Ver 3.2.4という、ほとんど最初期のバージョンにも当てはまる。
だから、保守サポート部にVer 3.2.4のお問い合わせがくるというのは、はっきり言って有り得ないことであり、窓口を通したとすれば門前払い間違い無しの事柄であった。
「お前の思いはもっともだ」
「……ですよね?」
「だが、これは『最重要顧客』なんだ」
そう言いながら、メガネはドラ子が知らない共有サーバのディレクトリを開いた。
そこにあったのは、びっしりと並んだ、恐らく一般公開などされていない『個別パッチ』の羅列であった。
「魔王城は最重要顧客だ。そして、彼らのダンジョンはこの世界で、一時たりとも『メンテナンスによる停止』を許してこなかった。当然、メジャーバージョンアップなどをさせてもらう時間もとれず、ちまちまとした個別パッチを当てて、色々な機能改善をはかってきた」
ざっと見ても、その個別パッチの数は十や二十ではきかない。
そして3.2.4などという化石みたいなバージョンに、それだけのパッチが適用できるなどという公式情報は存在しない。
「魔王城では、Solomonの本流のアップデートをどうにか適用するために、開発スタッフまで常駐して機能改善用のパッチを作り続けている。その結果、登録上はVer 3.2.4のまま内部的にはVer 3.2.XXXみたいな状態になっている」
いったい、どれほどの機能が、スパゲッティさえも可愛らしく思えるほどの術式で、ぐちゃぐちゃに繋がれているのか。
もはやキメラと化しているであろう、魔王城のSolomonの術式にドラ子が恐れおののいている間に、メガネは更に言う。
「当然、規約上では保守サポート部の正規の窓口でお問い合わせを受けることもできないから、内部依頼として『抜け道』を使ってこちらにお問い合わせを送ってくる。これが、設計サポートからわざわざお問い合わせが送られてくる理由だ」
窓口で弾かれるなら、窓口を通らなければ良い。
シンプルかつ強引な解決法で、この最重要顧客は保守サポート部に助けを求めているのだ。
まぁ、困っているのは設計サポートだけかもしれないが。
「もう一度言おう。もし時間があるのなら、今回のお問い合わせの検証環境の構築を願いたい。どうする?」
その先輩の問いかけに、ゴクリと生唾を飲み込んだのは、果たしてドラ子か白騎士か。
あるいはその両方だったのかもしれない。
ちょっと暫定的な内容なので、もしかしたら後で少し直すかもしれません。




