28 ふれあい研修! Solomonモンスター牧場! 6
「今日は散々でした」
お目当てだった触れ合いタイムの半分がゲテモノで消費され、もう半分はプロレス観戦で終わったドラ子の感想であった。
他の研修参加者は目の輝きに溢れているのに、ドラ子達の班だけは週の残業が20時間を超えた会社員のような目をしていた。(ちなみに、30時間を超えたあたりから、逆に目は爛々と輝き出すのであまり参考になる指標ではない)
モンスター生産管理部の支社は、本社のある都市部の比較的栄えた場所からは離れた僻地に建てられている。
また、モンスターの生態を逐一確認する必要もあるため、下宿先に帰らず会社に寝泊まりする人間も数多くいる。
ドラ子達が宿泊する場所は、そんな社員達がいつでも泊まれるように作られた、会社の二階層分を利用した比較的大きなものだった。
今回の研修以外にも、牧場的な立場から比較的人を招くことも多いらしく、研修参加者全員が余裕で部屋に収まる程度の部屋数である。
部屋の内装は、ビジネスホテルのようだ。部屋の中央にテーブルとソファ、隣にベッドが並び、トイレの扉やテレビ、窓代わりに景色を映す液晶が備わっている。
「ウチの会社、そういうところあるからね……」
ドラ子のぼやきに答えたのは、同室となったカワセミである。ベッドの隣にあるソファに座り、微笑みを絶やさずにドラ子の愚痴に応えている。
部屋割りに関しても、ある程度は同じ班でまとまるように決められており、ドラ子達は三人部屋に女子二人という贅沢な割り振りとなっていた。
食堂での夕食や、大浴場での入浴も終え、あとは寝るだけのこの時間。このまま一日を終わらせるのはいかがなものかと思うドラ子である。
「でも酷いじゃないですか。私達だけろくに触れ合いもないまま、明日からはお仕事研修なんですよ」
「その割にはドラ子ちゃんは結構、物怖じせずに触れ合いしてたような」
「鍛えてますから」
ついでに、前半で骨無しペンギンが呼び出したモンスター達は、お世辞にも触れ合い向きとは言えないものたちだった。
具体的にいうと、冒涜的なものが多い。
ただ、ドラ子に関しては班の中では比較的楽しんでいたと言えよう。
「ほんと、ドラ子ちゃんは元気ね」
「はい! 正直思う所はありますが、あの陰気な保守サポート部から離れられたと思うだけで、多少は気が楽になるというものです!」
「それは、まぁ……」
目を閉じれば今でも〆切がそこにあるような日々を送って来たドラ子にとっては、その事実だけでも多少の息抜きと言えないでもない。
「カワセミ先輩も、普段の仕事からの息抜きですよね?」
「え、ええと」
ドラ子が水を向けると、カワセミはやや言いにくそうに口籠もる。
だが、先程浮かべた憂いのある表情は、その本心を雄弁に語っているように見えた。
さて、そんな部署の違う先輩に、どこまで踏み込んで良いものかとドラ子が思い悩んだときだった。
「まあ待ちたまえよ。素面では言いにくいこともあるだろう。そんな時はこれだ」
すっと、缶ビールが横合いから差し出され、カワセミはそれを受け取る。
「ほら君も。キンキンに冷えているぞ」
「あざっす!」
ドラ子もまた差し出された缶ビールを受け取り、よく冷やされていることを実感する。
そんな差し入れの感想をもって、ドラ子も少し冷静になる。
そして、ドラ子とカワセミは同時に、缶ビールを差し出して来た相手に驚いた。
「「なんであなたがいるんですか!?」」
「なんでとはご挨拶じゃないか! 同じ触れ合い時間を過ごした仲間だろう!」
そこには、さも当然のように二人の部屋に上がり込み、一足先にプシュッとやっている骨無しペンギンが居た。
「まあまあ、積もる話もあるだろうが呑みたまえ、私の奢りだ」
非難にも似た視線を向けられても欠片も動じる事は無く、骨無しペンギンはそのスラリと長い手を、どうぞという風に伸ばした。
ドラ子は警戒心を隠す事も無く尋ねる。
「……社内で飲酒なんていいんですか?」
「ここは宿泊施設で厳密には社内ではない。という設定だ」
「じゃあダメなんですね?」
「私は部長だから、私が良いと言ったら良いんだよ?」
あ、この人絶対ゴーレム部長とは対極にいる人だ。
