03 お問い合わせ『モンスターが勝手に全滅します』
『
件名:モンスターが勝手に全滅します
差出人:異世界2421契約番号3──博愛主義異形生物
製品情報:Solomon Ver26.0
お問い合わせ番号:20019021302
本文:
いつもお世話になっております。この度は貴社製品のモンスター召喚機能について質問させていただきたくお問い合わせいたしました。
貴社製品Solomonを利用してダンジョンを作成しており、基本的な部分に問題はないのですが、召喚した一部のモンスターに何らかの問題があるようです。
何故か、召喚してより一週間程度が経過すると個体数が極端に減り始め、二週間程度で勝手に全滅してしまいます。
現在、一週間に一度召喚を行い直す設定を組んでいるため表面上の問題は発生しておりませんが、今後続くと考えると魔力消費の無駄となるため早急な対応を必要としています。
そのため以下、二点をお伺いいたします。
問い1:現状は貴社製品Solomonの正しい動作上起こりうることか。
問い2:正しい動作上起こりうる場合、どのように対処すればよいか。
情報として、弊ダンジョンで行っている設定等の情報を送ります。
早めの対応をお願いいたします。
』
「ふーむう」
とある日のお昼前のことである。
頭から二本の立派な角を生やした少女がデバイスに向かって唸り声をあげていた。
「さっきから何うなってんだよ」
「あ、先輩」
それを見かねた、というよりは聞きかねた眼鏡の青年が少女に事情を尋ねた。
青年の記憶では、少女は現在、また一件の簡単なお問い合わせに対応していた筈だ。
「このチケットなんですけど」
「あれだろ、モンスター系のお問い合わせの奴」
「はい」
言いつつ、少女は改めて自身にアサインされたチケットを青年に見せた。
Solomonを用いて召喚を行った実体モンスターが、何も設定していないのに全滅するという内容である。
そのお問い合わせを見てから、眼鏡の青年はつまらなそうな目で少女へと再び問う。
「で、これがどうかしたのか?」
「いえ、貰った情報見たんですけど、特にモンスター召喚の設定等が間違っているわけじゃなさそうなんですよね」
言いつつ、少女は顧客から送られてきていた情報一式を展開した。
総合ダンジョン管理術式Solomonには、様々な不具合や設定の不備による問題を解消するために、ダンジョンの情報を取得する機能があらかじめ備えられている。
基本的なところで言えば、メイン術式の動作ログや、各種機能を利用した際の履歴情報、各種設定情報、監視管理機能を設定している場合はその情報、といったものが特別な設定を行わなくとも取得可能だ。
そして現在、ドラゴン少女はその内の各種設定情報から、モンスター召喚機能の設定を確認していたところだった。
だが、少女の見た限り、召喚の設定が間違っており、モンスターの寿命が一週間になっているようなことはない。
ごくごく普通に、モンスターを実体で召喚しているだけで、その後のログを見てもその召喚したモンスターが何故か一週間程度で死んでしまっているのだ。
「モンスター召喚の設定は間違って無いですし、というかそもそも、実体で召喚したら細かい寿命設定とかできない筈ですし。となると、一週間で死ぬっていうのは原因が分からなくて」
「……その、問題が発生している魔物、魔力形成じゃなくて、実体のほうなんだよな?」
「はい。だから設定寿命で死んでるってことはないはずなんですけど」
そもそも、Solomonがサポートしているモンスター召喚の形式は大きく分けて二種類ある。
一つは実体を持ったモンスターをそのまま喚び出す『実体召喚』
そしてもう一つは魔力をベースにしてモンスターを作り出す『魔力形成』だ。
前者はそのまま、生きた魔物をポンとダンジョンに召喚する方式である。
もとが生物(生き物ではないものも居るが『ナマモノ』)なので、毛皮や牙などのドロップアイテムはそのままドロップする。というか、倒せば死骸が残るし、傷付ければ治癒には時間がかかる。文字通り生きている魔物だ。
召還時に魔力を消費すれば、その後、ダンジョンコアから魔力を供給しなくとも生きていけるため、基本的にランニングコストは安い。反面、実際に生きているため、ある程度以上の干渉をダンジョンマスターが行うのは難しい側面がある。
後者は、術式で定めた通りに魔力で魔物を一から作り出す方式である。
もとが魔力であるため、ドロップアイテムなどは加工しない限りは魔力の塊。倒した場合も自動的に魔力はダンジョンに吸収され、傷の治癒なども魔力を込めればすぐに終わる魔法で作られた生き物だ。
召還時に魔力が必要であり、その後も定期的に消費した魔力をコアから補充してやる必要があるが、パラメータの自由度は大変高く、命令には非情に忠実であり、命令違反などを起こすことはまずない。
そして、今回顧客がお問い合わせをしているのは、実体召喚で喚び出された魔物である。
割と人気の狼型の魔物で、亜種等を含めれば序盤から終盤までコンスタントに活躍の場があるメジャーなモンスターだ。
そう、狼型の魔物である。
少女のあまりにも真剣な悩み顔に、青年は自分が何か見落としたのではないかと思い、今一度顧客の情報を見た。
モンスター召喚の設定情報より、顧客が管理しているダンジョンで召喚している動物型のモンスターは、件の狼型の魔物のみ。
その他は非生物型のモンスター数種類と、昆虫型のモンスターが数種類。
問題が発生しているのは、この狼型の魔物のみである。
それから、顧客から送られてきているダンジョンの環境情報を見てみるが、特に捻ったところのない、植物自生型の森林系ダンジョンだ。
さっと自然系統の情報を参照しても、先の狼型以外の魔物が自然に発生している様子はない。
