30 ふれあい研修! Solomonモンスター牧場! 8
「わあ!」
眼の前のモンスター、の幼体に歓声を上げたのはカワセミだった。
彼女の眼前にはクリクリとした目とふわふわの羽毛に包まれた小型の魔物、鳥とトカゲを足して二で割ったような『ドラゴン』の一種が居た。
「ドラゴンですか」
そんな美女と魔物のやり取りを、一歩引いたところから見ていたドラ子は、複雑そうな顔をする。
現在地は、モンスター生産管理部の拠点の一室。
モンスターの孵化の研究を行っている研究室の、実験室の一つであった。
「うむ。実際にモンスターとして育成することは出来ているのだが、それはあくまで一般的なモンスターとしてでね。ネームドと呼ばれるような強力な固体の育成には成功していないのだよ」
ドラ子達を案内した骨無しペンギンは、難儀そうな顔をしながら答えた。
道すがら、彼女はネームドモンスターの話をした。
昨日の触れ合い時間に呼び出したモンスターは、そのほとんどが『育成中』のモンスター達であり、まだネームドには至れていないものの、研究は順調に進んでいる者達らしい。
ここにいる『ドラゴン』は研究が進んでいないものの筆頭だった。
とはいっても、種族的に強力なモンスターであれば、ネームドと言わずともほとんどネームドと同じ扱いになるので、あまり急いで研究を行う必要はないらしい。
普通のダンジョンにドラゴンの生体をぽんっと放り込めば、攻略に来た冒険者が勝手に名前を付けて、いつの間にかネームドになったりするものである。
しかし、それはそれとして強力なモンスターを更に強力にしたいという想いがあるからこそ、骨無しペンギンは少しの望みをもってドラ子達を招いた。
そういう、頭のネジがモンスター方面に弾け飛んでいる人間が多く居るのが、このモンスター生産管理部ということだ。
「ドラ子くんは種族的にドラゴンということらしいし、可能であれば何か意見が欲しくてね」
「そうは言われましても『基本的モンスター権』を取得するに至って無い下級ドラゴンについて、別に一家言あるわけでもないのですが」
この『基本的モンスター権』は、この世界の生き物の権利としてもっとも有り触れたものの一つだ。
そもそもとして、この世界の住人はそのほとんどが『混ざり物』だ。
人間種族、魔物、魔族、妖精、天使、昆虫、鳥類、爬虫類に魚類などなど、とかく雑多な種族がサラダボウルのごとく混ざって社会を形成している。
都合が良いから人間の形態を取っているのは、何も仕事の話だけではなく、こと恋愛面や社会面においても通用する話だ。
つまるところ、完璧な人化は、結婚や繁殖においても融通が効く。
全く異なる種族同士でも、人間形態で交われば子供が生まれる。
そして生まれた子供は雑種になって両方の種族の特性をそれとなく受け継ぐ。
だからこの世界の住人はほとんどが何かの雑種だし、純血らしい純血はほとんどいない。
ドラ子のように、ドラゴンと言って差し支えないほどに血が濃いものは珍しい。そういった中で種族的な生態を少しでも残しているものは更に稀だ。
まぁ、珍しいだけでこの世界的にはやっぱり『だから何?』と言える程度の話にはなるのだが。
日本で例えるなら、やっぱり珍しい名字くらいの認識だし、家庭内ルールがちょっと古風だね程度の話にもなる。
そして、住人とモンスターを明確に分けるのも、だいたいは『人化』できるか否かと言った点であろう。
この世界の人権意識に照らし合わせると、生き物は大きく三種類に分けられる。
人化を使いこなしているのが『住人』(通称『人間』)。
人化こそ使えないが、意思の疎通が可能であり、知識や知恵を認められ基本的モンスター権を取得しているのが『魔獣』。
そして、それ以下のものがまとめて『モンスター』だ。
人間形態にはなれなくとも、立場的には人間と魔獣はほとんど対等の関係だ。ただ、人化できないと仕事上問題が発生する事も多いので、魔獣の方々は生活で結構苦労していることも多い。
子供を作るには、魔獣の形態に合わせられる相手じゃないと難しいし。
一方のモンスターはほとんど純粋に、動物とかペットとかそういう枠に入る。
基本的には純粋にモンスターであるため、魔獣や人間と子を成すことはまずできないし、そもそも人間や魔獣がモンスターと子を成そうとすること自体が法律にひっかかる。
また、モンスターがなんらかのきっかけで知性を得て、自身の権利を主張した際には、即座に『基本的モンスター権』が認められるようになっている。
これを無視してモンスターとして扱おうとすると、世界を支配している原理魔法によって逆に少なくないペナルティを受けるので、そのあたりはかなり厳密と言って良い。
この世界の生き物は、世界に敷かれたルールに守られているのだ。
まぁ、社会に出て仕事をしていると、全然自分の人権が世界に守られている気がしなくなっている、ドラ子の今日この頃なのだが。
ということで、曲がりなりにも人化ができるドラゴンと、モンスターのドラゴンにはかなり深い溝があるのである。
ドラ子としても、親戚の子供と動物園の猿くらいには両者が違うものに思える。
「もちろんそれは重々承知さ。でも、君の目から見て、このドラゴン達を強力にするヒントがあれば、それだけで儲け物さ」
「はぁ」
改めて言われても、いまいち気乗りはしない。
そりゃ確かに可愛いとは思うが、だからと言って、無条件にドラゴンを強くする手法があるわけでもない。
そもそもドラ子には、子育ての経験も、ペットを飼った経験もないのだ。
母親のしつけと同様のことをすれば良いのだろうか?
