31 ふれあい研修! Solomonモンスター牧場! 9
「育成って言われてもなぁ」
愛らしく「くきゅ?」と首を傾げるドラゴンに合わせて、ドラ子も首を傾げていた。
他の班と違って、ドラ子達には『これをしなければならない』という型にはまった仕事がなかった。
強力なネームドモンスターを育てるために思いついたことを、なんでも好きに試すべし、という言わば丸投げの状態であった。
アドバイスがあったとすれば、ペンギンの『まずは信頼関係を築くところからじゃないかな?』という、ざっくりとしたものだけだ。
だからこそ、ドラ子達の班のメンバーはそれぞれ思い思いの方法で接している。
例えば、昨日は触れ合い時間を奪われ、酒に溺れる程意気消沈していたカワセミはといえば、
「おー、よちよち、強くなる為には沢山食べましょうねぇー」
と、比較的豊満な胸に、小型犬サイズの羽毛ドラゴンを抱きかかえながら餌を与えている。
それを横目にチラチラみているストブリンなら、
「そう! 男ならまずは父の背中を見ろ! そう、この僕の男らしい背中に付いてこい! さあ走れ! 立派な冒険者になるためにはまず速さだ!」
と、ドラゴンを置き去りにして走り出し、ドラゴンはストブリンを無視してカワセミに甘えに行っている。あれはダメだなとドラ子は思う。
そして、そう言えば一緒に居たゴブリンくんと言えば、
「こんな俺に、気付いてくれるのか……ありがとう、ああ、ありがとう……」
と、腕とか足を啄まれながら感涙にむせんでいる。
あれは、完全に格下と思われて舐められているのでは……?
と、三者三様の有様であり、ドラ子から見てそれらのパピーが、マトモに育つ見込みは微妙なところであった。
本来ドラゴンは、親ドラゴンに教育されて育つか、群れで育つかの二択だ。
この状況そのものがかなり特殊な状況である以上、ドラゴンらしくマトモに育つことは、あまり考慮されていないのだろう。
そうなると、実験が上手く行かず、ドラゴンがマトモに育たなかった時にどうなるのかは、あまり想像したくなかった。
「となると、私は私の出来ることを、ですかね」
そしてドラ子は自分が担当するパピーに向き直った。
その瞳は、愛らしくも潤んでおり、庇護欲をそそられるようなクリクリとしたものだ。
なるほど、これがドラゴンでなければ、ドラ子であっても可愛がって歓声の一つや二つ上げたかもしれない。
だが、生憎とドラゴンであった。
それも、ドラ子から見て近しい種族というわけでもない。親戚でもない。
そんなドラゴンが、圧倒的上位者である筈の自分に、なんの恐れも抱いていない。
ドラゴン的なリテラシーがまるで備わっていない。
これはいけないな、と、ドラ子は自分の母親の教育を思い出しながら、決断する。
まったく面識のないどこぞのドラゴンではあるが、せめて最低限の躾けはしてやろう。
「先に言っておきます。あなたはこれまで随分と甘やかされた生活を送って来たでしょう。何の苦労も重ねて来なかったことは目を見ればわかります」
「……くきゅきゅ?」
もちろん、言葉が通じているわけではないのでパピーは精一杯に愛嬌を振りまく。
それが、ドラ子の逆鱗に触れた。
「だから、まず、その媚びた声をやめなさい」
「くぎゅう!?」
そして、絶妙に力加減されたドラ子の拳が、ドラゴンパピーの頭に叩き込まれる。
そのまま頭をフラフラさせているパピーにドラ子は威圧をかけた。
「あなたがなぜ殴られたか分かりますか? それはあなたが弱いからです」
「……くきゅぅう……」
ドラゴンパピーは怯えにも似た声を出すが、ドラ子の威圧に中てられてマトモに動く事もできない。
そんなパピーに、ドラ子は高圧的な笑顔で持論を垂れ流した。
「ドラゴンは誰にも媚びない。何故なら最強の存在だからです。私を恨みなさい、私を越えようともがきなさい、その意志があなたを誰よりも強くする。貧弱なミミズに過ぎないあなたでも、意志だけは一流のドラゴンになれるはずです」
「……くう……」
「私を理不尽と思うでしょう。だがあなたには抗う力がない。私の支配から逃れたければまず相応に強くなりなさい。分かったらいつまで寝ているのです? さっさと立ちなさい」
