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総合ダンジョン管理術式『Solomon』保守サポート窓口 〜ミミックは家具だって言ってんだろ! マニュアル読め!〜  作者: score


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38 昼休憩『チケットの〆切について』


「先輩。私一つ疑問があります」

「なんだ?」


 それは、近所の蕎麦屋でとある男女が昼食を食べているときのことだった。

 お互い、値段それなり味そこそこの蕎麦を啜っていたところで、かけ蕎麦のスープを飲み口休めの漬け物を齧った、後輩の赤髪女子が言う。


「ウチのSolomonって、なんでも、モンスター召喚のときに時間遡行術式とか組み込んでるらしいじゃないですか」

「ああ。研修で習って来たのか」


 少し豪勢に天ぷらを付け合わせたざる蕎麦を注文した男性は、少しだけ食べる手を止めて後輩の言葉を待つ。


「それで思ったんですよ。なんで時間遡行術式を使って、うちらのお問い合わせの〆切を伸ばせないのかと」

「…………」


 そう言ったドラ子の瞳は、少し涙目であった。

 つい先日の研修の余波のせいで、ここ最近の忙しさが身に染みたのだろう。


 繰り返しになるが、保守サポート部は基本忙しい。

 その忙しさは、Solomonの普及具合や不具合の多さに由来するものだ。

 特に不具合と目されるお問い合わせの場合、回答ができるかも分からないお問い合わせを受理して、それを〆切三日で回答するというのは、結構な精神的負担なのだ。

 それを、別の部署では間接的にとはいえ『時間遡行術式』──言うなれば『〆切を無視できる術式』を使っているとなれば、思う所もあるだろう。

 だが、男性の答えは簡潔だった。


「理由は色々あるが。一言で言えば法律で禁止されている」

「…………なぜ?」

「理由は色々あると言っただろう。俺だって詳しいわけじゃないぞ」


 そう言って煙に巻こうとするも、後輩は尚も潤んだ目をしていた。

 よっぽど、この後に控えている〆切が苦しいらしい。

 はぁ、と小さくため息を吐いて、メガネは箸を置いた。


「じゃあ、簡単にシミュレーションしてみようか」

「はい?」


 後輩にも分りやすいように、と、メガネの先輩は少し伝え方を考える。

 その結果、自分で実感させるのが早いと判断した。


「例えば、お前が保守サポートを行う会社の社長だとしよう。ドラ子株式会社だ」

「私が社長ですか。近年稀に見るホワイト企業ですね間違いない」

「……そのドラ子株式会社は、社員達がかなりギリギリでお問い合わせを処理していた。そんな折に、念願の『時間遡行術式』を手に入れた。お前はどう思う?」

「これで、〆切なんて気にしないで良くなるぞー、みたいな?」

「……ドラ子ブラック株式会社」

「いえ、ドラ子ホワイト株式会社です」


 ドラ子の短絡的な思考が、あまりにも想像通りでメガネの先輩は思わず鼻で笑いそうになった。


「まあ、良いだろう。とりあえず、時間遡行術式のおかげで、多少は無理な数のお問い合わせが来ても回せるようになったとしよう。というか、時間遡行すれば一日二日どころじゃなく、いくらでも〆切が伸ばせるよな。じゃあお前はどうする?」

「どうする? とは?」

「案件を二倍にすれば、会社の利益も二倍に……いや、人件費が変わらないなら三倍にも四倍にもなるかもしれないぞ。どれだけお問い合わせが増えても、時間遡行すれば絶対に〆切を破る心配はないんだしな」

「えーと、それなら、気にせず、どんどん案件を取ってくるかも?」


 少し悩んでから答えたドラ子に、メガネは冷めた目で言った。


「今お前の会社潰れたぞ」

「!?」


 唐突なたとえ話で、何のリスクも無かった筈なのに、気付けばドラ子の会社は倒産していた。

 どういうことだ、と目で尋ねてくる後輩に、メガネは話を続けた。


「仮に時間遡行で〆切の心配がなくなったとしても、人間が一日で捌ける量は限界がある、それはお前が一番良く分かっている筈だ」

「……そうですね」

「しかし、〆切の心配がなくなったと営業が無限に案件を取ってくれば、一日で捌ける量を超えた案件の分だけ、積み重なって行くよな。それこそ、一日二日じゃない、一ヶ月、一年、十年後まで案件の予定が積み重なるかもしれない。しかも同じ世界でそれをやっていると、自分が答えた覚えのない回答の継続お問い合わせまで来るだろうな」

