35 お問い合わせ『収束値とはどういったパラメータか教えて下さい』2
Solomonに限らず、ダンジョン全般を運用する上でどうしても切り離せない問題が存在する。
それは『ダンジョンの土地』を用意するという、根幹の部分だ。
Solomonには、ただの洞穴を空間拡張して立派な洞窟型ダンジョンに仕立て上げる機能は存在する。
だが、その辺のアパートの一室にドンと洞窟型ダンジョンを設置するまでの機能はない。
これはSolomonに限らず、ほぼ全てのダンジョン管理術式に言えることだ。
ダンジョン管理術式はあくまでダンジョンを管理するための術式であって、無からダンジョンを生み出す術式ではないのだ。
しかし、モンスターとして生まれたからには、一度は夢見る自分のダンジョンだ。
六畳一間のアパートで生活しているフリーターでも、親からお小遣いを貰っている学生でも、金にあかせて世界中のダンジョンを牛耳っている魔王でも、思うことだ。
自分の欲望だけを突き詰めたダンジョンを作ってみたい、と。
そんな欲望にお応えするために生み出されたのが、元々は大手異世界通販を牛耳っていたOther社が満を持して発表したOther World Serviceであった。
これは要するに、ダンジョン用の土地をOWS側が用意するので、それを使いたい人は利用料を払えばその金額に応じた土地を提供しますよ、というサービスである。
利用者のもとには、世界の入口になる『旅の扉』が用意され、そこをくぐってしまえば、どんな場所からだろうと、接続しているダンジョンの世界に入れるのだ。
もちろんOWSを使って超巨大ダンジョンを作りたいと思えば、それ相応の利用料もかかるが、一国一城の主になるくらいならそうでもない。
それでいて、洞窟だろうと、森だろうと、海だろうと、世界樹だろうと、ありとあらゆる環境に対応した、個人では所有の難しい地形でもダンジョンを作ることができる。
このサービスが、全異世界に普及するのにそう時間はかからなかった。
当然Solomonとしても、全く無視のできる話ではなく、多数の要望が上げられた上で完成したのが、そのOWS──旅の扉型ダンジョンをSolomonで管理するためのオプションである『OWSオプション』であった。
「はい先輩。質問いいですか?」
「なんだ?」
OWSの簡単な説明を受けたドラ子は、今回のチケットを睨みながら先輩に尋ねる。
「OWSがどんなものかはざっくりと分かったのですが、じゃあ収束値ってのはどういうものなんですか? なんでSolomonのマニュアルにないものが急に生えてくるんですか」
ドラ子の疑問もまた、もっともだろう。
話を聞いた限りでは、OWSはダンジョン用の土地を用意するサービスで、Solomonはダンジョン管理術式だ。
OWSオプションは、OWSで作られたダンジョンにSolomonを定着させるためのオプションであって、大元の術式はSolomonと同じものの筈だ。
Solomonにないものが現れるのはおかしいではないか。
「良い着眼点だが、まず、根本の知識の問題だ。そもそもな、OWSにダンジョン管理術式なんて必要ないんだよ」
「と言いますと?」
「OWS側で用意された管理術式がデフォルトであるんだよ。だからOWSのダンジョンにSolomonを使おうという発想がまずおかしいんだ」
「どういうこと?」
これは誰が悪いという話でもない。
そもそも、OWSはただのダンジョン用の土地貸し出しサービス、だけで始まったのではない。
ダンジョン用の土地を提供するつもりならば、土地だけでなく管理術式もついでに提供した方がOWS側としては手間が無かった。
事実として、OWSの利用者の多くは、OWSから提供されている管理術式を利用してダンジョンを作成している。
だが、それが困るという人種がいた。
それは、もともとダンジョンをSolomonで管理していて、この度新たにOWSで作ったダンジョンも増やすことに決まった世界なり神なり魔王なりだ。
彼らは、今までSolomonを使って来ただけに、Solomonと使い勝手の違うOWSの管理術式に抵抗があった。
