245 新人ローテーション研修 攻略サポート編19
四捨五入すればまだギリギリ水曜日()
「…………」
「…………」
「…………」
ゴブリンの洞窟入口に舞い戻った五人。
しかし、そのうち新人の三人はまるでお通夜のように押し黙っていた。
当然ながら、コトはアバター再生成式の限定ダンジョンで起こったため、研修中に実際に死亡した人間はいない。
そういう意味では、ここまで葬式ムードになることはない、のではあるが。
あまりにも華麗な死に戻りを決めたせいで、失ったアイテムの補充とか、武器防具の見直しとか、そういう必要性すら発生していない。
さりとて、じゃあもう一回潜りましょうと言える雰囲気でもない。
新人三人が気まずそうに下を向いている中、こちらも気まずそうに話を切り出すカワセミ。
「えーと、では反省会を始めます」
何が悪かった、という話をするのは簡単である。
そして同時に難しい。
あえて言うなら『全部』としか言い様がなかったから。
反省会を始める前に、パーティが半壊したシーンをもう一度再現することにしよう。
──────
「というわけで、陣形を組んで戦うわけですが、相手はクソ雑魚ゴブリンとはいえ、私達もクソ雑魚ステータスなわけです。なので、作戦の共有は必要でしょう」
ゴブリンの洞窟に入り、とりあえずまずは歩こうみたいなノリで探索が始まった。
挨拶がてら、ドラ子が雑談代わりに繰り出していたのはそんな話だった。
この時点で、カワセミとメガネは軽く「ん?」となってはいたが、最初は任せる方針だったので特に口は出さなかった。
メガネはそっとダンジョンの情報を頭の中でまとめ直す。
この洞窟は、天然の洞窟に魔力が宿ってダンジョン化し、ゴブリンが住み着いたたもの、といった設定の洞窟になる。
岩肌はごつごつしており、道はところどころ曲がりくねる。広さも一定ではない。
壁が突き出た場所や大岩がいくつも死角も作っており、なにより暗い。
荷物持ち役のメガネが松明係も兼ねているが『これ、適当な所で俺が松明落としたらどうするんだろうこいつら?』とメガネが真顔で不安になる差配である。
全員が松明を持てとは言わないが、せめて前と後ろで二人が持つべきでは……?
なにより、地図見ながら進まなくていいんだろうか?
まだ一本道に見えるかもしれないが、いま脇道とかあったぞ?
そう思っても、メガネはやっぱり口には出さなかった。
冒険に口は出さなかったので、新人達が雑談を始めるのも止めなかった。
そんな作戦共有も、洞窟入る前にやっとけよ、も言わなかった。
「ゴブリンと言えども相手はモンスター。対してこっちは前衛後衛二人お荷物一人の後ろ偏り系パーティです。なので、前衛二人の仕事は分かりますよね?」
「ゴブリンを、後ろに通さないこと、ですか?」
マイマイは極めてタンクらしい優等生な答えを返す。
基本だが大切なことだ。
一般的に前衛職は近接戦闘に長けており、後衛職は遠距離戦闘に長けている。
つまり、セオリーとしては敵の前衛は近づかれる前に遠距離攻撃で倒すのが良いし、逆に敵の後衛はなんとか近づいて倒すのが良い。
わざわざ文字にすると『何を当たり前のことを』と思えることだが、ちゃんと認識しておくことは大事だ。
特にゴブリン──それも今回のような初心者向け洞窟に出てくる相手なら、その基本に忠実に攻めるのが攻略の近道となるだろう。
それにはパーティの面々が一定の理解を示す中、ビッグ天丼が挟むように言った。
「ただ、それだけだと半分だな。僕たち前衛はこのパーティにおいては積極的に敵も倒さないといけない。そうだろう?」
今回の冒険においては多少留意すべきことがあった。
それは、後衛らしい後衛の攻撃役がカワセミしかいないこと。
そしてそのカワセミは、四発しか魔法を使わないと明言していることだ。
そうなると、単純に敵を足止めしている間に後ろからの攻撃で仕留める、といった戦い方は難しくなる。
前衛のアタッカー、この場合はビッグ天丼がガンガンゴブリンを倒して行かないと先に進めなくなるということだ。
「はい。というわけで、この攻略は前衛二人のコンビネーションが要になるでしょう。マイマイちゃんが敵の攻撃を防ぎ、隙を作る。ビッグ天丼は出来た隙を突いて敵を倒す。怪我をしたら私が回復していくので、作戦はガンガン行こうぜです」
と、ドラ子はこのパーティでの戦い方を説明した。
実際に、それはそこまで的外れでもない。
もともと、初心者パーティというのはその名の通り初心者の集まりだ。
この世界の基準は知らないが、こうやってタンク、アタッカー、ヒーラー、ソーサラーと役割が綺麗に別れる方が珍しい。
大抵は、全員がタンク兼アタッカーみたいな感じで、ゴブリンと総力戦を繰り広げるかんじだろう。
それは、殲滅速度で言えば早いかもしれないが、同時に安定性にかける。
誰かが怪我をする可能性も高いし、怪我をした場合の保険もない。
要は、素人の素人らしい戦い方であり、あまり正解とは言えない。
ダンジョン探索は、行き当たりばったりではいけないのだ。
戦闘にしたって、役割に準じて戦闘を堅実にこなして行き、多少時間をかけても被害を最小限に進んで行くのが、最終的にダンジョン探索を成功させることになるのだ。
さっきの素人パーティであっても、防御役と攻撃役に分けて、各々の仕事を明確にするだけで、大分戦闘は効率化されるだろう。
