45 お問い合わせ『土が違う』2
メガネ曰く『ゴーレム農家の人』と言えば、その筋ではそこそこの有名人であるとのこと。
『ゴーレム農家』と言ってもゴーレムを農業で生産しているのではなく、ゴーレムで農業を行っているという意味なのだが。
彼の頭のおかしい行いは撮影され、ダンジョン動画配信サイト『Dtube』上でアップされており、これまた少なくない数のファンがいるらしい。
ゴーレムをどばっと召喚して、それらを解体した後に残った土で畑を作ったところから始まり、動いているゴーレムでそのまま農作業をしたり、ゴーレムに川遊びを仕込んで水やりの手間を省いたり、魔力が循環していることを利用して特定の条件下でしか生育しない筈の魔草(魔力を含んだ植物全般を指す)の栽培に成功したり、と、その道では第一人者として知られている。
ついには、ゴーレムから採れた野菜の通販まで開始しているのだとか。
そんな彼の偉いところは、それらの実験を行う前にきちんと保守サポート部に確認を取っているところかもしれない。
偉くないところは、ダンジョン管理術式をダンジョン管理に使っていないところだろうが。
「おっさんのエクストリーム農業なんて見て楽しいんですかね」
「一種の縛りプレイ攻略みたいなもんだろ。ゴーレム農家始める前は『友人が作ったダンジョンの最下層からひのきの棒一本で脱出する』みたいな挑戦を動画にしてたらしいし」
「それはちょっと見てみたい」
後で帰ったら見てみようとドラ子は心に決めつつ、今回の意味の分からないお問い合わせに向き直った。
「つまり今回の『土が変わって困ります』というのは」
「多分土の何らかの組成が変わって、それまで育っていた何かの作物が育たなくなって困っているんだろうな」
「……うーん」
そう言われると、土が変わったことに気付くのも分からなくはなかった。
特に、魔草や聖草といった、いわゆる『普通じゃない植物』は、本当に限られた環境でしか育たない筈だ。
温度や湿度、日光の当たり具合なんてものは当然として、土の水はけだったり、魔力の影響だったり、かなり細かい条件が変わっただけで発芽や生育しなかったりする。
むしろ今までゴーレムで栽培できていたことに驚きだが、そもそもゴーレムで何かを栽培しているのが驚きなので逆に冷静になれる。
そして、冷静になって考えるとだ。
「ゴーレムで野菜を栽培することって、Solomonの想定された使われ方になります?」
「もちろん想定はされてない。こっちとしては、土からできたゴーレムに何か生えてもおかしくはないだろうね、ってくらいの認識だな」
「ですよね」
ドラ子のイメージで語っても、古びたゴーレムが苔むしている程度なら想像の範疇だ。
だから、まぁ、そういうこともあるでしょうねとは思う。
そして、百歩譲って倒したゴーレムが土に還るのなら、その土から植物が生えるのも、まぁ良しとしよう。
だが、その土を集めて畑を作ろうとしたり、そもそも動いているゴーレムを耕して畑を作ろうとするのは、ちょっとおかしい。
迷宮系ダンジョンの内部で、どうしても安定して野菜を栽培したいと思った時に、目の前にゴーレムがいたとしても考えつくか怪しい所だ。
まぁ、それが出来るのなら、勝手に自衛してくれる『かかし』のついた畑と思えば──いやいや、ここで顧客に寄り添ってどうする。
つまりドラ子が言いたい事はこうだ。
「想定されていない使い方に関しては答えられない、って回答しちゃダメなんでしょうか」
「それも一つの手だな。というよりも、基本的な回答はその路線になるだろう」
「やはり」
先程みた過去のお問い合わせを見ていても、なんとなく思ったことだ。
たとえばゴーレムの行動ルーチンだったり、魔力の循環がどうのだったり、そういうゴーレムの『使い方』の質問なら、『仕様の範疇』で答えられることもあるだろう。
だが、ゴーレムから採れた野菜を喰っても大丈夫かと言われたら、『知らない』としか言えない。
だってSolomonはダンジョン管理術式であって、農作物生産術式ではないのだから。
ゴーレムを作る土に、特に問題になるようなものは含まれていない、とは言えても、安全かと言われれば保証はできないだろう。
ゴーレムで採れた野菜の安全性は、サポートの対象外である。
「だが、ここに一つ大きな問題がある」
ドラ子の頭の中でようやく方針のようなものが出来上がりかけたところで、メガネの先輩は沈痛な面持ちで言う。
「我々はそうやってのらりくらりと、農作物に対する責任を逃れて来たのだが……」
「だが……?」
「『聖属性の植物が生えるなら、農作物を作る土壌としての危険性はないと考えます』と答えちゃった奴がいるんだよ」
「…………え」
それは、ドラ子とメガネが今までの話し合いで散々避けようと考えていた『保証』の言葉であった。
そりゃ、毒属性のゴーレム使ってるんじゃないんだから、土壌に関する問題はほぼ百%ないだろう。
だけど、その保証をする根拠はどこにもない。根拠がないから保証などできない。
安全だという保証がないから顧客は聞いて来ているし、保証がないからこちらとしては回答しない。
聞かれても答えられないというのが、ウチのやり方のはずだ。
だって、そういう使い方をして欲しくてSolomonを作っているわけじゃないんだから。
その筈なのに、誰かが『問題無い』と回答してしまった……?
