36 継続お問い合わせ『収束値とはどういったパラメータか教えて下さい』
──────
ご回答ありがとうございます。
ご提示いただいたURLよりマニュアルをダウンロードしたのですが、そちらの方でも結局どういったパラメータなのかは良く分かりませんでした。
よろしければ、このパラメータの上下によりどのような影響が出るのか教えて頂けると幸いです。
──────
「嘘吐け絶対読んでないだろおまえふざけんなよおまえマジ」
朝一で届いていた、継続お問い合わせの本文を読んだドラ子は、死んだ目で呟いた。
だが、相変わらず涼しい顔で自分のチケットを片付けていたメガネは、そんな後輩の発言に待ったをかける。
「いや一概にそうとも言い切れないぞ」
「と言いますと?」
「俺も気になって、空いた時間にOWSのマニュアル読んだんだけどさ」
「読めるんですか!?」
「……あー、まぁ」
ドラ子の驚きポイントは、そこだった。
自分の時間をいくらか犠牲にした先輩への、感謝的なサムシングは驚きについて来れなかった。
「とりあえず、その『収束値』についてのOWS公式の説明、の翻訳がこれな」
ドラ子は自分のデバイスに送られて来たメガネからのメッセージを確認する。
『収束値は、ダンジョンの収束に関連する値です。数値が小さくなるごとにダンジョンは収束します』
メッセージを読んだドラ子は、再びダンと机を叩いて頭を抱えた。
「何も変わらない……」
「いや良く読め。値が小さい方がより収束するってことは分かっただろ」
「そもそもだから何が収束するんだって話なんですけど!」
顧客も流石に『値が小さい方がより収束します』と付け加えたところで『だから収束ってなんなんだよ』という返事が変わることはあるまい。
「いっそのこと、もうサービス対象外って突っぱねるのはダメなんですか」
「まぁ、このパラメータについて深堀りされたらそれも視野には入るな」
ドラ子の提案に一部頷きつつ、だが、と言ってメガネは否定を返す。
「根本的な問題はこれをSolomonが『弄れるパラメータ』として大々的に実装しているところだ。つまり俺達の側から『このパラメータ使ってね』と遠回しに言っているのと一緒な。だから『実はこのパラメータの使い方分かりません』と俺達が馬鹿正直に答えるのは、かなり不味い」
それもそうか、とドラ子は納得したくないのに納得せざるを得なかった。
術式を作ってる側が、これはなんなのか分かりませんと答えたら『じゃあなんで付けてんだよ』というあまりにも当たり前の返事が返ってくる。
それこそ、クレームものかもしれない。
詳細についてはOWSの管轄としてぶん投げるにしても、簡易な説明は自分たちの役目だろう。
「だから、やる事は決まってる」
眼鏡は、いつもは比較的突き放す目をしているにも関わらず、今だけは少し優しい目をして、ドラ子の背中をそっと押した。
「OWSのアカウントとって、OWSオプション入れて、実際に『収束値』のパラメータ弄ってどんな影響があるのか、調査してこい」
「…………マジすか?」
「ああ、マジだ。大丈夫、簡易なダンジョンなら無料で作れる契約だから、ウチ」
「……ふぁい」
そして、いつぞやのHAオプションの時と同じように、ドラ子は半泣きになりながらOWSオプションの環境構築を行うことになったのだった。
OWSオプションの環境が構築できたときには、時計は天辺を回っていたのだった。
「先輩、ようやく分かりました。収束値の意味が」
「おう、お疲れ」
そして、ああでもないこうでもない、と散々頭を捻っていたドラ子が、すっきり晴れやかな顔を浮かべたのは定時も間近という時間帯であった。
その間、ドラ子はデバイスと旅の扉を行ったり来たりしながら、ひたすらに数値を弄っては試し、弄っては試しのダンジョンアタックを行うハメになっていた。
「で、結局どんな値だったの?」
「ええー? 先輩気になります? どうしよっかなぁ、これでも私結構頑張ったからなぁ、お腹すいちゃったなぁ、気になるなら教えて上げてもいいけどなぁ」
「焼肉食い放題奢ってやるから」
「しゃっ!」
ドラ子は先輩の言葉にガッツポーズをした。
メガネは、これから行く焼肉店に心の中で合掌した。
「それで、収束値はなんだったの?」
「ざっくり言うと、ランダムのランダム性の大小を決める値です」
「共通語でおk」
「ばっちり共通語ですけど!?」