というか、ダンジョンの管理としての仕事は一緒なのに、いちいちSolomonとOWS標準術式を使い分けるのを面倒くさがった。
だから、Solomon側にどうにかしろという要望が入って、開発がひいこら設計したのがOWSでもSolomonを使える『OWSオプション』なのだ。
「しかしここに問題が発生する。そもそもデフォルトで管理術式が入ってる世界に、管理術式をぶちこむなんて出来る訳が無い」
「どんな不具合が起きるか、分かったものじゃないですからね」
「だから当時の開発は考えた。『これもうOWSの術式そのまま使ったほうが良いんじゃね?』と」
「いや、意味がわかりません。それをそのまま使いたくないから、どうにかしろって要望があったんですよね?」
客の要望は『OWSでSolomonを使わせろ』であり、開発の閃きは荒唐無稽に思えた。
だが、ここに画期的なアイディアが存在した。
「ガワだけSolomonにしとけば、実際に動いてるのがSolomonかOWS標準術式かなんて顧客には分からない。そう思わないか?」
「……まぁ、それで動くなら、分からないかもしれないですが、まさか?」
なんとなくドラ子には先輩が言わんとしていることが分かった。
SolomonもOWS標準術式も、結局やっていることはダンジョンの管理だ。なら当然、設定するパラメータから何から、似通ったものを使っているのは間違いない。
Solomonの顧客が、OWSが使いにくいと不満を覚えるのは、術式のインターフェイスが違うからだ。
ならば、そのインターフェイスさえ合わせてしまえば、実際に管理しているのがSolomonである必要はない。
「つまり、OWSオプションとは、Solomonのインターフェイスに入力されたパラメータを、OWSの術式用に変換して送るだけの、ただの翻訳ソフトなんだ」
「それで金を取るという勇気」
なお、OWSオプションは無料ではなく有料オプションである。
この会社は、ただ翻訳を噛ませるだけのオプションに利用料を請求していた。
「いやドラ子。そうは言っても簡単な話ではない。いくら似通ったパラメータだろうとその重み付けは全然違うだろうし、一対一対応で全てのパラメータが変換できるわけでもない。かつてはSolomon側とOWS側で数値の大小の意味が真逆になるパラメータに気付かず、大損害を引き起こしたこともある厄いオプションなんだ」
「誤翻訳の代償でかいっすね」
たとえば、ダンジョンの階層の深さの設定で、Solomon側では全部数字を大きくするだけなのに、OWS側では塔のダンジョンは+に設定して、地下ダンジョンは-に設定しないといけない、といった場合に齟齬が発生したりする。
地下100階の壮大なダンジョンを作ったはずが、数値のエラーで、空中にいきなり放りだされる地底の怪物達といった光景が誕生することになる。
「似たような話で、Solomon側には存在しないパラメータなんかは、とりあえず項目だけ作ってそのまま値を渡す、みたいな設定になるわけだな」
話がようやくチケットのところまで帰って来て、ドラ子は先輩が最初に『知らない』と答えた意味を知った。
「つまり、この『収束値』なるパラメータはSolomonが用意したものじゃなくて、OWS側で用意された値であるということですね」
「そういうことになるな。たぶん最近追加された項目だろう」
「じゃあどういった値なのかは、どこを調べれば良いんです?」
「とりあえずOWSオプションの最新マニュアルを見てみたら?」
本当に先輩も何も知らないのだと納得したドラ子は、大人しくOWSオプションのマニュアルにも検索をかけてみる。
一応、ランダムダンジョン生成といった話が載っているあたりで、ひっかかった。
『収束値:ランダムダンジョンの収束に関する値です』
それを読んで、ドラ子はバンと机を叩いて頭を抱えた。
「何一つ知りたいことが載ってない……」
「そりゃマニュアル書いた側も『なんだこのパラメータ?』って思ってただろうからな」
