244 新人ローテーション研修 攻略サポート編18
「ついに辿り着きましたね、雑魚の巣窟に」
「ゴブリンの洞窟な」
出だしから舐めたことを言い出したドラ子を、メガネが諌めるところからこのダンジョンアタックはスタートであった。
現在地は、ゴブリンをメインにしたダンジョンの入口から……まですぐのところ。
このダンジョンはまだ解放前であり、その入口の外がそのまま屋外に繋がっているわけではない。
現時点でダンジョンへの出入りを行うには、それ専用に作った入口部屋を経由する必要があり、その入口部屋まで転移でやってきたのだ。
入口部屋ではまだアバター再生成が行われないため強気な自分たちで居られるが、ひとたび入口を潜ったところで事前に設定されたステータスのアバターに変わるわけだ。
この辺は攻略サポート時の独自の話で、実際に解放された場合は、命懸けの探索となることだろう。
このアバターの設定に関しては入口部屋で出来るようになっているが、一応その操作は正規の攻略サポート部員であるカワセミの管轄である。
初心者用のステータス以外にも、初心者としての魔法やスキルも、魔王城みたいな感じで設定するからだ。(そうしないと、ドラ子がヒーラーを出来るとは到底思えない)
「それじゃ、ちゃちゃっと設定を済ませてしまうので、心の準備でもしておいてくださいね」
カワセミはそう言って、部屋に用意されていた設定用の端末に、特に説明も無しで向かった。
とはいえ、どういったアバターにするのかという点に関しては事前に説明があった通り。
ドラ子達五人は、初めて冒険に向かう初心者同然のステータスになる。
そうなると、ドラ子みたいに生意気言っていられる余裕も無い筈なのだが、まぁ、その程度の話はドラ子にはあまり関係がなかった。
「いくら弱体化したところで、ゴブリンはゴブリンですよね。素手ですら楽勝なのに杖持ってどう負けろって言うんですか?」
「まずその杖で殴る前提のところから考えを改めておけよ」
と、ドラ子の威勢の良さにメガネは呆れつつ、他の二人の新人の様子も窺う。
「大丈夫大丈夫。相手の攻撃を防げば良いだけ。仕事だし私もできる。大丈夫大丈夫」
と、まるで呪文のように大丈夫と自分に言い聞かせているのは、これから全く向いてなさそうなタンク役をやらされるマイムマイム恐怖症であった。
彼女の緊張をほぐせるとしたら自分かカワセミだろうな、とメガネは思うが、そう思っていてもメガネは何もしない。
だって、カワセミがそういう風に目配せをしてきたから。
(ま、考えていることはなんとなく分かるから、俺は元の役割を果たしますよっと)
と、緊張しているマイマイをあえて無視する方策を固めながら、もう一人の新人にもメガネは目をやる。
「ソードマン……ソードマン……まぁ、問題無いさ。攻撃を見て、切り込むだけ。簡単だろう、ふん、僕にできないことなど、ふ、ふふ……はぁ」
と、こっちはこっちで、神経質そうな顔をやや青くしている、理屈派っぽいビッグワーム天ぷら丼大盛りである。
戦闘を理屈で考えるのは大事なことではあるが、時には勢いも大事な前衛役にはあまり向いてなさそうだなと思いつつ、これまたカワセミの目配せによりメガネは現状維持を選ぶ。
「ヒーラーってぶっちゃけ何すればいんですかね?」
「回復だろ」
残ったドラ子に関しては、特に語る事もない。
ヒーラーと聞いてそこに疑問符を浮かべるやつはそう居ない。
世間的にはメイスを握って殴り込みをかけるヒーラーは存在するが、ドラ子の持っているのは物理攻撃用の杖ではない。
ドラ子は魔法攻撃力が上がりそうな装備を選んでいたが、初心者冒険者のヒーラーが攻撃用の呪文を覚えているとは考えにくい。
その辺、ちゃんと分かっているんだろうか。分かっていないんだろうな。
