25 ふれあい研修! Solomonモンスター牧場! 3
「それでは改めまして、本日は研修に参加いただきありがとうございます。皆様の案内を務めますモチモチです」
牧場に併設されていた素朴な小屋は、その実地下に広大な空間を持つ支社であった。
牧場というにはあまり似つかわしくない、ガラス窓で区切られた展示物などがまず目に付く。どうにも、会社というより博物館のようだった
すれ違う人々も、牧場に勤務しているという割には、白衣を着て不健康そうな肌をした人間が多い。
それがドラ子の目にはどうにも不気味に見えていた。
研究エリアらしき階層を抜けた地下八階の一室。
かなり広めの会議室にて研修参加者がぞろぞろと座ったところで、モチモチさんが準備していた講習を始めんとする。
用意されていたスクリーンに『牧場研修の日程』と書かれたスライドが映し出された。
「まず、講習の前に研修の日程をご連絡します。この研修は一週間を予定しておりますが、はじめの一日、つまり本日はこの部屋での講習と、モンスターとの触れ合いを予定しています。残り六日は、数人のグループに分かれていただいた後に、実際にモンスターのお世話を体験していただく予定です」
ここまでで何か質問はありますか? との問いかけに誰も応えなかったので、モチモチさんは会議室のスクリーンを呼び出し、講習を始めた。
「まずは、そうですね。そこのあなた」
「は、はい?」
モチモチさんは講習を始めると同時に一人の女性を差す。
奇しくも、その子はバスの到着時に骨無しペンギンに絡まれていた女性であった。
「Solomonのモンスター召喚の仕組みについてはご存知でしょうか?」
「…………すみません、知らないです」
「あの、なぜそんな沈んだ顔を? 大丈夫ですよ? 知らないのが当然だから講習を行うんですよ? あのー?」
モチモチさんだけが、彼女が沈んだ理由を理解できずにいた。
当然、ドラ子達の脳裏にはにっこり笑顔で×印を作るペンギンの姿があった。
「え、えっと。おほん。とりあえず、みなさんご存知ないということで話を進めますね。まず、Solomonには大きく分けて二つのモンスター召喚があります。即ち『実体召喚』と『魔力形成』ですね」
戸惑いながらも話を進めたモチモチさんが、先程のペンギン曰く『仕様』の話を始める。
「まず、前もって言っておきますが、Solomonのモンスター召喚機能のうち、魔力形成に関してはウチと部署が違います。被っている箇所もありますが、あちらはどちらかと言えば造形魔術関連ですから。といっても、造形魔術自体はSolomonの他の機能でも良く使われるので、生体を扱っているウチの方がマイナーと言えるかもしれませんね」
造形魔術とは、平たく言えば魔力を使って何か形のあるものを作る魔術全般を差す。
属性分けとかをする以前の大きな括りだ。
極論を言えば、魔力を用いてダンジョンを作るSolomonという術式そのものも、一つの『造形魔術』と言えなくもない。
そしてモンスター召喚のうち魔力形成に関しては、魔力からモンスターを作るということで、生産管理部の仕事とはほぼ無関係だと。
「とはいえ、モンスター召喚機能の中核を担っているのはウチの部署になります。後で説明しますが、魔力形成したモンスターでも、ウチの研究が無ければ動かす事はできないでしょうから」
ふむふむ、とみなが真剣に話を聞いている。なんだかんだ、ここに集っている人間はダンジョンに関わるもろもろが好きなのだ。
普段触れている筈のSolomonの掘り下げであっても、ダンジョンに関わる楽しい話には違いない。
ただし、ドラ子は既に少し眠くなりかけていた。今日が楽しみであまり寝ていなかったところで講義が始まれば当然である。
ドスン。
そして、少しうつらうつらとし始めたドラ子の机に、何かが突き刺さった。
「お話はちゃんと聞きましょうね? 後で危ない目に会うかもしれません」
「はいっす!」
魔力で出来たと思しきチョークのようなものを見て、ドラ子は元気よく言った。
とりあえず、モチモチは切れたらヤバそうな奴にカテゴライズされた。
「さて、ではそもそも、モンスター召喚とはどのようなものでしょうか。原始的な術式であれば、それこそ野性のモンスターを強引にどこかから引っ張ってくるというのが始まりでしょうね。今では自然動物の召喚拉致は法律で固く禁じられていますが、かつては当たり前のように行われていました。異世界、という概念についてもそれら召喚魔法の研究によって明らかになっていったと言います」
この世界だって今はこんな感じでまとまっているが、かつては剣と魔法とモンスターとでそりゃもう豪勢に泥沼の争いをしていた筈だ。
その頃なら、モンスター権なんて無視してばんばん呼び出して戦わせていたことだろう。
