46 お問い合わせ『土が違う』3
「結論から言えば、顧客かモンスター生産管理部かのどちらかが『嘘』を吐いている」
開口一番、メガネはうんざりした様子でそう言いきった。
先輩の言葉にドラ子は耳を疑った。
「そんなことあります? 顧客の勘違いはまだしも、会社の一部署が嘘を?」
「その部署がクーデターを企てた実績があるのによく信じられるな」
「アッハイ」
言われてみれば、クーデターに比べれば部署が意図的に嘘を報告するくらい些事であった。
「まぁ、顧客だった場合は嘘と言うよりは、勘違いってだけだろうな。その場合は何を根拠に『土が違う』と思ったのかを俺達は知らないし、今は置いておいていい」
「つまり、モンスター生産管理部の方が問題だと?」
「…………ドラ子は仮にモンスター生産管理部が嘘を吐いているとすれば、理由はなんだと思う?」
「ええ?」
そもそも仕事をする上で、嘘を吐く──言い換えれば何かを誤魔化そうとするということは、大抵は後ろ暗いことがあるだろう。
ドラ子で言えば、共有環境の生態系を破壊したときは見て見ぬ振りをしていたし。
それと似た様な事と考えれば。
「ゴーレムの生産に関して、何か重大なやらかしをしたけれど、それを誤魔化すために、今までと変わらないステータスのゴーレムを生み出して素知らぬ顔をしている、って感じですか?」
「ふむ、良い線は突いてるな。だが、少し良い子すぎる」
当たらずとも遠からず、といった雰囲気でメガネは頷いた。
まるで、メガネの先輩には答えが分かっているような話し方であった。
「分かってるなら、もったいぶらずに教えて下さいよ」
「悪いんだが、今回に関しては確定するまで公言するべきじゃないんだ。その代わりドラ子にはやって欲しいことがある」
「はい?」
「隠し機能の使い方教えるから、最新のゴーレムと、そうだな……一ヶ月前くらいのゴーレムが本当に違うものかチェックしてくれ。すぐ済むだろ」
要するに、情報の裏取りをしてほしいということだ。
これで本当にゴーレムが以前のモノと違う場合は、打つべき手段があるのだろう。
「分かりましたけど、あとでしっかり説明してくださいね!」
「ああ。場合によってはなんか奢ってやる。しっかり頼むぞ」
「マジすか! 任せて下さいっす!」
奢りをちらつかせると、ドラ子のやや不満げだった表情が一転して生き生きとしたものに変わる。
あいつこの先、賄賂とか大丈夫かな、と、メガネは割と真面目に心配になるのだった。
──────
「調査終わりました。ばっちり違うものになってました」
「マジか」
暫くして、ドラ子は検証用ダンジョンから戻って来て、あっさりと告げた。
「表面上のステータスには差異はないですけど、魔力サーチの結果としては組成に違いがありますね。なんというか、安物って感じです」
「コスト削減の結果か。ご苦労様」
ドラ子が取得して来たデータを受け取り確認し、メガネは先程までしたためていたらしいメッセージを即座に送った。
ドラ子がメガネのデバイスを覗き込むと、相手はどうやら『モチモチ』のようだった。
──────
メガネ:さっき伝えた情報のデータを添付する。確認してくれ。
モチモチ:データ確認しました。こちらの方でも、ゴーレム生産術式の変更履歴、改竄の痕跡を発見しました。
モチモチ:巧妙に偽装されていましたが、術式が内部で書き変わっているのは間違いなさそうです。
メガネ:それでは、こちらは先程伝えた通りの回答を送る。後は任せる。
モチモチ:把握しました。情報提供感謝します。
──────
「いったい何のやり取りがあったんです?」
「端的に言うと、悪の企みはたったいま砕け散ったということだな」
端的に言いすぎて、その言葉だけではドラ子には伝わらなかった。
だが、メガネの先輩がいつにも増して暗い笑みを浮かべているので、彼の黒い腹の内で、何か面白いことが起こっているのだけは分かったドラ子だ。
「とりあえずドラ子。今回の件に関してはこっちでお問い合わせを引き取ることにする。お前は、俺のチケットの調査に協力してくれたってことで、上には報告しておく。ご苦労だったな」
ぽんと肩を叩かれて、暗にこれ以上は関わるなと急に宣告された形であった。
「うん? えっと、つまりどういうことですか?」
自分がアサインされたはずのチケットの行方が迷子になりかけて、ドラ子は混乱する。
詳しい説明を後でしてもらう話だったはずだが、それはいったいどうなったのか。
「俺が回答書くから、手間かけさせた分だけあとで飯奢ってやる。説明はそん時」
