44 お問い合わせ『土が違う』1
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件名:土が違う
差出人:異世界37 契約番号756 新米の種籾
製品情報:Solomon Ver24.4
お問い合わせ番号:20023010022
本文:
最近ゴーレムの土が変わった気がします。
困ります。
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「困ってるのはこっちなんだよなぁ」
思わず心の底からうんざりした声を出してから、赤髪の少女はもう一度、自身にアサインされたチケットを見直した。
うん。何度見てもお問い合わせ内容が書いてない!
このチケットに存在しているのは、土が違うという私見と、困るという感想である。
だからどうして欲しいという点が何一つ書かれていない。
どうして欲しいという要望が無ければ、そもそもなんて返していいのか分からない。
「だいたい、土が変わったからなんだっちゅうねん」
そもそもドラ子は、Solomonで召喚されるゴーレムがどんな存在なのかすら詳しくは分かってないし、土が変わることがあるのかどうかすら知らない。
仮に土が変わっていたとして、いったい何が困ることがあるのかまだ検討もつかない。
つまり、お手上げであった。
「先輩。お手上げ侍です。介錯もうす」
だからこそ、これはもう悩む間もなく隣で忙しそうにしている先輩に頼る他なかった。
そして当然のように、忙しそうにしているメガネは鬱陶しそうに返す。
「お前そんなこと言って、前もどうでもいいチケットの相談してきたじゃねえか」
「いやいや、今回はマジで無理なんですって」
「まず一回自分で考えてみて、それでダメなら相談しろ」
「その一回すら分からないから困ってるんです!」
流石にいつも相談しすぎたかと、若干の狼少年気分を味わっているドラ子であったが、今回はガチのマジで困っていた。
回答方針に困っているどころか、そもそも回答するべきなのかすら分からない。
よしんば回答するにしても、何を答えたら良いのかわからない。
普段は道に迷おうと何も気にしないドラ子でも、迷子の子猫ちゃんばりに全てに迷っていた。
「……はぁ。んな難解なチケットがお前に来るわけ……」
そして泣き落としに折れたメガネの先輩も、渋々と言った形でドラ子にアサインされたチケットを確認し、
「……なんか悪い」
「ほらぁ!!」
ドラ子が言っていることが間違いではなかったことに、ぼそりと謝罪するのであった。
「とりあえず、今回の件については、このチケットだけ見ていても何も分からない」
「はい」
「でも、このチケットに関しては、ある程度、回答前提を置けば答えられないこともない」
「はい?」
ドラ子は、回答できると言われてもう一度お問い合わせを見る。
回答前提を置けと言われても。
「この、お問い合わせ以前のお気持ち表明文にいったいどんな回答をしろと? 相槌でも打っとけば良いんですか?」
「レビュアーに喧嘩を売りたいならそれでも良いが」
「冗談です」
ゴーレム部長とのマンツーマン対応を思い出して、ドラ子は寒気を感じつつ言った。
だが、気軽に回答前提を置けと言われても、ドラ子にはまだそのノウハウがあまりなかった。
ここ、保守サポート部で根本的にやってはいけないことの一つに『お客様のお問い合わせに手を加える』というものがある。
これは、保守サポート側が恣意的にお問い合わせの内容を弄ることがないようにするため必要なことであり、たとえどれだけ盛大に誤字脱字が挟まっていようと、お問い合わせとして理解できるなら、一言一句違わずコピペして回答を書くのが正しい。
だが、それだとどうしても回答が難しくなるお問い合わせというものが存在する。
簡単に言えば『説明不足』なお問い合わせだ。
例えばお問い合わせの本文が『一番はやい魔物を教えて下さい』だったとしよう。
顧客にとっては求めている『一番はやい』がある筈だが、保守サポート側では『何がはやい』のかが分からない。
動きが速い魔物なのか。
または移動が速い魔物なのか。
もしくは成長が早い魔物なのか。
それとも『冒険者に一番に出会うべき魔物』を『はやい魔物』と表現しているのか。
ある程度の推測は立つにせよ、保守サポート部ではどれが正解なのかを断じることはできない。
思いつく限りの『はやい魔物』を全て列挙する、なんて回答の仕方は、あまりにも無駄が多い。
だから、お問い合わせの文章はそのままに、こちら側で『回答前提』を置くのだ。
例えば以下のように。
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■お問い合わせ
一番はやい魔物を教えて下さい
■回答前提
お問い合わせにある『一番はやい魔物』とは、Solomonの標準機能で召喚可能なモンスターのうち『AGI(敏捷性)』の平均パラメータが一番高い魔物を差していると推察しております。
以下は、この前提で回答いたします。