その後もドラ子の話をかいつまみながら、メガネは収束値について理解した。
「なるほどね、ランダムダンジョンを生成する際に、どれだけ幅を持たせるかの『統括的』なパラメータね」
ランダムダンジョンをどれだけランダムにさせるか、それが収束値の役割だった。
まず、Solomonにはランダムダンジョンを生成する機能がある。
ランダムダンジョンは簡単に言えば、入るごとに姿を変えるダンジョンの総称であり、単純な洞窟よりも難易度の高いダンジョンになりやすい。
通路、罠の配置、モンスターや宝箱、更には下に降りる階段の位置などがランダムに決定され、過去のマッピング情報が役に立たないなど、探索者の対応力が試される。
通常、Solomonでランダムダンジョンを作成する際には、階層ごとにある程度の数値をそれぞれ設定する必要があるのだ。
例えば広さは何㎡から何㎡まで、敵モンスターは何体から何体まで、宝箱は何個から何個まで、罠の種類やら昇り降りの階段までのフロア数まで、完全ランダムというわけではなく、最小値から最大値までを決めて、あとはその範囲で適当にといった具合だ。
一度しっかり作り込めば、あとは大した苦労もなくダンジョンが自動生成されるのは楽だが、同時にその最初の手間が激しく面倒というのもある。
そんな面倒な作業に終止符を打たんと用意されたのが、OWS側の収束値というパラメータだった。
これは、基準となる数値を決めて、あとはそこからどれだけ『ブレさせる』かというだけのパラメータだ。
広さは何㎡で収束値『5』、敵の数は何体で収束値『9』、宝箱は何個で収束値『2』とか、設定を行えば、あとはその収束値の判定でダンジョン生成時に適当なランダムの値が決まる。
もちろん、Solomon同様に個別に設定することもできるし、上限だけは決めて多めの数を維持しつつ、少しだけ下にランダム性を持たせるなんて設定も可能。
それも各階層ごとじゃなくて、階層ぶち抜きでまとめて設定することも可能なので、面倒くさがりのダンジョンマスターにも安心の設計だ。
ぶっちゃけ、収束値をとりあえずでかくしておけば冒険性があがり、小さくしておけば安定性があがる、簡潔で分りやすい指標と言えば良いだろう。
説明を聞いたメガネは開口一番言った。
「なにそれSolomonに欲しい」
「ですよね」
Solomonのランダムダンジョンは前述したように、全部手作業だ。
階層データのコピーくらいしか手間を減らす機能がない。
これがOWSなら1~3階層までは収束値2、4~5階層までは下限決めて収束値5とか振っていくだけで簡単にダンジョンを広く、難しくしていくことができるじゃないか。
むしろどうしてSolomonでその発想が出なかったのか、開発に問いたい案件だった。
「とりあえず、そこまで分かればあとは回答を作成するだけだな」
喫緊の問題らしい問題が解決され、Solomonの開発部に上げたい案件もできたということで、メガネは焼肉食い放題くらいならまあ良いかという清々しい気持ちだった。
そして、先輩の機嫌が良さそうだと見て取ったドラ子は、ここしかないと『もう一つ』の報告をすることにした。
「……あの、それで先輩、実は一つ、言わなければいけないことが」
「?」
さっきまで、焼肉奢りでテンションが上がっていた様子から一転、ドラ子はまるで悪戯をしたのを謝る悪ガキのように、そっぽを向きながら、ぼそりと言った。
「収束値、良く分かんないときに、色々試してまして」
「うん」
「試しに100000000000000とかにしたら、めちゃくちゃ、ダンジョン広がっちゃって」
「……うん」
「……その、OWSの無料範囲、ぶち抜いちゃいました……みたいな?」
「…………どのくらい?」
「…………うんとね、いっぱい」
「…………そっかぁ」
この件に関しては、ゴーレム部長は渋い顔をしながらもチケットのためということで飲み込んでくれたのだった。
その時に言った言葉は『骨無しペンギンの被害に比べれば安いものだ』だった。
ついでにペンギンさんが一年の減棒を食らっていたことをドラ子は初めて知った。
なお、実は個人ブログを漁って既に『収束値』について調べていたメガネが、ドラ子に答え合わせの仕様調査をさせていたことは、誰も知らない。
メガネ「だって教えたらドラ子は仕様調査しないで回答書きそうだったし。無料範囲ぶち抜いたのは俺のせいじゃない」




