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総合ダンジョン管理術式『Solomon』保守サポート窓口 〜ミミックは家具だって言ってんだろ! マニュアル読め!〜  作者: score


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33 ふれあい研修! Solomonモンスター牧場! 11



「みなさん、一週間に及ぶ研修お疲れさまでした。最後に簡単なアンケートにご協力くださいね」


 初日に講義を受けた大会議室のような場所に集まり、ドラ子達研修参加者は、簡単なアンケートのようなものを受けた。

 しかし、ドラ子はそれがただのアンケートでないことを、同志ペンギンに教わっていたために良く分かっていた。


(これが、研修の最後に行われる洗脳チェックということですね)


 アンケートの設問は、始めは研修に関する内容について、期間や良かった点、気になる点などのいかにもなものだが、後半になると内容に探りが入ってくる。


 モンスター達の権利についてこれからどうすべきだと思うか、とか。

 今回親しくなった人達と懇親会を行うといった予定はあるか、とか。

 Solomonというシステムそのものに対する不満はないか、とか。


 明らかに、何かを炙り出さんとする設問が、それとは分からないように巧妙に混じってくるのだ。

 しかし、同志によってすでにその内容をリークされていたドラ子には、チェックをすり抜けることなど容易いことであった。


 モンスターの権利など知らない。

 親しくなった人などいない。

 Solomonは完璧に幸福なシステムです。


 最後の回答をするのは歯を食いしばりながらであったが、どうにかドラ子は全ての設問に無難な回答をすることに成功した。

 これが終われば、秘密裏に他の同志達と接触し、本社への襲撃計画を教えられるらしい。

 モンスターの待遇改善だけでなく、従業員の不当な搾取への抵抗なども標榜している、素晴らしい同志たちの一員になるのが、今から楽しみでしょうがない。


「ふむふむ」


 回収したアンケート用紙を眺めて、モチモチは一人頷いていた。

 同志ペンギンによれば彼女は本社側が遣わしたエージェントらしい。具体的な話は聞いていないが、同志ペンギンのこれまでの計画を散々潰して来たのだとか。

 だが、今回ばかりは流石に気付かれないだろう。

 同伴している同志ペンギンも、にやりとした笑みを隠すのに必死だ。ざっと見渡しただけでも、ドラ子達の他にも同志となった人がいるのはチラホラ分かる。

 みなが、少し緊張した面持ちのなか、アンケートのチェックが終わるのを待っていた。


「良いでしょう。これで研修はおしまいです」


 ややあって、用紙をとんとんと整え、確認し終えたモチモチは笑顔でこの研修の終わりを告げる。


「それでは、全員洗脳されているものと見なし、強制的に治療を受けてもらいます」


「「「え!?」」」


 声は方々から上がった。ドラ子や同志ペンギンも声を出した一人だった。

 その声を上げた人達を、モチモチはミリ単位の微細な瞳の動きでもって全員捕捉しながら、片手を上げる。

 すると、大会議室にぞろぞろと武装した集団が入って来た。

 どう見ても、抵抗すれば殺すという態勢であった。


「はーい、大人しく治療を受けてくださいねー。痛くないですからねー。先生の指示に従って一人ずつですからねー」

「ま、待ちたまえモッチー!」

「何か?」


 突然の窮地に思わず立ち上がった同志ペンギンが、モチモチ氏の氷の視線に射抜かれながらも懸命に抗議した。


「そのアンケートは洗脳チェックだろう! なぜ全員治療なんだ!?」

「ああ」


 モチモチ氏は手に持ったアンケート用紙をパタパタ振りながら事も無げに言った。


「このアンケートで会社に反抗的な回答の方は洗脳されています。そして会社に従順な回答の方は良く洗脳されています。結論として全員治療するのが手っ取り早いですよね」

「アンケートの意味!?」