「ちょっと待って下さい。じゃあ仮に、仮にですよ。もし土が変わったと言っている根拠が『聖属性の植物が育てられていたのに、育てられなくなった』のだとしたら?」
「顧客としては『今まで保証されていた土壌』が『保証されていない土壌』に変わったというレベルの、大事だろうな」
「それって言い換えると『公式が今まで暗に認めていた使い方』を一方的に何の通知もなく『公式が否定した』みたいな話になりません?」
「穿った見方をすれば、そうなるな」
もちろん、双方にそんな気持ちはなかったのだとしても。
顧客はただ、本当に、困って尋ねて来ているのだとしても。
それが万が一、お祭り大好きな不特定多数の匿名希望者たちにでも見つかれば。
「炎上案件じゃないですか?」
「可能性はあるな」
メガネの先輩は、ドラ子の逞しい被害妄想を否定はしなかった。
ドラ子の中で、今この瞬間において、このチケットは取り扱い注意の爆発物と化した。
「やばいじゃないですか。いったい誰ですかそんなふざけた回答を提出したのは」
「レビュアーの修正指示を読み飛ばして、訂正前の回答を提出するようなやらかしをするのはいつも、名前は言えないハゲだ」
「あっ」
ドラ子の中で、ゴブリンくんに対する信頼度が下がった。
「とにかく、この件に関しては流石に俺も相談に乗る。まず、お問い合わせを二つに分けよう。前半部分、土が変わった気がするという部分に関しては、事前の告知無しで変わる場合があるが、どのように変わったかはSolomon内部の情報なので教えることはできません、で強引に押し通す」
「詳しい土の中身までは教えないよ、ってことですよね」
「とはいえ、本当に変わってるのかは、俺達は知らないがな」
それを知るには、モンスター生産管理部にメッセージを飛ばすしかない。
土が変わったというのも、あくまで顧客の所感であり、ただの勘違いという可能性もあるのだ。
「それで、困りますって部分に関しては、まぁ、困っている原因によるな。もし、土が変わっていないんなら、そっちの環境を今一度見直せで終わるし、土が変わっているなら、不本意だが一部の内部情報を教えて、変更前の術式でゴーレムが召喚できる方法を、参考情報で案内する感じになるだろう」
「あ、そんなことできるんですね」
ドラ子は知らなかったが、実はモンスター召喚の術式は、特定の変数を組み込んでやれば、調整される前の手順でモンスターを召喚することもできるのだった。
たとえば、ステータスは変化せず召喚コストだけ削減される改善を行った筈が、実際にはモンスターのステータスに問題が生じてしまう事象が発生した場合などは、検証するにも、現在の術式と前の術式で比較できないと困る。
だから、隠し機能として、マニュアルに記載はないがそういった機能は実装されているのだ。
「しかも参考情報だから、相手が保証されていると思っている『聖属性の土壌』で問題が起きても、今後はもう保証外だ知らんで通せる」
「……先輩、やり方が汚いです」
「ゴーレムで農作業する方が悪い」
どうりで、先輩が普段は面倒くさがる参考情報を積極的に回答させるわけだ、と、ドラ子は心中で納得した。
「じゃあ、とりあえずはモンスター生産管理部の方に、ゴーレムの召喚術式の変更があったかの確認ですね?」
「まあ、それで合っている」
「了解です!」
最初は何て答えたら良いのかすら、まるで分からなかったお問い合わせであったが、ようやく道筋が立って、ドラ子は安堵していた。
やる事が明確になれば、内容はほとんど簡易チケットと言って良いだろう。
なんならドラ子としては、もう終わった気ですらいた。
だから、隣で先輩が少し考え込むような、不安げな顔をしていることに気付かなかった。
──数時間後。
「先輩……問題発生です」
「うん」
モンスター生産管理部からの返事を待つ間、ウキウキで仕事をしていた筈のドラ子は、その返事を確認次第やけに神妙な様子で教育係の先輩に声をかけた。
「モンスター生産管理部にお問い合わせしたら、モンスター召喚機能の調整に関しては、日付とリストがまとめられているから、それを確認してほしい、と返事が来ました」
「それで?」
十中八九、想像は付いていながら、メガネは続きを待つ。
そして想像から外れてくれることもなく、ドラ子は言った。
「そのリストを見ても、ゴーレムに調整を加えたという記述が無いんです」
「なるほど」
一転して、事件が迷宮入りした時の探偵助手のような弱気な声を上げるドラ子。
その事実を知ったメガネは──『面倒なパターンに入ったか……』と一人心中でため息を吐くのだった。




