26 ふれあい研修! Solomonモンスター牧場! 4
講習の内容はそこから徐々に専門的なものになっていった。
内容は割愛するが、各モンスターの生態についての説明──動物型、植物型、無機物などの違いとか──が主な内容だった。
その過程で、魔力形成で作られるモンスターにも、その行動原理についての情報は生きたモンスターの『記憶』が元になっていることを知った。
もっとも、専門的な内容までは踏み込まず、あくまで触りと言った部分だったが。
「それでは、これで簡単な講習はおしまいです」
小一時間の講義の最後を、モチモチはそう締めくくった。
モンスターとの触れ合いで癒されようと思っている人間には想定外のお勉強だったが、内容自体はダンジョン好きなら気に入るものであった。
「最後に何か質問はありますか?」
モチモチの言葉に元気よく手を挙げる人物がいた。
ドラ子であった。
「ここではミミックは育成しないんですか?」
「…………うっ」
別にドラ子に学術的な興味があったとかではなく、純粋に気になったことである。
この牧場では時に無生物系の魔物であっても、行動パターンの学習などで飼育(育てると言って良いのかはあれだが)を行うこともある。
自律行動のパラメータを当てるためには、実に様々な育成が必要なのだ。
だが、ミミックは今、モンスターではなく家具扱いである
そうなると、部署的に異なる気がするがどうなのだろうか、と。
「ミミックは……我が部署から権限を奪われて大分経ちます」
「じゃあここでは育ててないんですね」
「…………はい」
答えたモチモチは、なんというか、とても悔しそうであった。
急にドラ子達が目に入らなくなったようで、一人俯いてぶつぶつと話始める。
「……そもそも私達の育成には問題ないのに術式の不具合のせいで不当な行動を強いられただけでもミミックが可哀想なのに、あまつさえ自分たちの不手際を隠すように私から可愛いモンスターを奪い取るだなんて許せない許せない許せないいつか絶対に復讐してやる取り戻してやる……」
と、自身の爪を噛みながら呪詛を吐いたあと、モチモチは現世に戻って来た様子でにこやかに笑った。
「失礼しました。他に質問はございますか?」
呪詛を吐き出していたことなど無かったかのように笑うモチモチに、気軽に質問をする研修参加者は居なかった。
ドラ子はモチモチを切れなくてもやべえ奴にカテゴライズした。
「さあ、ここからは楽しい触れ合いの時間だとも!」
所変わって現在は牧場の牧場部分……というかだだっ広い草原の真っ只中。
さあ、と大きく腕を広げた女性に、ドラ子は尋ねた。
「なぜあなたが私達の担当に?」
「愚問だな! 担当したい私と、担当されたい君達がいた! 世界はそういう風に出来ている!」
「回答の修正をお願いします」
「修正点など何も無いとも!」
保守サポート流のツッコミは、腕を広げた女性──骨無しペンギンには通じなかった。
さて、現在ドラ子達研修参加者は、お待ちかねの触れ合いイベントに立ち会うことになっていた。
のだが、そこに少しだけトラブルがあった。
触れ合いの時間は引率する生産管理部の人間一人と、適当に班分けされた四人程の研修参加者の組み合わせになるのだが、その引率の人間が一人、急なモンスターの体調の変化でかかりきりになってしまったのだ。
その連絡を受けたモチモチの前に、腰を回復して戻って来た骨無しペンギンが意気揚々と名乗りを上げ、苦渋の決断として班を一つ任されることになった。
モチモチは再三に渡って『余計なことをしたら……』と釘を刺していたが、彼女の監視がなくなったココには、殊勝な顔をしていたペンギンの姿はなかった。
「なあに心配は要らないとも! 私は部長だからね、私の権限で呼び出せないモンスターは存在しない! 君達は安心して心癒されると良い!」
「はぁ」
安心できる要素があんまりないな、とドラ子は心の中で思った。
そっとため息を隠しつつ、ドラ子は班員の顔を見る。
ゴブリン先輩。
カワセミ先輩。
鳥の巣。
自分。
この四人が、研修での班員となるらしかった。
カワセミはともかくとして、もう一人の男に対して、ドラ子はペンギン以上に良い感情を持っていない。
一度敵認定したらそう簡単に覆されることはないのだ。
その鳥の巣男は、ドラ子の視線に気づき、忌々しげに目を細めた。
「何か用か?」
「……はぁ」
「人の顔を見てため息を吐くな!」
何か喚いているがドラ子は気にしなかった。
そもそも、突っかかって来たのはあちらなのだから、何か言いたい事があるのなら先に言えば良いのだ、とドラ子はドラゴンらしい傲慢さで思った。
「では、そろそろ始めようじゃないか! さて、君達、どんなモンスターを見てみたい?」
