241 新人ローテーション研修 攻略サポート編15
「さて、ここからようやく依頼のあった異世界に行くわけですが、どうやって行くのかはご存知ですか?」
とりあえず備品の装備に身を包んだ一行の前に立って、カワセミが問いかける。
そして、その答えをドラ子は特に知らない。
そもそも、特別な場合を除いて、保守サポートの人員が直接現地に赴く事は無い。
そして、現地に赴くレベルの問題が発生したとしたら、新人のドラ子に役目があるわけがない。
それと同様のことは、広報のマイマイや、開発のビッグ天丼にも言えた。
攻略サポート以外の新人もまた、現地に赴く事はまずないのだ。
「はい、知らないですよね。というわけで、今から移動しながら説明しますね」
言いつつ、カワセミは連れ立ってまずエレベーターへと向かう。
向かう先はこの本社ビルの地下一階。
ドラ子が今まで、一歩も踏み入れたことのない階層であった。
「本社ビルの地下一階は、簡易転移陣が設置された特殊なフロアになっていたんです」
エレベーターが地下一階に着くと同時に、カワセミが言う。
そこから降りた先には、地上階にあるオフィスとはまた違った、窓の無いどこか無機質な広間と、厳重な扉が設置されていた。
カワセミが扉の横に設置されている機械に社員証をタッチすると、扉は静かに動き出す。
奥にあったのは、いつか魔王城で見たような転移の魔法陣である。
「ここから依頼のあった異世界へと行けるんですか?」
マイマイがぼそりと尋ねるも、カワセミはそれに首を振った。
「いいえ、これには流石にそこまでの機能はありませんよ。世界を渡る転移魔法陣は、もっと高度な技術が使われていますからね。一方通行で良いなら、行けなくはないですけど」
では、これはどこに繋がっているのか?
そういう疑問を顔に浮かべる新人達。
「というわけで、この転移魔法陣の行き先は、次元転移ステーションです。そこの商業用スペースの一画にうちの部屋があって、そこで異界情報を登録して許可が降りたら、アクセスキーを貰ってセントラルゲートから異世界に向かうことになります」
ほへー、という顔をしたドラ子。
正直に言えば、その転移のシステムは全く馴染みのないものであった。
一応、補足を入れておこう。
この世界は、基本的に転移の技術が発達しており、交流のある異世界への行き来が可能になっている。
ただし、その交流はこの世界の管理者サイドにばっちり管理されており、許可のない異界渡りは原則禁止である。
これはどちらかと言えば、この世界の普通水準の怪物が、他の世界に迷惑をかけないようにする意味合いが強い。
というわけで、攻略サポートの仕事で異世界に向かう上でも、一度この次元転移ステーションに来て異世界転移の申請をして、許可を貰って向こうにゲートを開いてもらう必要があるのだ。
なお、異界を渡るレベルの転移は、個人レベルでは基本的に許可は出ない。商業でも、ある程度の面倒な申請を突破しないと無理。
そういう意味では、この会社は世界的にそれなりに信用のある会社ということになっている。
送っている人員が、あれだが。
「ええと、なんか急にこの研修が怖くなってきたんですけど」
簡単な説明を受けて、今まで全く知らなかった異世界転移のシステムに少しの不安を覚えるドラ子。
正確に言うと、渡った先で問題起こしたらどうなるのかが、ちょっと不安。
そんなドラ子を見て、カワセミは穏やかに言った。
「大丈夫よドラ子ちゃん。基本的に、渡った先の世界で星をいくつか滅ぼすくらいのことしなければ、大抵はなんとかなるから」
「なんだ。じゃあ大丈夫そうですね」
「!?」
「!?」
マイマイとビッグ天丼は、ドラ子の安心が逆に不安になった。
流石に世界の管理者側も、商業の許可があるからとなんの保険もなく送り出してはいない。
一応、念には念をの保険をかけて、小規模の時間遡行の準備や、万が一の場合に世界復旧の準備くらいはすませてあるのだ。
ただし。
「ただ、世界復旧までさせたら、結構な損害を会社に刻む事になるから、そこは本当に気をつけてね」
「……はい」
何事にもタダはない。
保険だって金を払わなければ入れない。
ましてや、故意の損害ともなれば、保険すら降りない。
商業で異世界転移を利用するというのは、つまりそういうことなのである。
「というわけで、流れとしてはこんな感じですね。
会社→次元ステーション→異世界の次元港→現地の惑星→現地ダンジョン→ダンジョンのコアルーム
帰るときは、異世界転移時に貰うアクセスキーで現地の次元港に繋がる転移ができるので、行きよりも簡単よ」
ふむふむ、と頷いたあと、次の質問はビッグ天丼からだった。
「その異世界の次元港から、直接ダンジョンのコアルームに飛ばないのは何故なんですか?」
「良い質問ですね。ぶっちゃけると安全性の問題です。技術的には余裕なんですが、直接転移するにはコア側が受け入れ態勢を整えている必要があるんですね。万が一これがない状態で次元港から直接転移に失敗したら、最悪次元迷子もありえます。そのため、行きの場合は一応面倒な手順を踏むことになっているんです」
「帰りは良いんですか?」
「もし次元港に転移できない場合は、アクセスキーが使えないだけなので。まぁ、大事ですけどね」
説明を頭に入れたが、ドラ子はあまりピンと来なかった。
相手からの依頼で向かっているのだから、相手側の受け入れ許可が出ないなんてことはあるまいに。
結局のところ、面倒な手順が何故か残っているという結論にしか思えない。
そう思っていたドラ子に、メガネがさっと捕足を入れた。
「マジな話、昔そういう関係で事件や事故が何件かあったんだよ。振られた腹いせに相手のダンジョンのコアルームに暗殺者送り込んだとか、嫌いな奴だけ許可を与えずに次元の海に放流したとか、そういうアホみたいな」
「マジな話ですか?」
「その頃は、今より管理がガバガバだったからな。そういう歴史があって、管理が厳重になったと共に、万が一の対策や面倒な手順が増えた。まぁ、不便な制度には馬鹿みたいな原因があるもんだよ」
なんでそんな痴情のもつれや子供の喧嘩みたいな原因で、面倒な手順を踏まなければならないのかと憤るも、どうすることもできない。
代わりに、はぁ、と溜息を吐いてドラ子は飲み込むことにした。
「簡単な説明は以上で良いですか? 一応言っておきますけど、異世界転移の細かい術式についてとかは説明できませんからね。それは専門家に聞くか、メガネ先輩に聞いて下さい」
と、カワセミが締めくくるが、最後の言葉が言葉だった。
特に聞きたいわけでもないが、思わず新人達はメガネの方を向いた。
「俺にも聞くな面倒くさい」
と、メガネはカワセミにじとっとした目を向けた。
面倒くさいとは言ったが、説明できないとは言わなかったな、と新人達は思う。
が、尋ねられなかったのだった。
難しそうに言ってますけど、駅から電車で空港に行って、空港から違う国に行くというのとそう変わらないです。
ただ、空港から向かう先がちょっと異次元なだけで。
さらに言うと、我々一般人は人が宇宙に行けることは知っていても、実際にどういう手順で宇宙に行くのかは知らない感じですね。