OWSオプションを作っている側も、SolomonとOWS術式との擦り合わせに必死なのである。
Solomon側だけに存在するパラメータは細心の注意を払って、どこにどれだけの値を振り分けるか真剣に検討しなければならない、が、OWS側だけにあるパラメータは何も考えずに値を渡すだけだ。
知らないパラメータの詳細なんかは、二の次三の次であった。
「これどうするんですか。このマニュアル案内したって顧客も『だからなんのパラメータなんだよ!』って怒りますよ」
「まあそうなるな」
そう、あまり同情したふうでもなく答えつつ、メガネの先輩は自身のデバイスに向かって何やら操作していた。
暫くすると、ドラ子のSlash上にメガネからのDMが送られてくる。
内容は、どこぞのURLだった。
「先輩これは? ブラクラですか? 私の絶望を更に濃くしようと?」
「お前は俺をなんだと思ってんだ。Solomon側のマニュアルがダメなら、もう片方のマニュアルに当たるしかねーだろ。それはOWS側の公式サイトだよ。そっちにならOWS標準術式のマニュアルあるだろうし、顧客にもそっちのマニュアルを案内してやれば良いだろ」
「先輩頭良い!!」
なぜ思いつかなかったのかとドラ子は頭を揺さぶられる思いであった。
Solomonがクソなのなんて今に始まったことじゃない。だったら、もうSolomonなど捨てて他の頼れる所に頼れば良いのだ。
そう思い、ドラ子は送られて来たURLに軽い気持ちでアクセスした。
『
ඉසෙකායි සේවාව වෙත සාදරයෙන් පිළිගනිමු
අප ආයතනය විසින් හඳුන්වා දී ඇති සිරමැදිරි කළමනාකරණ ක්රමය ක්රියාත්මක කරන්නේ කෙසේද යන්න මෙහිදී අපි පැහැදිලි කරමු.
』
「余談だが、OWSを提供しているOther社のある異世界では、人魔統一協会語が標準語だ。うちの世界とは言語体系が違うから心してかかれよ」
「いやこれ解読するの無理ゲーでしょ!!」
突如現れた、文字なんだか模様なんだかも分からない異界の言語にドラ子は本格的に匙を投げた。
翻訳ソフトにぶち込んだらちゃんと翻訳されるのだろうか、と益体もないことを考えるドラ子に、眼鏡は優しく言う。
「まあ、最悪そのURLだけ顧客に渡して、後は丸投げという、保守サポート部伝来の由緒正しい回答方法もあるにはある」
突如地獄に垂らされたメガネの蜘蛛の糸にドラ子は縋った。
「それにしましょう。このチケットは私の力を越えています」
「まぁ、その場合、顧客も多分読めないからほぼ100%の確率で、結局どんなパラメータなんだよって追撃が来るという諸刃の剣だな」
「うぐぐ」
しかし糸は途中で千切れた。
翻訳も地獄、丸投げも地獄。
この状態でドラ子が取った行動は、こうだった。
「よし! 丸投げしましょう! 明日の継続チケットは明日の私がなんとかします!」
「清々しいほどの……発言だな」
「今何て言おうとしたのか、後でゆっくり話し合いましょう先輩」
とりあえず、Slash上にてゴーレム部長とも方針の相談をし、結局はどちらに転んでも顧客の出方次第ということで、丸投げの回答が作成されることになった。
これで顧客が満足してくれるならそれでよし、ダメならその時はその時だ。
そして翌日。
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オペ子:Toドラ子、Toゴーレム部長
以下の継続チケットのご対応をお願いします。
回答者『ドラ子』
レビュアー『ゴーレム部長』
チケット番号#20023010002『収束値とはどういったパラメータか教えて下さい』
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「ちくしょおおおおおおおおおおおおおお」
当たり前のように顧客の疑問は解決されなかったのだった。
本当は異界の言語じゃなくてシンハラ語です
どこの言語なのかは知りませんが……
次は水曜日までに更新します