充分に距離を取った草原のあっちこっちでは、引率の者が呼び出すモンスターを見て歓声を上げている研修参加者の姿があった。
班員が多少気に入らなかろうと、仕事ならそういうこともある。
鳥の巣の存在は置いておいて、ドラ子は率直に希望を述べる。
「可愛い魔物が良いです!」
「ほうほう。うむ、分かった! 任せておきたまえ!」
自信満々にペンギンは告げ、ドラ子の頬も少しだけ喜色に緩んだ。
そこでちょんちょん、とドラ子の肩がつつかれる。
そこには、ドラ子同様に、少しだけ楽しみを隠せぬ表情になったカワセミが居た。
「ねえ、ドラ子ちゃん。どんな子が良い?」
「うへへ。そうですね。やっぱりもふもふですかねぇ」
「良いわよねぇ」
俗に言う『可愛いモンスター』というのにも諸説はある。
だが、基本的には毛皮がモフモフしていて、愛くるしくも可愛らしい外見の魔物が第一候補に上がるだろう。
外見だけ可愛い魔物なら色々いるが『触れ合い』を考えれば、手触りが良いに越した事がない。
期待の表情でペンギンを見つめる二人の前で、頼りの部長はぶつぶつと言葉を漏らす。
「Solomonのコンソールは……ええい面倒だ。自分で喚んだ方が早い」
そう宣言したかと思えば、骨無しペンギンの眼前に、Solomonの召喚を行ったときと似たような魔法陣が浮かんで来た。
「さて、可愛い魔物と言ったね。それではとっておきだ。私が最も可愛いがっているモンスターを召喚しようじゃないか」
「それは?」
「ふふ、ヒントをあげよう。最初は『ス』で始まって最後は『ム』で終わる魔物だ。『ダンジョンの掃除人』などと呼ばれたりもするね」
「あー」
そっちかぁ、とドラ子は思った。
とはいえ、触れ合い研修と考えれば『ハズレ』でも無かろう。
もふもふには及ばなくとも、ぷにぷにの触感は、それはそれで癒されるものだ。
カワセミもまた、少し外されたかな、という顔はしつつも期待の色は褪せていない。
「さあおいで! 私の可愛いスームくん!」
その呼び声と共に、スームくんは姿を現した。
ツヤツヤとした、骸骨のような頭部。
ジャラジャラとした極太の鎖を幾重にも巻き付けた身体。
ボロボロのマントが風もないのにユラユラと陽炎のように揺らめき。
両手には命を刈り取る形をした大鎌を持ち。
浮遊属性と闇属性と死属性をふんだんにあしらったオーラを纏い。
挨拶をするように、カタカタと歯を鳴らしながら不気味に笑う。
スームくんが。
「私の可愛い可愛い『スローターファントム』のスームくんだ。別名『ダンジョンの掃除人』と言って、ダンジョン内に長時間たむろする冒険者を綺麗に掃除するのを得意としている」
「違うだろ!!!」
ペンギンはどや顔を浮かべて言った。
ドラ子はキレた。
その怒声に、スームくんとペンギンの二人がびくっとする。
そしてペンギンは、恐る恐るドラ子の顔を見ながら尋ねる。
「……スイーパーファントムの方が良かった?」
「欠片も良くないんだよ!!」
ドラ子は怒気を指先から放出するように、ビシッとスームくんを指差して言う。
「『ス』から始まって『ム』で終わる可愛い魔物って言ったらスライムなんですよ! そう法律で決まってるんですよ! なんですかこの可愛げの欠片もない死神系モンスターは! いや分かってたけどね! どうせこのマッドサイエンティストのことだから外してくるとは思ってたけどね! それでも外すにしても『ストーンゴーレム』とかでしょ!」
「君はストーンゴーレムを可愛いと思ってるのかい?」
「思ってねえよ! 外し方の話をしてるんだよ!」
怒りの余り敬語が吹っ飛んでいたドラ子であった。
なお、ドラ子の怒気に中てられたスームくんには継続ダメージが発生していて、先程からビクビクと痙攣しはじめていた。
「と、とりあえずその怒るのをやめてあげてくれないか! スームくんが! スームくんが死んでしまう!」
「だったらスライム出せやおらぁ!」
「分かったから! スライム出すから!」
そしてスームくんを即座に引っ込めたペンギンは、似たような魔法陣からきちんとスライムを召喚した。
でろでろの粘液にアメーバ状の身体を持ち。
草原の草をジュウジュウと溶かしながら、のそのそと動く緑色のモンスターを。
「これ可愛い?」
「こっちじゃねえええ!!!!」
想像と全く違う方のスライムが出て来たドラ子は慟哭した。
だが、自分が喚ばせた手前、ちょっとだけ撫でた。
自称それなりに強いドラゴンであるドラ子の手は溶けることはなかった。
触った感触は思いの外、悪くなかった。
初心者用のダンジョンに冒険者が寄り付かない、という趣旨のお問い合わせの何割かはこっちのスライムのせい。
一応こっちじゃないスライムもいる。
次の更新は土曜日までには。