防御役は防具を固めて攻撃を受ける事に専念し、攻撃役は火力を高めて殲滅速度を早めることが、巡り巡って怪我を減らすことに繋がる。
このパーティで言えば、基本的にマイマイが敵の攻撃を引きつけるように動き、ビッグ天丼が攻め、その二人を全員が支援する形で一体一体片付けて行くのが理想。
ドラ子がどう考えているのか知らないが、二人だと押し切られるような数が来たら、カワセミの魔法の出番、というのがセオリー通りの戦い方になるだろう。
ただ、その考えを忠実にこなすには、一つ欠けているものがあった。
それは──敵の位置を的確に把握し、自分たちに有利な戦闘を行えるように働く『斥候』の不足である。
地図も見てないし、索敵もしてないし、死角のチェックも甘い。
ある意味お手本のような、冒険初心者仕草であった。
もっとも、これはドラ子が一概に悪いとも言えない。
そのチェックを怠ったのは他の新人二人も同様であり、なにより彼らは知らないのだ。
人間という種族は、自分たちが普段息を吸うように感じられる気配を感じる能力が、著しく低い生き物だということを。
「というわけで、ガンガン前に進んで──」
と、ドラ子が元気に前衛二人に声をかけていたところで、それは起こった。
メガネが持っている松明の範囲ギリギリくらいから、ぬっとゴブリンが二匹現れたのだ。
『グギャギャー!』
「て、敵だー!?」
ドラ子が叫ぶ。
それに慌てて、マイマイとビッグ天丼が向かって行く。
二人は当然のようにゴブリンの前に出るが、既に及び腰になっていた。
「じ、実際に見ると結構怖いんですけど!」
「ただの雑魚の癖になんて迫力だ!?」
二人とも、かなりのへっぴり腰で盾と剣を構える。
完全に戦い慣れていない様子であるが、まぁ、現代は戦闘とか剣と魔法とかそういうのから大分距離を取っているのだから仕方ない。
それでも白騎士だったら普通に対応しそうだが、彼女は魔王城ヘビーユーザーだからそれも仕方ない。
「くぅっ」
「このっ!」
敵の攻撃に合わせて盾を構えながら身を縮めるマイマイ。
腕の力だけで剣を振って、完全に身体が引けているビッグ天丼。
そんな二人をゴブリン達は華麗に翻弄する。
『グゲゲー!』
『グギャー!』
ただ、そんな体たらくであろうと、ほぼ最適解みたいな装備をした二人である。
ゴブリンは二人のことは舐めていても、装備は舐めていない。
じりじりと隙をうかがい、ときおり威嚇をしたりして、じりじりと二人を追いつめる。
長期戦の構え、焦らず落ち着いてチャンスを狙っていると見えた。
その様子に焦れたのは、ドラ子であった。
「ああもう! ちゃんと腰入れてください!」
前衛二人の様子を見て、思わずといった形でドラ子が加勢に走った。
この平和な時代にあって何故かアホみたいに戦い慣れている彼女には、二人の様子が一層もどかしく見えたのだろう。
その時点で、メガネとカワセミは「あっ」と思った。
ドラ子が二人に合流し、ヒーラーの癖に杖で牽制しながらビッグ天丼に身体の入れ方をレクチャーせんとする、まさにそのとき。
『…………』
実はドラ子達のパーティのすぐ真横にある岩の陰に隠れていたゴブリンが、ぬっと顔を覗かせた。
そう。
始めからゴブリンは伏兵を仕込んでいたのだ。
洞窟という環境では、松明の火は自分たちが考えている以上に目立つ。
ドラ子達からはゴブリンが見えないが、ゴブリンからはドラ子達の存在は丸分かりという状況だったのだ
だから、ゴブリンは通り道にある岩の陰に隠れておき、ちょうどそこを通りかかるタイミングで仲間に襲い掛からせたわけだ。
もちろん、そんなのはしっかりと索敵を行っていれば即座にバレる。
バレてしまえば、岩陰の一体は即座に殺され、残る二体は出鼻をくじかれただろう。
まさしくゴブリンの浅知恵であるが、同時にゴブリンなりに頭を使った見事な作戦である。
『グギャゴゴ!』
現に、しっかり索敵をしていなかったドラ子達はひっかかった。
ただし、隠れていたゴブリンも、松明には気付いても他のことには気付かなかっただろう。
冒険が始まってから一言も喋っていなかった先輩二人が、もはや喜劇を見る目で生暖かく後輩を見守っていることに。
「あべっ!?」
「なんで後ろから!?」
「ごばっ!?」
ゴブリン達は見事、素人冒険者の挟み撃ちに成功する。
数こそ同じであれど、挟み撃ちというのはそれだけ不利な状況である。
背中合わせで咄嗟にフォローするみたいな行動は、信頼関係を構築した熟練の冒険者でなければ難しいのである。
というわけで、めでたく新人達は全滅した。
それを確認したメガネは、ぼそりとカワセミに言う。
「……じゃあ、魔法で焼き払って」
「……はーい」
そうして、新人達を見事打倒したゴブリン達は、松明の近くに控えていた残り二人に魔法で一掃されたのだった。
それをみたメガネがぼそりと一言。
「パーティ半壊した……」
そして、もはや探索成功は絶望的と思った先輩二人は、溜息を吐きながら入口まで走って戻ったのだった。
──────
「結論だけ言うと、ゴブリンと冒険者舐め過ぎ、ですかね……」
というわけで、間違った点がどこだったかと言われると、色々あり過ぎて言葉にできず、カワセミは曖昧な総評を言うことしかできないのだった。
ドラ子が第二形態になったら勝ててた
でも第二形態になったらメガネに処されてた