「意味って……ただの研修に対するアンケートですが?」


 うっ、と同志ペンギンは押し黙った。

 ドラ子はなんとなく、この状況が仕組まれたものだと理解した。

 つまり、最後にアンケートで洗脳チェックが行われることは、わざとリークされた情報だったのだ。そして、全員治療すると言ったがきっと程度は違う。

 先程反応をした面々をモチモチ氏はチェックしていた。おそらく、重点的に『治療』するつもりなのだ。アンケートはただの撒き餌に過ぎなかった。


「というか部長も、毎度毎度洗脳を試みるのいいかげんにしてください。いったい何百回同じことを繰り返せば気が済むんですか?」

「私は間違ってない! ウチに予算を寄越さない本社が悪い!」


 あれ、なんか主張違くない?

 ドラ子は一瞬そう思ったが、同志を疑うのはよくないので聞かなかったことにした。

 そして二人はしばらく睨み合っていたが、ついに同志ペンギンはプランの変更を告げた。


「やむを得ん! ドラ子君! プランBで行くぞ!」

「ラジャ!」


 ドラ子はそこで、ばっと同志ペンギンの前に躍り出す。

 そのまま、普段は人化の際に大分抑えている圧を、ちょっぴり解放した。

 途端に、この場の重力が倍加したかのような、重苦しい雰囲気が部屋を満たした。

 プランAはアンケートに答えて、穏便にこの研修を脱出すること。

 ではプランBは。


「はっはっは! ドラゴンの力をもってすれば、いくらモッチーでも流石に一筋縄ではいくまい! この場は押し通らせてもらうぞ!」


 力づくで離脱することだった。

 この場を力づくで離脱したとして一体なんの意味があるのかは、ドラ子にも良く分からなかったが、離脱するというのだから従うのみだ。

 同志ペンギンの言う事には深い意味があるはずなのだ。


「っ、さすがに、本家ドラゴンの圧は堪えますね」


 そして、ちょっぴりとはいえ解放されたドラ子の圧力は、武力行使に出んとしていた面々を威圧することに成功していた。

 形勢逆転である。


「ふははは! 良く分からんが私の勝ちのようだな! では私は同志達と一緒に去らせてもらうぞ!」


 勝ち誇った様子で同志ペンギンが宣言していた。

 ここで去ったところで、思いっきりモチモチ氏に顔を控えられているが大丈夫なのだろうか。いや、きっと大丈夫なんだろう。

 そうして、なんかこのまま、ノリで押し切れそうな雰囲気が出て来たところで、モチモチ氏は声を張り上げた。


「ところでドラ子さん! メガネさんから伝言が!」

「え?」


 ふっ、とドラ子の放っていた圧が消える。

 ドラ子にとって聞き逃せない、というか、聞き逃したらヤバい単語が聞こえたからだ。


「ド、ドラ子くん! 罠だ!」

「いやでも、ここで無視したらマジでやばいかもしんないですって」


 脳裏に、眼鏡がニコニコぶち切れている顔がアリアリと浮かんだドラ子は、そっとモチモチの言葉を待った。

 モチモチはドラ子の聞く姿勢が整ったところを見て、簡潔に言った。


「『馬鹿言ってると殺すぞ』とのことです」


「ペンギンさん、短い間でしたがお世話になりました」


「同志ドラ子くうううううううんんん!!」



 そして、秒でドラ子が寝返ったことで最大戦力を失った同志たちは、あっという間に捕縛されて洗脳治療を施されたのだった。


 クーデター計画、完。



 ──────



「はっきり言いますと、ウチでは好き好んでモンスターを殺すようなことは行いません。自然環境構築の際にそうなってしまう場合はありますが、私達の手で殺すことはまずないです。だいたい、増えた子達は異世界各地のモンスター園に送るのが、ウチの財源の一つなんですから、殺すわけないでしょう」


「モンスターの記憶は、生きている間の方が取得しやすいんです。死んだらその瞬間から劣化が始まりますから。誰ですかそんな適当な嘘を吹き込んだのは」


「ネームドモンスターを作るのに愛情を裏切るって……モンスターは人間よりも繊細なんですよ? 心を殺されたらその時点で力を失うような子も多いです。だいたい死んだら、さっき言ったように記憶も取り出せません」


