42 お問い合わせ『ワープする床を設置したいです』続
通称『迷いの森』機能とは、正式名称を『異相接続』と言った。
これは、ダンジョンに設定するトラップの一つで、大枠ではトラップ機能の一部に入る。
それがどんな機能かと言えば『正しい手順で進まないとその空間を脱出できない』といったものだ。
これは妖精の森だのエルフの森だのをダンジョンとして作る際に人気のあるトラップであり、正しい道順を知ってさえいればなんてことのないダンジョンを、それを知らない場合、一度入ったら出る事すら難しい凶悪なダンジョンに早変わりさせることができる。
やっていることは単純で、ダンジョン内のとある空間を切り取って、始点と終点を設定し、そのパターンをいくつか用意したら、正しいパターンを全て踏めば先に進めるようにするだけだ。
つまりは、一つの区画を十にも二十にも『錯覚』させているだけなのだ。
「この機能を応用すれば、空間の拡張自体は上限に達していても、見せかけの広さを大きくすることはできる。たとえば、ダンジョン内にあるセーフティーエリアを全部異相接続で共通にしてしまえば、それだけで大分空間コストは削減できたりな」
「おおー。なんというか、昔のゲームでメモリ節約のためにマップを使い回しているみたいな姑息な手段ですね」
「否定はしないが言い方ぁ!」
実際に空間節約のために場所を使い回しているので、やっていることは変わらない。
他にも、これがランダムダンジョンであれば、ランダム生成部分と使い回し部分を組み合わせることで、パッと見は広大な広さのダンジョンを自動生成しているように見えて、実際は小部屋を作り直しているだけとか、誤魔化しもできる。
だから、空間拡張以外の方法で実際にダンジョンを大きく見せることは、できるのだ。
「あれ、でも先輩。この機能を丸投げしてあとはそっちで考えろ、って回答すればいいのに、どうして『できないができる』みたいなふわっとした回答になるんですか」
空間拡張はこれ以上できないが、大きくすることはできる。
確かに流れとしては、先輩が先程口走った状況に沿っているとも言える。
だが、ドラ子はそれなりにメガネとの付き合いも長くなってきた。
だからこそ、言い回しが気になる。
そういう状況であれば、彼はきっぱり『できる』と言い張る気がした。
だから、ドラ子の疑問に苦虫を噛み潰したような表情になる先輩が良く分からなかった。
「Ver18.2で何かを思い出さないか?」
「何かって。私はそんなVerごとの違いに詳しくは……」
言い切ろうとして、そのときドラ子の頭に電流が走った。
何か、そう何か、最近大人しかった『何か』がちらりと脳を焼いたかのような。
忘れてはいけない、封印されし邪神のような『何か』が。
「Ver18.2……」
そして、少し考えただけですぐにその正体に思い当たった。
「ミミックですか」
「そうだ」
Ver18.2は、ミミックがトラップ機能の一部だった最後のバージョンだった。
それは即ち、ここまでやってSolomonの開発チームがミミックの改修を諦めた最後のVerでもある。
つまりは、ここが、終点なのだ。
「これまでイベント関連機能で数多くの致命的な不具合を引き起こして来たミミックだったが、それはこの異相接続においても存分に猛威を振るってくれる」
「聞きたいけど聞きたくないですね……」
「まあぶっちゃけると、ミミックを下手に設置すると、異相接続がバグるんだよね」
「迷いの森難易度『アルティメット』じゃないですか!」
正しい道順を知っている者すら惑わす、究極の迷いの森の誕生であった。
それからドラ子は、導かれるようにその不具合チケットを確認する。
『
不具合番号:68329
不具合概要:異相接続した空間にミミックを配置すると接続の設定が正しく反映されない場合がある。
発生バージョン:Ver18.2.4以前
内容:
とある空間にトラップ機能の『異相接続』の設定をしている場合、その空間内にミミックを配置すると『異相接続』の設定が正しく反映されず、想定していない通路と繋がる場合がある。
