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総合ダンジョン管理術式『Solomon』保守サポート窓口 〜ミミックは家具だって言ってんだろ! マニュアル読め!〜  作者: score


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32 ふれあい研修! Solomonモンスター牧場! 10



「どういうことですか?」


 震える声でカワセミが尋ねた。

 そっと前に出た彼女は、その背に自身が育てた白龍を庇うようにしながら、敵意というには柔らかな警戒の目で骨無しペンギンを見やる。

 一方のペンギンは、気負った様子など少しも見せず、子供を諭すように、穏やかに応えた。


「どうもこうも、君達は自分が何を育てていたのか、忘れてしまったのかい?」

「何、って」


 カワセミが背後を振り返る。

 そこにいるのは、自分が育てていた可愛い可愛い白いドラゴン。

 万人に愛される、自慢のペットのような子。

 それ以外の答えがあるのだろうか。


「君達が育てていたのは、ダンジョンの敵になる、ネームドモンスターだろう?」


 そうではないのだ、と、カワセミは現実を突きつけられる。

 骨無しペンギンの言う通り、自分たちは『敵モンスター』を育てていた筈なのだ。

 断じて、人に愛想を振りまき、マスコットと化すモンスターを育てていたのではない。

 それは確かに、言われるまで忘れていたのがおかしい程の事実だ。

 だが、それでも思う所はあった。


「でもあなたは言ったじゃないですか? まずは信頼関係を築くところからだと。敵モンスターを育てさせるためならば、なぜそのようなことを?」


 その言葉は、このネームドモンスターの研修が始まった折に、確かに骨無しペンギンから発せられたものだ。

 信頼関係を築けと言われたからこそ、カワセミはわが子を愛でるようにドラゴンパピーを育てたのだ。

 なのに、なぜ急にそんなことを言い出すのか。

 そんな非難の感情を乗せたカワセミの言葉に、骨無しペンギンはにこりと答える。


「だから、最後の仕上げだと言っただろう?」

「仕上げ……?」

「その子達を殺す理由は、大きく分けて二つだよ」


 今までの鷹揚とした態度を欠片も崩す事無く、骨無しペンギンは指折りその理由を数える。


「まず一つは、単純に技術的な理由だ。私達が収集している『モンスターの記憶』は、生きているモンスターから読み込むのにやや向いてない。モンスターの『生から死まで』を観測するのが、一番楽な取得方法なんだ。とはいえ、これは絶対の話でもない。だからあくまで、ついでの理由かな」


 仕事の効率という面で考えれば、大層大きな理由に思えたそれを、骨無しペンギンはついでと言いきった。

 つまり、次に来る理由こそが、本命だということだ。

 骨無しペンギンは、かつて初対面で不正解を告げたときのように、あるいは、気の狂った学者が持論を展開するかのように、楽しそうに理由を語る。


「そしてもう一つの理由はもっと単純だよ。彼らを、強くするためだ」

「…………? 強く?」


 殺したら、強くなる。

 その論理展開に、ペンギン以外の全員がいまいち付いて行けていない。

 だから、彼女の言葉を止める者は誰も居ない。


「本来、自然に生息しているモンスターにはヒトに対する敵意なんてあまりない。身体の大きいモンスターからすれば手頃なエサというだけだし、小さいモンスターからすればただの脅威の一つなのがヒトだ。少し頭が良ければ警戒すべき生き物くらいには思うだろうが、それが限界だ。そしてそれじゃダメなんだよ」


 モンスターの生態を研究し、モンスターの繁殖や育成を行い、その結果部長にまで上り詰めた女性が、首を振る。


「種族の限界を超えるのだって、自然発生的に待つのはあまり現実的じゃない。ましてや、ヒトを殺すためのネームドモンスターなら尚更だ。だけど我々はそれを行わなければいけない」


 では、モンスターの強さとは何か。


「ネームドモンスターと呼ばれるような子達を作るために必要なのは『ヒトを怖れさせ、そして恨ませる』ことだ。ヒトを怖れない子は、どれだけ強かろうと容易く罠に嵌められる。ヒトを恨まない子は、賢いが故に不利を悟れば人には近寄らなくなる。では怖れつつ、恨む子ならば? 強さに慢心することなく、かといって合理的な生き物となることもなく、ヒトを狩るために、知恵を絞り、策を弄し、引き際を見極めながら『戦う』ことができるんだ」


 爛々と目を輝かせながら、ペンギンは相槌も打てずにいるカワセミに向かって、一方的に喋り続ける。


「私が行ったのは、愛情を込めて、真摯に、愛すべきモンスター達の親代わりとして接することだった。野生のモンスター達の生態をあえて歪めて、私が育て、私が鍛える。これならば一般のモンスターよりも、強く、賢く育てることもできる。育成が上手く行けば、という枕詞はつくがね。それ故に楽しかった。試行錯誤を繰り返し、まずは強く、賢く育てることに腐心する日々というのは」


 数々の失敗の上に、育成が成功した子達がいるのだと、その楽しげで、少し悲しげな表情は雄弁に語る。

 事前に聞いたとおり、この女性はいくらかの『ネームド』と呼ばれる域に達したモンスターの生産に成功しているのだ。


「だが、愛情だけでは足りないと分かっていた。恐れも、怨みも、足りない。育てた子達はパラメータ的にはかなり良い線を突いただろうが、それだけだ。強い群れの長とか、そのレベルだね。だから、私は最後の一押しを加えなければならなかった」


