242 新人ローテーション研修 攻略サポート編16
『────社、攻略サポート部の皆様。準備ができましたのでセントラルゲートまでお越し下さい』
簡単な説明を受けた後、実際に次元ステーションへと向かった研修一行。
待合室らしき簡易ゲートと繋がった部屋に入ったのち、カワセミは慣れた手つきで部屋にあった端末に情報を登録していった。
それから、程なくしてアナウンスが流れ、ドラ子達はカワセミに先導されて──セントラルゲートとやらに向かうことになる。
ゲートに向かう通路をキョロキョロと見回してみるドラ子だったが、こう宇宙ステーション的な星が見えたりとか、次元転移的な光が渦巻いていたりとか、そういうのがまったくなかった。
というか、そもそも外が見えなかった。
来た時と同じような会社のオフィスみたいな通路があって、そこに他の会社の待合室らしき扉がずらっと並んでいるだけのスペースだった。
「なんか、思ってたより全然待たされないんですね」
「どう思っていたのかは分からないけど、転移はもはや、そんなに難しい技術じゃないからね」
いや、難しい技術だと思うんですけど、とドラ子は思うが世界的な話だ。
新規のゲート開設などは多少面倒な作業もあるが、一度開通してしまったゲート間のやり取りには、そこまで大きな手間はいらない。
そして、そこにかかるエネルギーも、時間遡行や蘇生に比べれば微々たるものだ。
故に、行き先の情報の精査以外は、そこまで面倒な手続は必要ないのである。
はたして、辿り着いたそこは、直径にして二十メートルはありそうな、超巨大な転移魔法陣のある広い部屋だった。
周りには、ドラ子達が入って来たような通路に繋がりそうな扉がいくつも連なっていて、この場所がどこにあるのかは、全く見当もつかないようになっている。
さりげなく見回して、トイレがあるのだけは分かった。
「お待ちしておりました。情報の最終チェックの後、すぐに転移が開始されますので、しばらくそのままでお待ちください」
そしてしばらく。といっても数分もかからない程度。
事前に説明された通り、部屋で待っていた係員の女性に、異世界へのアクセスキーを人数分渡される。
そのアクセスキーをどこに持つかと言われたら、謎の技術で体内に埋め込まれた。
勿論、怪我をしたりとかそういうことは一切無い。自然に身体に溶けて、ナノマシンのように循環しているようだった。
突然の出来事で、その事実に硬直していたマイマイが言葉を漏らす。
「あの、あまりにも当たり前のように、身体に何か入れられると怖いんですけど」
「というか、適合試験とかそういうのはないのか?」
マイマイに続いて、ビッグ天丼くんも苛立ちと怯えが混ざったような声を上げた。
それに対するカワセミは、苦笑である。
「昔は物理的なアクセスキーだったり、情報端末を持たせたりとかもあったんだけどね」
「あったんだけど?」
「どう頑張っても出先で失くすとか、情報を失うとか、そういう事故がゼロにはならなかったの。紆余曲折あって、こういう形になりました」
そんな簡単になりましたとか事後報告されても、と思った二人は微妙に顔をしかめたが、そんな二人にぼそっとメガネが言った。
「アクセスキー入れるより、短距離転移するほうが、理論的な危険度は倍以上高いんだけどそっちは良いのか……?」
「先輩、理屈じゃないんですよそういうの」
それに答えたドラ子も、なんか身体に情報埋め込まれるって言われたら、微妙な気持ちにはなっていた。
そんな新人達の怯えを見ていたのか、良くあることと言いたげな生暖かい目で、係員の女性がそっと補足する。
「アクセスキーは戻って来たときに自動的に消滅しますし、万が一向こうで迷子になった時の発信器の代わりにもなりますから、どうにかしようとしないでくださいね。万が一向こうで悪い事したら、それも発信されるので、くれぐれも──」
と、ここで急に係員さんの気配が変わる。
ドラ子をして、背筋に冷たいものを感じるほどの、言い様のない危機感。
思わず、そこにいる誰もが目を向けてしまうような、強烈な存在感を発しながら、係員さんが言葉を締める。
「くれぐれも、問題は起こさないようにご注意くださいね」
そう言うと、係員さんの強烈な威圧感は立ち消え、後にはにこやかな笑顔の女性が残っていた。
当然ながら、そんな圧をあてられて悪い事をしたいと言うような子は、ここにはいなかった。
マイマイと天丼は一言も喋れないほど緊張し、カワセミとメガネは慣れたものといった顔。