「ふん、そんなことなら僕に任せておけばいい。魔物の扱いなど思うがままだ」
ドラ子がどうしたものかと悩んでいると、鳥の巣頭が一歩前に出た。
ドラゴンパピー達に釘付けになっているカワセミの気を引きたいのだろう。大きな事を言った後に、そわそわと彼女の周りをうろうろしているのは、少し哀れだった。
そしてカワセミは、そんな鳥の巣頭に一切気付いた様子も無いのが尚更に哀れだ。
「おお! やる気だね! 頼りにしているよ!」
そんな男が可哀想だったのだろう、骨無しペンギンがフォローするかのように鳥の巣頭を持ち上げる。
彼は少しだけ機嫌良さそうに頬を緩ませ、
「ところで君名前なんだっけ?」
「…………」
その一言で、折角上がった機嫌を急降下させた。
ペンギンに悪気は一切無く、純粋に興味がないから知らなかったのだろう。
いつもはまあまあと宥める役のカワセミは、まだドラゴンパピーに夢中だ。
「……ふっ、良いだろう。今こそ僕の世界に定めた名前を知らしめるとき!」
だが、彼はめげる事無く、謎のかっこいいポーズを取りながら名前を名乗った。
あまり興味の無いドラ子だったが、ずっと鳥の巣頭では不便なのも事実なので、さりげなく聞いていたのだが。
「僕の名前は【†ストームブリンガー†】だ」
「今何て?」
耳に入って来た情報と、頭に刻まれた情報に意味の分からないノイズが混じって思わず素で聞き返してしまった。
名乗りを喰い気味で聞き返された男は、少し不機嫌そうにしながらも、もう一度名乗り直す。
「良く聞け、僕の名前は【†ストームブリンガー†】だと」
「いや良く聞いても分かんないですけど???」
そして、再び頭に気持ちの悪いノイズを叩き込まれたドラ子は、苛立ち混じりに言い返した。
「ストームブリンガーなら良いですよ! 百歩譲ってただの厨二臭い名前だなって聞き流せますよ! 【†ストームブリンガー†】はおかしいでしょ! これ『†』の部分とかなんて発音してるんですか! 何の意味があるんですか!」
ドラ子の耳には、彼の名前は「ストームブリンガー」としか聞こえない。
のだが、ドラ子の脳内にはしっかりと【†ストームブリンガー†】という情報が入ってくる。
この齟齬は、はっきり言って人を不快にさせるには十分な威力があった。
男が無駄な魔法か何かでもって名乗りを不快なものにしているのは間違いないのだが、肝心の男は気にした様子もなかった。
「†は†以外の何者でもない。それ以上でもそれ以下でもない」
「それを魔法まで使って入れる意味を問うてるんですよ! お仕事関係者にそんな名乗りをした時点で相当印象悪いって分かってますか!?」
「†があるとないでは格好良さがまるっきり違うだろう!」
「その点では確かに逆に同意できるんですけどねぇ!? そういう問題じゃないですよねぇ?!」
「いきなり舐められるよりは良い」
「いきなり喧嘩売る以上の悪い事がありますか!?」
仮に自分がこんな名前にしたらどうだろうか、とドラ子は一瞬だけイメージする。
メガネ先輩に連れられて、取引先の人々に【†ドラゴニックレディ†】と名乗った自分のイメージだ。
すると、それをした瞬間に、鬼畜眼鏡に脳天をかち割られるビジョンが鮮明に浮かんだので、ドラ子は恐怖で身震いをした。
あのメガネは、種族ドラゴンをも心胆寒からしめる謎の迫力があるのだ。
だが、当然メガネと知り合いでもない男は、そんなドラ子の想像など知る由もない。
「これだから保守サポート部は。冒険者は舐められたら終わりなんだ。相手をいかに気圧させるかが重要なんだよ」
「お前は冒険者じゃなくて、攻略サポート部所属のれっきとした社会人だろうが!?」
怒りすら湧いてこない。
むしろ焦りがひどい。
こんな価値観の連中が外で好き勝手やっていて、そのしわ寄せが保守サポート部に襲い掛かるというのか?
昨日カワセミの話を聞いていたときは、どこか実感の伴わなかったことが、急に現実のものとして襲い掛かって来たドラ子であった。
そして、そんなやり取りをしていればカワセミも現実に戻って来たらしく、ドラ子に同情のような視線を向けつつ言った。
「私は、分りやすくスト君って呼んでるの。それで良いよね?」
「はい! 先輩が呼びやすいように呼んでもらえるのが一番ですから!」
あっはい。
ドラ子には『†』の大切さをこんこんと説いていた男だが、憧れの先輩からの呼び方にはそのこだわりは適用されないらしい。
とんだ脳天鳥の巣野郎だ。
だったら自分も盛大にそうしてやろうじゃないかと、ドラ子は作り笑いを浮かべて言った。
「じゃあ私もストブリンって呼ぶので」
「略すにしても、もう少し格好良い略し方があるだろ!?」
精一杯の悪意を込めた略称を、ストブリンはどうやら気に入ったようだった。
ドラ子は属性が悪に偏ったドラゴンのように、ニタリとした笑みを浮かべていた。
「あの、俺はレッサーゴブリンって言うんですって、誰も聞いちゃいねえか、へへ」
会話に入れないでいる男が一人、寂しく自己紹介をしていることには誰も気付かなかった。
思った以上に遅くなって申し訳ありません。体感水曜日。
世界設定はだいたい頭の中なので矛盾が出たら適宜修正するかもしれません。
次の更新も体感土曜日までに。
†って文字がどう変換すれば出るのかとか人生でトップクラスに無駄な調べ物だったなと思います。