そう。この森に住んでいる動物系の魔物は、この狼型の魔物のみなのだ。
そして、自分が間違っていないことを再度確信してから、青年は答える。
「いやお前、これ、死ぬの当たり前だろ」
「えぇっ!? な、なんでですか!? だって召喚の設定になんの不備もないですよ!」
「そりゃ召喚に不備はねえけど、それ以前の問題でだな」
青年は今回提供された顧客の情報のうち、召喚を行っている魔物の種類を、わざわざ分かるように表示する。
「肉食型のモンスターだけ召喚して、その餌となる生き物を何も召喚してないじゃん。そんなん一週間もすりゃ餓死するに決まってんだろ」
それこそが、シンプルかつ決定的な答えであった。
実体召喚を行う際の注意事項として、マニュアルにも書き添えてあるのだが、たまにそれに全く気付かずやらかすお問い合わせが届くことがある。
実体召喚は生きた魔物を召喚するのだから、その魔物を生かすためには、その餌となる生き物や、餌の餌となる動植物などが必要不可欠なのだ。
勝手に魔物が死ぬ系統のお問い合わせのうち、およそ四割は餌を忘れての餓死である。
魔物を自然に繁殖させるような生態系プランについても、デフォルトの参考値をSolomonでは公開している。
それでもあまりにも問い合わせが多いので、モンスター毎に餌となる魔物を提案する補足機能も存在しているのだが、魔力コストも相応にかかる為、無視されているのではないかというのが、一般的な保守サポート部の社員達の見解である。
だが、そんな当たり前に驚きの声を上げたのは、ドラゴン少女であった。
「えっ!? 狼型の魔物って餌が無いくらいで死ぬんですか!? ちょ、あはは、脆弱すぎてウケるんですけど! まじすか! 食うもんないなら魔力内燃させてエネルギー作り出せば良いのに、死ぬとか! くくふ、そんなんドラゴンの前で言ったら大ウケ間違いなしですよ!!」
青年が全く想定していなかった箇所で、ドラゴン少女が盛大に笑い出した。
「え? そこ? いや常識、だろ?」
「……マジすか? 食事は娯楽っていうのがドラゴンの常識ですけど。だって忙しいとき、いちいち食べるとか面倒じゃないですか? 栄養の外部摂取が必須とか、非効率的過ぎますよ。体内で作れば良いわけですし。なんのために魔力って万能のリソース持ってるんです?」
「食事の代替させるために、魔法覚えたわけじゃねえな……」
言いながら、青年は今一度問い合わせを確認した。
問い合わせ主である『博愛主義異形生物』さんは『召喚したモンスターに何らかの問題がある』と考えて問い合わせている。
その意味では、きっと、正しいのだ。
Solomonで実体召喚したモンスターは、餌を必要とする『問題』があり、それをこの問い合わせ主は理解していないだけなのだ。
「……なるほど。そうか。そういや、そういうタイプもいるんだったな」
「ええ? いやいや、先輩なに一人で納得してるんですか」
「俺もうっかりしてたわ、自分の常識に凝り固まってて顧客の理解が進んでなかったなと」
何故こんな初歩的なやらかしが多いのか。
その原因を、今一度ベテランと言って差し支えない青年は胸に刻んだ。
ドラゴンのような高位の種族は、別に食わなくても生きていける。
何も食い物がなさそうな洞窟の最深部で、のんびり財宝を眺めるだけの生活ができるのもそのおかげだろう。
そうであるが故に、そういう存在がダンジョンを経営しようと思ったとき、食事の重要性に気付かないのはある意味では必然なのだ。
自分の常識が、世界の常識であるとは限らないように。
魔物が餌を必要とするという常識は、ダンジョンマスターの常識ではないかもしれないのだから。
「分かった所で、Solomonの魔物は餌を必要とする。これが仕様に違いはない。だから回答に変化はないんだけどな」
まぁ、相手側の事情を多少知ったところで、出来る事は変わらない。
相手の常識はともかく、Solomonではこうである、という回答を押し付けるのが保守サポートの仕事であった。
博愛主義なら異形生物だろうと、モンスターのことを良く考えろというものだ。
「じゃ、そういうことで、普通にマニュアル案内すれば終わりだから」
「了解です。でも先輩、ちょっと回答の文章とか確認して貰っていいですか?」
「なんで? 明らかなマニュアル案内の簡易な文だと思うけど」
「いえ、ちょっと食事が生きるのに必須とかいう、脆弱な下等生物の事情をしっかり理解できてないので、私の文章で伝わるかなと」
本当に、このドラゴン少女に悪気はないのだろう。
たとえサラッと人間を見下している風なニュアンスを感じたとしても、この少女に嫌味を混ぜて会話するほどの思考能力は存在しない。
そう思って、青年は一度、大人な対応を心がける。
「……まぁ、それくらいなら構わないが」
「ありがとうございます。いやぁ、先輩が食事に関しての進歩が遅れに遅れている、原始的生物に理解があって助かりました」
「……………………」
悪気はないのだろうが、二度目は流石にイラッとした青年であった。
「それはそうと、てめえ今日から昼飯誘ってやらねえからな」
「なんで!? 社内イジメ反対なんですけど!?」
「食わなくても死なねえんだろ」
「心が死にます!」
「あ、良い時間じゃん。じゃ、お先昼いってきまーす」
「先輩待っでえええええ! 一人にしないでええええええ」
入社以来の度重なる忙しさと、ナチュラルな他種族見下し台詞により、実質社内ぼっち寸前のドラゴン少女の、魂付近からの言葉であった。
仮に、このお問い合わせをしてきた『博愛主義異形生物』氏が、ドラゴンと同じ様に食事を取らなくても大丈夫な種族であっても。
ダンジョンで暮らす魔物達の心のケアの意味でも、食事の重要性を学んで欲しいものである。