そしてドラ子は一人、戦闘種族の血がそうさせるのか、興奮を隠せぬ様子でメガネへと尋ねる。
「先輩。あの係員さんただ者じゃないんですけど」
「そりゃそうだろ。このセントラルゲートは世界の要の一つだぞ。ここに勤めている時点で最低でも世界トップクラスの知識と、世界トップクラスの戦闘力を併せ持ってるんだよ。並みのテロリストが千人束になっても、一人で制圧できる程度のな。そんな職員がわんさかいるんだよ」
「セントラルゲートこわぁ」
ちなみに、この世界は基本的に治安が良いので、その並みのテロリストが実際に攻めて来たことは一度も無い。
もし仮に計画が持ち上がったとしても、その計画が実行に移される前に潰される程度の警戒態勢も敷いている。
それくらい、気軽に訪れたここは世界でも有数の重要施設なのだった。
「転移の最終確認まで今暫くかかりますので、先にトイレなどはすませておいてくださいね」
係員さんににこやかに言われて、即座に新人三人はトイレへと駆け込むことにしたのだった。
「それでは準備が出来たので転移を開始します。転移に20分ほどの時間がかかります」
新人達がトイレから戻ってすぐ、係員さんの案内が入る。
それで研修班五人は、巨大な魔法陣の中央付近に集った。
「転移中は、外に出る事ができません。ただ、その他の行動は基本的に自由なので楽にお過ごしください。それではいってらっしゃいませ」
ぺこり、と係員の女性が頭を下げ、転移の魔法陣が光った。
かと思えば、次の瞬間には、
「うぁ……」
転移している実感がわきそうな、光の迸るワープホールを泳いでいるような、不思議な光景がドラ子の目に飛び込んで来た。
「きれい……」
「ほぉ……」
ドラ子以外の二人も、光達が作る幻想的な風景に目を奪われている。
そんな新人達を、カワセミとメガネは生暖かな目で見つめていた。
そして、三人に聞こえないようにこそこそ話す。
(この風景が、転移中殺風景だからって、わざわざ魔法陣が投影しているただのムービーだって知ったら、三人ともどう思うでしょうね)
(まぁ、ネタバラしは帰ってくるときで良いだろう。俺達も多少は気を使っておこう)
そう。
この一連のスペクタクルは実は全て作り上げられた幻の映像だった。
本来は、転移したところで別に景色なんて流れない。ただ黒い空間があるだけだ。
それだと感動がない、みたいな割と適当な理由で、次元間の転移を行う際はそれに相応しい映像が流れるようになっているのである。
ちなみに、設定次第でただ真っ白い空間とか、宇宙を俯瞰するような不思議空間とか、そういう色々な映像も流せる。
ちなみに、慣れてくるとその辺の景色に目もくれず、携帯デバイスで適当に時間をつぶすようになってくる。
この場所は、転移中でもネットに繋がるのだ。
椅子を出したり、ベッドを出したりしても怒られない。
めちゃくちゃ遠い異世界だと何時間もかかるので。
あまり知られていないが、転移の技術は新人三人が想像しているより、遥かに魔改造されているのである。
そうして、新人達が飽きずに景色を眺め、少し打ち解けたように会話を弾ませ出したころ、移動時間の20分が過ぎてやがて目的地へと到着する。
「あっ」
「終わっちゃいましたね」
「また帰る時も見られるだろ」
新人達は少し名残惜しそうにしており、先輩達は再び生暖かい目でそれを見ていた。
到着したのは、来たときと同じような殺風景な部屋。
そして、今度待っていたのはにこやかな顔をした男性の係員だった。
「お疲れさまでした。アクセスキーの情報を確認しておりますので、しばらくお待ちください」
そうして、男性が携帯型のデバイスでなにやら操作を始めたのを尻目に、カワセミがこほんと咳払いをした。
「あらためて、ここからがお仕事の本番です。みなさん、まずは依頼主への挨拶にいくことになっているので、はぐれないように気をつけてくださいね」
異世界に来た、という感慨をえるのはもう少し後の話になるが。
気合を入れ直した新人三人を代表して、ドラ子は答える。
「子供じゃないんですから、変な心配しないでくださいカワセミ先輩!」
そう言ったドラ子は、とても良い笑顔だった。
誤差の範囲内
追伸:
前にちらっと言っていたのですが、Solomonをカクヨムの方にちまちま移植しはじめました。
もう一度初めから読み直したいなと思った方、気が向いた方がいましたらお付き合いください
総合ダンジョン管理術式『Solomon』保守サポート窓口
https://kakuyomu.jp/works/16818792435633366717




