34 お問い合わせ『収束値とはどういったパラメータか教えて下さい』1
「先輩ってSolomonのことならなんでも知ってますよね」
そろそろ午後の腹の虫が鳴きはじめるかという昼前のとある日。
夏らしい陽気から逃れるように、クーラーが効いている保守サポート部でドラゴンの角を生やした赤髪の少女が言った。
「なんだ薮から棒に」
「だって、先輩ってもうお問い合わせ読んだだけで、大体の仕様だの不具合だの判断してるじゃないですか。知らないことなんて何も無いみたいに」
「それは流石に言い過ぎだ。術式のソースコード暗記してるわけでもないし」
「そりゃ、そんな人いないでしょ」
あはは、とドラ子は先輩の冗談に笑った。
だがメガネの先輩は笑ってなかった。そんな人いるのかもしれない。
「と、噂をすればですよ先輩……」
そんな会話を始めたのを見計らったように、一件のチケットが保守サポート部の窓口で受理された。
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件名:収束値とはどういったパラメータか教えて下さい
差出人:異世界642 契約番号33 渦巻き男
製品情報:Solomon Ver30.0.1
サブスクリプション:OWSオプション
お問い合わせ番号:20023010002
本文:
ランダムダンジョンを作成する、の項目のある収束値とはどういったパラメータでしょうか。
このパラメータにはどんな値を入れればいいのですか?
マニュアルを見ても見つかりません。ご教授おねがいします。
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「ふむふむ。絶対ちゃんとマニュアル見てないですねこれは」
ドラ子も慣れたものであった。
マニュアルに載っているにも関わらず、分からないから教えろというのは、保守サポート部ではもはや挨拶のようなものだ。
例えるなら『おはようございます。今日はいいお天気ですね』に対して『今日は雨ですよ馬鹿野郎』と答えるのが、簡易チケットのやり取りと言っても過言ではない。
「というわけで、どういう値なんですか先輩!」
なおドラ子は見ただけで分からないことも多いので、挨拶を流暢に返せるわけではない。
そこで、一切の思考を放棄してメガネの先輩に尋ねたが、先輩はあっさりと答える。
「知らん。なんだそのパラメータ」
「!?」
返って来た答えは、ドラ子の想定外のものだった。
「え、冗談ですよね?」
「冗談じゃない。知らないものは知らない」
「先輩が知らなかったら誰が私に教えてくれるんですか!?」
「自分で調べろよ……」
ここで、ドラ子は得心が行ったと言わんばかりに手を叩く。
「なるほど、本当は知ってるのに、わざと私の成長のために知らないフリを……?」
「だから知らねえって言ってるだろ」
「じゃあお客さんはいったい何を見てるんですか?!」
「だから『収束値』なんだろ。まずはマニュアルで検索かけてみろよ」
投げやりな先輩の態度に、これはもしかして本当に知らないのでは? とドラ子も思い始め、言われた通りにマニュアルに『収束値』で検索をかけてみる。
だが『ユーザマニュアル』にも『設計ガイド』にも『管理者マニュアル』にも『サポートマニュアル』にも、『収束値』で引っかかる箇所は存在しなかった。
「先輩ないです。収束値ないです」
「だろうな」
「なんだ、じゃあこれはきっと嫌がらせってことですね。あはは」
そう結論づけて、これならすぐに窓口で何かの間違いとして弾かれるだろうとドラ子は楽観した。
だが、その直後には、ぴこんとSlash上で連絡がくる。
────
オペ子:Toドラ子、Toゴーレム部長
以下の新規チケットのご対応をお願いします。
回答者『ドラ子』
レビュアー『ゴーレム部長』
チケット番号#20023010002『収束値とはどういったパラメータか教えて下さい』
ゴーレム部長:対応します。
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「先輩!! 謎のパラメータが私のところに!!」
「さっさと返事しろよ」
「大丈夫なんですかこれ私答えられる自信皆無ですけど!」
今ドラ子の脳内で想定されているのはこんな回答だった。
『そんなパラメータうちにはないですよ。何かと間違えてませんか?』
だが、そんなドラ子の脳内まで予測しきったかのように、メガネの青年はため息混じりに一つアドバイスをした。
「サブスクリプションの項目を良く見ろ。お客さん『OWSオプション』を使用してるって書いてあるだろ」
「OWS…………?」
「そこからか」
前にもこんなやり取りあったなぁ、とメガネは思う。
前回はそれで漫才に付き合わされたが、今回は時間の無駄なのでさっさと答えを言うことにした。
「OWSとはOther World Serviceの略称だ」
「あざーわーるどさーびす」
どんなサービスか全くピンと来ていない後輩の顔に、だからお前は今まで何を勉強してきたんだと怒鳴りたい気持ちを必死に抑える眼鏡であった。
「呼んで字のごとくだよ。アザーワールド、つまりは利用者に『もう一つの世界』を提供するシステムということだ」
「その呼んで字のごとくがさっぱりなんですが」
確かに、急にもう一つの世界と言われても、いまいちどんなサービスか分からないだろう。
だが、これをダンジョンに限定するならば、一つだけ、大体どんな感じか伝えられる言葉が存在していた。
「もの凄くざっくりと言えば、ダンジョン用の土地を持ってない人間に、ダンジョン用の世界を与えるサービス。『旅の扉』型ダンジョンを提供しているってことだ」
「なるほど」
それは、一部の界隈にしか通じないが、一部の界隈においてはとても良く解る表現であり。
そして珍しく、ドラ子がなるほどと言って理解した顔になるのだった。
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