「え? ちょっと待って下さい、それってどうなるんですか?」


 自分が回答した覚えのないお問い合わせの、継続お問い合わせと言われてドラ子の頭はこんがらがった。

 所謂タイムパラドクスというやつだろう。


「その辺は時空魔法専門家が詳しいんだが、それを認識した瞬間世界線が分岐する、らしい。だから、時間遡行術式を使う場合は、それを送った相手以外にはどうあっても認識できないプロテクトまでかけるのが一般的だな。それを怠って勝手に時空分裂させたら犯罪だとか」


 知らなかった法律がまた一つ出てきたが、そんなことよりドラ子ホワイト株式会社の危機についてだった。


「話を戻すぞ。つまり、ドラ子株式会社はな『一人が一生かけても捌けない仕事』を沢山請け負った結果『一つの会社が潰れるまでかけても捌けない仕事』を抱えてしまったんだな。これはどういうことか分かるか?」

「分かるかって言われても、時間遡行できれば仕事は無限にできて、でも、一生かけても捌けなくて……???」

「結論から言うと、そこまで時間を弄ぶと、因果が逆転して未来から過去に崩壊の波が訪れる……らしい」

「らしい?」


 らしい、というのは、なんとも曖昧な言い方だった。

 先輩が専門でないにしても、ここは特に自信の無い言い方である。


「というのもだ。実際に俺が例えに出した事をやって潰れた会社が過去にあったんだ。でもその会社が、どうして潰れたのかは誰にも分かってない」

「え?」

「ある日、忽然と、何の前触れも無く会社が消滅していたらしい。めちゃくちゃ大量の、未処理の案件を抱えたままな」


 時間遡行術式の話を聞いていたと思ったら、いつの間にかホラーの話になっていた。

 ドラ子は、そんな恐ろしい考えを振り払って、前向きに言う。


「で、でもですよ。そんな無限の案件とかじゃなくても、ちょっと〆切を破ったときにだけ、少しだけ遡行させて貰うとかでも良いじゃないですか」

「ドラ子社長。じゃあ、ギリギリのもう仕事は請けられないって時に『二倍の金を払うから頼む』と言われたらどうします?」

「う……でも、二倍くらいじゃまだ」

「接待で焼肉食い放題も付けます」

「請けます! ……はっ!?」


 ドラ子は、ありもしない焼肉の誘惑で、自分があっさりとキャパシティオーバーの案件を請けてしまったことに愕然とした。

 メガネもあまりにも意志の弱いドラ子にビビったが、それはそれだ。


「結局、どのくらいなら大丈夫なんてさじ加減は誰にも分からない。分かっているのは、限界を越えたら、抵抗する間もなく破滅するということだけだ。だから、この世界の法律では許可のない時間遡行術式の商業的利用は全面禁止となっている。もちろん、今回言った理由だけじゃなくて、もっと色々理由はあるんだがな。魔力とか」


 そして、安易に〆切をどうにかしようとした後輩を窘めるように言って、メガネは自分の蕎麦に戻った。


「分かりましたよ。諦めますとも。あ、おかわりください」

「それでいい。あと何杯喰うんだよ」


 ドラ子もドラ子で、軽い気持ちで言った話が、割と重い結論に至ったことを気にしつつ、おかわり三杯目のかけ蕎麦に挑む。

 結局、自分には救いの無い話であった。


「まぁ、どうしてもって場合は、一応ウチも年に何件までならって条件で、許可申請は出してたと思うけどな」

「え!?」


 落としてから上げるような展開に、思わず目を輝かせたドラ子の前には、呆れた顔のメガネが。


「嘘だ馬鹿野郎。そんな期待をするくらいなら、もっと処理能力を身につけろ。あと麺伸びるぞ」

「…………こんのぉ」




 そして、また涼しい顔で蕎麦に戻った先輩に、後輩は恨みがましい目を向けるのだった。


お問い合わせの前に、少し考えてたことを挟みたくなりました。

あまり深くは考えてないので矛盾があると思いますがご愛嬌でお願いします。


次の更新は、体感水曜日までに。

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