「良いんですよぉ! 先輩! これからもばんばん言って下さいね!」
だが、そんな些細な悩みは、奢り飯の話で綺麗に吹き飛んだドラ子であった。
こいつ本当に大丈夫かな、とメガネの先輩は尚更真剣に心配を始めた。
────
「で、結局どういうことだったんですか?」
食べ放題の焼肉屋にて、網にハラミを広げながら、ドラ子は尋ねた。
あれから、特に目立った動きはないまま、淡々とチケットの処理に戻ったため、これから喰う焼肉の話ではないが消化不良ではあったのだ。
メガネは先程まで育てていた牛タンを収穫しつつ、少し言葉を選んでから言う。
「ドラ子はこの件に関して、モンスター生産管理部が何かやらかしたのを隠すために、こういうことをしたんじゃないか、って言ったよな」
「たぶんはい」
「実際は、やらかしを隠すためじゃなく、やらかしていることを隠すために、誤魔化していたんだよ」
ふむ、と焼けて来た肉を口にしながらも、ドラ子は首を傾げたままだった。
後輩が理解しないのは想定内だと言うように、牛タンをビールで流し込んだメガネは説明を始める。
「つまりだ。モンスター生産管理部はモンスターを召喚するためのコストを上から予算として貰っていて、その予算に従って素材やら術式やらを動かしている。いいか?」
「まあ、はい」
「で、今回のゴーレムは、その貰っている予算よりも低コストで召喚が可能な改良をされていた」
「見えない所で低品質でしたけどね」
「となるとだ、貰っているコストと実際のコストの間で差額が発生するわけだが、この術式の改良を報告せず隠していた場合、差額はどうなる?」
「当然、プラスとして溜まるから──まさか?」
ドラ子もようやく、今回の話がどういうことなのか理解した。
メガネは大きく頷いて、言った。
「つまりだ、モンスター生産管理部の一部が、予算をちょろまかして何かに使おうとしていたのが、今回のお問い合わせで間接的に発覚したわけだ。そして俺はその情報を会社の上層部じゃなく、モンスター生産管理部の知り合いに売った。後は彼女が自分の地位向上のためにその情報を使うだろうし、俺はその裏取引の御礼として、お前に焼肉を奢った」
「うーん、会社の闇……」
つまり、こういうことだ。
予算増額のために裏でコスト削減をしたモンスター生産管理部の一派が居て。
メガネはその秘密を裏取りまでしたあとに、知り合いのツテでモチモチに売り。
モチモチはその情報を使って部内での権力を稼ぎ。
ドラ子はそのおこぼれとして焼肉を食っている。
「ていうか、良く残ってますね、生産管理部。横領の上、品質問題まで発覚したら責任者のクビが飛ぶだけじゃ済まなそうなんですけど」
クーデター未遂をやらかしたにも関わらず減棒で済んでるのも大概だと思ったが、これはこれでやばいだろう。
ドラ子としても極めて常識的に考えた意見だったが、対するメガネは食った肉が喉に詰まったかのような苦しい表情であった。
「……これでもだ……モチモチが入ったあたりから少しずつ状況は改善されていっているらしい」
「それまではマジでどんだけ問題を抱えてたんですか」
なんとなくだが、モチモチが執拗に骨無しペンギンに辛辣な理由が、少し分かった気がするドラ子である。
「それに、部長のペンギン氏はどうしても切れない理由もある」
「それは……?」
「特k──いや会社の闇で詳しい事は言えないが、ある程度の問題行動には目をつぶる土壌はあるというわけだ」
あっ、もしかしてSolomonの術式ってペンギンさんに依存してるのかな?
以前研修でペンギンはSolomonのコンソール無しで召喚を行なっていたが、それは裏を返せば、Solomonと同じことが補助無しでできるということ。
当然、召喚に関わる術式が全て頭に入っていることの証左でもあり、『ゼロから術式を作ることもできる』という話である可能性も、当然ある。
そう思ったが、会社の闇なのでドラ子は何もなかったことにした。
「ま、私には被害が無いから良いですけどね!」
「俺、お前のそういうところ好きだよ」
結局ドラ子としては、良く分からんチケットの対応をしなくて済んだ上に、ちょっとお手伝いしただけでタダ飯が食えたというだけである。
この会社のいろいろとクソな所は脇に置いてしまって、その幸運をタレと一緒に噛みしめるのだった。
※この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件とは一切関係がありません。
少しだけ加筆してます。