そう言いながら、ドラ子はパピーの頭を踏みつける。
もはや完全にドラゴン虐待の様相を呈していて、周りの人間はドン引きであった。
他の三匹のパピーたちは、カワセミに寄り添う形で集ってプルプルと震えている。
その様子を見かねたカワセミが、恐る恐るドラ子に声をかける。
「あの、ドラ子ちゃん? ちょっとやり過ぎなんじゃ?」
「え? これでも母に比べれば大分優しくしてるんですが。私とおんなじことしたら、一瞬で潰れて死にそうですし」
「ええ……」
ドラ子の家庭環境に潜む闇を垣間見て、カワセミは背筋に冷たいものを感じた。
そしてドラ子もまた、カワセミの中でキレなくてもやべえ奴にカテゴライズされた。
「さあ、立ちなさい。立てなければ今日は終わりません。餌にありつく事もできませんよ。まあ、あなたが土を食べて生きていきたいというなら止めませんが」
「……ぐぅうう!」
「良く吠えました。だが口だけではどうにもなりません。意地を見せなさい」
「ぐううううううぅうう!」
暫くして、言った通りそれなりには手加減していたらしいドラ子の足を押しのけて、ドラゴンパピーは立ち上がった。
ドラ子を睨む目には、最初のときにあった甘えはもはや残っていない。
その様子を見て、ドラ子もまた満足気に微笑む。
「いい目をするようになりましたね。良いでしょう。ミミズではなくトカゲ程度には認めてあげます。明日はもっと厳しくなりますよ。覚悟しておきなさい」
そうして、ドラ子とパピーの特訓は始まった。
──二日目
成長促進により、パピーの身体は小型犬から中型犬程度に大きくなる。
カワセミのパピーはより懐き、ストブリンのパピーは背中を追うことを覚え、ゴブリン君のパピーは相変わらず彼を舐めくさっていた頃、
「さあ走りなさい! それとも死にたいのですか! まず速く動けなければ愚鈍な亀と何が違うのですか!」
「くぎゅううううう!」
ドラ子のパピーは、後ろから金棒を担いで追ってくるドラ子から必死に逃げ回っていた。
──三日目
パピーは中型犬から大型犬程度に大きくなった。身体の羽毛も抜け始め、翼もしっかりしてきて身体が出来上がってくる。
カワセミのパピーは毛繕いを覚え、ストブリンのパピーは男の背中に追いつき、ゴブリン君のパピーは彼を召使い扱いし始めた頃。
「翼だけに頼って飛ぶんじゃありません! 魔力! 空気! 魔法! 風! 使えるものは全て使いなさい! 落ちてきたらまたホームランですよ!」
「ぐぅうるるるるううう!」
ドラ子のパピーは、バドミントンの羽根のようになりながら、ドラ子に飛行を覚えさせられていた。
──四日目
大型犬サイズだったパピーは馬程の大きさになる。この頃から身体の鱗はそんじょそこらの鉱石よりも固くなりはじめ、人を乗せてもびくともしなくなる。
カワセミのパピーは騎士のように傅きはじめ、ストブリンは逆にドラゴンの背中に乗るようになり、ゴブリン君は怠惰に育ったドラゴンに餌を運ぶマシーンと成り始めた頃。
「図体ばかりでかくなっても一人前にはほど遠いなぁ! あの程度の魔物に手こずっていてどうやって勇者を仕留めるつもりですか! 牙を剥け! 爪を研げ! 頭を使え! 地の利を活かせ! 敗北は死だぞ! 死にたくなければ戦え!」
「ぐうぉおおおおおおおん!」
ドラ子のパピーは、モンスター生産管理部に召喚させた幾多の攻撃的なモンスターを相手にして、命をかけた戦いに明け暮れていた。
──五日目
馬サイズだったドラゴンはついに自動車程の体格を有する。この時点で一般的な冒険者が一人で戦える範疇を超え、名実ともに強力なモンスターとして君臨しだす。
カワセミのパピーは勇ましくも優しい龍となり、ストブリンのドラゴンは速さを求めたボディと性格に変わり、ゴブリン君のドラゴンは体重だけなら誰にも負けなくなった頃。
「モンスターの群れだ! 全滅させなければ次はもっと増えるぞ! 一騎当千こそドラゴンの誉れ! 死に物狂いで勝て! 殺せ! 君臨しろ! 自分こそが最強であるとその身をもって証明しろ! あはははははは!」