ドラ子は改めてそう思ったが、風呂上がりの今、部長からの許可まで出ているのに渡されたビールを拒むのは難しかった。
プシュっと景気の良い音を立てた缶を呷れば、日頃の疲れを押し流してくれる苦味と炭酸が爽快に喉を抜けて行く。
鼻からアルコールの残滓と一緒にホップの香りを吐き出せば、細かい事はもうどうでも良くなった。
「カワセミ先輩も呑みましょう!」
「えっでも、私お酒はちょっと……」
「元はと言えばこの人が悪いんですから! 少しは償わせましょう!」
そしてぐいぐいと迫る、後輩的女子と上司的女子に逆らえず、カワセミもこの突発的な飲み会に参加せざるを得なくなったのだった。
一時間後。
「もうほんと攻略サポートのアホどもにはうんざりなんですよ! 聞いてますかドラ子ちゃん!」
「う、ウッス。聞いてるっす!」
「あいつらほんと顧客のことなんて何も考えて無いバカの集まりで!」
カワセミは酒癖が悪かった。
始めのころはドラ子の愚痴や、ペンギンの良く分からない話に相槌を打っているだけだったが、酔いが回ってくるころには次第に口数が増えて行き、今ではこうしてドラ子を黙らせるほどに愚痴っていた。
「ふむ。攻略サポート部のあまり良く無い噂は聞いてはいるが、そんなになのか」
「ええ! 本当に! そうなんですよ!」
骨無しペンギンもまた、会話の主導権をバッチリ奪われ、粛々と話を聞く態勢になっている。
たったいま十缶目を空けたカワセミはそんな状況をなんとも思わず、攻略サポートの内情を盛大に愚痴る。
「ドラ子ちゃんは、攻略サポート案件のチケットもうやった?」
攻略サポート案件、というのはどこかで聞いた事があっても心当たりはなかった。
「い、いえ、多分まだです」
「そうなのね! 運が良いわ! あの不良債権のようなゴミクソチケットをやらずに済んでるなんて! それとも眼鏡先輩の優しさなのかしら?」
「いやぁ、あの鬼畜眼鏡にそんな優しさとか、無いと思いますけど」
先日は、HAダンジョンとかいう厄いチケットを全力でぶん投げられたところだ。
あの眼鏡に優しさなど存在するのだろうか。
そう思いながら、うっかり先輩を鬼畜眼鏡と称したところで、カワセミの据わった目がドラ子を捉えた。
「ドラ子ちゃん。眼鏡先輩のこと、悪く言っちゃだめよ」
「え?」
「あの人、本当に優しいんだから。私が新人の時、何度あの人に助けて貰ったか分からないわ。あの人に直接教わってるんなら、絶対に恵まれてるって忘れちゃだめ」
「う、うっす?」
戸惑いながらも、ドラ子はカワセミの言葉に頷いた。
そんな視界の端では、何故か骨無しペンギンが苦みばしった顔でぼそりと漏らす。
「っち、クレームメイカーめ。まだ生きてやがるのか」
そんな囁くような言葉を、ドラ子の耳は逃さなかった。
「クレームメイカーとは?」
「……いや、なんでもないんだ。忘れてあげたまえ」
「そう言われると気になりますが!」
「んぐっ!?」
ぐいっとドラ子が身を寄せると、骨無しペンギンはドラ子の前では初めて、余裕のある態度を崩しかけた。
それは、モチモチに関節技を仕掛けられている時にも見せなかったものだ。
肉体的ではなく、精神的な何かの弱みに近づくような。
だが、この場所には今、自分が蚊帳の外に置かれるのを許さない女王が一人居た。
「そんなことよりドラ子ちゃん! 攻略サポート部のくそ話ですよ!」
「い、いえカワセミ先輩、そんなことでは」
「後輩は! 良いから聞く!」
と、話を強引に持って行かれて、ドラ子は渋々と引き下がる。
今は、カワセミの話に付き合わねば今後が怖い。
「そもそもね。お昼に話した攻略サポートの働きなんて理想も理想よ。あんなの全然実情に沿ってないわ」
攻略サポート部からのぶっちゃけ話であった。
だが、昼間の話を聞いていたドラ子としては、不思議に思うこともある。
カワセミの話の内容は、そこまでおかしいと思えなかった。
隣に控えていた男も、気に入らないにしても嘘を吐いている様子はなかった。
むしろ。
「あの鳥の巣頭野郎殿はそんな仕事に誇りを持っていたような」
「そこがまず甘いのよ! あの子はもう攻略サポートのアホどもに洗脳されてるわ!」
「洗脳って」
物騒な単語が出たな、とドラ子は笑う。