分かっていたら、ドラ子はドラゴンをやっていまい(ドラゴンへの偏見)。
「はい、準備完了です。それでは入口を越えたら私達は初心者冒険者パーティです。警戒しながら攻略を進めましょう」
と、メガネが新人三人を評価していたところで、端末の操作を終えたカワセミが努めて明るく告げた。
それによって、悩みに悩んでいた新人二人はパッと顔を上げる。
それを確認しつつ、カワセミは穏やかに言った。
「お二人とも、あんまり深く考えなくて大丈夫ですからね。これはお仕事と言っても研修です。どれだけ大きな失敗をしようとも、問題はありません。攻略を楽しむくらいの気持ちで、気楽にやってみてくださいね」
「は、はい」
「わ、わかってますよ」
カワセミの言葉に、露骨に安堵したような表情を見せる二人。
その様子を、メガネは少し微笑ましいものを見る目で見ていた。
マイマイはともかく、天丼はふてぶてしい奴だと思っていたが、こう見てみると以外と上からの命令には従順なタイプなのかもしれない。
まぁ、優しい言葉を聞かせて自身の発言力を上げる為、俺に何も言うなと目配せをしていたようだしな。
というのが、メガネの心中の言葉である。
そんなカワセミの策略など知らぬ新人達は、カワセミを素直に慕って声をあげるのだ。
「そ、それじゃ、出発しましょう」
「お、おう。前衛だってこなしてみせるさ」
「試しに怪我してみてくださいよ。ヒールするんで」
と、新人達の三者三様の気合の声である。
ただ、ドラ子に関しては、試しに治癒とかやってみたい気持ちが透けて見えるのは気のせいではあるまい。
新人達のやる気を見て微笑ましい顔をしていたカワセミだが、それを楽しんだのも束の間、すぐに三人を導く役目に戻る。
「では最初に陣形を組みましょう。ドラ子ちゃん、どう組みますか?」
「うぇ?」
陣形と聞かれて、ドラ子は困ったような声を上げた。
基本的に、冒険者パーティはダンジョンに潜る時に陣形というものを組む。
ざっくりと誰が前衛で誰が後衛なんて組み方の時もあれば、しっかりと敵襲を予測して、あらゆるパターンに対応できる並びを考えることもある。
ただ、少なくとも初心者冒険者であれば、そこまで真面目な陣形は必要あるまい。
敵は前から来るものと想定して、ざっくり前衛後衛に分ける。
あるいは、後ろも警戒して前衛を前後にある程度振り分けておく。
そのくらいの分け方で十分だろう。
果たして、ドラ子の答えは。
「じゃあマイマイちゃんと天丼が前、メガネ先輩、カワセミ先輩と並んで、私が一番後ろですかね」
なるほど、とりあえず前衛を前に出す方針か。
と、マイマイと天丼は思った。
だが、カワセミとメガネはそこに一抹の不安を覚えた。
本当に、前だけを警戒した陣形なのかこれは、と。
それを指摘するかどうか、カワセミとメガネは視線で会話し、結局最初は好きにやらせてみようという結論に至る。
それが、どんな大事故を起こす可能性があったとしても、事故が起こるまでは糾弾するべきではないのだ。
「じゃあ、ドラ子ちゃんの案で行きましょう」
「は、はい。分かりました」
「とりあえず問題はないです」
メンバー全員の賛同が得られたところで、研修メンバーは陣形を整える。
並びは2:2:1。
僅かに先頭はナイト役のマイマイ、すぐ斜め後ろにソードマン天丼。
その後ろに魔術師カワセミと、荷物運びメガネ。
一番後ろにヒーラードラ子の順番である。
「それじゃ、行きましょう!」
「は、はい!」
「おう」
何故か一番後ろのドラ子が元気に号令をかけ、マイマイと天丼は引きずられるように答えた。
そして初心者冒険者達は、意気揚々とゴブリンが潜むダンジョンへと向かって行った。
──10分後。
「パーティ半壊した……」
そこには、メガネとカワセミを残し、新人三人が全滅した初心者パーティの姿があったのだった。