「ゴオオオオオッ!」
ドラ子のパピーは、ついにかつてメガネが管理していたサバンナの生態系を壊滅させた、キラーパンサーの群に単独で勝利するに至った。
──そして六日目
「素晴らしい」
ドラ子達の様子を逐一確認し、ドラ子の要望に応じてモンスターを召喚していたペンギンが、手放しでドラ子達の育成を誉め称えた。
「どれもこれも、我々では至らなかった形態じゃないか! まずカワセミ君! 白龍と呼ぶべき美しい鱗と滑らかな身体を持ったドラゴンだ。やはり君の聖女のような慈愛が成長の鍵だろうか!?」
「いえ、触れ合いを楽しんでいただけですよ」
カワセミのドラゴンは、白銀の鱗を持つ美しいドラゴンとなっていた。
今でも献身的にカワセミに仕えるような様子を見せているドラゴンと彼女の間には、美しい信頼関係のようなものが見て取れた。
「次にストブリン君! 君のはあれだね! 走る事に特化した四足獣のようなしなやかなドラゴンだ! どうしてそんなに走るのに拘っているのかはちょっと理解できないね!」
「変なあだ名で呼ばないでいただきたい!」
ストブリンのドラゴンは、流線型を彷彿とさせる細長いドラゴンだ。
空気抵抗の少なそうな身体や、やや退化気味の翼。空を捨て、まるで小学生男子のようにひたすら走る事に格好よさを見出しているような趣があった。
「さらに、えっと誰だっけ君! まあいいや! よくぞここまで怠惰なドラゴンを作ったものだ! スピードや賢さを犠牲にしてひたすら体力に特化したのは面白い!」
「あの、俺の名前……」
ゴブリン君のドラゴンは、とにかくでかい。
成長を全て体格に回したようなそのドラゴンは、身体も態度もとにかくでかい。そして最近はついに、ゴブリン君そのものを餌として認識しだしているきらいがあった。
「最後に、ドラ子君だが」
「はい」
そしてペンギンは、ドラ子の育てたドラゴンを見やる。
赤黒い身体、牙、爪、翼とその身全てが武器と言わんばかりの凶悪な形状。目に宿るこの世全てを憎むような力強さ。片手間に魔法を行使できる魔力の強さに、瞬発力や判断力も群を抜いている。
このドラゴン達の中でも、頭一つ抜けて強いだろう。
それは、これまで幾多も魔物を召喚して来たペンギンが一番良く分かっている。
なんというか。
「これもうヤバいね。完全に異世界に召喚させちゃいけないモンスターだよね」
「いえ、ようやく新兵訓練が完了した程度の、ひよこです」
「いやいやいや、どうあがいてもネームド通り越して魔王の領域に片足突っ込んでるからね」
骨無しペンギンの賛辞にも、ドラ子はどこか納得できない。
ドラ子としては、こんな短期間では満足のいく育成は行えていない。
せめて、国一つ相手取っても無傷で完勝できるくらいでなければ、ドラゴンとは言えないと。
そうやって不満げな目を向けられたドラ子のドラゴンは、絶対服従がしっかり叩き込まれているようで、ドラ子の視線に応えて地に伏せた。
それだけを見れば、最初に地べたを這いつくばらせたときのパピーの頃から変わっていなかった。
「とにかく。君達は充分成果をあげてくれた。ネームドと呼ぶにはまだ足りない子もいるかもしれないが、少なくとも新しいドラゴンの種族として登録するのは、問題無いと胸を張って言える。君達に任せて本当に良かった!」
モンスター生産管理部の部長からの手放しの賛辞には、集っている面々も満更でもなかった。
研修だけの短い付き合いだが、手塩にかけたわが子のようなドラゴンが認められたら、少なくとも嬉しくないわけはない。
だからこそ、次のペンギンの言葉に、一同固まらざるを得なかった。
「それじゃ、最後の仕上げとして、その子達みんな殺そうか」
そう言った骨無しペンギンは、出会った時に見せたようなにっこりとした笑みを浮かべていた。
今回もだいぶ遅くなって申し訳ない。体感土曜日。
次の更新は体感水曜日までの予定ですが、年末で忙しくてもしかしたら間に合わないかもしれません。
その場合でも最悪土曜日までには更新するつもりですのでご了承ください。
あと1話か2話でまたチケット対応に戻るはず。