その場合、通路は『異相接続』の出口のいずれかのうち、より『ダンジョンの浅い階層』のどこかが選択される。
──中略──
備考:
当不具合は現在修正対応中。
』
「先輩、この不具合は現在修正対応中らしいっすよ」
「その進捗が流れて来たことはないがな」
つまるところ、放置であった。
そんな放置して大丈夫な不具合には到底思えないのだが、放置であった。
「どうしてこんな重大な不具合が放置されているんですか?」
「発生条件のミミックが、森系ダンジョンとは微妙にずれているから、あまり大きな被害を生んでないのが原因だろうな」
少し考えて、ああ、そうか、とドラ子は納得した。
「確かに、迷いの森の中に、あんまりミミックがいるイメージないですもんね」
「大抵のミミックは迷宮系のダンジョンに住んでるからな。もちろん絶対とは言わないが、少なくとも迷いの森にはあまりいないだろう」
そもそも、宝箱自体が自然環境系のダンジョンの中には、あまり馴染むものではない。
もちろん、その辺りは世界観ありきの話なので、結局はダンジョンマスターのセンスによるところだが、とりあえず、この異相接続が本気を出す系のダンジョンでは、大きな問題は発生していなかったのだろう。
だから、修正対応の優先順位が低くて、いつまでも終わっていないのだ。
「だが、今回のチケットに関しては、この不具合が致命的なダメージを与える可能性を否定できない」
「話を聞いている限りだと、バリバリの迷宮系ダンジョンっぽいですもんね」
「だから、Solomonの機能上は出来ると言いたいし、実際にできるんだが、保守的にはできないとも言いたいし、正直回答で詳しい説明もしたくない」
「いつぞやの運用で対処してくれ、系の回答になりかねないですかね」
Solomonを使ってスーパーマーケットを経営していた、どこぞの誰かへの回答を思い出しながら、ドラ子もややうんざりした気分で言った。
流れとしては『異相接続を使えばできないことはないけど、こういった条件で発生する不具合があるので、メインVerを上げるか、条件を見極めて使ってね』となるだろうか。
「基本はそんな感じだろうが、ドラ子、くれぐれも、回答に気をつけて欲しいことがある」
「はい?」
いつもの先輩よりも、さらに厳しい物言いを感じて、ドラ子は少し居住まいを正す。
不具合関連の回答は、結構気を付けるのは当然だが、それよりもさらに重いプレッシャーを感じた。
ややあって、メガネはがしりとドラ子の肩を掴み、圧力をかけながら言った。
「良いか。今回はできるだけ、バージョンアップを積極的に勧めろ。間違っても『個別パッチで対応して欲しい』みたいな返事が来るようなことは避けるんだぞ」
「必死じゃないですか」
「こんな前のバージョンの不具合なのに、修正対応が終わってないってことは、優先順位もあるだろうがそれだけ面倒な不具合ってことだぞ。もちろん、顧客が望むのなら俺達は対応する義務があるんだが、そうなった場合、最悪開発チームはかかりきりになる。そうなると他の開発や不具合対応も止まる。下手をすれば他の部署にまでしわ寄せが来る」
「そんな大袈裟な」
「まだオペ子が回答作成していたとき、俺達は同じような状況で二週間帰れなかったことがあった」
「…………」
先輩のマジ顔を見て、ドラ子の背筋に冷たいものが走った。
プレ新人歓迎会で見た、先輩方の死んだ目を思い出す。
そうなると、能天気なドラ子をして、大袈裟なと笑い飛ばすことができなかった。
「わ、分かりました。頑張ります」
先輩の目力に気圧されて、ドラ子は頷く。
これもまた一種のパワハラであろう。訴えれば勝てるかもしれない。
だが、新人で下っ端であるドラ子は、その圧力に屈するしかないのであった。
「ところで先輩。本番の新人歓迎会ってまだなんですか?」
「……………………すまん」
しばらくして、ドラ子の向かいの方のデスクからは、ポンポンとDM連打の音が聞こえて来た。
比較的下っ端のゴブリンくんもまた、飲み会を催促する上司の圧力に屈するしかないのであった。
回答のほうも体感今日中には