 それが、何なのか。

 その答えが、彼女の最初の、理解し難い一言だ。


「愛する者に、唐突に裏切られ、殺される。その落差は、筆舌に尽くし難いものだろう。ただ怖れさせるスパルタ教育などとは、比べ物にならない。『何故裏切ったのか? 何故私は殺されなければならないのか?』と、強く賢く育った子達は、暗い谷底に叩き付けられる心地で考えるだろう。私は丁寧に、彼らに諭す。始めから、殺す為に育てたのだと。与えた愛などは全てまやかしだったのだと。そして彼らは私を怨み、同時に怖れる。そうすることで、私という『ヒト』を彼らの心の奥底に刻み付けることができる」


 そうやって、作られたモンスターのデータがこの部署に保存される。

 そしてある日、どこかのダンジョンにて新たな生を得て解き放たれるのだ。


「甦った彼らは、ヒトへの愛憎渦巻く、狡猾なモンスターに生まれ変わる。ヒトを狩ることを考え、油断せず、心を許さぬ『ネームドモンスター』が誕生するのさ。さて、私の話はしっかりと理解できたかな?」


 骨無しペンギンは、唐突にバトンをカワセミへと投げ返した。

 カワセミは、青い顔になって唾を飲み込む。

 自分がいったいなんのために、ドラゴンを育てさせられていたのかを、なんの手加減もなく叩き付けられた。

 頭では、ギリギリ理解できた話だが、それでも感情は全くの別物だった。


「だ、だったら『ネームドモンスター』を作るのは辞退します! この子を殺したくなんて……」


 じりじりと、ペンギンから逃げるように後ずさるカワセミに、彼女は再度の薄い笑みを浮かべた。


「残念だけど、それは困るな。何故なら、この『ネームドモンスター』を作る業務は、私の一存で動いているわけじゃないんだ」

「……あ」

「これを要求しているのは上層部……ひいては、Solomonの顧客達だ。君の感情については私も大変理解できているつもりだ。だが、これは仕事だ。君の一存で、仕事を放棄することは許されない。分かるだろう?」


 そして、ペンギンの手がそっとカワセミの頬を撫でた。

 それを見ている、他の面々も同様に、まるで自分の頬を撫でられたかのように、背筋を凍らせる。

 腐っても、彼女はモンスター生産管理部の部長だ。彼女は業務を遂行する義務がある。少なくとも、ただ研修に来ただけの自分たちよりは。

 だから、ここで抵抗すれば、彼女は強権を発動することだってあるのだろう。


「さあどうする?」


 試すように、あるいは誘うように、カワセミの耳元でペンギンは囁いた。

 だがそこで、今にも涙を流しそうなカワセミの代わりにと、それまで傍観していたストブリンが声を上げた。


「それでも僕はやらせない! このブレードランナーを殺させるなんて嫌だ!」


 すっ、とストブリンが前に出て、ペンギンの手を強引に払いのけた。

 ペンギンは一瞬だけ虚を突かれたような表情になりながらも、にやりと笑みを返した。


「つまり君は、上層部に逆らうと?」

「っ! こんな業務を下す上層部の方がおかしい! 僕はそう言いたいだけだ!」


 微妙に自己保身っぽい主張ながらも、ストブリンは言いきった。

 いつの間にか名付けられていたドラゴン(ブレードランナー)も、ストブリンに追従するように唸り声をあげる。

 そんな一人と一匹に勇気を貰った面々は、キッと骨無しペンギンを睨み返している。


「なるほど、君達はみんな同じ意見か」

「私達は、この子達を守ります」


 カワセミが代表するかのように宣言する。

 それに異を唱える者は誰もいなかった。

 しばし、沈黙の睨み合いが続いたかと思えば、それを打ち破ったのは、再度浮かんだペンギンの笑みであった。




「その言葉が聞きたかった!」




 それは、これまで幾度も見せた笑みとはまた違う、本当に心からの笑みのようだった。



「私も気持ちは同じだとも! 業務のためにみすみす可愛い子達の命を散らすのが、気に入るわけがない! だから、君達と出会えて私は幸せだ!」


 そして、先程までの緊迫した雰囲気が嘘のように、カラカラと快活な大声で明るく言うペンギン。

 面食らったカワセミが、恐る恐る口を挟む。


「えっと、話がよく飲み込めてないのですが」

「なあに、大した話じゃないさ。私は同志を探していたのさ」



 例えば、これが日常会話の延長であれば、ここにいる誰もが、同志、という言葉に些かの不穏な気配を感じただろう。

 だが、今のこの状況では──敵だと思っていた相手が実は味方と分かった安心感とともに出たその言葉は、四人の胸に染み込んでいた。





「モンスター達の権利を守る為に、会社にクーデターを起こそうじゃないか!」





あと1話では終わらなかったので次で終わりです。

また、この作品はシリアス系ではないのでそれっぽいのは今回でおしまいです。


あと土曜日に間に合わなかったので年をまたいでしまいました。

良いお年を、あるいは明けましておめでとうございます。

次の更新は体感水曜日までに。

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