「人間を憎ませる方法? まぁ、手っ取り早いのは種族人間にコテンパンにノシてもらうことですかね。いや、私達じゃないですよ。私達基本人化してるだけのモンスターでしょうが。私達がやっても人間を恨んだり憎んだりしませんよ。それ専門の人に頼むんですよ。ウチにも……いや、これはまあ良いでしょう」


「というわけで、会社にクーデター起こすような真似はやめてくださいね。やるならちゃんと、ウチの労働組合に加入してください。私もそこでミミックを生産管理部の管轄に戻すように日夜交渉しているんです。うちのボンクラ部長はそれを『会社の犬』とか言いますけど、今度また蹴り入れとくので忘れてくださいね」



 ──────



「生まれ変わった気分です」


 そして、研修が終わった。

 帰りのバスに詰め込まれたドラ子達は、今日は家に直帰だ。

 明日からまた仕事が始まることになる。

 そう考えると、明日からの仕事に対して、憂鬱な表情を浮かべていてもおかしくない、のだが。

 不思議なことに、ドラ子も、カワセミも、ストブリンもゴブくんも、皆が爽快に目を覚ましたかのような、スッキリした表情をしていた。


 それが、このふれあい研修の裏の成果だった。


 モンスターとのふれあいで癒されて、そこからどん底まで落とされて、更にその状態から解放される。

 その一連の落差が、皮肉な事にデトックス的なリフレッシュ感を研修参加者に与えるからこそ、この洗脳研修が会社に黙認されていることを彼らは知らない。


「なんだか、明日からの仕事も頑張れそうな気がします」


 少しだけ前向きな気持ちでドラ子が言うと、カワセミも微笑む。


「そうね。もう少しだけ、頑張ってみようかしらね」

「そうですね先輩!」


 追従したストブリンも、保守サポート部への偏見を今だけは忘れて、すっきりとした顔をしている。長年煩っていただろう厨二病も一緒に治療されたのかもしれない。


 そしてみんなで、あははうふふ、と楽しかった研修内容を振り返りながら、バスの移動時間は過ぎて行くのだった。





「おはようございます!」


 翌日、保守サポート部に帰ってきたドラ子は、元気よく挨拶をした。

 保守サポート部の面々は、皆が疲れきった様子ではあったが、良く帰って来たと暖かい空気で挨拶を返してくれる。

 やはり、なんだかんだ言って自分の部署は居心地が良い。

 そのまま自分のデスクに向かうと、すでに到着していたメガネが、画面から目を離してドラ子の方を向いた。


「おかえりドラ子。研修はどうだった」

「色々あったけど、総合的に見たら楽しかったです」


 色々というか、だいたいの時間をドラゴンパピーをしばき倒すのに使っていた気がするが、それでも楽しかったと言えば楽しかっただろう。

 そんな感想を述べれば、メガネ先輩は疲れた顔で微笑んだ。

 そして、優しげな声音で、彼は言う。


「じゃあ、早速だが仕事の話だ」

「え」

「お前、研修前にチケット終わらせようと、相当舐めた回答しただろ。そっから継続したお前のチケット、俺が何件対応したと思ってんだ? あ?」


 あ、この人、目が全く笑ってない。静かにキレている。

 表情筋だけでニコニコと笑みを浮かべている先輩に、ドラ子も引き攣った笑みを返す。


「あ、先輩。自分洗脳治療の続きがあるんで、今日はこの辺でお暇を……」

「馬鹿言ってると殺すぞ」

「ふぁい」



 それから、研修のリフレッシュ気分はあっという間に終わり、一時間もしないうちに再び保守サポート沼へと沈められるドラ子なのであった。



これでふれあい研修は終わりです。こんなに長くなるつもりはなかったです。

次からまたチケット対応に戻ります。更新は体感土曜日の目標です。

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[一言] カワセミさんの癒しは終わった、、、
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