そんな世界がいつのまにか、自然動物保護だのモンスターの権利だのが当たり前のように認められる世界になっているのである。
まぁ、ここの住人もご先祖様はだいたいモンスターなのだから、ある意味その権利が認められるのは当然なのかもしれない。
とにもかくにも、現在の法律でも使用が禁止されていないSolomonは、それらの権利に触れるようにはできていない。
「当然Solomonのモンスター召喚は、そんな風に野良のモンスターを拉致してくるようには出来ていません。そしてここは牧場と呼ばれています。皆さんはこう思ったのではないでしょうか?『では召喚されるモンスターはこの牧場で飼育されているのでは?』と」
モチモチさんは朗らかな笑みを浮かべて、最初に沈ませてしまった女性に水を向ける。
彼女の想定では、きっとここは女性が自分の考えを言い当てられて驚く場面だろう。
だが、女性は、やや俯きがちに返した。
「…………すみません」
「なぜ謝るんです!?」
モチモチさんは別に講義が下手な訳では、ないだろう。
だが、悲しい事に話の展開の順番が傍若無人なペンギンと一緒だっただけだ。
ドラ子達は一斉に暗い顔をして目を背けたため、再び疑問符を浮かべていた。
「と、というわけなんですが、みなさんも牧場の様子はご覧になりましたよね? モンスターが大繁殖しているというわけではない、長閑な光景を。あれは別に非常事態とかそういう話でもなく、仕組みに関わってくるのです」
恐らく例年以上にノリが悪い研修参加者に慌てたモチモチさんが、それでもめげずに話を続けていた。
「端的に言いますと、我々の普段行っている仕事は『モンスターの記憶』を作ることと言っても良いでしょう」
記憶?
ようやく話が某ペンギンの語っていた先に入り、皆の注目が集る。
突然やる気を出した研修生に再び混乱しつつも、モチモチはモンスター召喚の仕組みを語った。
「Solomonのモンスター召喚は、オーダーメイドです。遠くの世界でモンスター召喚機能が呼び出された際に、まずモンスターの肉体を作り、肉体に『記憶』を入力し、時間遡行魔法を駆使して召喚された時間に直接送り込む。それがSolomonのモンスター召喚の仕組みです」
言うと同時に、それだけでは分かり難いと思ったのかモチモチはスクリーンにモンスター召喚の仕組み、というスライドを表示した。
フローチャートとしてはこのようになっている。
──────
1.Solomonからの召喚がかかる
2.保管されている『モンスター生態DB』から、召喚要件に合ったモンスターの登録情報のうち一つが引き出される。
3.登録されている遺伝子情報を元に、性別や肉体を模したクローンのようなものが生成される。
4.生まれたモンスターの肉体に『モンスター生態DB』に登録されていたモンスターの『モンスター生(記憶)』が入力される。
5.時間遡行術式を利用して、生成された肉体に記憶を埋め込んだモンスターを召喚元に送り届ける。
6.モンスター召喚の完了
──────
と、口にするのは容易いが、実際はなかなかに高度な魔術的要素を盛り込んだ仕組みが表示されていた。
ドラ子がパッと思いつくだけでも、ゼロから生体を作り上げる技術、肉体に記憶を埋め込む技術、そして時間遡行技術、と超高度な魔術が三種類も使われている。
それを当たり前のように、術式に埋め込んであるのがSolomonというわけだ。
これが無料など、はっきり言えば『頭がおかしい』と言わざるを得ない。
「このようにして、Solomonを利用する何百という異世界から同時にモンスターを召喚されても、我々は即座に要求に応えることができるわけです。もっとも、初代のバージョンからこうだったわけではなく、その当時はこの牧場で実際に育成しているモンスターを召喚させていたようですが」
初代バージョンのことは知らないが、恐らく当初はそれで賄える計算だったのだろう。
だが、幸か不幸かSolomonはバージョンを重ねるごとに顧客も増えて行き、実際にモンスターを飼育するだけでは召喚に追いつかせることができなくなった。
そのため、どこかのタイミングでこういった、工業的なアプローチに変わったに違いない。
「そして、先程述べた我々の仕事の紹介をします。我々の仕事は先程の部分でいうところの『モンスター生』──いわゆる『モンスターの記憶』を作ることです。つまり、ローテーションを組んで様々なモンスターを実際に育成し、召喚された際に埋め込む記憶を育んでいるということですね。とても責任のある大事な仕事です」
そう笑顔で言ったモチモチを見て、だいたいの参加者は同じ事を思った。
牧場研修って聞いて来た割に、職員がどいつもこいつもマッドサイエンティストみたいな雰囲気があるのはそのせいか、と。
つまりここは、牧場というよりは魔物研究者達の巨大な実験場なのだ。
次の更新も水曜日までにはの予定です