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こうやってお問い合わせのあとに、こちらの理解はこうですよ、という但し書きをつけておけば、保守サポート部の見解としての『一番はやい魔物』を答えることができる。
もちろん、この認識が間違っていればチケットが継続することになるわけだが、流石にそれで継続すれば顧客の方もなにが『一番はやい魔物』なのかを明記することだろう。
そこで条件が明記されれば、改めてその条件にあった回答をすればいい。
回答前提を置くというのは保守サポート部を円滑に回すために必要な『テクニック』の一つなのである。
とはいえ、だ。
「ゴーレムの土が変わった気がしますとか、なんと置き換えれば?」
有り体に言えば、ドラ子には一ミリも何を気にしているのかが分からない。
というか、ゴーレムの土が何でできているのかすら良く分からない。
その土が変わることでどんな影響があるのかも分からない。
思いつくこととすれば、
「ゴーレムの土が変わったってことは、魔法耐性とか物理防御力みたいなステータスに変化があったんですかね」
ドラ子は、モンスター召喚のうち、無機物系モンスターの召喚について意識を巡らせた。
生体がある動物系や植物系などと違って、無機物系のモンスターは基本的にカタログスペックが一定だ。
更にコストを重ねれば特定のステータスを強化することもできる筈だが、基本的にはゴーレムならゴーレム、アイアンゴーレムならアイアンゴーレム、ミスリルゴーレムならミスリルゴーレムの『ステータス』を持ったモンスターが召喚される。
それらの素体は、一度錬金魔法によって素材が作られたあとに、その素材からゴーレムを作るといった工程で生み出される流れだ。
それが、つい最近勉強してきたばかりの、モンスター生産メカニズムだったとドラ子は記憶している。
「ですよね先輩」
「お前珍しく研修でちゃんと勉強してきたんだな」
「先輩は私をなんだと?」
先輩の信用度低めの言葉に食って掛かろうと思ったドラ子だったが、直近でHAとかOWSとかを一切知らなかったのを思い出して、振り上げた言葉の拳は下ろすほかなかった。
「まぁ、普通に考えればそうなるだろう。だが、そういったステータスそのものに変化が現れるような修正が入るなら、Solomonの公式側からしっかりとアナウンスがあるはずだし、基本的にバージョンアップごとの修正になる。そして俺の記憶が正しければVer24.4はずっと最新のマイナーバージョンのはずだ」
では、そもそも土が変わることはありえない、のではないだろうか。
そう思ったドラ子の思考に被せるように、先輩は言った。
「だが、ステータスに影響が出ない範囲の改善──要するに、魔力コスト削減だのといった調整が、モンスター生産管理部の方で行われた可能性はある」
「ああ、コスト削減も仕事のうちなんですね」
知られざるモンスター生産管理部の一面であった。
もっとも、予算の増額を求めて会社にクーデターを起こすようなマッドサイエンティストどもが、真面目にコスト削減に取り組んでいるとは思えないのだが。
と、最近減棒されているらしい変態に思いを馳せつつ、はてと最初の疑問に戻る。
「でも先輩、それだとゴーレムのステータスに変化はない筈ですよね」
「そうなるな」
「では、どうしてこんなお問い合わせが届くんですか?」
今回のお問い合わせは『土が変わって困っている』とのことだ。
だが、ゴーレムのステータスはSolomon側としては、何も弄っていない。
となると、何か不具合のようなものが?
「それなんだが、多分その顧客はな、ゴーレムのステータスとか見てないんだよ」
「え?」
ゴーレムのステータスを見てないってことは、この顧客は本当にゴーレムの土だけを見て、土が変わったと言っているということになる。
その上で、困っている?
「見た方が早いな」
言うが早いか、メガネは過去の回答を検索しはじめる。
ここ保守サポート部には、当然のことながら過去数え切れないほどのお問い合わせが寄せられており、その全ての過去回答をアーカイブ化している。
当然ドラ子も何度となく過去回答を検索して、自分のお問い合わせと類似するものを探しては回答の参考にしていた。
だから、今回先輩が、特定の文言ではなく『差出人』の名前で検索をかけたのがひっかかる。
その答えはすぐに出た。
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『ゴーレムに草は生えますか?』
『ゴーレムを分解した場合の土の変化について』
『動作中のゴーレムを耕しても問題ないでしょうか』
『ゴーレムの水耐性だけを下げる方法について』
『ゴーレムに自動的に水場に浸かるルーチンを組み込みたい』
『魔草をゴーレムに植えた際の動作について』
『ゴーレムから採れた野菜の健康への影響はありますか?』
『ゴーレムに聖属性の魔力を循環させたい』
etc……
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「とまあ、この顧客、ゴーレムで畑作ってるんだよ」
「…………なんじゃそりゃ」
ここに来てようやくドラ子も気付いたのだった。
こいつもSolomonでアホやっている類の人間だったのだと。
 