ふと、この合宿に参加する前に、先輩も同じようなことを言っていたなと思い出す。
合宿中は忘れていたが、洗脳耐性がどうという話だ。
とはいえ、隣で一緒に酒を呑んでいる骨無しペンギンからは、そういった物騒なモノは感じないのだが。
「ドラ子ちゃん。攻略サポート案件っていうのはね。具体的には、攻略サポートのクソな仕事のせいで保守サポート部が迷惑を被るような案件のことよ」
「……まるで想像が付かないんですが」
「…………大雑把なたとえ話をしましょう」
とある初心者用ダンジョンを経営している顧客からお問い合わせが届く。
『初心者のダンジョンなのに、全く初心者が寄り付かない』と。
貰った情報を見れば、その理由は明らかだった。
初心者用ダンジョンを謳っているにも関わらず、その内情はとにかく酷い。
通路をうろつくキマイラやマンティコアの群、悪辣にすぎるトラップの数々、そして極めつけはフロアボスとして現れるドラゴン。
どうあがいても、初心者が腕試しに挑むようなダンジョンではありえない、豪華ラインナップであった。
不具合のふの字もない有様に、保守サポート部としても『Solomonに問題はないから、初心者用ダンジョンとして、モンスターやトラップを今一度見直してみては?』という回答を作成するしかない。
だが、後日、そのお問い合わせが継続するのだ。
『ダンジョンの難易度は、御社の攻略サポートにより『適正』と判断している。今一度Solomonの問題について調べて欲しい』と。
「これが攻略サポート部の実情よ」
「いやいやいやどういうことですか!?」
話を聞くだけでも突っ込みどころは満載である。
当然ながら、キマイラやマンティコア、ドラゴンだなんて有名どころの強力モンスターがひしめくダンジョンは初心者向けではない。
それは論ずるまでもなく当然の話で、ダンジョンマスターだって少し考えればわかりそうなものだ。
だが、そんなどう考えてもおかしい事象も、たった一つの事実で強引にねじ曲げられてしまっている。
攻略サポートが『適正』と判断したという、事実に。
「攻略サポート部はね──『攻略したダンジョン数』によって評価が決められるという意味の分からない評価体制なのよ。より高難易度のダンジョンを、より早く、より難しい条件でクリアするということが『優秀さ』のバロメーターになっているの」
そして、攻略サポート部にはその手のノウハウが蓄積されている。
Solomonにより召喚されるモンスターの弱点はもちろん、ハメ殺しの手法や、トラップの対処方法、初心者ダンジョンマスターにありがちな通路の作り方に、酷いときは買収によって裏道を作らせるやり方まで。
そこまで悪辣な手を使うことは少なくとも、攻略サポート部はいわゆる『縛りプレイ』の熟練者達だという。
長く働いていればいるほど、極低レベルでの攻略法を身につけ、またそうした人物の方が評価も高まることから、新人も続々とそういった先輩を見習い染まって行く。
「結果として、攻略サポート部のもともとの理念からかけ離れたのが現状よ」
言い捨てながら、カワセミは缶ビールを呷った。
十一缶目が空いた。
「現状は最悪ね。ダンジョンの難易度を計るには則さないような、レベルだけ低いダンジョン攻略だけのスペシャリストが、身勝手なアドバイスをするのよ」
いかにも、歴戦の冒険者のような渋い表情を作ったカワセミが、低い声で言った。
「『このダンジョン、ぬるかったですよ』」
いかに低ステータスで、下級の装備を身につけていようと、モンスターの生態や動きを完璧に熟知した者が戦えば、急所を突いて突破することもできよう。
いくら地形や魔物などの情報がなくとも、蓄積されたノウハウにより正確な予測が立てられれば、いくらでも攻略は進められる。
そんな連中が、ダンジョンの適正な難易度を計る事がどうしてできようか。
そうして、保守サポート部に送られてくるのが、どう考えてもダンジョン構成の問題であるにも関わらず、『問題は無い』というお墨付きを貰ったお問い合わせ。
通称『攻略サポート案件』であった。
またしても体感水曜日になってすみません。
研修はあと4話くらいで終わる構想です(予定は未定)
次の更新も土曜日までには
攻略サポート案件も、そのうち




